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第一話 拳銃遣いと龍少女
選択肢《ワースト・オブ・トゥ・オプション》Part.6
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母屋を飛び出したアイリスは辺り一面の新発見に感動していた。使用人らしき人達に挨拶しながら、彼女はひっきりなしに走り回る。
牛舎に厩に鶏小屋。
眺めているだけでもお腹が鳴りそうで、香り立つ芳しい、強烈な家畜の臭いには龍として思わず垂れた涎を拭ったほど。無論、彼女の興味は家畜に留まらない、栽培されている野菜もじっくりと観察し、その他の施設も見て回った。
中でも彼女が気に入ったのは尖塔のようなサイロである。理由は案外単純で、サイロ内で発酵させている飼料で寝たら気持ちいいのではというものだ。
人間の姿になってからこっち、どれもこれも新発見の連続だったが、この牧場はその中でも上位に入る素晴らしさ。行く先々で黄色い声を上げるものだから、使用人には奇異の目で見られたが、今更そんなことを気にするアイリスではなく、暫く敷地内を思う存分走り回って、ようやく満足したようだった。ただ惜しむらくは、一人でいる為にこの感動を伝える相手がいないということである。
――レイヴンはまだお話ししているのでしょうか。
彼女は話し相手を求めて母屋へと足を向けるが、ふと違和感に気が付いた。繋ぎ棒に繋がれていたはずのシェルビーがいない。シェルビーはレイヴンの事を大変好いているので、勝手にいなくなるようなことはないはず、そう思って辺りを見回すと、シェルビーと思しき尻尾が離れた所にある厩に入っていくのが見えたので、アイリスもそちらへ歩いて行く。
なんだか楽しくなっていた彼女は、ちょこっと悪戯心を出して忍び足で近づいてみた。回りには全然人気がなく、どうしてこんなところにシェルビーがいるのか不思議がっていると中から声が聞こえてきた。
それは舌っ足らずな童女の声だった。
「へぇ~、あなた、しぇるびーっていうの? かわいいなまえね」
立ったままでも馬の下をくぐれる程の身長では、重たい鞍など下ろすこともできないのだが、シェルビーの事を思ってか、彼女は一応の努力をしていた。しかしまぁ、台座に乗っても鞍に手が届くのがやっとでは、叶わない願いであったが、そんな童女の優しさに感謝したのか、シェルビーは喉をぐるぐると鳴らす。
「しぇるびーはえらいね、いっしょにたびしてるんだ? いいなぁ~。わたしね、パパがおうちにいなくちゃいけませんっていうの。だから、まちにもあんまりいったことないの。おはなしきかせてくれる? え~、すこしだけでいいからおねがい。あ、ちょっとまって?」
ぴょんと台座から下りると、童女はシェルビーの左前脚を見つめた。小さいけれど切り傷がある、草か何かで切ったものだろう。白い脚の毛がうっすらと赤に染まっている。
「……いたい?」とシェルビーを見上げると、彼女はそっぽを向いてしまう。
「つよがっちゃだめ、ちっちゃくてもばいきんがはいっちゃうかもしれないんだよ? ……まっててね?」
すると童女は、辺りをきょろきょろと見回して、唇に指を当てて見せた。「ないしょ」とシェルビーに笑いかけると傷口に両手を当てて、おまじないを唱える。それはどこの家庭でも唱えられる至極一般的な「いたいのいたいの、とんでけ~」であったがしかし、ちょっとだけ普通と違う事態が起きていた。
童女の両手から発する温かな光が傷口を包み、光が収まる頃にはシェルビーの傷はすっかり治ってしまっていたのである。
「えへへ、よかった。どうしぇるびー、もういたくない?」
嘶くシェルビーをにっこりと眺める童女だったが、その柔らかい表情は一転することになる、秘密の瞬間に一石を投じる声が投げ込まれたのだ。
底抜けに明るいその声は、童女にとって銃声に近い驚きがあったらしい。
「こ~んに~ちは!」
「きゃぁあ!」
仰天した童女は悲鳴を上げるや物陰に隠れてしまい、驚いたシェルビーは立ち上がる始末。厩の入り口からひょっこり覗き込んだアイリスは、自分の一声でこんなに大事になるとは思っておらず、彼女まで目を丸くしてしまっていた。
「あわわ! シェルビーだいじょうぶです、わたしですよ~。まさかこんなに驚かれるとは」
謝罪の意を込めて彼女はシェルビーの首を撫でてやるが、嫌がるシェルビーに頭突きされてしまった。どうにも相性が悪く、アイリスは旅の休憩中にも、何度かコミュニケーションを図っていたのだが、そのたびに手痛くあしらわれていた。
「イタい、イタいです、シェルビー! 困った人――いやさ、馬ですね。もう少し仲良くしましょうよ、一緒に旅をする仲間なんですから。どうしてわたしを嫌うんです?」
一向に改善しない関係を迂闊に問えば、耳を伏せた険しい眼付きで睨み返されるのだった。顔を突き出しているのは威嚇の仕草で、シェルビーが感情も露わにアイリスと対峙していると、物陰から消え入りそうな意見が囁かれる。
「しぇるびーはね? れいぶんってひとが、すきなんだって。だからね、おねえちゃんのことが、あんまりすきじゃないんだって」
「……ふむぅ~、わたしはとても尊敬しているんですが伝わりませんか。――あなたはシェルビーの気持ちが分かるんです? あっと、わたしは――」
「あいりす、でしょ? その子がおしえてくれた」
童女は物陰に隠れたままだったので、アイリスの方から歩み寄って、彼女はそのまま童女の横に腰を下ろした。童女があれこれ知っている事にも特に驚いた様子もなく、浮かべる笑みは干し草よりも柔らかい。
「もう一度、こんちにはです。驚かせてごめんなさい。あなたのお名前は?」
知らない人に警戒しているのだろうか。何度かアイリスの顔を見上げては、口を開きかけては閉じるを繰り返し、童女はようやく「クリスタル」と名乗ってから、恥ずかしそうに顔を伏せた。……或いは怯えていたのかもしれないが、どっこいアイリスは些か感情の機微に疎いのである。
「クリスタル、実に美しい響きです。優しくて澄んでいる、あなたの心根を現わす相応しい名前ですね」
「あ、ありがとうなの……あいりすさん」
「アイリスで結構ですよ、敬称というのはどうにも馴染みがないので」
それになにより堅苦しく、相手との距離を感じてしまうので、そのままの名前で呼んで貰える方がアイリスは嬉しかった。幼いながらも礼儀正しいクリスタルからは、両親の愛情と教育をひしひしと感じるが、個人間で許せるならば呼び捨ての方がいい。
しかし、呼び方で距離が縮まっても、心を許せるかとなれば別の話。見られちゃいけないところを見られたかもしれないとなれば、余計に――。尋ねるだけでもかなりの勇気が必要だったろうが、クリスタルは恐る恐る、隣に座っている金髪少女を見上げるのだった。
「あいりすは、……さっきのみてた?」
どう答えようか考えるアイリスは、見つめているクリスタルの目をじっと見つめる。仔細までくっきりと映し出している童女の瞳には、ささやかな偽りも通じないだろう。
「……う~ん、はい。見ていました、シェルビーの怪我を治していましたね」
「あのね、パパとママにはないしょにしててほしいの! おねがい!」
縋るようにクリスタルは言うが、アイリスは頷くよりもまず、隠したがる理由を尋ねる。
「どうして隠したがるんです? クリスタルは良いことをしたのに」
「つかっちゃだめだって言われてるの、へんな力だって。わたし、みんなをなおしてあげただけなんだけど……」
「ふ~む、魔法が変な力ですか、とことん人間が持つ了見の狭さには驚かされますね」
常識が異なるからこそアイリスはあっけらんと溢すのだが、それだけにクリスタルには衝撃だった。口にするのも慎重になる言葉を、こうも気軽に言える人がいるなんて、と。
「あいりすはこわくないの? わたしのこと、へんな力があるのに」
「はい、全然、怖くありませんよ?」
「どうしてなの?」
「魔法や魔女に対して知識がありますから。むしろ好意すら持てます、クリスタルは他者を思いやる気持ちが強いんでしょうね、だからこそ動物の言葉も理解できるし傷を癒やす魔法が使えるんです。そんな優しい人を嫌う方が難しいですよ」
しかし、これは人外であるアイリスだからこその認識であって、一般の人間が有する常識とは大きくかけ離れている。クリスタルの両親が後者であることは言わずもがなだ。
「……でもね、パパはそんなのつかっちゃだめだっていうの、あぶないって、いけないことだって言うの」
「クリスタルの事が大切なんです、それは間違いありません。人間とは種から逸脱した者を排除する傾向があるようなので、ご両親が心配するのも分かります、わたしもレイヴンのおかげで色々と学べたので」
だから心配する必要は無い。そう言うつもりだったのだが、クリスタルは膝を抱えて泣き始めてしまうのだった。世界に蔓延する誤解から生じた常識と、そこから発生した認識は童女の精神さえも毒のように苛んでいた。
のしかかる不安、歪められた認識は童女の未来さえも変えてしまいかねない。
「……わたし、わるいこになっちゃうのかな」
「何故、そう思うんです?」
「だってね、まじょはわるいことをするんでしょ? パパがそう言ってたの、牧場をまじょがぬすみにくるって、おこってた。……わたし、わるいまじょになりたくないよ、パパにきらわれたくない」
無垢な子供にとって大人の常識とは世界の常識だ、入ってくる知識が限られる以上、それが認識の基礎となるのは自明である。しかし誤った認識を元に築かれた常識が、幼子の心や未来までも歪めているなんて信じられない。
無知から生まれた排他主義の醜さには、アイリスでも怒りを感じずにはいられなかった。なにより、有望である童女の未来がこんな些事で潰されるのが許せない。
「いいですかクリスタル、よく聞いてください。魔女だからといって一概に悪いとは言えません。確かに世間では悪さをする魔女もいるようすが、中には良い魔女もいるんですよ。人間の中にも良い人間と悪い人間がいるようにです。大切なのはあなたがどうなりたいか、そしてどうありたいかで、どう思われているかではありません。クリスタルが良い魔女になりたいのであれば、そうなれるでしょう」
「…………でも、どうしたらいいのかわからないよ」
「まずはご両親が魔女に抱いている認識を改める必要がありますね。難しいでしょうけど、やってみましょうか。話さないことには何も始まりませんし」
そして立ち上がるアイリスだが、クリスタルはまだ膝を抱えたままだった。
「どうして、アイリスはわたしにやさしくしてくれるの?」
「実は友達に魔女がいるんです。なので、魔女というだけで悪く言われるのは、わたしとしても不愉快でして。……さあ、行きましょうか」
そして差し出された手を掴んだ瞬間、クリスタルは驚愕の表情でアイリスを見つめる。直接触れることで流れ込む魔力、その異質さに彼女は気が付いたらしかった。
そっと微笑みを浮かべたアイリスは口元に指を当てると、童女にして発現している魔女の才能に、喜びを覚えながら「ナイショです」と囁いた。
牛舎に厩に鶏小屋。
眺めているだけでもお腹が鳴りそうで、香り立つ芳しい、強烈な家畜の臭いには龍として思わず垂れた涎を拭ったほど。無論、彼女の興味は家畜に留まらない、栽培されている野菜もじっくりと観察し、その他の施設も見て回った。
中でも彼女が気に入ったのは尖塔のようなサイロである。理由は案外単純で、サイロ内で発酵させている飼料で寝たら気持ちいいのではというものだ。
人間の姿になってからこっち、どれもこれも新発見の連続だったが、この牧場はその中でも上位に入る素晴らしさ。行く先々で黄色い声を上げるものだから、使用人には奇異の目で見られたが、今更そんなことを気にするアイリスではなく、暫く敷地内を思う存分走り回って、ようやく満足したようだった。ただ惜しむらくは、一人でいる為にこの感動を伝える相手がいないということである。
――レイヴンはまだお話ししているのでしょうか。
彼女は話し相手を求めて母屋へと足を向けるが、ふと違和感に気が付いた。繋ぎ棒に繋がれていたはずのシェルビーがいない。シェルビーはレイヴンの事を大変好いているので、勝手にいなくなるようなことはないはず、そう思って辺りを見回すと、シェルビーと思しき尻尾が離れた所にある厩に入っていくのが見えたので、アイリスもそちらへ歩いて行く。
なんだか楽しくなっていた彼女は、ちょこっと悪戯心を出して忍び足で近づいてみた。回りには全然人気がなく、どうしてこんなところにシェルビーがいるのか不思議がっていると中から声が聞こえてきた。
それは舌っ足らずな童女の声だった。
「へぇ~、あなた、しぇるびーっていうの? かわいいなまえね」
立ったままでも馬の下をくぐれる程の身長では、重たい鞍など下ろすこともできないのだが、シェルビーの事を思ってか、彼女は一応の努力をしていた。しかしまぁ、台座に乗っても鞍に手が届くのがやっとでは、叶わない願いであったが、そんな童女の優しさに感謝したのか、シェルビーは喉をぐるぐると鳴らす。
「しぇるびーはえらいね、いっしょにたびしてるんだ? いいなぁ~。わたしね、パパがおうちにいなくちゃいけませんっていうの。だから、まちにもあんまりいったことないの。おはなしきかせてくれる? え~、すこしだけでいいからおねがい。あ、ちょっとまって?」
ぴょんと台座から下りると、童女はシェルビーの左前脚を見つめた。小さいけれど切り傷がある、草か何かで切ったものだろう。白い脚の毛がうっすらと赤に染まっている。
「……いたい?」とシェルビーを見上げると、彼女はそっぽを向いてしまう。
「つよがっちゃだめ、ちっちゃくてもばいきんがはいっちゃうかもしれないんだよ? ……まっててね?」
すると童女は、辺りをきょろきょろと見回して、唇に指を当てて見せた。「ないしょ」とシェルビーに笑いかけると傷口に両手を当てて、おまじないを唱える。それはどこの家庭でも唱えられる至極一般的な「いたいのいたいの、とんでけ~」であったがしかし、ちょっとだけ普通と違う事態が起きていた。
童女の両手から発する温かな光が傷口を包み、光が収まる頃にはシェルビーの傷はすっかり治ってしまっていたのである。
「えへへ、よかった。どうしぇるびー、もういたくない?」
嘶くシェルビーをにっこりと眺める童女だったが、その柔らかい表情は一転することになる、秘密の瞬間に一石を投じる声が投げ込まれたのだ。
底抜けに明るいその声は、童女にとって銃声に近い驚きがあったらしい。
「こ~んに~ちは!」
「きゃぁあ!」
仰天した童女は悲鳴を上げるや物陰に隠れてしまい、驚いたシェルビーは立ち上がる始末。厩の入り口からひょっこり覗き込んだアイリスは、自分の一声でこんなに大事になるとは思っておらず、彼女まで目を丸くしてしまっていた。
「あわわ! シェルビーだいじょうぶです、わたしですよ~。まさかこんなに驚かれるとは」
謝罪の意を込めて彼女はシェルビーの首を撫でてやるが、嫌がるシェルビーに頭突きされてしまった。どうにも相性が悪く、アイリスは旅の休憩中にも、何度かコミュニケーションを図っていたのだが、そのたびに手痛くあしらわれていた。
「イタい、イタいです、シェルビー! 困った人――いやさ、馬ですね。もう少し仲良くしましょうよ、一緒に旅をする仲間なんですから。どうしてわたしを嫌うんです?」
一向に改善しない関係を迂闊に問えば、耳を伏せた険しい眼付きで睨み返されるのだった。顔を突き出しているのは威嚇の仕草で、シェルビーが感情も露わにアイリスと対峙していると、物陰から消え入りそうな意見が囁かれる。
「しぇるびーはね? れいぶんってひとが、すきなんだって。だからね、おねえちゃんのことが、あんまりすきじゃないんだって」
「……ふむぅ~、わたしはとても尊敬しているんですが伝わりませんか。――あなたはシェルビーの気持ちが分かるんです? あっと、わたしは――」
「あいりす、でしょ? その子がおしえてくれた」
童女は物陰に隠れたままだったので、アイリスの方から歩み寄って、彼女はそのまま童女の横に腰を下ろした。童女があれこれ知っている事にも特に驚いた様子もなく、浮かべる笑みは干し草よりも柔らかい。
「もう一度、こんちにはです。驚かせてごめんなさい。あなたのお名前は?」
知らない人に警戒しているのだろうか。何度かアイリスの顔を見上げては、口を開きかけては閉じるを繰り返し、童女はようやく「クリスタル」と名乗ってから、恥ずかしそうに顔を伏せた。……或いは怯えていたのかもしれないが、どっこいアイリスは些か感情の機微に疎いのである。
「クリスタル、実に美しい響きです。優しくて澄んでいる、あなたの心根を現わす相応しい名前ですね」
「あ、ありがとうなの……あいりすさん」
「アイリスで結構ですよ、敬称というのはどうにも馴染みがないので」
それになにより堅苦しく、相手との距離を感じてしまうので、そのままの名前で呼んで貰える方がアイリスは嬉しかった。幼いながらも礼儀正しいクリスタルからは、両親の愛情と教育をひしひしと感じるが、個人間で許せるならば呼び捨ての方がいい。
しかし、呼び方で距離が縮まっても、心を許せるかとなれば別の話。見られちゃいけないところを見られたかもしれないとなれば、余計に――。尋ねるだけでもかなりの勇気が必要だったろうが、クリスタルは恐る恐る、隣に座っている金髪少女を見上げるのだった。
「あいりすは、……さっきのみてた?」
どう答えようか考えるアイリスは、見つめているクリスタルの目をじっと見つめる。仔細までくっきりと映し出している童女の瞳には、ささやかな偽りも通じないだろう。
「……う~ん、はい。見ていました、シェルビーの怪我を治していましたね」
「あのね、パパとママにはないしょにしててほしいの! おねがい!」
縋るようにクリスタルは言うが、アイリスは頷くよりもまず、隠したがる理由を尋ねる。
「どうして隠したがるんです? クリスタルは良いことをしたのに」
「つかっちゃだめだって言われてるの、へんな力だって。わたし、みんなをなおしてあげただけなんだけど……」
「ふ~む、魔法が変な力ですか、とことん人間が持つ了見の狭さには驚かされますね」
常識が異なるからこそアイリスはあっけらんと溢すのだが、それだけにクリスタルには衝撃だった。口にするのも慎重になる言葉を、こうも気軽に言える人がいるなんて、と。
「あいりすはこわくないの? わたしのこと、へんな力があるのに」
「はい、全然、怖くありませんよ?」
「どうしてなの?」
「魔法や魔女に対して知識がありますから。むしろ好意すら持てます、クリスタルは他者を思いやる気持ちが強いんでしょうね、だからこそ動物の言葉も理解できるし傷を癒やす魔法が使えるんです。そんな優しい人を嫌う方が難しいですよ」
しかし、これは人外であるアイリスだからこその認識であって、一般の人間が有する常識とは大きくかけ離れている。クリスタルの両親が後者であることは言わずもがなだ。
「……でもね、パパはそんなのつかっちゃだめだっていうの、あぶないって、いけないことだって言うの」
「クリスタルの事が大切なんです、それは間違いありません。人間とは種から逸脱した者を排除する傾向があるようなので、ご両親が心配するのも分かります、わたしもレイヴンのおかげで色々と学べたので」
だから心配する必要は無い。そう言うつもりだったのだが、クリスタルは膝を抱えて泣き始めてしまうのだった。世界に蔓延する誤解から生じた常識と、そこから発生した認識は童女の精神さえも毒のように苛んでいた。
のしかかる不安、歪められた認識は童女の未来さえも変えてしまいかねない。
「……わたし、わるいこになっちゃうのかな」
「何故、そう思うんです?」
「だってね、まじょはわるいことをするんでしょ? パパがそう言ってたの、牧場をまじょがぬすみにくるって、おこってた。……わたし、わるいまじょになりたくないよ、パパにきらわれたくない」
無垢な子供にとって大人の常識とは世界の常識だ、入ってくる知識が限られる以上、それが認識の基礎となるのは自明である。しかし誤った認識を元に築かれた常識が、幼子の心や未来までも歪めているなんて信じられない。
無知から生まれた排他主義の醜さには、アイリスでも怒りを感じずにはいられなかった。なにより、有望である童女の未来がこんな些事で潰されるのが許せない。
「いいですかクリスタル、よく聞いてください。魔女だからといって一概に悪いとは言えません。確かに世間では悪さをする魔女もいるようすが、中には良い魔女もいるんですよ。人間の中にも良い人間と悪い人間がいるようにです。大切なのはあなたがどうなりたいか、そしてどうありたいかで、どう思われているかではありません。クリスタルが良い魔女になりたいのであれば、そうなれるでしょう」
「…………でも、どうしたらいいのかわからないよ」
「まずはご両親が魔女に抱いている認識を改める必要がありますね。難しいでしょうけど、やってみましょうか。話さないことには何も始まりませんし」
そして立ち上がるアイリスだが、クリスタルはまだ膝を抱えたままだった。
「どうして、アイリスはわたしにやさしくしてくれるの?」
「実は友達に魔女がいるんです。なので、魔女というだけで悪く言われるのは、わたしとしても不愉快でして。……さあ、行きましょうか」
そして差し出された手を掴んだ瞬間、クリスタルは驚愕の表情でアイリスを見つめる。直接触れることで流れ込む魔力、その異質さに彼女は気が付いたらしかった。
そっと微笑みを浮かべたアイリスは口元に指を当てると、童女にして発現している魔女の才能に、喜びを覚えながら「ナイショです」と囁いた。
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