僕の過保護な旦那様

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二章

175.シルとハリオ

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 ハリオの赴任期間が終わりに近づくと、ルカくんはうちに戻ってきた。
「おかえり」
「またお世話になります」
 ルカくんはペコリと頭を下げた。やっぱり雰囲気が変わった気がする。リヴェラーニ夫夫の影響だろうか?
 まさか騎士道とか叩き込んだりしていませんよね?

 僕はルカくんの右ポケットから覗くつぶらな瞳と目が合って嫌な予感がした。そのつや消し具合はまさかポポ軍団? なぜ騎士団に渡したポポ軍団をルカくんが持っているのか、考えられるのは副団長もしくはフェリーチェ様経由でルカくんに渡ったということだ。
 そしてそれを持っているということは、木彫りチンアナゴを使った戦い方を学んだということ。
 リヴェラーニ夫夫はルカくんに何をしたの?

「今週末には帰ってくる予定なんだよね?」
「はい。少し緊張します」
 そうだよね。半年は長いよね。その間に手紙でもやりとりしていたのなら不安はないと思うけど、手紙のやり取りもしていないそうだ。

 そして週末、僕たちはハリオの帰還ということでちょっとだけ豪華な料理を用意して、ルカくんはハリオとの思い出のクッキーを焼いた。
 それなのに、ハリオは帰ってこなかったんだ……

 帰ってくると思っていたルカくんは、夕食の時間まで門の辺りで待っていたんだけど、夕飯の時間を過ぎてトボトボと部屋に戻っていった。

「ラルフ様、何か聞いていますか?」
「俺は何も聞いていない。トラブルなどがあれば数日延びることはある」
 そっか。トラブルがあれば任期が終わったからといって自分だけ帰るわけにはいかないのか。

 僕は翌日にルカくんにそのことを話して、きっとすぐに戻ってくるよと励ました。
 あのハリオのことだ、やっとルカくんに会えるんだから最速で帰ってくるに決まってる。
 僕は何も心配していなかった。

 それなのに一週間経っても、二週間経ってもハリオは帰ってこない。トラブルだから仕方ないんだろうけど、待たされるルカくんは辛いよね……
 ラルフ様は何も聞いてないって言うからトラブルの内容は分からない。情報通のフェリーチェ様に聞こうかと思ったら、リヴェラーニ夫夫はルカくんを送り出した直後からちょっと遅い新婚旅行に出かけていて聞けなかった。

「ママ、きしのけんがくしたい!」
「うん、じゃあ一緒に行こうか」
 リーブを連れて久々にシルと騎士団の見学に向かった。

 ん? そこには騎士に混じって訓練をするクロッシー隊長の姿があった。なんでクロッシー隊長がいるの? ラビリントはかなり大きなトラブルがあったんじゃないの?
 僕は騎士が休憩に入るとクロッシー隊長に詰め寄った。
「クロッシー隊長! なんで一人だけ帰ってきてるんですか?」
 クロッシー隊長は奥様と赴任してたんだから急いで帰ってくる必要はないと思う。帰れる人と残る人がいるのなら、なぜ帰る側にハリオが含まれていないのか。それにクロッシー隊長はハリオの監視役のはずだ。なんで勝手に一人だけ帰ってきたのか。

「お、落ち着いてください、マティアスさん。任期が終わって戻ってきたんです」
「トラブルは?」
「トラブル? 今のところトラブルの報告は聞いていませんね」
 どういうこと?
「ハリオは?」
「ラビリントにいますよ」
 なんで? トラブルがないのにラビリントにいる理由は? 僕の頭の中は混乱していた。

「ママ、どうしたの? おこってるの?」
 僕がクロッシー隊長に詰め寄っていたから、シルが心配して僕のもとにやってきた。
 僕は混乱中だ。怒りは今はない。疑問しかない。

「シル、僕は怒ってないよ。ハリオはラビリントにいるんだって」
「うん。ゆきがふるまえにかえってくるよ」
 え? どういうこと? シルは何を知ってるの?
「それ、誰に聞いたの?」
「ハリオ」
 え? ハリオに聞いたの? 一度王都に帰ってきてシルに説明してラビリントに戻った? いやいや、シルに説明するならラルフ様にも説明しているはず。でもラルフ様は何も知らなかった。
 他のみんなは知ってるのに僕とルカくんとラルフ様だけ知らないとかある?

 いつ聞いたのか尋ねてみると、シルはずっとハリオと手紙をやりとりしていたそうだ。それ、僕知らないんだけど……
 リーブ、知ってたの? 僕はリーブをじっと見てみた。
「シルヴィオ様がハリオ殿と手紙をやりとりしていることは知っていましたが、内容は把握しておりません」
 リーブ、なんで僕が見つめただけで聞きたいことが分かったの? やっぱり有能なんだね。
 でも、そっか、内容は知らなかったのか。そうだよね、知ってたらさすがにラルフ様には報告するよね。

 僕はシルに頼んでハリオから届いた手紙を見せてもらうことにした。

 ハリオから届いた手紙は月に一通か二通で、どれも短い手紙だった。初めの頃なんて『今日は晴れています』だけだったり、『寮の庭に白い花が咲きました』『エイドリアンは元気です』なんてのもあった。エイドリアンって誰だっけ? シルが仲良くしてもらった騎士か迷宮研究者の人かな?
 そして最後に来た手紙には、『任期を延長しました。あと半年頑張ります。雪が降る前には帰ります』と書かれていた。
 延長しましたってことは、ハリオが望んだってことだろうか? その短い文章からは理由もハリオの気持ちも何も分からなかった。
 それで、任期が延期されたことをなぜ上司であるラルフ様が知らないのかが不思議だ。

 これはルカくんに伝えなければならない。クロッシー隊長はきっとハリオが帰ってこない理由を知っている。クロッシー隊長にもっと詳しく聞いておけばよかった……
 理由は分からないけどとりあえず伝えるか、それとも理由を確認した上で伝えるか迷う。

 どうしようかと迷っていると、ラルフ様がクロッシー隊長を引き摺って帰ってきた。それはもう本当に引き摺るという感じで、首根っこ掴んで帰ってきた。上官にそんな扱い許されるの?

「ハリオはラビリントでの任期を延期して半年の予定が一年になったそうだ。自ら希望したらしい。ほら説明」
 ラルフ様はそれだけ言うと、クロッシー隊長に詳しい説明をするよう促した。

「ハリオの任期延長の申請ですが、長期休暇中だと知らずに副団長宛に提出していました……すみません。副団長を見かけないとは思っていたんですが、たまたま見かけないだけだと思ってそのままにしていました」
 なるほど。それで申請は受理されないまま放置されていたのか……しっかりしてよクロッシー隊長。

 クロッシー隊長を引き摺ってきたってことは、ラルフ様は今日知ったの?
「ラルフ様はどうやって知ったんですか?」
「あまりにもハリオの帰りが遅いからラビリントへ使いを出していた。クロッシーが王都に戻って申請しているはずだと報告を持ち帰ってきたのが今日だ。末端の騎士に混じって訓練なんかしているから、クロッシーもまだ帰っていないと思っていた」
 ああ……確かに僕が見た時も騎士に混じって訓練してた。普通隊長は騎士に混じって訓練なんてしないよね。
 ラルフ様もハリオのことが心配だったんだ。使いを出して調べるくらい部下のことを大切にしてる。

「それでクロッシー隊長、ハリオが任期を延長した理由は?」
 ここは聞いておかなければならない。この人なら理由を知っているはずだ。

「理由? 知りません。あと半年ここにいたいと言われたので許可しましたが、理由は特に言っていなかったかな?」
 顎に手を当てて少し考える仕草をしたクロッシー隊長の言葉に僕は呆れた。
 一応上官だよね? しかも監視の役目で行ったんだよね? 延期したいって言われて「はいそうですか」って許可して、理由聞いてないの? それってなんのための上官なの?
 ハリオも信頼していないから、クロッシー隊長に相談もせず理由も告げなかったんだろうか?
 部下をうちに住まわせるくらい大切にしているラルフ様とあまりにも違う。
 そういえば、この男はラルフ様が行方不明になった時にも、無事を信じず遺族への見舞金なんてものをうちに持ってきたんだった。本当に騎士団は敵なのかもしれない…….

「クロッシー隊長、速やかにお帰りください」
 一気に気持ちが冷えた僕がそう告げると、ラルフ様はまたクロッシー隊長の首根っこを掴んで引き摺っていき、門の外にポイっと捨てて門をガチャンと閉ざした。
 あの人、全然役に立たない。なんで中隊長なんてやってるんだろう? 不思議だ。

 任期を延長した理由はハリオ本人に聞くしかない。ラルフ様が出した使いも事務的にトラブルの有無とハリオの任期延長の事実だけを持って帰ってきたそうだ。誰かに聞きに行ってもらうか、それとも直接聞きに行くか。とにかく僕は今分かっていることをルカくんに話すことにした。

「──というわけなんだ」
「そうですか。今日はもう日が暮れているので、明日僕がラビリントに向かいます。何か分かったらマティアスさんに手紙書きますね」
 そう言うと、ルカくんは旅の支度を始めた。

「ラルフ様」
「マティアスはダメだ」
 まだ何も言ってないのに、ラルフ様に被せ気味にダメだと言われた。
 僕が行くと言っても許可は下りないと思ってたよ。ラビリントに行くと僕は迷宮で行方不明になるからね……

「ラビリント行きの乗合馬車が出ているから、危険はないはずだ」
 誰かを護衛にと思ったんだけど、乗合馬車が出てるなら大丈夫かな?
 フェリーチェ様が王都にいたら、喜んで一緒に行ってくれそうだけど、残念ながらまだ帰ってきていない。

「護衛いなくて本当に大丈夫?」
「大丈夫です。チェーンメイル着ていきますし、ハリオがくれた短剣もあります。これもありますし」
 そう言いながらポケットから取り出したのはポポ軍団つや消しブラックだった。やっぱりリヴェラーニ夫夫はルカくんに余計なことを教えたらしい。
 それは本来は置物であって、戦うための道具ではないんだよ。そして自らチェーンメイルを着てる。本当にルカくんは変わってしまった。

 僕はルカくんの変化に頼もしいような、少し悲しいような、複雑な思いを抱きつつ、乗合馬車の乗り場までルカくんを送っていった。
 ルカくんの荷物は多い。たぶんハリオがラビリントでの任期を終えるまで、ルカくんも王都に戻らないつもりなんだろう。
 二人が無事再会して、幸せになれるといいな。

 
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