175 / 189
二章
173.シルのお友だち
しおりを挟む「ごきげんよう」
「ほ、本日はお日柄もよく……」
「ふふふ、嫌ですわ、そんな堅苦しい挨拶」
目の前で微笑むのは団長夫人、エドワード王子の奥様だ。そして後ろには護衛騎士とメイドに抱っこされた男の子。
「それで、今日はうちにどのようなご用でしょうか……」
「うちの子がね、小さな馬を見せてもらう約束をしたそうなのよ。それで連れて行ってほしいと駄々を捏ねてね。シュテルター隊長に聞いたら今日はマティアス様がご在宅だと伺ったので来てしまいました」
フットワークが軽い方だ。
小さい馬を見せてもらうってパンのことだよね? ってことはまさかシルの友だちってあの子? エドワード王子の子なの?
「あ! エルマー! こっちだよ!」
シルが手を振りながらこっちに走ってくる。いつの間にかリーブがシルを呼びにいってくれていたようだ。
リーブ、もしかしてシルの友だちがエドワード王子の子どもって知ってたの? 知らなかったのってまさか僕だけ? やめてよ、こんなの心臓に悪いよ。教えてよ。それとも気付かない僕がいけないの?
シルは彼の手を取ってパンのところに案内している。
それよりさ、僕はまだ混乱してるんだけど……エドワード王子の子どもって女の子じゃないの? 男の子なの? エルマーって名前は男の子っぽいけど、ガーデンパーティーでは髪に可愛いリボンを結んで、赤いワンピース着た女の子を連れてなかった? 他人の子が奥様の膝の上にいるなんてことないと思うんだけど……
僕はわけが分からなくなって、シルとエルマーの後ろ姿をボーッと眺めていた。
「──様、マティアス様」
リーブに名前を呼ばれてやっと我に返った。
「あ、ごめん。何?」
「お客様を応接室に案内いたしました。マティアス様もどうぞ」
「あ、うん、ありがとう」
危なかった。奥様を放置していた。リーブが案内してくれていなければ、こんな寒空の下で奥様を待たせることになったかもしれない。リーブが優秀で助かります。
「ふふ、マティアス様とは一度お話ししたかったんです」
「それは光栄なことですが、なぜですか?」
「夫から話をよく聞いておりますの」
きっとエドワード王子は僕たちのことを面白おかしく言っているんだろう。
「それに、私たちが結婚に至ったのはお二人のおかげだと伺っておりますわ」
そうなの? 僕たちが王族の婚姻に関わるなんて無いと思うんだけど……
そう考えて僕は思い至ってしまった。あれだ。エドワード王子が媚薬のキャンドルを箱いっぱいに送ってきた日、ラルフ様が怒って王宮に押し入って中庭でそれを燃やしたんだった。
それで王太子妃が懐妊されて、エドワード王子は結婚が決まったと聞いた気がする。
なるほど……
「そうでしたか」
「だからあなた方夫夫には感謝しておりますの。それと同時に夫がかなりご迷惑をかけたそうで、申し訳なく思っております」
「いえセリーヌ様、頭をお上げください」
王族に名を連ねる方に頭を下げさせるなど畏れ多い。
それに彼女がエドワード王子を城に閉じ込めてくれたから、かなり平和な時を過ごせている。
「ふふ、そんなに慌てなくても。これからは仲良くしてくださると嬉しいわ」
「はい。こちらそこ、よろしくお願いします」
ねえ、僕だけで対応するの辛いんだけど……
リーブ、ニコニコしながらそんな後ろに控えてないで、騎士の伴侶という同じ立場として同席してよ……
それと僕はまだ分かってないんだけど、エドワード王子の子どもは男の子でいいんだよね?
そこは尋ねていいのか分からず、聞けないまま時はすぎていった。
エルマーくんはパンとシルと楽しそうに遊ぶと満足して帰っていった。
もしかして、これからも度々遊びに来たりするんだろうか? 家族ぐるみのお友だちはほしかったけど、エドワード王子とその家族とか遠慮したいんだけど……
気軽に庭でお肉を焼いたりできないし、森へピクニックなんてとても行けない。
「ラルフ様……エルマーくんは男の子ですか?」
「は? どう考えても男の子だろ。どうした?」
今日はそう見えた。でも気になったんだ。
「いえ、ガーデンパーティーでは女の子の格好をしていた気がして」
もしかして僕の見間違い?
「男の子だと分かると女の子に群がられるからな。正妻は無理でも何番目かには食い込めると考える親もいるだろう。女の子だと思わせておけば、よほど覚悟がない限り王子の娘を嫁に迎えようと思わないだろ?」
「王族ってそんなことまで気にして行動しなければならないのか。大変なんだな……」
これから家族ぐるみでの交流が始まってしまうんだろうか?
「マティアス、エドワードにはうちの門を潜らせない」
ラルフ様は僕の心の中を読めるの?
もしかして、夫夫は長年連れ添うと以心伝心で言わなくても気持ちが通じ合うって本当なのかな?
だとしたら、キスしてほしいって見つめてみたらキスしてもらえるんだろうか?
僕はジッとラルフ様を見つめた。
「マティアス、すまない」
「え?」
キスしたくないってこと? なんかショックだ。なんで? もしかしてまた風邪でも引いたんだろうか?
健康そうに見えるんだけど。僕はじっくりラルフ様の姿を観察してしまった。
「ママを少し借りたことを怒っているんだろう?」
「ママ? 何の話ですか?」
ラルフ様が僕の部屋を見た時にポポママが目に入ったからこっそり持ち出したそうだ。ポケットに入れているだけで、僕がそばにいるみたいで安心して今日は訓練が捗ったとまで言われた。
全く以心伝心なんてなかったけど、僕はポポママをラルフ様に返してあげた。ピエール二号は失敗作だから、そのうち暖炉の薪になってみんなを温めてくれます。
「ラルフ様、キスして?」
「いいぞ」
やっぱり言いたいことは言わないと伝わらないんだ。
312
お気に入りに追加
1,273
あなたにおすすめの小説
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
囚われ王子の幸福な再婚
高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる