11 / 101
第一話 拳銃遣いと龍少女
悪魔の銃を持つ男《ピストレーロ デル ディアブロ》 Part.3
しおりを挟む
開店と同時やってきた珍客に、店主が何を思ったのかは定かではないが、後年において店の歴史に、あわよくば西部開拓史の一ページに刻まれたのは間違いないだろう。事実を触れ回った店主の頭が、日射にやられたと疑われなかればの話だが……。
その服飾店は町の他の商店同様一階建てで、衣服という嵩張る商品を売るのには手狭な様子だったが、店主の類い希な努力により、棚は勿論天井まで余すことなく利用することで、膨大な商品の陳列に成功していた。
「おはようハウディ、もうやってるか?」
「え、……ええどうぞ、見ていってください」
昨夜の決闘が誰によって行われたのかは既に噂になっているらしく、店主は一瞬の躊躇いを見せたが、それでも入店を拒むことはなく、レイヴンとアイリスを店内へと招き入れた。商売魂が逞しいのか、それともレイヴンがそれとなくガンベルトを持ち上げたからなのか、理由は定かではないが、店主の対応は少しばかり腰が退けている。
「それで……ええっと、お客様、本日はどのような商品をお求めでしょう」
「そっちの女にブーツと服を一式、下着からワンセットで揃えてくれ」
彼が指さすそっちの女ことアイリスは、おとぎの国にでも迷い込んだかのように、狭い店内を忙しなく見て回って、ひたすら感嘆符を並べている。
店主としては、あれだけ騒ぐ客も珍しいだろうが、しかし彼は「一式でございますか?」と、心配そうにレイヴンの身なりを確かめ、そして顔色を覗いつつ、続けた。
どんな商売でも客の懐具合を探るのが、店主の観察眼が試される瞬間だ。
服一式で七ドル、ブーツで一〇ドル。
カウボーイ半月分の給料となれば結構な額で、ましてやカウボーイやガンマンというのは直ぐに賭けたがる人種だ。目の前の客が裕福かと問われれば、身なりこそ整えているが、気前よく払えるようには見えなかった。
「お洋服一式でしたらご都合出来ますが、ブーツもとなりますと当店の方では……」
「金なら心配ない」
こうなることを予想していたレイヴンは、そう言ってコインを弾き渡す。
最初は店主も馬鹿にされていると思ったろう、しかし、よくよくコインを改めると一気に態度が変化した。黄金色の貨幣、そこに刻まれた人物の横顔と20ドルの文字は、店主をいっそ別人に変えるくらいの力があり、怯えていた店主はどこかに消えていた。
「是非、わたくしめにお任せ下さい! 当店最高の品をご用意いたしますので」
「服は勝手に見てるから、ブーツだけ用意しといてくれ。どうせ奥に置いてるんだろ」
「またまた、意地の悪いことを仰らないでくださいお客様。ただいまお持ちいたしますので、少々お待ちください」
せかせかと、そうして奥へと引っ込んでいく店主の後ろ姿は、働き蟻を彷彿とさせる機敏さだった。
「現金だな。――どうだアイリス、決まったか?」
「決まりません、決まる気がしません、たくさんあって目移りしてしまいます」
金髪を揺らしてあっちへふらふら、こっちへふらふら。踊っているようでもあるが、真剣さは背中かも伝わってくる。
「うーん、どういった服がいいんです? わたしにはさっぱりです」
「長く着るからな、分厚くて丈夫なやつがいい。あとは動き易い方がなにかと便利だ」
「じゃあ、この服なんてどうです? 見てみてください」
アイリスが手渡したのは牧場の娘が好んで履くタイプのスカートで、飾り気は少ないが、生地は丈夫で縫い目もしっかりしており、騎乗しても下着が見えないよう、股下はパンツ型になっている。
初めての目利きにしては良い線で、悪くないな、というのがレイヴンの印象だ。そして、そんな彼を後押しするように店主が戻ってきた。
「お客様、そのスカートを選ばれるとはお目が高い!」
「ねえレイヴン、この人さっきからヘンですけど、なにかあったんですかね」
「太鼓持ってんだ、任せてやれ。――それで?」
「このスカートはですね、実はウチの娘が縫ったものでして、近隣の牧場で働くご婦人方の要望を取り入れた品なんですよ。ちょっとよろしいですか」
そして、スカートを受け取った店主は、声高らかに宣伝を始める。
「農作業などで膝を折ることがありますよね、そんな時、これまでのスカートではどうしても前の部分が土について汚れてしまう、歩くにしても邪魔になってしまう場合があるのです。そんな時こそ、このスカートの素晴らしき機能が活かされると言うわけです」
やはり売り慣れている店主の手つきはスムーズで、スカートはその形を数秒で変えた。その変化は、確かに機能的でレイヴンも思わず頷くほど。
「このように膝の高さでスカートの全部を左右に開くことが出来るのです。これにより悪所でも歩きやすく、暑い日の作業も快適。貞淑な淑女から活発なお嬢さんまで、幅広く人気な一品ですよ」
「予想外にまともで驚いてる、あとはアイリスしだ――」
「これください!」
即決。確かに商品としては買いなのは間違いないが、アイリスに買い物を任せるのは止めておこうとレイヴンは心に決めた。
「あとはシャツだな」
「下着はこちらにご用意してあります。シャツでしたら、こちらのフリル付きのはいかがでしょう、お嬢様の白い肌に良く合うと思いますが」
「生地が弱い。これじゃ日射しを防げねえだろ、却下だ。装飾はいいから機能的なのを頼む」
「レイヴンが着てるシャツはダメなんです?」
「カウボーイシャツか? 機能的だが、男臭いぞ」
基本的には仕事用の飾り気など皆無なワークシャツだ。アイリスが良いというなら止める理由もないのだが、些か寂しい感じもする……。なんてレイヴンが考えた矢先に、待ってましたと店主がしゃしゃり出てきて、弁舌っぷりをまたも披露し始めた。
「そんなお嬢様にこちらがお勧め! 当店自慢の女性用シャツ、カウガールシャツでございます。働きながらも美しくありたい、そんな女性皆々様のご希望にお応えしたこの商品、カウボーイシャツの機能はそのままに、形状を女性に合わせてスリムに改良、当然刺繍による飾りも忘れてはおりません。正に、美しく働く女性の為の一着でございますよ~! いかがでしょう⁉」
「これください!」
「ありがとうございます!」
そして乗せられるがままにアイリスが選び取ったのは、胸元に華の刺繍がされた一着。商品を確かめる限り、これも買いな一品なのだが、なんだか腑に落ちないレイヴンである。
「それでは最後にブーツですね、どうぞこちらへ」
さささ、と案内されると、そこにはずらりとカウボーイブーツが並んでいた。
胴部分は膝下までを覆い、爪先は鐙にかけやすいようとんがり型、落馬の際足が抜けやすいよう踵が少し高くなっているのがカウボーイブーツの基本形で、おおよそのブーツは似たり寄ったりの形をしている。
しかし、服選びではアイリスに選ばせていたレイヴンだったが、ここだけは彼がその場で選んだ。女性用の服ならまだしも、ブーツなら的確な選択ができ、アイリスはむしろ選んで貰ったことを喜んでいたので、万事問題ない。
「他に色々ございますが……」
「あれでいい、サイズも合うはずだ」
「左様でございますか。それでは下着と一緒に試着をどうぞ」
と、勧められたところでレイヴンは振り返るが、アイリスは自信満々な笑みを浮かべて待っていた。
「ふふ~ん、わたしがこの場で裸になるとおもいましたね? ですが残念、わたしは学んでいるのです! 迂闊に全裸を晒してはならないと!」
「いまは余計な恥掻いてるけどな。いいから、着てこい」
「褒めてくれてもいいと思うんですけどね~、一時間足らずで学んだんですよ?」
とかなんとかぶつくさ言いつつ、アイリスは試着室に服一式と共に入っていった。が、食器を使い方さえおぼつかないのに、服をキチンと着られるかは大いに疑問で、レイヴンは念の為に声をかけてやった。あとから滅茶苦茶な格好で出てこられるよりも、先に対処した方がよっぽどマシである。
「一応確かめるが、自分で着られるんだよな」
「だいじょ~ぶで~す、ちゃんと予習はしてあるので~!」
むしろ心配になる返事だったが、レイヴンは眉を上げて店主へと向き直る。
さて、彼にとっての問題はここからだ。最初の一声からして、店主は金払いの良い客をカモろうとしているのが透けていたから。
「お客様、お代なんですが」
「いくらだ?」
「服の方が少々値が張りまして、二五ドル四〇セントになります」
「なるほどね……」
水増しでふっかけてきた店主に対し、だがレイヴンは動じた素振りもなく、耳を近づけるよう合図した。
「良い品ばっかりだったしな、まあ予想の範疇だ。客にも恵まれているようだしさぞまっとうに商売してるんだろうな、あんたは」
「ええ、勿論ですとも。商売は正直さが命ですから」
レイヴンは冷たい笑みを浮かべる。彼の知っている商売の要とは正反対だった。
「本当にそれだけか?」
「何をおっしゃりたいのか、わたくしにはさっぱり」
「盗品捌いてるな、隠すなよ」
店主の顔が強張る、引きつりはしなかったが急所を突かれたといって差し支えない表情だ。
「何を根拠にそんなことを……!」
「じゃあ俺の見間違いかな、そこのシャツに付いてる赤い染みと、拍車を削ったブーツは。特にそのブーツは、昨日の夜撃った相手が履いてた気がするんだが……」
盗品を捌くこと自体は別段珍しいことじゃないが、その上でふっかけようとしたのだから、レイヴンとしても交渉の余地がある。
「この店を贔屓にしてるご婦人方は御存知なのかね、信じて買った品の中に盗品が混ざっているかもしれないなんて。…………いくらだ?」
「……二〇ドルで」
「そういや帽子も欲しいな、荒野の日射しはキツい」
この服飾店は清濁入り交じった商売をしていたが、ご婦人方には清いイメージで通っていて、だからこその売り上げを上げていた。盗品を売りつけるのは、一度限りの来店になる流れ者が主で、二度目の取引はしたことがなかったのだ。
しかし、この事実が明るみになれば客が離れるのは自明、『かもしれない』と思われたらお終いで、信用を質に取られては店主は首を縦に振るしか無かった。
「……どうぞ、お好きなのを。お代は結構ですので」
「助かるよ、嘘はイカンぜ? バレる嘘はな」
「レイヴン! どうです、似合ってますか?」
試着室のカーテンを勢いよく開けたアイリスが、スカートを翻してくるりと回ってみせる。ブーツといい、シャツといい、意外なほどバランスの取れた服装になれば、彼女の美しさがより際立った。
「中々いいんじゃねえか、さっきより悪くなることはないと思ってたが」
「でも店主さん、顔色がわるいです。そんなに似合ってませんかね?」
「……いいえ、よくお似合いですよ、お嬢さん」
「えへへ、ありがとうございます! さあ、行きましょうレイヴン、どこへ行くかはしりませんけども!」
そして拍車をかき鳴らし喜びに舞うアイリスを先に行かせると、レイヴンはハットをあげて店主をしっかりと見据えた。強欲と嘘の教訓には安く上がった筈だろうと、皮肉をたっぷり込めて――
「それじゃあ、良い一日を」
「……ええ、どうもありがとうございました。ミスター」
店主の顔は暗い。
しかし、これから後、彼の店は繁盛することになる。
少女に売ったスカートが爆発的な人気を博したのだが、その秘密が、少女が件のスカートを着て触れ回った事による宣伝のおかげだったと店主が知るのは、これから数年後になってからだ。
その服飾店は町の他の商店同様一階建てで、衣服という嵩張る商品を売るのには手狭な様子だったが、店主の類い希な努力により、棚は勿論天井まで余すことなく利用することで、膨大な商品の陳列に成功していた。
「おはようハウディ、もうやってるか?」
「え、……ええどうぞ、見ていってください」
昨夜の決闘が誰によって行われたのかは既に噂になっているらしく、店主は一瞬の躊躇いを見せたが、それでも入店を拒むことはなく、レイヴンとアイリスを店内へと招き入れた。商売魂が逞しいのか、それともレイヴンがそれとなくガンベルトを持ち上げたからなのか、理由は定かではないが、店主の対応は少しばかり腰が退けている。
「それで……ええっと、お客様、本日はどのような商品をお求めでしょう」
「そっちの女にブーツと服を一式、下着からワンセットで揃えてくれ」
彼が指さすそっちの女ことアイリスは、おとぎの国にでも迷い込んだかのように、狭い店内を忙しなく見て回って、ひたすら感嘆符を並べている。
店主としては、あれだけ騒ぐ客も珍しいだろうが、しかし彼は「一式でございますか?」と、心配そうにレイヴンの身なりを確かめ、そして顔色を覗いつつ、続けた。
どんな商売でも客の懐具合を探るのが、店主の観察眼が試される瞬間だ。
服一式で七ドル、ブーツで一〇ドル。
カウボーイ半月分の給料となれば結構な額で、ましてやカウボーイやガンマンというのは直ぐに賭けたがる人種だ。目の前の客が裕福かと問われれば、身なりこそ整えているが、気前よく払えるようには見えなかった。
「お洋服一式でしたらご都合出来ますが、ブーツもとなりますと当店の方では……」
「金なら心配ない」
こうなることを予想していたレイヴンは、そう言ってコインを弾き渡す。
最初は店主も馬鹿にされていると思ったろう、しかし、よくよくコインを改めると一気に態度が変化した。黄金色の貨幣、そこに刻まれた人物の横顔と20ドルの文字は、店主をいっそ別人に変えるくらいの力があり、怯えていた店主はどこかに消えていた。
「是非、わたくしめにお任せ下さい! 当店最高の品をご用意いたしますので」
「服は勝手に見てるから、ブーツだけ用意しといてくれ。どうせ奥に置いてるんだろ」
「またまた、意地の悪いことを仰らないでくださいお客様。ただいまお持ちいたしますので、少々お待ちください」
せかせかと、そうして奥へと引っ込んでいく店主の後ろ姿は、働き蟻を彷彿とさせる機敏さだった。
「現金だな。――どうだアイリス、決まったか?」
「決まりません、決まる気がしません、たくさんあって目移りしてしまいます」
金髪を揺らしてあっちへふらふら、こっちへふらふら。踊っているようでもあるが、真剣さは背中かも伝わってくる。
「うーん、どういった服がいいんです? わたしにはさっぱりです」
「長く着るからな、分厚くて丈夫なやつがいい。あとは動き易い方がなにかと便利だ」
「じゃあ、この服なんてどうです? 見てみてください」
アイリスが手渡したのは牧場の娘が好んで履くタイプのスカートで、飾り気は少ないが、生地は丈夫で縫い目もしっかりしており、騎乗しても下着が見えないよう、股下はパンツ型になっている。
初めての目利きにしては良い線で、悪くないな、というのがレイヴンの印象だ。そして、そんな彼を後押しするように店主が戻ってきた。
「お客様、そのスカートを選ばれるとはお目が高い!」
「ねえレイヴン、この人さっきからヘンですけど、なにかあったんですかね」
「太鼓持ってんだ、任せてやれ。――それで?」
「このスカートはですね、実はウチの娘が縫ったものでして、近隣の牧場で働くご婦人方の要望を取り入れた品なんですよ。ちょっとよろしいですか」
そして、スカートを受け取った店主は、声高らかに宣伝を始める。
「農作業などで膝を折ることがありますよね、そんな時、これまでのスカートではどうしても前の部分が土について汚れてしまう、歩くにしても邪魔になってしまう場合があるのです。そんな時こそ、このスカートの素晴らしき機能が活かされると言うわけです」
やはり売り慣れている店主の手つきはスムーズで、スカートはその形を数秒で変えた。その変化は、確かに機能的でレイヴンも思わず頷くほど。
「このように膝の高さでスカートの全部を左右に開くことが出来るのです。これにより悪所でも歩きやすく、暑い日の作業も快適。貞淑な淑女から活発なお嬢さんまで、幅広く人気な一品ですよ」
「予想外にまともで驚いてる、あとはアイリスしだ――」
「これください!」
即決。確かに商品としては買いなのは間違いないが、アイリスに買い物を任せるのは止めておこうとレイヴンは心に決めた。
「あとはシャツだな」
「下着はこちらにご用意してあります。シャツでしたら、こちらのフリル付きのはいかがでしょう、お嬢様の白い肌に良く合うと思いますが」
「生地が弱い。これじゃ日射しを防げねえだろ、却下だ。装飾はいいから機能的なのを頼む」
「レイヴンが着てるシャツはダメなんです?」
「カウボーイシャツか? 機能的だが、男臭いぞ」
基本的には仕事用の飾り気など皆無なワークシャツだ。アイリスが良いというなら止める理由もないのだが、些か寂しい感じもする……。なんてレイヴンが考えた矢先に、待ってましたと店主がしゃしゃり出てきて、弁舌っぷりをまたも披露し始めた。
「そんなお嬢様にこちらがお勧め! 当店自慢の女性用シャツ、カウガールシャツでございます。働きながらも美しくありたい、そんな女性皆々様のご希望にお応えしたこの商品、カウボーイシャツの機能はそのままに、形状を女性に合わせてスリムに改良、当然刺繍による飾りも忘れてはおりません。正に、美しく働く女性の為の一着でございますよ~! いかがでしょう⁉」
「これください!」
「ありがとうございます!」
そして乗せられるがままにアイリスが選び取ったのは、胸元に華の刺繍がされた一着。商品を確かめる限り、これも買いな一品なのだが、なんだか腑に落ちないレイヴンである。
「それでは最後にブーツですね、どうぞこちらへ」
さささ、と案内されると、そこにはずらりとカウボーイブーツが並んでいた。
胴部分は膝下までを覆い、爪先は鐙にかけやすいようとんがり型、落馬の際足が抜けやすいよう踵が少し高くなっているのがカウボーイブーツの基本形で、おおよそのブーツは似たり寄ったりの形をしている。
しかし、服選びではアイリスに選ばせていたレイヴンだったが、ここだけは彼がその場で選んだ。女性用の服ならまだしも、ブーツなら的確な選択ができ、アイリスはむしろ選んで貰ったことを喜んでいたので、万事問題ない。
「他に色々ございますが……」
「あれでいい、サイズも合うはずだ」
「左様でございますか。それでは下着と一緒に試着をどうぞ」
と、勧められたところでレイヴンは振り返るが、アイリスは自信満々な笑みを浮かべて待っていた。
「ふふ~ん、わたしがこの場で裸になるとおもいましたね? ですが残念、わたしは学んでいるのです! 迂闊に全裸を晒してはならないと!」
「いまは余計な恥掻いてるけどな。いいから、着てこい」
「褒めてくれてもいいと思うんですけどね~、一時間足らずで学んだんですよ?」
とかなんとかぶつくさ言いつつ、アイリスは試着室に服一式と共に入っていった。が、食器を使い方さえおぼつかないのに、服をキチンと着られるかは大いに疑問で、レイヴンは念の為に声をかけてやった。あとから滅茶苦茶な格好で出てこられるよりも、先に対処した方がよっぽどマシである。
「一応確かめるが、自分で着られるんだよな」
「だいじょ~ぶで~す、ちゃんと予習はしてあるので~!」
むしろ心配になる返事だったが、レイヴンは眉を上げて店主へと向き直る。
さて、彼にとっての問題はここからだ。最初の一声からして、店主は金払いの良い客をカモろうとしているのが透けていたから。
「お客様、お代なんですが」
「いくらだ?」
「服の方が少々値が張りまして、二五ドル四〇セントになります」
「なるほどね……」
水増しでふっかけてきた店主に対し、だがレイヴンは動じた素振りもなく、耳を近づけるよう合図した。
「良い品ばっかりだったしな、まあ予想の範疇だ。客にも恵まれているようだしさぞまっとうに商売してるんだろうな、あんたは」
「ええ、勿論ですとも。商売は正直さが命ですから」
レイヴンは冷たい笑みを浮かべる。彼の知っている商売の要とは正反対だった。
「本当にそれだけか?」
「何をおっしゃりたいのか、わたくしにはさっぱり」
「盗品捌いてるな、隠すなよ」
店主の顔が強張る、引きつりはしなかったが急所を突かれたといって差し支えない表情だ。
「何を根拠にそんなことを……!」
「じゃあ俺の見間違いかな、そこのシャツに付いてる赤い染みと、拍車を削ったブーツは。特にそのブーツは、昨日の夜撃った相手が履いてた気がするんだが……」
盗品を捌くこと自体は別段珍しいことじゃないが、その上でふっかけようとしたのだから、レイヴンとしても交渉の余地がある。
「この店を贔屓にしてるご婦人方は御存知なのかね、信じて買った品の中に盗品が混ざっているかもしれないなんて。…………いくらだ?」
「……二〇ドルで」
「そういや帽子も欲しいな、荒野の日射しはキツい」
この服飾店は清濁入り交じった商売をしていたが、ご婦人方には清いイメージで通っていて、だからこその売り上げを上げていた。盗品を売りつけるのは、一度限りの来店になる流れ者が主で、二度目の取引はしたことがなかったのだ。
しかし、この事実が明るみになれば客が離れるのは自明、『かもしれない』と思われたらお終いで、信用を質に取られては店主は首を縦に振るしか無かった。
「……どうぞ、お好きなのを。お代は結構ですので」
「助かるよ、嘘はイカンぜ? バレる嘘はな」
「レイヴン! どうです、似合ってますか?」
試着室のカーテンを勢いよく開けたアイリスが、スカートを翻してくるりと回ってみせる。ブーツといい、シャツといい、意外なほどバランスの取れた服装になれば、彼女の美しさがより際立った。
「中々いいんじゃねえか、さっきより悪くなることはないと思ってたが」
「でも店主さん、顔色がわるいです。そんなに似合ってませんかね?」
「……いいえ、よくお似合いですよ、お嬢さん」
「えへへ、ありがとうございます! さあ、行きましょうレイヴン、どこへ行くかはしりませんけども!」
そして拍車をかき鳴らし喜びに舞うアイリスを先に行かせると、レイヴンはハットをあげて店主をしっかりと見据えた。強欲と嘘の教訓には安く上がった筈だろうと、皮肉をたっぷり込めて――
「それじゃあ、良い一日を」
「……ええ、どうもありがとうございました。ミスター」
店主の顔は暗い。
しかし、これから後、彼の店は繁盛することになる。
少女に売ったスカートが爆発的な人気を博したのだが、その秘密が、少女が件のスカートを着て触れ回った事による宣伝のおかげだったと店主が知るのは、これから数年後になってからだ。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話
此寺 美津己
ファンタジー
祖国が田舎だってわかってた。
電車もねえ、駅もねえ、騎士さま馬でぐーるぐる。
信号ねえ、あるわけねえ、おらの国には電気がねえ。
そうだ。西へ行こう。
西域の大国、別名冒険者の国ランゴバルドへ、ぼくらはやってきた。迷宮内で知り合った仲間は強者ぞろい。
ここで、ぼくらは名をあげる!
ランゴバルドを皮切りに世界中を冒険してまわるんだ。
と、思ってた時期がぼくにもありました…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
人の身にして精霊王
山外大河
ファンタジー
正しいと思ったことを見境なく行動に移してしまう高校生、瀬戸栄治は、その行動の最中に謎の少女の襲撃によって異世界へと飛ばされる。その世界は精霊と呼ばれる人間の女性と同じ形状を持つ存在が当たり前のように資源として扱われていて、それが常識となってしまっている歪んだ価値観を持つ世界だった。そんな価値観が間違っていると思った栄治は、出会った精霊を助けるために世界中を敵に回して奮闘を始める。
主人公最強系です。
厳しめでもいいので、感想お待ちしてます。
小説家になろう。カクヨムにも掲載しています。
雪夜の血斗
倉希あさし
歴史・時代
一希児雄(はじめきじお)名義で執筆。
アラスカのレッドストーン・ヒルという小さな町に、クリント・ジャックマンと名乗る若いガンマンがやって来た。クリントがレッドストーン・ヒルにやって来た目的は、リチャード・サンダースという賞金稼ぎに会うためだった…。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
【完結】魔王様、溺愛しすぎです!
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
ファンタジー
「パパと結婚する!」
8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!
拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。
シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
挿絵★あり
【完結】2021/12/02
※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過
※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過
※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位
※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品
※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24)
※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品
※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品
※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
弱小領主のダメ息子、伝説の竜姫を召喚する。
知己
ファンタジー
————『このロセリアの地に数多の災厄が降りかかる時、東の空より紅き翼を携えし一人の騎士が降臨され、その比類なき神通力によって民は救済されるであろう』————
12の州からなるロセリア王国には古くからある言い伝えがあった。地方領主の息子・ベルはある時、絶体絶命の窮地に陥り期待半分冗談半分でこの言い伝えを口にしてしまう。すると、世界が一瞬真っ赤な光に包まれ————⁉︎
弱小領主のダメ息子と異世界から召喚された不思議な美女の織りなす西洋✖︎中華ファンタジーここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる