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第一話 拳銃遣いと龍少女
正義の代償Part.6
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静かな殺意頼もしく追跡隊は荒野を駆けていき、陽が落ちる頃には道程の七割を走破。
夜間移動の危険性と到着後の行動に備えると休憩は必須で、人もそうだが同時に馬も休ませる必要がある、何処に行くにも馬の足が無ければのたれ死ぬのがオチだ。
彼等は野営を張って火を囲んでいたが……雰囲気? 悪いに決まっている。
手強い保安官とその助手、雇われたガンマンと、そこに混じった魔女を追う賞金首。石鹸と水と石油を同じ桶にブチ込んで混ぜながら火を点けてるようなもの、三種の異物は決して交わることはない。
食事も別々、会話なんかあり得ず、寝床も各々勝手に作って横になる始末。目的は各人、己が為あり、てんでバラバラな彼等を繋ぎ止めているのは、たった一つのたき火の明かりだけだ。
だからこそ寝静まった頃になって蠢く人影があっても不思議では無かった。
考えてもみるといい、強力な魔女が率いる盗賊団を相手取って賞金を手にするか、それとも、すぐそばで寝息を立てている賞金首を連れ去るか。懸賞金は下がるが、それでも数年は遊んで暮らせる金額が目前で転がっているのだから、二人組のガンマンが悪知恵働かせるのは必然とも言えた。
保安官も、他のガンマン達も明朝に備えて寝入っているのだから、襲うのは今が好機である。だが、追われる経験のある身としてはその程度の浅知恵に出し抜かれるはずがない、なにより道中で背中に熱い視線を受けていれば、送り主がどういう行動を取ろうとしているかは想像に難くない。
一同から離れたところで休んでいるレイヴンは攫うのに格好の場所にいたが、ロープ片手に忍び寄っていたガンマン二人は、彼の脇の下から覗く銃口に身を固めることになる。
「……お前を知ってるぞ、レイヴン・ヴァンクリフ」左の男が言った。
「小便なら他所にいけ。それとも、他になにか用か?」
目深に被ったハットの陰からレイヴンの鋭い左目だけが覗く、しゃがれた声は夜の荒野に静かに拡がった。相手の出方次第で他の連中の安眠を妨げることになる。
「こっちは二人だ、やっちまおう」右の男が言った。
「……知ってるのは顔だけか」
撃鉄はハナから起きているから、続きは指を動かせば語らせることが出来るのだ、「さぁ、どうする?」と尋ねてやれば、顔を見合わせじりじりと下がっていく二人のガンマン。今夜の行動の中で唯一正しい選択をしたと言えるだろう。
暗闇から低く嘶くシェルビーの声。彼女も同意見らしく、レイヴンと一緒にたき火の向こうに消えていくガンマン二人を見送っていた。
不意に、沈黙を引き裂いた銃声と共に、その姿が地に倒れ伏すまでは――
宵闇の中から襲いかかった銃声は、スコールさながらの強襲で二人を撃ち倒し、飛び起きた勢いで銃を引っ掴んだ保安官助手達の風通しも良くした。反撃に出るより先に身を伏せた四人だけが、弾雨による突然死を免れる。こういう事態を避ける為に見張りが一人立っていたはずだが、どうやら警告を発する前にやられてしまったらしい。
「どこから撃たれている⁉」
頭上を掠める弾丸に身を竦めながらカウフマンががなり散らす、レイヴンの目利き通り鉄火場慣れしている彼は、岩場の陰に身体を隠し反撃の準備を既に整えていた。
襲撃者は不明だが、半包囲されているのはかなりマズい。たき火の明かりの所為で、こちらの居場所は相手に筒抜け、こうなるとレイヴンでも身動きが取れず、枕代わりに寄り掛かっていた倒木の裏に転がり込んでいた。
「敵だらけだぜ保安官、右に三人!」
「左もだ、どこから出て来たんだこいつらは……。応戦しろ、撃ち返すんだ!」
混乱した士気を一喝。カウフマンは、なるほど人を率いる素質を確かに持ち合わせているようで、彼の号令に合わせて反撃が始まる。しかし各々が闇夜に瞬く銃口炎に向けて撃ち返すが、暗さで狙いがぼやけては命中させるのは難しく、更に狙っている間に多方向から撃たれるのではおちおち頭も出せなかった。
レイヴンには魔銃という奥の手もあるが、武器としての性能は銃の幅に収まっているので、詰まるところ狙えなければ当てられない。
その中でもガンマン達は果敢に反撃を行っていたが、悲しいかな命中弾は与えられなかった、なにしろ――
「弾が逸れてやがる……ッ⁉ こいつらまさか――ッ!」
言葉が途切れ、レイヴンの隣でどさりと湿った音が鳴った。胸と頭にどんぐりサイズの風穴開けたガンマンが虚ろな眼差しで彼を見つめている。
「……くそ、二人喰われたぞ、カウフマン!」
「残りは儂らだけの様だな。おのれ、魔女の下僕共め……」
全く以て分が悪い。
半包囲、数的不利、曇天夜、寝込みを狙った奇襲と、これでもかとばかりに悪条件ばかりが揃っている。逃げる背中を追うはずだった相手が仕組んだ襲撃は、盗賊稼業を生業としてるだけによく練られていて、最早、裏を掻かれたことは明白だった。
――と、そこかしこで鳴っていた銃声が収まりをみせる。勿論、その程度で迂闊に頭を出すレイヴン達ではなく、鉛に代わって飛んできた声にも慎重に耳を傾ける。
「カウフマン保安官、まだ生きてるな⁉ それに、ヴァンクリフ、お前もいるだろう! 安心しろ、殺しやしない、大人しく出てくればな!」
嘘くさい台詞の羅列に対して、さて、どうすると交わす視線。
従ったところでズドン、死んだふりしたところでズドン、どちらにせよ無傷ですむ線は限りなく細く、それならばいっそ賭に出るのも悪くない。
決意固めてレイヴンが首肯、カウフマンが襲撃者に応答した。
「わかった、降参だ。出て行くから撃たんでくれよ」
遮蔽物から身を晒すアホらしさに抗いながら、レイヴンは両手の拳銃を高く上げる。二挺とも弾切れだが、例え装填済みだとしても魔女の加護がある以上、下僕共に鉛玉は届かないのだ。カウフマンの掲げるライフルも、彼等相手では棒キレとどっこいである。
さあ、どうひっくり返してやるか。
「銃を捨てろ」
言われるがまま、地面に落とすレイヴン。
襲撃者は六人だった。
いくら早撃ちに自信があっても、銃を突き付けた六人相手に勝てる見込みは無いに等しい。倒せても二人が精々なので、策があるらしいカウフマンにこの場を任せてみるのも手だ。
「かの有名な盗賊団が今や魔女の下僕とは、いやはや……」
「保安官、あんたが生きてるのは運が良かったからじゃねえ、まだ利用価値があるからだ。そこんとこ勘違いするんじゃねえぜ」
「魔女への土産にでもするつもりかね? オーロックスを焼き、儂をおびき寄せたのも魔女の考えだとしたら、とことんまで落ちぶれたものだ」
「黙ってろ、あんたの出番は後だ。――今はこいつに用がある」
「……俺か? 出迎えなんざなくても、待ってりゃあこっちから挨拶に行ったぜ、下僕共」
集まった視線に眉根を寄せてやると、だが、襲撃者達は見当違いだと笑い飛ばした。
「ふん、レイチェルが魔女になったおかげで楽に仕事が出来るようになったが、いつまでも尻に敷かれていると思うか、俺達が。ヴァンクリフ、聞いた話じゃあ、お前は魔女を殺せる魔銃を持ってるらしいな」
「本当か、ヴァンクリフ?」
信じられないと言った表情でカウフマンが尋ねた。
「レイチェルをビビらせたかったんだが、宣伝しすぎたみたいだ」
「……渡して貰おうか」
「チッ、ここに――」
「おっと! 動くな。両手はそのままだ」
回転式拳銃とライフルが睨むが、レイヴンの右手はゆっくりと、しかし確実に腰の銃把に伸びていく。目を見開いた彼が浮かべる挑戦的な笑みは、早撃ち勝負の挑戦状だ。カウフマンは戦力外で実質6対1の勝負、さらに背中の魔銃は全く以て早撃ちに向かないと悪条件だらけであるが、場が定まってしまったのなら後は撃つだけだ。
レイヴンが挑む狂気の沙汰には、襲撃者達も苦笑せずにいられない。
「マジか、こいつやる気だぜ。――どう足掻いたってお前に勝ちの目はねえ、諦めるんだな」
「結果は直ぐに分かる、そうだろ?」
戦意充分、ビビリなし
集中力は十二分
身体の内から漲る力を腕から右の掌へ
死に迫る時間が延びる
風も凪いだ音無しの荒野
…………
――――…………
かちゃり……
堰を切ったのは緊張に忍び下がるカウフマンの拍車の音、錠を落としたような金属音の後を継ぐのは、都合七挺の銃声合唱。
先に撃ったのは襲撃者達、ほぼ同時に撃ち返したレイヴン。
火薬が怒鳴りつけあい、鉛の罵詈雑言が硝煙で周囲を覆ったあとの残響に聞こえるのは、身体の一部を無くしたいくつかの呻き声。
電光石火の殺戮劇
演じ終えた舞台上に残っているのはレイヴンと、リーダーと思しき襲撃者が一人だけ。だが、その襲撃者の生き残りもカウフマンの振るったライフルのフルスイングを頭に受けて昏倒したのだった。
生き残りを縛り上げながらカウフマンは言う。
「撃ち漏らしたな、ヴァンクリフ」
「手柄独り占めじゃあ、保安官の立つ瀬が無いだろ」
三人道連れにするのが精一杯な勝負だったはずなのに、レイヴンはしっかりと両足で地面を踏みしめていて、魔銃を指先で弄んでからホルスターに収める彼に、カウフマンは驚きを隠さずに尋ねる。穴だらけになって転がる未来しかなかった男が平然としていれば、歴戦のガンマンでも不思議に思うのだ。
「何故、生きている。どんなトリックを使った」
「特別なことはなにも」
ネタは実に単純で、失神している襲撃者の胸を指し、それから自分のポケットから同じ物を取り出す。
魔女の下僕達が持っているお守りである。
「牧場に脅しをかけてきた連中の持ち物だ、仲間同士の証を持つような連中には見えなかったから、何かあると踏んでくすねといた。死体漁りはやっとくもんだな」
「ただのお守りにしか見えんが、なんなのだ、これは?」
「弾が当たらねえ理由。魔法が込められてるんだろうが、俺も詳しいことは分からねえ。ただ、あんたが殴れたところをみると、万能の盾って訳でもなさそうだ。攻撃を防ぐにしても条件があるんだろ、速さとか……材質とか……色々な」
「つまり、これがあれば魔女に対抗できるのか」
「そうなるが、あまりお勧めは――」
言いさしたレイヴンがふらつく。
魔銃の連続使用と魔女の守りの併用は、恐ろしく体力を消耗するらしく、急激な疲労感が彼を襲っていた。
「ヴァンクリフ、大丈夫か」
「――ああ。あまり、お勧めはしない。シールドを張るのに使用者の魔力を使うんだ、魔力の消費は体力の消費に繋がる。撃たれまくってると、身体が動かなくなるぞ」
勝手に発動していたお守りに魔力を持っていかれていた所為か、魔銃の威力は普段の半分以下にまで下がっていて、正直な所、早撃ち勝負の一弾目の控えめな射撃にはレイヴンが一番驚いていた。なにしろ拳サイズで抉っていく一撃が、通常の銃弾に近い弾痕にまで小さくなっていたのだから。
カウフマンは魔力や魔法について大いに疑問がありそうだが、質問を呑み込んで魔女のお守りをむしり取っていた。使える物はなんでも使う、それが生き残る秘訣だと彼はよく知っているのだろう。
「しかし、してやられた。急ぎサウスポイントへ戻らねば、追跡どころでは無い」
「戻るなら勝手に戻れ、俺は一人で行く」
「早まるな、オーロックスに魔女はおらん」
「……なに?」
レイチェル率いる盗賊団は町を焼いたのだ、ならば少なくとも町に出向いて調べるべきだとレイヴンは言った。
「魔女の手駒は減ってる、臆病風に吹かれてる場合じゃねえんだよ」
「まだ分からんか? この下僕共が襲ってきたのはレイチェルからの離反を狙ってのこと、あやつの計画には無い。あやつが町を焼いたのは、儂をサウスポイントから遠ざける為だ。あそこには助手が数人しか残っておらん、とてもじゃあないが魔女には太刀打ちできん」
「それじゃあ魔女には――」
「別の狙いがある。……む⁉」
二人は同時に気が付いた、街道を駆ける蹄鉄の音は夜の荒野に良く響くのだ。その馬は夜道にもかかわらず大急ぎらしく、次第に近づいてきていた。
「父さん! 父さん、いないのかいッ!」
声の主はカールだった。止まるよりも早く下馬した彼は地面に崩れ落ち、抱き起こしたクレイトンの手は生暖かいぬめりを感じ取る。たき火の光がカールを照らすと、彼のシャツは真っ赤に染まっていた。
どうやら肩を撃たれたらしく、レイヴンもすぐに止血を手伝った。幸い弾は貫通しているが、ろくに手当もしないで馬に揺られた所為か、かなり体力を消耗しているようだ。
「なにがあった⁉」
「……魔女の手下が、父さん達がいなくなるのを待ってたんだ。いきなり襲われて、戦ったんだけどみんなやられて、おれが伝えなきゃと思って……」
「喋るなカール、静かにしているんだ」
「ごめんよ父さん、おれ……」
「謝ることなどない、お前はよくやった」
だがカールは、脂汗滲む頭を振ってレイヴンへと目を向けた。
「レイヴン……あんたに伝言を預かってきた、盗賊からだ……」
「俺に? 何と言ってた?」
「せがれに無理をさせるな、レイヴン」
「いいんだ父さん、大丈夫だから。……明日の夜、クレイトン牧場に来いと」
ただ要求されただけで従うはずがないことぐらい誰にでも分かる、強制するからにはそれなりのカードを用意している、そして続きの言葉は最悪の事態をそのまま現わしていた。
「――アイリスが、攫われた」
夜間移動の危険性と到着後の行動に備えると休憩は必須で、人もそうだが同時に馬も休ませる必要がある、何処に行くにも馬の足が無ければのたれ死ぬのがオチだ。
彼等は野営を張って火を囲んでいたが……雰囲気? 悪いに決まっている。
手強い保安官とその助手、雇われたガンマンと、そこに混じった魔女を追う賞金首。石鹸と水と石油を同じ桶にブチ込んで混ぜながら火を点けてるようなもの、三種の異物は決して交わることはない。
食事も別々、会話なんかあり得ず、寝床も各々勝手に作って横になる始末。目的は各人、己が為あり、てんでバラバラな彼等を繋ぎ止めているのは、たった一つのたき火の明かりだけだ。
だからこそ寝静まった頃になって蠢く人影があっても不思議では無かった。
考えてもみるといい、強力な魔女が率いる盗賊団を相手取って賞金を手にするか、それとも、すぐそばで寝息を立てている賞金首を連れ去るか。懸賞金は下がるが、それでも数年は遊んで暮らせる金額が目前で転がっているのだから、二人組のガンマンが悪知恵働かせるのは必然とも言えた。
保安官も、他のガンマン達も明朝に備えて寝入っているのだから、襲うのは今が好機である。だが、追われる経験のある身としてはその程度の浅知恵に出し抜かれるはずがない、なにより道中で背中に熱い視線を受けていれば、送り主がどういう行動を取ろうとしているかは想像に難くない。
一同から離れたところで休んでいるレイヴンは攫うのに格好の場所にいたが、ロープ片手に忍び寄っていたガンマン二人は、彼の脇の下から覗く銃口に身を固めることになる。
「……お前を知ってるぞ、レイヴン・ヴァンクリフ」左の男が言った。
「小便なら他所にいけ。それとも、他になにか用か?」
目深に被ったハットの陰からレイヴンの鋭い左目だけが覗く、しゃがれた声は夜の荒野に静かに拡がった。相手の出方次第で他の連中の安眠を妨げることになる。
「こっちは二人だ、やっちまおう」右の男が言った。
「……知ってるのは顔だけか」
撃鉄はハナから起きているから、続きは指を動かせば語らせることが出来るのだ、「さぁ、どうする?」と尋ねてやれば、顔を見合わせじりじりと下がっていく二人のガンマン。今夜の行動の中で唯一正しい選択をしたと言えるだろう。
暗闇から低く嘶くシェルビーの声。彼女も同意見らしく、レイヴンと一緒にたき火の向こうに消えていくガンマン二人を見送っていた。
不意に、沈黙を引き裂いた銃声と共に、その姿が地に倒れ伏すまでは――
宵闇の中から襲いかかった銃声は、スコールさながらの強襲で二人を撃ち倒し、飛び起きた勢いで銃を引っ掴んだ保安官助手達の風通しも良くした。反撃に出るより先に身を伏せた四人だけが、弾雨による突然死を免れる。こういう事態を避ける為に見張りが一人立っていたはずだが、どうやら警告を発する前にやられてしまったらしい。
「どこから撃たれている⁉」
頭上を掠める弾丸に身を竦めながらカウフマンががなり散らす、レイヴンの目利き通り鉄火場慣れしている彼は、岩場の陰に身体を隠し反撃の準備を既に整えていた。
襲撃者は不明だが、半包囲されているのはかなりマズい。たき火の明かりの所為で、こちらの居場所は相手に筒抜け、こうなるとレイヴンでも身動きが取れず、枕代わりに寄り掛かっていた倒木の裏に転がり込んでいた。
「敵だらけだぜ保安官、右に三人!」
「左もだ、どこから出て来たんだこいつらは……。応戦しろ、撃ち返すんだ!」
混乱した士気を一喝。カウフマンは、なるほど人を率いる素質を確かに持ち合わせているようで、彼の号令に合わせて反撃が始まる。しかし各々が闇夜に瞬く銃口炎に向けて撃ち返すが、暗さで狙いがぼやけては命中させるのは難しく、更に狙っている間に多方向から撃たれるのではおちおち頭も出せなかった。
レイヴンには魔銃という奥の手もあるが、武器としての性能は銃の幅に収まっているので、詰まるところ狙えなければ当てられない。
その中でもガンマン達は果敢に反撃を行っていたが、悲しいかな命中弾は与えられなかった、なにしろ――
「弾が逸れてやがる……ッ⁉ こいつらまさか――ッ!」
言葉が途切れ、レイヴンの隣でどさりと湿った音が鳴った。胸と頭にどんぐりサイズの風穴開けたガンマンが虚ろな眼差しで彼を見つめている。
「……くそ、二人喰われたぞ、カウフマン!」
「残りは儂らだけの様だな。おのれ、魔女の下僕共め……」
全く以て分が悪い。
半包囲、数的不利、曇天夜、寝込みを狙った奇襲と、これでもかとばかりに悪条件ばかりが揃っている。逃げる背中を追うはずだった相手が仕組んだ襲撃は、盗賊稼業を生業としてるだけによく練られていて、最早、裏を掻かれたことは明白だった。
――と、そこかしこで鳴っていた銃声が収まりをみせる。勿論、その程度で迂闊に頭を出すレイヴン達ではなく、鉛に代わって飛んできた声にも慎重に耳を傾ける。
「カウフマン保安官、まだ生きてるな⁉ それに、ヴァンクリフ、お前もいるだろう! 安心しろ、殺しやしない、大人しく出てくればな!」
嘘くさい台詞の羅列に対して、さて、どうすると交わす視線。
従ったところでズドン、死んだふりしたところでズドン、どちらにせよ無傷ですむ線は限りなく細く、それならばいっそ賭に出るのも悪くない。
決意固めてレイヴンが首肯、カウフマンが襲撃者に応答した。
「わかった、降参だ。出て行くから撃たんでくれよ」
遮蔽物から身を晒すアホらしさに抗いながら、レイヴンは両手の拳銃を高く上げる。二挺とも弾切れだが、例え装填済みだとしても魔女の加護がある以上、下僕共に鉛玉は届かないのだ。カウフマンの掲げるライフルも、彼等相手では棒キレとどっこいである。
さあ、どうひっくり返してやるか。
「銃を捨てろ」
言われるがまま、地面に落とすレイヴン。
襲撃者は六人だった。
いくら早撃ちに自信があっても、銃を突き付けた六人相手に勝てる見込みは無いに等しい。倒せても二人が精々なので、策があるらしいカウフマンにこの場を任せてみるのも手だ。
「かの有名な盗賊団が今や魔女の下僕とは、いやはや……」
「保安官、あんたが生きてるのは運が良かったからじゃねえ、まだ利用価値があるからだ。そこんとこ勘違いするんじゃねえぜ」
「魔女への土産にでもするつもりかね? オーロックスを焼き、儂をおびき寄せたのも魔女の考えだとしたら、とことんまで落ちぶれたものだ」
「黙ってろ、あんたの出番は後だ。――今はこいつに用がある」
「……俺か? 出迎えなんざなくても、待ってりゃあこっちから挨拶に行ったぜ、下僕共」
集まった視線に眉根を寄せてやると、だが、襲撃者達は見当違いだと笑い飛ばした。
「ふん、レイチェルが魔女になったおかげで楽に仕事が出来るようになったが、いつまでも尻に敷かれていると思うか、俺達が。ヴァンクリフ、聞いた話じゃあ、お前は魔女を殺せる魔銃を持ってるらしいな」
「本当か、ヴァンクリフ?」
信じられないと言った表情でカウフマンが尋ねた。
「レイチェルをビビらせたかったんだが、宣伝しすぎたみたいだ」
「……渡して貰おうか」
「チッ、ここに――」
「おっと! 動くな。両手はそのままだ」
回転式拳銃とライフルが睨むが、レイヴンの右手はゆっくりと、しかし確実に腰の銃把に伸びていく。目を見開いた彼が浮かべる挑戦的な笑みは、早撃ち勝負の挑戦状だ。カウフマンは戦力外で実質6対1の勝負、さらに背中の魔銃は全く以て早撃ちに向かないと悪条件だらけであるが、場が定まってしまったのなら後は撃つだけだ。
レイヴンが挑む狂気の沙汰には、襲撃者達も苦笑せずにいられない。
「マジか、こいつやる気だぜ。――どう足掻いたってお前に勝ちの目はねえ、諦めるんだな」
「結果は直ぐに分かる、そうだろ?」
戦意充分、ビビリなし
集中力は十二分
身体の内から漲る力を腕から右の掌へ
死に迫る時間が延びる
風も凪いだ音無しの荒野
…………
――――…………
かちゃり……
堰を切ったのは緊張に忍び下がるカウフマンの拍車の音、錠を落としたような金属音の後を継ぐのは、都合七挺の銃声合唱。
先に撃ったのは襲撃者達、ほぼ同時に撃ち返したレイヴン。
火薬が怒鳴りつけあい、鉛の罵詈雑言が硝煙で周囲を覆ったあとの残響に聞こえるのは、身体の一部を無くしたいくつかの呻き声。
電光石火の殺戮劇
演じ終えた舞台上に残っているのはレイヴンと、リーダーと思しき襲撃者が一人だけ。だが、その襲撃者の生き残りもカウフマンの振るったライフルのフルスイングを頭に受けて昏倒したのだった。
生き残りを縛り上げながらカウフマンは言う。
「撃ち漏らしたな、ヴァンクリフ」
「手柄独り占めじゃあ、保安官の立つ瀬が無いだろ」
三人道連れにするのが精一杯な勝負だったはずなのに、レイヴンはしっかりと両足で地面を踏みしめていて、魔銃を指先で弄んでからホルスターに収める彼に、カウフマンは驚きを隠さずに尋ねる。穴だらけになって転がる未来しかなかった男が平然としていれば、歴戦のガンマンでも不思議に思うのだ。
「何故、生きている。どんなトリックを使った」
「特別なことはなにも」
ネタは実に単純で、失神している襲撃者の胸を指し、それから自分のポケットから同じ物を取り出す。
魔女の下僕達が持っているお守りである。
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「つまり、これがあれば魔女に対抗できるのか」
「そうなるが、あまりお勧めは――」
言いさしたレイヴンがふらつく。
魔銃の連続使用と魔女の守りの併用は、恐ろしく体力を消耗するらしく、急激な疲労感が彼を襲っていた。
「ヴァンクリフ、大丈夫か」
「――ああ。あまり、お勧めはしない。シールドを張るのに使用者の魔力を使うんだ、魔力の消費は体力の消費に繋がる。撃たれまくってると、身体が動かなくなるぞ」
勝手に発動していたお守りに魔力を持っていかれていた所為か、魔銃の威力は普段の半分以下にまで下がっていて、正直な所、早撃ち勝負の一弾目の控えめな射撃にはレイヴンが一番驚いていた。なにしろ拳サイズで抉っていく一撃が、通常の銃弾に近い弾痕にまで小さくなっていたのだから。
カウフマンは魔力や魔法について大いに疑問がありそうだが、質問を呑み込んで魔女のお守りをむしり取っていた。使える物はなんでも使う、それが生き残る秘訣だと彼はよく知っているのだろう。
「しかし、してやられた。急ぎサウスポイントへ戻らねば、追跡どころでは無い」
「戻るなら勝手に戻れ、俺は一人で行く」
「早まるな、オーロックスに魔女はおらん」
「……なに?」
レイチェル率いる盗賊団は町を焼いたのだ、ならば少なくとも町に出向いて調べるべきだとレイヴンは言った。
「魔女の手駒は減ってる、臆病風に吹かれてる場合じゃねえんだよ」
「まだ分からんか? この下僕共が襲ってきたのはレイチェルからの離反を狙ってのこと、あやつの計画には無い。あやつが町を焼いたのは、儂をサウスポイントから遠ざける為だ。あそこには助手が数人しか残っておらん、とてもじゃあないが魔女には太刀打ちできん」
「それじゃあ魔女には――」
「別の狙いがある。……む⁉」
二人は同時に気が付いた、街道を駆ける蹄鉄の音は夜の荒野に良く響くのだ。その馬は夜道にもかかわらず大急ぎらしく、次第に近づいてきていた。
「父さん! 父さん、いないのかいッ!」
声の主はカールだった。止まるよりも早く下馬した彼は地面に崩れ落ち、抱き起こしたクレイトンの手は生暖かいぬめりを感じ取る。たき火の光がカールを照らすと、彼のシャツは真っ赤に染まっていた。
どうやら肩を撃たれたらしく、レイヴンもすぐに止血を手伝った。幸い弾は貫通しているが、ろくに手当もしないで馬に揺られた所為か、かなり体力を消耗しているようだ。
「なにがあった⁉」
「……魔女の手下が、父さん達がいなくなるのを待ってたんだ。いきなり襲われて、戦ったんだけどみんなやられて、おれが伝えなきゃと思って……」
「喋るなカール、静かにしているんだ」
「ごめんよ父さん、おれ……」
「謝ることなどない、お前はよくやった」
だがカールは、脂汗滲む頭を振ってレイヴンへと目を向けた。
「レイヴン……あんたに伝言を預かってきた、盗賊からだ……」
「俺に? 何と言ってた?」
「せがれに無理をさせるな、レイヴン」
「いいんだ父さん、大丈夫だから。……明日の夜、クレイトン牧場に来いと」
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前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。

転移したらダンジョンの下層だった
Gai
ファンタジー
交通事故で死んでしまった坂崎総助は本来なら自分が生きていた世界とは別世界の一般家庭に転生できるはずだったが神側の都合により異世界にあるダンジョンの下層に飛ばされることになった。
もちろん総助を転生させる転生神は出来る限りの援助をした。
そして総助は援助を受け取るとダンジョンの下層に転移してそこからとりあえずダンジョンを冒険して地上を目指すといった物語です。
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