ワイルドウエスト・ドラゴンテイル ~拳銃遣いと龍少女~

空戸乃間

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第一話 拳銃遣いと龍少女

独り旅より、二人旅 Part.3

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 町に辿り着いても宿に泊まる金が無い場合は、町の近くで野営するのがカウボーイやならず者の常だ。アイリスを案内している二人もご多分に漏れず、町の近くにテントを張っているのだが、金は無くとも溜まるものは溜まり、ふらふらやってきた世間知らずな美少女が釣れればやることは一つ。

 彼等の脳内はピンク色の妄想で一杯だったが、建物の角から拍車の音と共に立ち塞がる影が現れて、状況は一変する。

「あっ、旅人さん!」

 嬉しそうに、呑気な歓声を上げるアイリス。だが旅人は彼女の正面に立ちながら、彼女の姿を見ていない。彼が注視するのは男二人の右手だ。

 一瞬にして別世界に入り込んだかのような緊張感が周囲を満たしていくが、アイリスはまだ気が付かないのかなんとも呑気に喋るのだった。

「お二人とも、ありがとうございました。おかげで、旅人さんに会うことが出来ました」

 そう言われても、男二人の視線もまたアイリスから外れ、旅人の右手に注がれている。
 宿にポンチョを置いてきているので旅人の装備は二人にも丸わかり、両腰に提げた拳銃――特に右太股にあるホルスターには熱い視線が注がれた。

 互いが何者なのかなど、その出で立ちを見れば即座に理解できる。大事なのはここからどうするかなのだ。
 しかし結末を決める大事な場面に、アイリスが動いた所為で事態は悪い方へ転がり始める。男の一人が彼女の腕を捕まえたらしい。


「あ、あの……放してもらえませんか? ちょっとイタいんですけど……」
「なんだい、兄ちゃん。この娘の知り合いか?」

 即座にアイリスが「そうです!」と元気よく答えたが、旅人は静かに否定した。

「そんなぁ……冷たいこと言わないでくださいよ」

 しゅんとした少女を蚊帳の外に置き、会話は進む。最早秒読みと呼んでも良いかもしれないが、穏便な方法は残されているはずだ。

「なら、なんの用だ?」
 さりげなくアイリスを盾にした男が問うと、もう一人が少しだけ外側に拡がった。

 ――こっちは二人だぞ、と仕草で語っている。

「女を放してやれ」
「命令されるのは嫌いだ、いきなり出てきて何様だお前」

 そう言った二人の些細な動きを旅人は見逃さず、彼も同じ動作を取っていた。右手が静かに銃把に触れる。

「どうして銃に手をかける、紳士的に話してる最中だろ」
「俺達も紳士的に頼んでるがね、兄ちゃん。道を空けな」
「命令してるつもりはない。彼女の意思を尊重するべきだと言ってるんだ」

 言葉とは裏腹に緊張感は緩むどころか張り詰めていき、ようやくアイリスも事態を理解したのか、緩んだ顔つきが引き締まった。

「二つに一つだ、そこをどくか、どかされるかだ。それ以外はねえ」
「他にもあるさ。あんたらは女を放して向こうに帰る、俺はこっちに。寝床で一晩過ごせば、くだらない問題だったと思える」
「この女は俺達が見つけたんだ、渡すもんかよ! イイ身体してるぜ~」
「なるほどね……」
 煙草を吐き捨て、旅人は男の目を観察しながら言った。

 その目は殺意でギラギラ、やる気に満ちていて、隣の男との一瞬の目配せから、旅人は彼等の選択肢を読み取った。

 事ここに至り――手段は決定したと、ガンマンの共通認識。

 時間が延びるような感覚に旅人は身を任せる。

 静かに重心を下ろして備え

 悟られず呼吸を合わせ、瞬きは無し

 相手の右の指先がぴくり痙攣


 旅人は言う。

「女」
「は、はい……!」
「しゃがめ」

 そしてアイリスが身を丸めたのが合図となる


 少し離れていた男が銃を抜く
 撃鉄を起こしつつ銃身を上げるが先に撃ったのは旅人だ。
 銃爪を引いたまま銃を抜き腰の高さで照準
 そのまま撃鉄を連続して叩くファニングは神速と呼べる速度


 その早撃ちは一つの銃声で、二つの眉間に鉛玉を見舞った。
 開始と決着は同時に訪れ、二人の男達は地面に倒れ込んだ。


 決闘は本当に一瞬で、訳もわからないアイリスは、旅人の指先で回転する拳銃がホルスターに収まるまで何が起きたのか把握できずにいたが、目を見開いたまま大の字で転がる男達を見つけて、ようやく言葉を口にすることが出来た。

「死んじゃったんですか、この人達……?」
「心配とはお優しいこったな。自業自得だ、お前、犯されるところだったんだぞ」

 仕方なく旅人は彼女を起こしてやるが、アイリスは戸惑い半分、驚き半分といった様子で目を泳がせている。このまま話していると、銃声に気付いた住人やらガンマンやらが群がり始めて面倒なので、旅人はさっさと場所を移してから続けた。
 死体の処理はするべき人間が勝手にやる。

「帰れと言ったろうが、なぜ俺に付きまとう」
「違います、偶然です。偶然わたしの向かった先にあなたがいたんですよ」

 ――だから付きまとってなどいません。と、アイリスは言う。
 しかしそんなのは何とも分かりきった嘘で、しかもその嘘を堂々と力のこもった目で言うものだから、旅人としては呆れるばかりだった。


 だが、アイリスは思い直したのか、目を伏せて真剣な表情で言葉を紡いだ。

「……本当は、謝りたかったんです。昨晩は不快な思いをさせてしまったみたいですから」

 その言葉はとても真摯で、心からの意思だと分かる。そして理解してしまうと、旅人としても責めづらかった。
 そんな彼が逃げるように通りに目をやると、予想したとおり酒場から銃撃戦の見物客が溢れ出し路地の方へと入っていく所だったが、その流れに逆らう人物が一人、旅人達の方へとやってきていた。


 人混みを掻き分けるは大変だったのだろう、カールは息も荒く問い詰めた。

「お、お前! 物騒な噂を広めるだけじゃなく、この町で殺人までしたな!」
「正当防衛だ、知ってるだろ」

 そもそも秩序の維持は法執行官の領分だというのによくもまぁ、そんな台詞を吐けたものだと旅人は溜息を吐き、他人の面倒につくづく疲れた彼はいっそ区切りを付けてやろうと、宿屋へ向かって歩き始める。

「だからまだ話は終わってない!」
「明日になったら宿に来い、保安官パパを連れてな。お前じゃ話にならねえよ」

 どうせ数日は留まる予定なのだ。だからこそ、穏便に済ませたかったというのに、腰抜けの保安官助手のおかげでこの有り様。そして、世間知らずのアイリスお嬢様は、行き場を無くしてぽつんと通りに立っていた。


 捨て置けば、またきっと問題に巻き込まれるだろう。

 そして、その場を目の当たりにしたらきっと手を出すだろうと旅人は考える。
 究極的に平等である西部においては弱肉強食こそ真理と知っていながら、悲惨な状況を見過ごすのは気が咎めるという半端な非情には嫌気がさす。

 立ち止まった旅人の眉間には峡谷よりも深い皺が刻まれていて、その提案を口にするのはかなりの覚悟が必要だった。

「アイリス、付いてこい」
「……いいんですか?」
「放っておいたら諦めてくれるのか」
「いいえ、諦めません。昨晩の言葉もわたしの本心ですから。それに言ってたじゃないですか、わたしの意思を尊重するって」

 なんとも嬉しそうな笑顔は夜にあって尚眩しく、彼の敗北が決まった瞬間でもあった。そしてアイリスは旅人を追い越すと、くるりと回ってもう一度満面の笑みを見せつける。

「わたし、今日ずっと考えていたことがあるんです。きっと驚きますよ」

 なんとなく嫌な予感がしたが、墓穴を掘ってしまった以上、旅人は埋まる覚悟を決める。しかし、その穴には予想外のものが埋まっていたのだった。


「魔女について知りたくないですか?」


 アイリスはそう言ったのだった。
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