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第一話 拳銃遣いと龍少女

独り旅より、二人旅 Part.2

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 その後、銃砲店で弾を揃えてから旅人は宿に荷物を置き、それから酒場へと繰り出した。敢えて言うまでもないだろうが、銃砲店の店主も雑貨屋の店主と同じように、尋ねた途端に口を噤んだので、探し人について大した情報は得られなかった。

 魔女はどこにでも耳があるとも言われているので、口を噤むその気持ちも分からなくもないが、旅をしてきた身から言わせてもらうと、その手の言い伝えは人間の恐怖心が勝手に膨らんだ妄想だというのが旅人の意見だった。不信感というのはまだ見ぬ物には付きものだが、未開拓の大陸西部に踏み出した気概を思い出せば、魔女への恐怖など笑い飛ばせる。


 しかしながら、そう言った思考も結局は個人が持つもので、一度固まってしまった価値観というのはジャーキーよりも堅い。昼間に聞いて回ったおかげで、『魔女を探している男』の噂は広まっているはずだが、カウンターでウィスキーを煽る旅人に向けられるのは興味の視線だけ、それも彼が酒場に入って少しの間だけだった。

 客の殆どが一日の仕事を終えた男達で、そんな彼等にしてみれば数少ない娯楽の場で、厄介事に首を突っ込むなど御免というわけで、なにより噂の主である旅人が静かに酒を飲んでいる分には、誰も彼もが幸せでいられるのだ。

 ――この分だと、もう少し積極的に動く必要がありそうだな。

 旅人が声をかけられたのは、二杯目を注文しながらそんな事を考え始めた時だった。

「お、お前だな、あれこれ聞いて回ってるよそ者っていうのは」

 その声は若く、威厳と威圧をまとおうとしている分、余計な力が入っていた。
 旅人はたぶん自分の事なんだろうと思いゆっくり振り返ると、ドアの直ぐ傍で仁王立ちしている青年を睨め上げた。顔立ちや服装、諸々を観察する旅人だが、青年が何者なのかを知るには彼の左胸に目をやるだけですんだ。

 星を囲んだ盾型バッジはアトラス共和国における法執行官の証。ただし、郡民選挙で選ばれた保安官シェリフではなく、保安官によって任命される保安官助手デピュティだ。

「……何か?」
「なにかじゃない。町で妙な話をするのはや、やめてもらおう!」

 酔った客達がいいぞ言ってやれと囃し立てるが、青年には威厳もへったくれもあったものじゃなかった。

 旅人本人がなんとか堪えているというのに、他の客達はむしろ、面白い余興が始まったとでもいうように耳を傾け、ニタニタと笑い始める始末。馬鹿にされるならまだしも、ただ笑われている。これだけで、この保安官助手がどういう評価を受けているかは大体察しが付くというものだ。


「僕はカール保安官助手だ、いいかこの警告を受け入れないなら町から出て行ってもらう」
「ちょっと世間話をしただけだ、迷惑はかけてない」
「それはこっちが決めることだ、分かったのか」
「肝に銘じておくよ、カール。会えてよかった」

 そうして旅人は酒に戻ろうとするが、さっさと帰ればいいのに保安官助手はムキになっていた。こうなると旅人の口の悪さが顔を出す、大体、彼は法執行官の世話になるようないざこざは起こしていないのだ……今のところは。

 世間話ついでに魔女の居場所を聞くのが違法だというのなら、井戸端会議で夜の夫婦生活について相談しているご婦人方にも同じ言葉を投げなければ不公平ってものだし、そもそも会話する自由は誰にでもある。


「保安官助手だ。僕は本気で言ってるんだぞ」
「こっちも本気だ、言いがかりも大概にしてほしいもんだな。それともこの町じゃ、保安官の許しを貰わないと酒も飲めないのか、ん?」

 からかい口調の台詞は、カールにはともかく他の客には受けたようで、返しの台詞を期待する視線が青年へと注がれた。ここで上手くあしらうか、権力で抑えつけるかで保安官助手としての資質が問われるのだが、緊張してカチコチのカールには難しい問題で、挙げ句は入店してきた客に邪魔だと押退けられていた。

「と、とにかく、皆が不安になるような噂を広めないでくれ、分かったか⁉」
「不安になるような? どの話だろうな。人を探してるって話もしたし、インディアンが攻めてくるって話か、税率が上がるって話かな。それとも黄色染みのパンツがお前の家に干してあるって話かな?」

 どかんと、酒場が爆笑に包まれる。カールは怒り心頭で震えていたが、言いがかりをつけてきたのは彼の方なので、旅人は悪びれた様子も無く客達の反応を煽っていた。

「そりゃ不安にもなるよな、保安官助手がおねしょするようじゃよ」
「くっ……、お前を逮捕する!」
「ああ是非してくれ、大勢笑かしたら罪になるとは知らなかった」

 テーブルを叩くは拍手はするは、もう酒場中笑い声だらけ。だが、旅人はその中を通して――一転冷徹な眼付きで――カールを静かに捉えていた。黙って、静かに……。それは笑われる相手を見据えるには冷たく、かといって憤りを発散したにしては熱を持っていて、誰にも気取られず、ごくごく自然に歩を進める旅人は、そのまま酒場から出ていく。

 あまりに馬鹿らしかった。他の客と事を構えるのを避ける為呑み込んだが、笑い散らしている連中も魔女に怯えていた点では、保安官助手とどっこいだ。他人を笑っているうちは自分の間抜けさを見ないですむということなのだろう。

 やれやれと言った様子で旅人がマッチを擦ると、まだ諦めきれないのかカールが後を追ってきた。

無法者アウトローの分際でよくも侮辱してくれたな、いい笑いものだ!」
「まだ何かあるのか、もう済んだ話だろ。酒場にいる連中の半分はアウトローだし、そもそもお前は嘗められてる。新参者しょっぴいて株を上げたいんだろうが、あんなやり方じゃ腰抜けと思われるだけだぞ」
「なんでも銃で解決する野蛮人には分からないだろうさ、法を守る為には銃にばかり頼れないと言うことが」
「西部の保安官助手にしちゃ都会じみた考えだな、そんなんで、よくまだ生きてるもんだ」

 弱肉強食、それが西部におけるただ一つの掟。

 北アトラス大陸はそれこそアトラス共和国がその大半を領土としているが、建国当初から発展を続けている東部沿岸、そして大陸東部以外はほとんど未開拓、端的に言えば別の国とみても差し支えないほどに文明レベルが離れている。

 例えば街並みだ。西部ならば建物は二階建てが精々で、サウスポイントのような列車の通る小さな町でも、大きな町として扱われるが、大陸東部における大きな町とは、天を突く建物が建ち並び、飛行船が人を運ぶ人種の坩堝るつぼを指す。そういう発展を遂げた、文明人の集まる町ならばカールの言うような方法が正しいのかも知れないが、ここは西部だ。

 東海岸のお役人が定めた法は、広大な大陸の中央以西においてその効力を充分に発揮しているとは言い難く、この地における法とはつまり、西部に生きる人間の定める掟。

 力こそ全ての世界。
 そして、野蛮の掟が支配する最後の場所こそがフロンティアだ。

 権力や金は言わずもがな、銃があればその力を持って自由に生きることが出来る。
 どんな醜男ぶおとこでも、女を手込めにすることだって叶う。

「ほんとうにこっちにいるんですか?」
「黒髪の兄ちゃんだろ、ああこっちにいる。俺達は友達なんだ」

 聞いた声に旅人が振り返ると、ロングコートを着たふわふわ金髪の少女が男二人に連れられて路地へ消えていくところだった。

「こっちを見ろ、まだ話は終わってないぞ」
「……今の三人をどう見る?」
「ただの娼婦と客だろ、話を逸らすんじゃない」
「おれには欲求不満の男に騙されて、女が連れ込まれてるように見えたがな」

 その台詞にカールは驚きの表情を浮かべ、腰のガンベルトへ手をやった。バッジを付けているだけあって、西部では忘れられがちの正義感というものは持っているらしいが、しかし、肝心の足が出ないようでは、酒場の連中に笑われるのも当然の評価だといえる。

 青臭い正義感? 大いに結構、平和的な世界を作るには必要なものだ。だが、言葉だけで動くほど人間というのは理性的じゃない。


 とはいえ逆に純真すぎるというのも考え物で、少女は――アイリスは一日中荒野を歩き続けて辿り着いたサウスポイントの町で、心優しく・・・・声をかけてきた男達を信じ切り旅人の居場所への案内をしてもらっていた。町の裏側を通りながら彼女が案内される先には宿屋などないのだが、町に着いたばかりのアイリスが、そんなことを知っているはずもなく。

 町に辿り着いても宿に泊まる金が無い場合は、町の近くで野営するのがカウボーイやならず者の常だ。アイリスを案内している二人もご多分に漏れず、町の近くにテントを張っているのだが、金は無くとも溜まるものは溜まり、ふらふらやってきた世間知らずな美少女が釣れればやることは一つ。
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