ワイルドウエスト・ドラゴンテイル ~拳銃遣いと龍少女~

空戸乃間

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第一話 拳銃遣いと龍少女

悪魔の銃を持つ男《ピストレーロ デル ディアブロ》 Part.3

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 開店と同時やってきた珍客に、店主が何を思ったのかは定かではないが、後年において店の歴史に、あわよくば西部開拓史の一ページに刻まれたのは間違いないだろう。事実を触れ回った店主の頭が、日射にやられたと疑われなかればの話だが……。

 その服飾店は町の他の商店同様一階建てで、衣服という嵩張る商品を売るのには手狭な様子だったが、店主の類い希な努力により、棚は勿論天井まで余すことなく利用することで、膨大な商品の陳列に成功していた。

「おはようハウディ、もうやってるか?」
「え、……ええどうぞ、見ていってください」

 昨夜の決闘が誰によって行われたのかは既に噂になっているらしく、店主は一瞬の躊躇いを見せたが、それでも入店を拒むことはなく、レイヴンとアイリスを店内へと招き入れた。商売魂が逞しいのか、それともレイヴンがそれとなくガンベルトを持ち上げたからなのか、理由は定かではないが、店主の対応は少しばかり腰が退けている。

「それで……ええっと、お客様、本日はどのような商品をお求めでしょう」
「そっちの女にブーツと服を一式、下着からワンセットで揃えてくれ」


 彼が指さすそっちの女ことアイリスは、おとぎの国にでも迷い込んだかのように、狭い店内を忙しなく見て回って、ひたすら感嘆符を並べている。
 店主としては、あれだけ騒ぐ客も珍しいだろうが、しかし彼は「一式でございますか?」と、心配そうにレイヴンの身なりを確かめ、そして顔色を覗いつつ、続けた。


 どんな商売でも客の懐具合を探るのが、店主の観察眼が試される瞬間だ。
 服一式で七ドル、ブーツで一〇ドル。

 カウボーイ半月分の給料となれば結構な額で、ましてやカウボーイやガンマンというのは直ぐに賭けたがる人種だ。目の前の客が裕福かと問われれば、身なりこそ整えているが、気前よく払えるようには見えなかった。

「お洋服一式でしたらご都合出来ますが、ブーツもとなりますと当店の方では……」
「金なら心配ない」

 こうなることを予想していたレイヴンは、そう言ってコインを弾き渡す。
 最初は店主も馬鹿にされていると思ったろう、しかし、よくよくコインを改めると一気に態度が変化した。黄金色の貨幣、そこに刻まれた人物の横顔と20ドルの文字は、店主をいっそ別人に変えるくらいの力があり、怯えていた店主はどこかに消えていた。


「是非、わたくしめにお任せ下さい! 当店最高の品をご用意いたしますので」
「服は勝手に見てるから、ブーツだけ用意しといてくれ。どうせ奥に置いてるんだろ」
「またまた、意地の悪いことを仰らないでくださいお客様。ただいまお持ちいたしますので、少々お待ちください」

 せかせかと、そうして奥へと引っ込んでいく店主の後ろ姿は、働き蟻を彷彿とさせる機敏さだった。

「現金だな。――どうだアイリス、決まったか?」
「決まりません、決まる気がしません、たくさんあって目移りしてしまいます」

 金髪を揺らしてあっちへふらふら、こっちへふらふら。踊っているようでもあるが、真剣さは背中かも伝わってくる。

「うーん、どういった服がいいんです? わたしにはさっぱりです」
「長く着るからな、分厚くて丈夫なやつがいい。あとは動き易い方がなにかと便利だ」
「じゃあ、この服なんてどうです? 見てみてください」

 アイリスが手渡したのは牧場の娘が好んで履くタイプのスカートで、飾り気は少ないが、生地は丈夫で縫い目もしっかりしており、騎乗しても下着が見えないよう、股下はパンツ型になっている。
 初めての目利きにしては良い線で、悪くないな、というのがレイヴンの印象だ。そして、そんな彼を後押しするように店主が戻ってきた。


「お客様、そのスカートを選ばれるとはお目が高い!」
「ねえレイヴン、この人さっきからヘンですけど、なにかあったんですかね」
「太鼓持ってんだ、任せてやれ。――それで?」
「このスカートはですね、実はウチの娘が縫ったものでして、近隣の牧場で働くご婦人方の要望を取り入れた品なんですよ。ちょっとよろしいですか」

 そして、スカートを受け取った店主は、声高らかに宣伝を始める。

「農作業などで膝を折ることがありますよね、そんな時、これまでのスカートではどうしても前の部分が土について汚れてしまう、歩くにしても邪魔になってしまう場合があるのです。そんな時こそ、このスカートの素晴らしき機能が活かされると言うわけです」

 やはり売り慣れている店主の手つきはスムーズで、スカートはその形を数秒で変えた。その変化は、確かに機能的でレイヴンも思わず頷くほど。

「このように膝の高さでスカートの全部を左右に開くことが出来るのです。これにより悪所でも歩きやすく、暑い日の作業も快適。貞淑な淑女から活発なお嬢さんまで、幅広く人気な一品ですよ」
「予想外にまともで驚いてる、あとはアイリスしだ――」
「これください!」

 即決。確かに商品としては買いなのは間違いないが、アイリスに買い物を任せるのは止めておこうとレイヴンは心に決めた。

「あとはシャツだな」
「下着はこちらにご用意してあります。シャツでしたら、こちらのフリル付きのはいかがでしょう、お嬢様の白い肌に良く合うと思いますが」
「生地が弱い。これじゃ日射しを防げねえだろ、却下だ。装飾はいいから機能的なのを頼む」
「レイヴンが着てるシャツはダメなんです?」
「カウボーイシャツか? 機能的だが、男臭いぞ」

 基本的には仕事用の飾り気など皆無なワークシャツだ。アイリスが良いというなら止める理由もないのだが、些か寂しい感じもする……。なんてレイヴンが考えた矢先に、待ってましたと店主がしゃしゃり出てきて、弁舌っぷりをまたも披露し始めた。

「そんなお嬢様にこちらがお勧め! 当店自慢の女性用シャツ、カウガールシャツでございます。働きながらも美しくありたい、そんな女性皆々様のご希望にお応えしたこの商品、カウボーイシャツの機能はそのままに、形状を女性に合わせてスリムに改良、当然刺繍による飾りも忘れてはおりません。正に、美しく働く女性の為の一着でございますよ~! いかがでしょう⁉」
「これください!」
「ありがとうございます!」

 そして乗せられるがままにアイリスが選び取ったのは、胸元に華の刺繍がされた一着。商品を確かめる限り、これも買いな一品なのだが、なんだか腑に落ちないレイヴンである。

「それでは最後にブーツですね、どうぞこちらへ」

 さささ、と案内されると、そこにはずらりとカウボーイブーツが並んでいた。
 胴部分は膝下までを覆い、爪先は鐙にかけやすいようとんがり型、落馬の際足が抜けやすいよう踵が少し高くなっているのがカウボーイブーツの基本形で、おおよそのブーツは似たり寄ったりの形をしている。

 しかし、服選びではアイリスに選ばせていたレイヴンだったが、ここだけは彼がその場で選んだ。女性用の服ならまだしも、ブーツなら的確な選択ができ、アイリスはむしろ選んで貰ったことを喜んでいたので、万事問題ない。

「他に色々ございますが……」
「あれでいい、サイズも合うはずだ」
「左様でございますか。それでは下着と一緒に試着をどうぞ」

 と、勧められたところでレイヴンは振り返るが、アイリスは自信満々な笑みを浮かべて待っていた。

「ふふ~ん、わたしがこの場で裸になるとおもいましたね? ですが残念、わたしは学んでいるのです! 迂闊に全裸を晒してはならないと!」
「いまは余計な恥掻いてるけどな。いいから、着てこい」
「褒めてくれてもいいと思うんですけどね~、一時間足らずで学んだんですよ?」

 とかなんとかぶつくさ言いつつ、アイリスは試着室に服一式と共に入っていった。が、食器を使い方さえおぼつかないのに、服をキチンと着られるかは大いに疑問で、レイヴンは念の為に声をかけてやった。あとから滅茶苦茶な格好で出てこられるよりも、先に対処した方がよっぽどマシである。

「一応確かめるが、自分で着られるんだよな」
「だいじょ~ぶで~す、ちゃんと予習はしてあるので~!」

 むしろ心配になる返事だったが、レイヴンは眉を上げて店主へと向き直る。
 さて、彼にとっての問題はここからだ。最初の一声からして、店主は金払いの良い客をカモろうとしているのが透けていたから。

「お客様、お代なんですが」
「いくらだ?」
「服の方が少々値が張りまして、二五ドル四〇セントになります」
「なるほどね……」

 水増しでふっかけてきた店主に対し、だがレイヴンは動じた素振りもなく、耳を近づけるよう合図した。

「良い品ばっかりだったしな、まあ予想の範疇だ。客にも恵まれているようだしさぞまっとう・・・・・・に商売してるんだろうな、あんたは」
「ええ、勿論ですとも。商売は正直さが命ですから」

 レイヴンは冷たい笑みを浮かべる。彼の知っている商売の要とは正反対だった。

「本当にそれだけか?」
「何をおっしゃりたいのか、わたくしにはさっぱり」
「盗品捌いてるな、隠すなよ」

 店主の顔が強張る、引きつりはしなかったが急所を突かれたといって差し支えない表情だ。

「何を根拠にそんなことを……!」
「じゃあ俺の見間違いかな、そこのシャツに付いてる赤い染みと、拍車を削ったブーツは。特にそのブーツは、昨日の夜撃った相手が履いてた気がするんだが……」

 盗品を捌くこと自体は別段珍しいことじゃないが、その上でふっかけようとしたのだから、レイヴンとしても交渉の余地がある。

「この店を贔屓にしてるご婦人方は御存知なのかね、信じて買った品の中に盗品が混ざっているかもしれないなんて。…………いくらだ?」
「……二〇ドルで」
「そういや帽子も欲しいな、荒野の日射しはキツい」

 この服飾店は清濁入り交じった商売をしていたが、ご婦人方には清いイメージで通っていて、だからこその売り上げを上げていた。盗品を売りつけるのは、一度限りの来店になる流れ者が主で、二度目の取引はしたことがなかったのだ。

 しかし、この事実が明るみになれば客が離れるのは自明、『かもしれない』と思われたらお終いで、信用を質に取られては店主は首を縦に振るしか無かった。

「……どうぞ、お好きなのを。お代は結構ですので」
「助かるよ、嘘はイカンぜ? バレる嘘はな」
「レイヴン! どうです、似合ってますか?」

 試着室のカーテンを勢いよく開けたアイリスが、スカートを翻してくるりと回ってみせる。ブーツといい、シャツといい、意外なほどバランスの取れた服装になれば、彼女の美しさがより際立った。





「中々いいんじゃねえか、さっきより悪くなることはないと思ってたが」
「でも店主さん、顔色がわるいです。そんなに似合ってませんかね?」
「……いいえ、よくお似合いですよ、お嬢さん」
「えへへ、ありがとうございます! さあ、行きましょうレイヴン、どこへ行くかはしりませんけども!」

 そして拍車をかき鳴らし喜びに舞うアイリスを先に行かせると、レイヴンはハットをあげて店主をしっかりと見据えた。強欲と嘘の教訓には安く上がった筈だろうと、皮肉をたっぷり込めて――

「それじゃあ、良い一日を」
「……ええ、どうもありがとうございました。ミスター」

 店主の顔は暗い。

 しかし、これから後、彼の店は繁盛することになる。
 少女に売ったスカートが爆発的な人気を博したのだが、その秘密が、少女が件のスカートを着て触れ回った事による宣伝のおかげだったと店主が知るのは、これから数年後になってからだ。
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