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第一話 拳銃遣いと龍少女
夜空に架かる虹 Part.1
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元から長居するつもりのなかった町だが、いざ銃爪を引いてしまえば居心地はとたんに悪くなり、旅人はあれからすぐに馬に乗り町を去っていた。
軽やかな駈足で跳ねる栗毛のマスタング、土を蹴立てる蹄は力強い足音で、多くの人間が踏み固めた道を進んだ。荒野の景色というのは変化に乏しく見渡す限りの土と岩、遠くに見える丘陵も夕陽を染み込ませたかのような朱色。滅多に雨の降らない厳しい大地にしぶとく生えている植物も彩りとしては力不足で、空の蒼とのコントラストが精々だ。しかし馬上からの視線は、地上のそれよりもぐっと広がり、晴天の日は鬱陶しいほどに気持ちが良い。
それに人と会わないというのも素晴らしい。
彼が町を出て数時間、それまでに見た物と言えば朽ちた馬車の残骸と兎が精々で、その内の一羽は射的の的になった。今は道外れの廃墟で皮を剥がれ、焼かれるのを待っている。
当然、大自然のど真ん中では文明の灯りなど存在しようが無く、野営の準備を進めている内に周囲はすっかり暗くなっていた。幸いなことに星明かりはあるが、夜の荒野というのは危険に満ちている、先の見えない中を進む事もそうだが、野性動物も彷徨いているので火の明かりは欠かせない。
適当に塩を振った焼き兎を食べ終わると、旅人は石壁に寄り掛かりマッチを擦った。紙巻き煙草の紫煙がふわりと上がっていく。風は凪いでいた。
南西部は寒暖差が異常に激しく、猛暑かと思えば、次の日には凍えるなんてことがザラにある。昼間は日射しを除けば過ごしやすい温かさだったが、日が沈んでからは一気に冷え込み始めていて、ポンチョだけではしのげないと旅人は毛布にくるまりながら、馬が草を食むのを眺めている。彼の装備の多くは、特に野営に関する装備は他のカウボーイと同様に、先住民から交換等で得たものだ、彼の包まっている毛布もその一つで、動物の脂を染み込ませる事で水を弾き、さらに体温も下がりにくくしてくれるという、まさに自然と共に生きてきた彼等の知恵から生み出された布だ。これがなければ凍えるのは必至で、体温の高い馬が羨ましくもある。
と、彼の心情を察したように馬が低く嘶いた。
馬という動物は人間が思っている以上に賢く、言葉を理解しているような節がある。
「分かってるシェルビー、お前も寒いよな」
早めに寝て、日の出と共に出発しよう。旅人はそう決め、朽ちた馬車から剥がしてきた木板をたき火に放り込むと、降ろしておいた鞍をまくらに横になる。眩しさ避けにハットで顔を覆うとすぐに眠りに落ちた。
…………――のだが、
異変に気付いて彼はハットを少し持ち上げて、しょぼくれた眼で辺りを確認した。
たき火はまだ堂々と燃えて廃墟内を照らしていて、特に変わった様子はなさそうだったが、動物というのは危機に聡い。
「……本当か?」
と彼は愛馬に尋ねる。
旅人が目を覚ましたのは、警戒を意味する甲高い嘶きが聞こえたからだった。馬に倣って耳を澄ませつつホルスターから拳銃を抜くと、もう一度、今度は短く愛馬が嘶く。
馬がどちらを警戒しているかを知るには、目をよりも耳の向きを確かめると確実だ。旅人は静かに寝床からでると、音を立てないように撃鉄をあげ、撃合いに備えて石壁に身を隠す。
野性の肉食動物か、それとも野盗か――、
どちらにせよ面倒な事になりそうだ。
「悪い事は言わねえ、こっちは大人数だ。盗みならやめときな」
野盗にとって奇襲の失敗は採算が合わない事が多く、はったりだが、これで退いてくれればよし。崩れた石壁からチラと覗くが、相手は岩にでも隠れているのか姿は見えない。そもそもの夜空だ、遠くまでは見渡せない。
「諦めて失せな、鉛玉ブチ込むぞ」
眠気もとっくに覚めた旅人は、きっちり拳銃を構えて低く唸る。襲撃者には鉛以外にくれてやる物などありはしない。
ところが、返ってきたのは慌てふためいた女の声だった。
「待って! 待ってくださいです!」
そう叫ぶなり岩陰から飛び出した人影に、反射的に銃爪を引きそうになるが、すんでのところで旅人は踏みとどまる。フードを被っている為よく見えないが、雰囲気として知っていた。
「撃たないでください、灯りが見えたので当たらせて貰おうと思って……」
「……一人か?」
女は頷き、おずおずと旅人に近づく。
「はい、そうです。私、人を探しているんですけど、通りませんでしたか? 茶色の帽子を被ってて、黒髪で、ちょっと人相の悪い、男の人なんですけど……」
つらつらと、旅人と一致する特徴を挙げていく女は、たき火を背にした旅人の顔をようやく認めたのか、頓狂な声を上げた。
と思ったら、数歩進んでバタンと倒れたので、旅人の方が戸惑うことになる。彼は銃を撃ってはいない。
女を囮にするのは奇襲の常套手段だ。そういう見方をすればこの女は見るからに怪しいが、かといって放置するわけにもいかず、旅人は周囲を警戒しながら慎重にブーツの先で女を突く。それでも動かないので、彼はゆっくりと女のフードのめくってやると、癖の強い金髪が露わになり、ようやく誰なのか合点がいく。
すると、消え入るような声で女が言った。
「おなか……へりました…………」
その台詞は野盗が人を騙すには真に迫りすぎ、子猫が助けるを求めるような弱々しさで、不甲斐ないまでの情けなさに満ち、地面に突っ伏している姿は、可哀想を通り越していっそ哀れですらある。
シェルビーは相変わらず緊張感ある嘶きをあげているが、他に仲間がいる様子もない。
……旅人は暫く悩んだ。
撃つなら今だし、起こすなら早いほうがいい。
が、倒れ込んでいる女相手に銃を突き付けている馬鹿馬鹿しさと、悩んでいる時点でどうするかは決まっている事に気付き、彼は撃鉄を戻した。
軽やかな駈足で跳ねる栗毛のマスタング、土を蹴立てる蹄は力強い足音で、多くの人間が踏み固めた道を進んだ。荒野の景色というのは変化に乏しく見渡す限りの土と岩、遠くに見える丘陵も夕陽を染み込ませたかのような朱色。滅多に雨の降らない厳しい大地にしぶとく生えている植物も彩りとしては力不足で、空の蒼とのコントラストが精々だ。しかし馬上からの視線は、地上のそれよりもぐっと広がり、晴天の日は鬱陶しいほどに気持ちが良い。
それに人と会わないというのも素晴らしい。
彼が町を出て数時間、それまでに見た物と言えば朽ちた馬車の残骸と兎が精々で、その内の一羽は射的の的になった。今は道外れの廃墟で皮を剥がれ、焼かれるのを待っている。
当然、大自然のど真ん中では文明の灯りなど存在しようが無く、野営の準備を進めている内に周囲はすっかり暗くなっていた。幸いなことに星明かりはあるが、夜の荒野というのは危険に満ちている、先の見えない中を進む事もそうだが、野性動物も彷徨いているので火の明かりは欠かせない。
適当に塩を振った焼き兎を食べ終わると、旅人は石壁に寄り掛かりマッチを擦った。紙巻き煙草の紫煙がふわりと上がっていく。風は凪いでいた。
南西部は寒暖差が異常に激しく、猛暑かと思えば、次の日には凍えるなんてことがザラにある。昼間は日射しを除けば過ごしやすい温かさだったが、日が沈んでからは一気に冷え込み始めていて、ポンチョだけではしのげないと旅人は毛布にくるまりながら、馬が草を食むのを眺めている。彼の装備の多くは、特に野営に関する装備は他のカウボーイと同様に、先住民から交換等で得たものだ、彼の包まっている毛布もその一つで、動物の脂を染み込ませる事で水を弾き、さらに体温も下がりにくくしてくれるという、まさに自然と共に生きてきた彼等の知恵から生み出された布だ。これがなければ凍えるのは必至で、体温の高い馬が羨ましくもある。
と、彼の心情を察したように馬が低く嘶いた。
馬という動物は人間が思っている以上に賢く、言葉を理解しているような節がある。
「分かってるシェルビー、お前も寒いよな」
早めに寝て、日の出と共に出発しよう。旅人はそう決め、朽ちた馬車から剥がしてきた木板をたき火に放り込むと、降ろしておいた鞍をまくらに横になる。眩しさ避けにハットで顔を覆うとすぐに眠りに落ちた。
…………――のだが、
異変に気付いて彼はハットを少し持ち上げて、しょぼくれた眼で辺りを確認した。
たき火はまだ堂々と燃えて廃墟内を照らしていて、特に変わった様子はなさそうだったが、動物というのは危機に聡い。
「……本当か?」
と彼は愛馬に尋ねる。
旅人が目を覚ましたのは、警戒を意味する甲高い嘶きが聞こえたからだった。馬に倣って耳を澄ませつつホルスターから拳銃を抜くと、もう一度、今度は短く愛馬が嘶く。
馬がどちらを警戒しているかを知るには、目をよりも耳の向きを確かめると確実だ。旅人は静かに寝床からでると、音を立てないように撃鉄をあげ、撃合いに備えて石壁に身を隠す。
野性の肉食動物か、それとも野盗か――、
どちらにせよ面倒な事になりそうだ。
「悪い事は言わねえ、こっちは大人数だ。盗みならやめときな」
野盗にとって奇襲の失敗は採算が合わない事が多く、はったりだが、これで退いてくれればよし。崩れた石壁からチラと覗くが、相手は岩にでも隠れているのか姿は見えない。そもそもの夜空だ、遠くまでは見渡せない。
「諦めて失せな、鉛玉ブチ込むぞ」
眠気もとっくに覚めた旅人は、きっちり拳銃を構えて低く唸る。襲撃者には鉛以外にくれてやる物などありはしない。
ところが、返ってきたのは慌てふためいた女の声だった。
「待って! 待ってくださいです!」
そう叫ぶなり岩陰から飛び出した人影に、反射的に銃爪を引きそうになるが、すんでのところで旅人は踏みとどまる。フードを被っている為よく見えないが、雰囲気として知っていた。
「撃たないでください、灯りが見えたので当たらせて貰おうと思って……」
「……一人か?」
女は頷き、おずおずと旅人に近づく。
「はい、そうです。私、人を探しているんですけど、通りませんでしたか? 茶色の帽子を被ってて、黒髪で、ちょっと人相の悪い、男の人なんですけど……」
つらつらと、旅人と一致する特徴を挙げていく女は、たき火を背にした旅人の顔をようやく認めたのか、頓狂な声を上げた。
と思ったら、数歩進んでバタンと倒れたので、旅人の方が戸惑うことになる。彼は銃を撃ってはいない。
女を囮にするのは奇襲の常套手段だ。そういう見方をすればこの女は見るからに怪しいが、かといって放置するわけにもいかず、旅人は周囲を警戒しながら慎重にブーツの先で女を突く。それでも動かないので、彼はゆっくりと女のフードのめくってやると、癖の強い金髪が露わになり、ようやく誰なのか合点がいく。
すると、消え入るような声で女が言った。
「おなか……へりました…………」
その台詞は野盗が人を騙すには真に迫りすぎ、子猫が助けるを求めるような弱々しさで、不甲斐ないまでの情けなさに満ち、地面に突っ伏している姿は、可哀想を通り越していっそ哀れですらある。
シェルビーは相変わらず緊張感ある嘶きをあげているが、他に仲間がいる様子もない。
……旅人は暫く悩んだ。
撃つなら今だし、起こすなら早いほうがいい。
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