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第一話 拳銃遣いと龍少女
独り旅より、二人旅 Part.4
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一晩三〇セントの部屋はクローゼットと小さな浴槽、それからソファとベッドが同じ部屋にあるだけの簡素なものだが、それでも荒野を旅してきた人間にとっては、たとえ風で軋む壁であってもありがたい。寒さに凍えることはないし、獣に怯えることなく眠れる安心感だけでも料金分の価値があるというものだ。
しかし、元々一人で宿泊する予定だった為に旅人の部屋は当然一人部屋なのだが、アイリス用にもう一部屋借りようとしところ満室だと断られてしまい、結果二人で同室という形になってしまった。
ちなみに商売魂逞しい宿屋の主人がこれ幸いと二人分の代金をせしめようとしたが、撃合いの後で苛ついている旅人が銃把を一撫でしたことで、料金は据え置きである。
「旅人さん、どうして別の部屋にしようとしたんです? わたしは一緒の部屋でもいいって言ったのに」
ベッドが珍しいのか、ぽんぽんと跳ねるアイリスの質問は純心で、色々と理由のある旅人は、だが一番当たり障りのない答えを選んだ。
「なんでってそりゃ、狭いからだろ」
「ほんとうにそれだけです?」
ソファに腰掛け、目を合わせないようにしている旅人を覗き込むように彼女が首を傾げると、金髪がふわり、艶めかしく揺れる。
旅人は窓の外へと顔を逃がした。
――別に恥ずかしくはないし、変な考えを振り払う為でもない。断じて。
「若い女が、男と同室ってのは問題あるだろ。夫婦ならまだしも」
「……そうなんですか? 雄と雌が近くにいることを気にするなんて珍しいですね。わたしはむしろ、この部屋でよかったと感じますけど」
「あ? なんで?」
アイリスの笑顔が窓に反射する。旅人はハットで遮ろうとしたが、肝心のハットはテーブルに投げてしまっていた。
「あなたの近くにいられるから、ですかね」
「もう逃げやしねえよ、お前の覚悟は分かったからな。それに俺も訊きたいことがある」
「そうじゃないんです。なんて言ったらいいか分からないんですけど……ただわたしは、あなたと旅ができたら楽しいだろうなって、そう感じて」
世間知らずというかなんというか、アイリスの価値観や常識は、一般のそれとはずれているように思える。部族の習慣が強いと言えばそれまでだが、それにしては荒野を徒歩で移動する無謀さといい、容易く他人を信じる純心さといい、どこか外れている。
苛烈な西部にあって潤いに満ちた無垢な純心、それが彼女の魅力なのかも知れないが、そんな心を持った相手が直ぐそこにいる現状は旅人にとっては現実感が薄く「馬鹿馬鹿しい……」と思わず独りごちってしまうが、まさか聞咎められるとは考えていなかった。
「――? なにか言いました?」
「いや、お前を攫っていこうとした連中がさ、馬鹿な真似をしたもんだと思ってよ。自分達で無法者になっておいて、女日照りで誘拐とは阿呆らしいだろ」
「そう言えば、また助けてもらっちゃいましたね。感謝です」
えへへ、と笑うその笑顔は一種の凶器だった。
この笑顔を見せつけられたのなら、攫おうとした連中の気持ちも分からなくはないが、そんな一瞬の同情は、アイリスの言葉によって立ち消えになる。
「わたし、驚きました。あなたが魔法を使えるなんて」
「…………はぁ?」
驚きと困惑、旅人からは緩んだ感情が消え去っていた。その表情はただただ混乱だけが浮いていて、アイリスの言葉を脳味噌が処理できないでいた。
魔法を使えるのは魔女だけだ、これは分かりきっている常識。だが、アイリスの台詞はふざけたようすも、冗談を言っている様子も一切なく、ただ見たものの感想を述べているに過ぎなかった。
「あのなぁ、魔法なんて使える訳ないだろ。魔女の話は聞きたいが、俺が女に見えるのか?」
「え、でもわたしを助けてくれた時、使ってたじゃないですか」
やはりアイリスは真剣だった、旅人に否定されて戸惑うくらいに。
「ほら、バンバンって爆発した時に」
「あれは銃を撃っただけだ。……って、銃は知ってるよな、流石に」
アトラスとの戦争で先住民が武器としたのは弓や槍だが、それは最初期の戦闘と、いまだに文明を遠ざける部族だけだ。今では彼等も物々交換や戦場で鹵獲した銃器で武装して戦っているくらいだから、銃を知らないと言うことはないはずだが。
「もちろん知ってます、時々感じていたんですけど、旅人さんはわたしを世間知らずと思ってる節がありますよね」
「概ね正解だ。いきなり魔法を使ったなんて言われりゃ、そうも思うさ」
と、アイリスは考えるように鼻を鳴らして、自分の唇に人差し指を置いた。その横顔はとても凛々しく、旅人は呼吸するのを忘れたくらいだった。やがて――
「そうですか、じゃあ旅人さんは自覚なく使っているんですね」
「なにを? 魔法を使ってるなんて言わないでくれよ、マジで」
「う~ん、お尋ねしますが、魔法についてどれくらいしってます?」
「使えるのは女だけ、そいつらが魔女って呼ばれてて、術式とか呪文やらで、不思議な事を起こすんだろ。それぐらいは知ってる」
これが一般に広まっている魔法と魔女への知識だ。実に浅いが、調べようにもそもそも誰も知らないのだから、知識など貯めようがない。
と、答えてやるとアイリスは非情に残念なものを見る目をした。
「あ~……すっごくおおざっぱですね」
「魔力が云々とか、昔ちょっと聞いたことがあるけど、よく分からなかったんだよ」
「旅人さん、あんまり頭良くないんですね」
「バカにしやがったな」
「ふふん、お返しです。わたしが世間知らずでないと言うことを教えてあげましょう。いえ、教えて差し上げましょう」
旅人が唸ってやると、鼻高々にアイリスは胸を張る。その態度がなんとも苛つくのでもう一度脅してやるが、アイリスの方が一枚上手だと彼は知ることにある。
「偉そうな態度改めねえと撃ち殺してやるぞ」
「旅人さんはそんな事しませんよ、優しい人ですから」
感情と本能に訴える笑みと言葉の弾丸。
さらにアイリスは理性的な追撃の一発を見舞う。
「それに、私を撃ってしまったら話が出来なくなりますし」
「降参だ、続けてくれ」
諸手を挙げた旅人は、聞き手に徹するように心がける。話し手にテンポ良く語らせる為には、聞き手の質も問われるからだ。
「では――。まず旅人さんの持っている認識は間違っていません、足りないと言った方が正しいかもですね。魔女とは、魔法や魔術を使う者を指します。種族は人間に限りませんが、発現できるのは女性のみです」
「なぜ女性限定なんだ」
「魔法や魔術の基本が「命を生み出す力」に根ざしているからです。子を生み出すことができるのは女性だけでしょう?」
なるほど、と旅人は頷くが、だとすると腑に落ちないことがある。
「じゃあ、俺が魔法を使ったってのはおかしな話だろ。もう一度言っとくが、俺は男だ。見せる気はないが、ちゃんと付いてるぞ」
「それについては、魔法の発動方法とその原動力が関わってきます。魔法は魔力をその源とし、魔力は世界に溢れる幻子を練り上げることで精製されます、この幻子とは全ての生命、この星や草木、動物から発せられているものなんですよ。あんまり知られてないですけどね」
「命ある者の力ってことか、じゃあ俺やお前からもその幻子ってのは出てるのか」
「ですです。それでですね、男性というのは幻子を発散させることは出来ても、魔力に練り上げることは苦手なんです。仮に魔力を練り上げることができても、指を鳴らして火をおこしたりはできません」
「どうせなら水を出したいな、荒野じゃあ水は貴重だ」
「強大な魔女なら川を作ったりも出来ますよ。古代の魔女は世界を海に沈めるくらいの魔術を使ったくらいですから」
そういう神話は確かにある。神の御技か、怒りと表されていた様な気もするが、証人がいないのでは、魔女がやったといわれても否定は出来ないし、そもそもとして旅人は神様とやらの存在を疑っていた。
「なあ、魔法と魔術の違いって何なんだ? 言っといてなんだが、よく分かってねえんだ」
「いい質問ですね」
教えることが楽しいのか、アイリスは笑みを浮かべた。
「魔力を使って発動させる術という点は同じです。旅人さんに流にわかりやすくすると、規模の大きさです、魔術は術式や触媒となる品で補助を得ることで魔力を増幅させて発動させる大規模なもの、魔法は言の葉と自らの魔力で発動させる簡易的なものです。……拳銃と大砲って言った方が分かりやすいです?」
「あぁ、しっくりきた。でも余計に判らねえな、魔法を使うには、呪文的なものを唱える必要があるんだろ? そのどっちも使った憶えがない」
「でしょうね、これから説明しますね。幻子から魔力を精製する、これは男性でも可能だと説明しましたよね、それから魔法を発現させることは不可能なことも」
そこまでは理解した。
旅人は頷いて先を促す。
「ですが、男性でも使える魔法があるんです。魔法といっても、外部に発生する現象ではなく、その発動者の内部に作用する類いのものですけど」
「……俺の身体の中で、魔法が発動したって意味か?」
「そうなります。あ、角が生えたりだとか、そういう大きなものではないと思うので安心してください。男性が使える魔法とは一種の感覚強化と身体強化、旅人さんの場合は、反射神経と運動神経機能の瞬間的向上でしょうね」
「あ~、……なるほど」
ちょっとばかし理解が追いつかずにいると、アイリスはぷっくり頬を膨らませた。
「分からないなら、分からないって言ってほしいです。知ったかぶりすると、かえって恥を掻くんですよ?」
「悪かったよ、噛み砕いてくれるか」
「しょうがありませんね、これも分りやすい言葉にしましょっか。……そうですね、旅人さんは銃を撃つ時ってどういう感覚になります?」
「ブッ殺す」
「感情論じゃなくてです」
「冗談だ。そうだな……集中してる。一瞬でも遅れれば死にかねねえからな、先に撃つには全部の感覚を銃に向ける必要がある」
それこそ世界にあるのが、自分と銃、それと相手になるくらいの集中だ。
世界の全てが止まるくらいの速度になるくらいの集中。
呼吸による上下移動、
汗の滴り、
筋繊維の緊張から風に靡く毛筋に至るまで、
全てを感じ取り、即応し、撃つ。
早撃ちの基本であり、極意でもある。これは旅人にとって早撃ち勝負に臨む、至極当たり前の感覚だったがアイリスは我が意を得たりと手を鳴らした。
「ずばりそれが魔法の正体です! あなたが使った魔法とは、極限の集中力によって生み出された、神速の早撃ちなんです。それに――」
と言いさして、アイリスは一瞬視線を上に逃がした。
「――旅人さんが銃を抜く瞬間に、わたしも魔力を感じましたから。ほら、一瞬だけ足が速くなったり、力が強くなったりする人の話を聞いたことはありませんか、あれも同じく集中力が幻子を練り上げて生じた魔力で、身体能力を強化した結果なんですよ」
そう一気に捲し立てると、アイリスは渾身のしたり顔を向ける。
だが、言いたいことは分っても、当人である旅人にはそういった感覚がない為、些か消化不良気味だった。それにまだ気になることがある。
「なんだか釈然としない顔です。気になるなら聞いてください、釈然とさせて見せます」
「いや大体はわかったんだが……。でもよ、お前の話をまとめると、誰でも魔法は使えるって事にならないか?」
「他人が『発動した魔法を認識できるか』を別とするなら、そうですよ。幻子から魔力を精製するのに必要なのは生まれ持った資質と、いってしまえば集中力だけですから」
「ふん、なるほど。講義ついでにもう一個教えてもらえるか」
「どうぞ、どうぞ、なんでも訊いてください」
自信満々にアイリスは言うが、旅人の質問は面白おかしくなどなる筈がなく、声音は実に冷め切っていた。そもそもとしてアイリスの魔法に対する知識は度を超えていたので、この問いは、問われるべくして問われた。
旅人の右手は知れず、銃を意識している。
「……お前は、魔女なのか?」
「え? 違いますけど?」
あっけらかんとしたアイリス。
なんでそんなことを訊くんだろうと、彼女は実に不思議そうだった。
「もしかして、わたしが魔女だと思ってたんです?」
「詳しすぎる、疑うのは当然だろ」
「友達に魔女がいたんです、といってもその子しか友達いないんですけどね。あ、悪い子じゃないんですよ? ちょっと怒りっぽいところはありましたけど」
恥ずかしそうに、けれどどこか悲しそうにアイリスは笑った。事あるごとに笑顔を見せるが、彼女はそうやって孤独と戦ってきたのだろうか。そう思うと、銃把にかけた右手を、旅人は恨みさえした。
――分らなくはない、孤独に対して抗うには、負けじと笑ってみせるか、背を向けて皮肉るかの二択なのだから。
「でも、今はとっても楽しいです、旅人さんといっしょにいられますから」
そう言ってアイリスはまた笑う。
その笑顔は、どうにも眩しく、オイルランプを吹き消してもまだ焼き付くようだった。
「もう遅い、今日は寝よう」
「……はい」
ベッドはアイリスに譲り、旅人はソファに身体を沈めると、ハットで顔を隠した。
もぞもぞと衣擦れの音がやがて収まると、そっとアイリスが呟いた。
「おやすみなさい、旅人さん」
「……レイヴンだ」
「え?」
「レイヴン・ヴァン・クリーフ。いつまでも名無しじゃ不便だろ」
暗いというのに笑顔の気配は伝わってくる。
「おやすみなさいレイヴン」
「早く寝ろ、明日は色々忙しいぞ」
そう言えば、名乗ったのはいつ以来だろうか。
旅人は眠りに落ちる、かつての友を懐かしみながら――
しかし、元々一人で宿泊する予定だった為に旅人の部屋は当然一人部屋なのだが、アイリス用にもう一部屋借りようとしところ満室だと断られてしまい、結果二人で同室という形になってしまった。
ちなみに商売魂逞しい宿屋の主人がこれ幸いと二人分の代金をせしめようとしたが、撃合いの後で苛ついている旅人が銃把を一撫でしたことで、料金は据え置きである。
「旅人さん、どうして別の部屋にしようとしたんです? わたしは一緒の部屋でもいいって言ったのに」
ベッドが珍しいのか、ぽんぽんと跳ねるアイリスの質問は純心で、色々と理由のある旅人は、だが一番当たり障りのない答えを選んだ。
「なんでってそりゃ、狭いからだろ」
「ほんとうにそれだけです?」
ソファに腰掛け、目を合わせないようにしている旅人を覗き込むように彼女が首を傾げると、金髪がふわり、艶めかしく揺れる。
旅人は窓の外へと顔を逃がした。
――別に恥ずかしくはないし、変な考えを振り払う為でもない。断じて。
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「……そうなんですか? 雄と雌が近くにいることを気にするなんて珍しいですね。わたしはむしろ、この部屋でよかったと感じますけど」
「あ? なんで?」
アイリスの笑顔が窓に反射する。旅人はハットで遮ろうとしたが、肝心のハットはテーブルに投げてしまっていた。
「あなたの近くにいられるから、ですかね」
「もう逃げやしねえよ、お前の覚悟は分かったからな。それに俺も訊きたいことがある」
「そうじゃないんです。なんて言ったらいいか分からないんですけど……ただわたしは、あなたと旅ができたら楽しいだろうなって、そう感じて」
世間知らずというかなんというか、アイリスの価値観や常識は、一般のそれとはずれているように思える。部族の習慣が強いと言えばそれまでだが、それにしては荒野を徒歩で移動する無謀さといい、容易く他人を信じる純心さといい、どこか外れている。
苛烈な西部にあって潤いに満ちた無垢な純心、それが彼女の魅力なのかも知れないが、そんな心を持った相手が直ぐそこにいる現状は旅人にとっては現実感が薄く「馬鹿馬鹿しい……」と思わず独りごちってしまうが、まさか聞咎められるとは考えていなかった。
「――? なにか言いました?」
「いや、お前を攫っていこうとした連中がさ、馬鹿な真似をしたもんだと思ってよ。自分達で無法者になっておいて、女日照りで誘拐とは阿呆らしいだろ」
「そう言えば、また助けてもらっちゃいましたね。感謝です」
えへへ、と笑うその笑顔は一種の凶器だった。
この笑顔を見せつけられたのなら、攫おうとした連中の気持ちも分からなくはないが、そんな一瞬の同情は、アイリスの言葉によって立ち消えになる。
「わたし、驚きました。あなたが魔法を使えるなんて」
「…………はぁ?」
驚きと困惑、旅人からは緩んだ感情が消え去っていた。その表情はただただ混乱だけが浮いていて、アイリスの言葉を脳味噌が処理できないでいた。
魔法を使えるのは魔女だけだ、これは分かりきっている常識。だが、アイリスの台詞はふざけたようすも、冗談を言っている様子も一切なく、ただ見たものの感想を述べているに過ぎなかった。
「あのなぁ、魔法なんて使える訳ないだろ。魔女の話は聞きたいが、俺が女に見えるのか?」
「え、でもわたしを助けてくれた時、使ってたじゃないですか」
やはりアイリスは真剣だった、旅人に否定されて戸惑うくらいに。
「ほら、バンバンって爆発した時に」
「あれは銃を撃っただけだ。……って、銃は知ってるよな、流石に」
アトラスとの戦争で先住民が武器としたのは弓や槍だが、それは最初期の戦闘と、いまだに文明を遠ざける部族だけだ。今では彼等も物々交換や戦場で鹵獲した銃器で武装して戦っているくらいだから、銃を知らないと言うことはないはずだが。
「もちろん知ってます、時々感じていたんですけど、旅人さんはわたしを世間知らずと思ってる節がありますよね」
「概ね正解だ。いきなり魔法を使ったなんて言われりゃ、そうも思うさ」
と、アイリスは考えるように鼻を鳴らして、自分の唇に人差し指を置いた。その横顔はとても凛々しく、旅人は呼吸するのを忘れたくらいだった。やがて――
「そうですか、じゃあ旅人さんは自覚なく使っているんですね」
「なにを? 魔法を使ってるなんて言わないでくれよ、マジで」
「う~ん、お尋ねしますが、魔法についてどれくらいしってます?」
「使えるのは女だけ、そいつらが魔女って呼ばれてて、術式とか呪文やらで、不思議な事を起こすんだろ。それぐらいは知ってる」
これが一般に広まっている魔法と魔女への知識だ。実に浅いが、調べようにもそもそも誰も知らないのだから、知識など貯めようがない。
と、答えてやるとアイリスは非情に残念なものを見る目をした。
「あ~……すっごくおおざっぱですね」
「魔力が云々とか、昔ちょっと聞いたことがあるけど、よく分からなかったんだよ」
「旅人さん、あんまり頭良くないんですね」
「バカにしやがったな」
「ふふん、お返しです。わたしが世間知らずでないと言うことを教えてあげましょう。いえ、教えて差し上げましょう」
旅人が唸ってやると、鼻高々にアイリスは胸を張る。その態度がなんとも苛つくのでもう一度脅してやるが、アイリスの方が一枚上手だと彼は知ることにある。
「偉そうな態度改めねえと撃ち殺してやるぞ」
「旅人さんはそんな事しませんよ、優しい人ですから」
感情と本能に訴える笑みと言葉の弾丸。
さらにアイリスは理性的な追撃の一発を見舞う。
「それに、私を撃ってしまったら話が出来なくなりますし」
「降参だ、続けてくれ」
諸手を挙げた旅人は、聞き手に徹するように心がける。話し手にテンポ良く語らせる為には、聞き手の質も問われるからだ。
「では――。まず旅人さんの持っている認識は間違っていません、足りないと言った方が正しいかもですね。魔女とは、魔法や魔術を使う者を指します。種族は人間に限りませんが、発現できるのは女性のみです」
「なぜ女性限定なんだ」
「魔法や魔術の基本が「命を生み出す力」に根ざしているからです。子を生み出すことができるのは女性だけでしょう?」
なるほど、と旅人は頷くが、だとすると腑に落ちないことがある。
「じゃあ、俺が魔法を使ったってのはおかしな話だろ。もう一度言っとくが、俺は男だ。見せる気はないが、ちゃんと付いてるぞ」
「それについては、魔法の発動方法とその原動力が関わってきます。魔法は魔力をその源とし、魔力は世界に溢れる幻子を練り上げることで精製されます、この幻子とは全ての生命、この星や草木、動物から発せられているものなんですよ。あんまり知られてないですけどね」
「命ある者の力ってことか、じゃあ俺やお前からもその幻子ってのは出てるのか」
「ですです。それでですね、男性というのは幻子を発散させることは出来ても、魔力に練り上げることは苦手なんです。仮に魔力を練り上げることができても、指を鳴らして火をおこしたりはできません」
「どうせなら水を出したいな、荒野じゃあ水は貴重だ」
「強大な魔女なら川を作ったりも出来ますよ。古代の魔女は世界を海に沈めるくらいの魔術を使ったくらいですから」
そういう神話は確かにある。神の御技か、怒りと表されていた様な気もするが、証人がいないのでは、魔女がやったといわれても否定は出来ないし、そもそもとして旅人は神様とやらの存在を疑っていた。
「なあ、魔法と魔術の違いって何なんだ? 言っといてなんだが、よく分かってねえんだ」
「いい質問ですね」
教えることが楽しいのか、アイリスは笑みを浮かべた。
「魔力を使って発動させる術という点は同じです。旅人さんに流にわかりやすくすると、規模の大きさです、魔術は術式や触媒となる品で補助を得ることで魔力を増幅させて発動させる大規模なもの、魔法は言の葉と自らの魔力で発動させる簡易的なものです。……拳銃と大砲って言った方が分かりやすいです?」
「あぁ、しっくりきた。でも余計に判らねえな、魔法を使うには、呪文的なものを唱える必要があるんだろ? そのどっちも使った憶えがない」
「でしょうね、これから説明しますね。幻子から魔力を精製する、これは男性でも可能だと説明しましたよね、それから魔法を発現させることは不可能なことも」
そこまでは理解した。
旅人は頷いて先を促す。
「ですが、男性でも使える魔法があるんです。魔法といっても、外部に発生する現象ではなく、その発動者の内部に作用する類いのものですけど」
「……俺の身体の中で、魔法が発動したって意味か?」
「そうなります。あ、角が生えたりだとか、そういう大きなものではないと思うので安心してください。男性が使える魔法とは一種の感覚強化と身体強化、旅人さんの場合は、反射神経と運動神経機能の瞬間的向上でしょうね」
「あ~、……なるほど」
ちょっとばかし理解が追いつかずにいると、アイリスはぷっくり頬を膨らませた。
「分からないなら、分からないって言ってほしいです。知ったかぶりすると、かえって恥を掻くんですよ?」
「悪かったよ、噛み砕いてくれるか」
「しょうがありませんね、これも分りやすい言葉にしましょっか。……そうですね、旅人さんは銃を撃つ時ってどういう感覚になります?」
「ブッ殺す」
「感情論じゃなくてです」
「冗談だ。そうだな……集中してる。一瞬でも遅れれば死にかねねえからな、先に撃つには全部の感覚を銃に向ける必要がある」
それこそ世界にあるのが、自分と銃、それと相手になるくらいの集中だ。
世界の全てが止まるくらいの速度になるくらいの集中。
呼吸による上下移動、
汗の滴り、
筋繊維の緊張から風に靡く毛筋に至るまで、
全てを感じ取り、即応し、撃つ。
早撃ちの基本であり、極意でもある。これは旅人にとって早撃ち勝負に臨む、至極当たり前の感覚だったがアイリスは我が意を得たりと手を鳴らした。
「ずばりそれが魔法の正体です! あなたが使った魔法とは、極限の集中力によって生み出された、神速の早撃ちなんです。それに――」
と言いさして、アイリスは一瞬視線を上に逃がした。
「――旅人さんが銃を抜く瞬間に、わたしも魔力を感じましたから。ほら、一瞬だけ足が速くなったり、力が強くなったりする人の話を聞いたことはありませんか、あれも同じく集中力が幻子を練り上げて生じた魔力で、身体能力を強化した結果なんですよ」
そう一気に捲し立てると、アイリスは渾身のしたり顔を向ける。
だが、言いたいことは分っても、当人である旅人にはそういった感覚がない為、些か消化不良気味だった。それにまだ気になることがある。
「なんだか釈然としない顔です。気になるなら聞いてください、釈然とさせて見せます」
「いや大体はわかったんだが……。でもよ、お前の話をまとめると、誰でも魔法は使えるって事にならないか?」
「他人が『発動した魔法を認識できるか』を別とするなら、そうですよ。幻子から魔力を精製するのに必要なのは生まれ持った資質と、いってしまえば集中力だけですから」
「ふん、なるほど。講義ついでにもう一個教えてもらえるか」
「どうぞ、どうぞ、なんでも訊いてください」
自信満々にアイリスは言うが、旅人の質問は面白おかしくなどなる筈がなく、声音は実に冷め切っていた。そもそもとしてアイリスの魔法に対する知識は度を超えていたので、この問いは、問われるべくして問われた。
旅人の右手は知れず、銃を意識している。
「……お前は、魔女なのか?」
「え? 違いますけど?」
あっけらかんとしたアイリス。
なんでそんなことを訊くんだろうと、彼女は実に不思議そうだった。
「もしかして、わたしが魔女だと思ってたんです?」
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「友達に魔女がいたんです、といってもその子しか友達いないんですけどね。あ、悪い子じゃないんですよ? ちょっと怒りっぽいところはありましたけど」
恥ずかしそうに、けれどどこか悲しそうにアイリスは笑った。事あるごとに笑顔を見せるが、彼女はそうやって孤独と戦ってきたのだろうか。そう思うと、銃把にかけた右手を、旅人は恨みさえした。
――分らなくはない、孤独に対して抗うには、負けじと笑ってみせるか、背を向けて皮肉るかの二択なのだから。
「でも、今はとっても楽しいです、旅人さんといっしょにいられますから」
そう言ってアイリスはまた笑う。
その笑顔は、どうにも眩しく、オイルランプを吹き消してもまだ焼き付くようだった。
「もう遅い、今日は寝よう」
「……はい」
ベッドはアイリスに譲り、旅人はソファに身体を沈めると、ハットで顔を隠した。
もぞもぞと衣擦れの音がやがて収まると、そっとアイリスが呟いた。
「おやすみなさい、旅人さん」
「……レイヴンだ」
「え?」
「レイヴン・ヴァン・クリーフ。いつまでも名無しじゃ不便だろ」
暗いというのに笑顔の気配は伝わってくる。
「おやすみなさいレイヴン」
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