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第一話 拳銃遣いと龍少女

選択肢《ワースト・オブ・トゥ・オプション》Part.4

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 いくら広い家でも牧場に建つ一軒家だ。家人それぞれの個室はあっても、さすがに応接室まではなく、レイヴン達が通されたのはダイニングだった。しかしたんにダイニングといっても、調理道具からカーペットまで綺麗に掃除されている為か、木張りの室内にしては明るく感じる。いい家だ、奥さんはかなりの働き者なのだろう。

「さっきはすまなかったな、どうか許してもらいたい」
「いいんです、気にしてません。レイヴンも気にしてないですよね?」
「何事もなかったんだ、あんたが謝る必要は無いさ」

 毎度の事ながらアイリスは勧められるままに椅子に座り、ニコニコ顔で辺りを見回している。レイヴンは壁際に立ったまま、振る舞われたコーヒーに口は付けたが、一口飲んだだけで残りはテーブルで湯気を上げ続ける加湿機構と化していた。

「よそ者には用心するに越した事は無い、怪しいのも自覚してるしな。話聞かせてもらったらすぐにお暇するよ」
「今から出たんでも町に着くのは明日の昼になる、今夜はウチで過ごすといい。若い女性連れじゃあ、野宿は酷だろう」
「お気持ちありがたく頂戴します、クレイトンさん」
「離れに小屋があるから、自由に使ってくれて構わない。家に泊めてやりたいところだが、家族もいるのでな、そこは理解してくれ」

 充分すぎる条件だ。野っ原でキャンプを張っても回りは危険ばかりなので、神経は張り詰めたまま、身体の疲れは残ってしまう。それに比べれば、野生動物や盗賊に襲われる心配が減るだけでもリラックスできる。

「それで、MS.アイリス。魔女について話す前に教えてほしい。お嬢さんの言う研究ってのはどういうものなんだ」

 魔女について毛嫌いしている雰囲気だったので、明らかに関心からきているボビーの質問は思いがけないものだった。なので、口八丁で魔女魔法研究者にされたアイリスがしどろもどろになる前にレイヴンが答える。なにより彼女は窓の外の景色を眺めていて、集中力散漫だ、喋らせれば余計な事を口走るかもしれない。

「魔女や魔法について詳しく調べて、一般人……、まあ俺達普通の人間に、魔女の正しい認識を広めようって事らしいぜ? そうだろ、アイリス」
「そ、そうそう、そうなんです! レイヴンはわたしの話をよく聞いていますね」

 折角、誤魔化してやっても、頷けばいいだけの所で無理に喋ろうとする所為で、アイリスからは嘘くさい気配がボロボロこぼれ落ちていくのだった。彼女の場合、普段と嘘をついている時との差が歴然なので、すぐにボビーにも気付かれるだろう。
 すぐにフォローに入るレイヴンだったが、いつまで保つことやら。

「俺もどうかしてるとは思う、魔女っていやぁ正体不明の存在だ。魔法についてもよく分かってねえし、不気味だがまぁ、仕事だしな」
「……魔女ってのは、なんなんだ?」

 この問いは、魔女について尋ねる上で避けては通れないものだった。しかも、多くの謎に包まれている魔女を研究している人物が相手となれば尚更で、手助けしたいところだが、こればっかりはアイリスが答えなければ怪しまれる。そうレイヴンが心配していると、彼女散らしていた集中力をかき集めてはつらつらと、宿屋でレイヴンにしたのと同じ説明をボビーに話したのだった。その語り口は軽やかつ丁寧で、やはりアイリスは緊張云々ではなく、単純に嘘がヘタクソらしい。

 幻子から魔力が生まれ、魔力は魔法の原動力となる。そして魔女とは魔法を発現できる女性をさし、女性ならば誰でもなり得る可能性があると、簡潔にまとめればこうなるのだが、口を挟まず聞いていたボビーの表情はあまりにも硬かった。

 異言語で捲し立てられているのも当然なのだから、理解できないのも無理はない。レイヴンにしたって、他に説明のしようがないから、アイリスの説明を受け入れたのに過ぎないのだ。と、暫く考え込んでいたボビーに対して、今度は彼女の方から質問を促し始めた。何故だか彼女はそわそわしている。

「気になる点があれば何なりと訊いてください。あ、わたしは魔女じゃないですよ。レイヴンにも訊かれましたので、先に答えておきますね」

 やはり、どこか急かすような訊き方だが、ボビーは暫く悩んだ末に口を開いた。「元に戻るのか?」と彼は訊く。

「…………すいません、クレイトンさん。いまいち意味が」
「すまない……。そうだな、魔女になった人間は元に戻れるのか? と訊いているんだ」

 アイリスは首を傾げる。まるで不思議な鳴声を出す動物でも見るかのように。

「戻るもなにも、魔女は魔女ですから。人間が人間なのと一緒ですよ、どんなに戻ろうとしても猿には戻れないでしょう? 魔法の才を持った女性が魔女なんです、それ以上でも以下でもありません。やはり誤解があるようですね、何が不安なんです?」
「怪しげな魔術を使う魔女など恐怖の対象でしかないだろう、欧州じゃあその昔には魔女の呪いで国が滅んだって話もあるじゃないか。化物だよ、連中は」
「あくまで人間の伝承に過ぎませんよ。魔女とは元来、非常に面倒くさがりなので他者との接触を好みませんし、国を滅ぼす事に時間を割くなら自分の研究に没頭するでしょう。変わり者で、世捨て人が殆どですから」

 その手の噂は何処にでも転がっている、誇張された三文小説みたくありふれたもの。事実かどうか確かめようにも、噂を流した当人は400年以上前にくたばっている、魔女が本当に無関係なら風評被害もいいとこで、アイリスは魔女達の気持ちを代弁するように続きを述べた。その言葉には彼女自身の意見も大いに含まれている。

「それにですね、わたしは人間こそ化物と呼ばれるに相応しいと思いますよ? 食べる為でもなく同族で憎しみあい、命を奪い合うんですから。――他には? なにか気になります?」

 お前こそ化物だろうと罵られた気分だろうか、ボビーは「いや、特には……」と口ごもるだけ。そしてその返事を訊くやいなや、アイリスは椅子から勢いよく立ち上がったのだった。

「では! レイヴン! わたし、もう我慢できませんッ! 席を外してもいいですか⁉」
「なんだ、便所我慢してたのか。さっさと行ってこいよ」

 言葉の選択を誤ったのは間違いない。しかし様子から察するには的を射ていたはずだったが、彼は赤面したアイリスにぽこぽこ叩かれることになった。

「ち、ちがいますよ! ほんとデリカシーないです!」
「じゃあなんで、そわそわしてたんだよ」

 レイヴンがされるがままに胸を叩かれていると、アイリスはすぐさまボビーへと向き直って、黄金の瞳を輝かせた。西部の男でも、怯ませるには充分な威力である。

「クレイトンさん、牧場を見て回りたいのですが、よろしでしょうか! わたしは、もう好奇心が抑えきれないのです、この牧場は素晴らしい感じがしますので!」
「……それは、構わないが。魔女の話はいいのか?」
「続きは彼が聞きます。任せて良いです、レイヴン?」

 形式として尋ねてはいるが、答えは聞いていない様子で、レイヴンが頷くや彼女は歓声上げつつ牧場へと飛び出して行ってしまった。まぁ元々はレイヴンが知りたい話なので、アイリスにはいっそ席を外してもらった方が、綻びがなくなるだけ気楽になるというものだ。
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