僕の過保護な旦那様

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二章

166.ハリオ

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 その日、夜になってもハリオは帰ってこなかった。
 店の跡地でずっとルカくんが来るのを待っているんだろうか? 明日は休みだからずっと待ち続ける気かもしれない。

 翌日フェリーチェ様が来ると僕はルカくんの手紙を見せた。
「はぁ……そっか。で、ハリオは? 今日は尋問の日じゃなかった?」
 尋問じゃないけど、面談の予定ではあった。だけどたぶん戻ってこないと思う。明日の仕事に間に合うようには帰ってくると思うけど、今日は帰ってこないんじゃないかな?

 僕はフェリーチェ様に、ハリオは隣街にルカくんを探しに行ったことを話した。
「いると思う?」
「正直僕は店の跡地で待ってもルカくんは来ないと思います。怖い目に遭った場所ですし、一人で行くとは思えません」
「だよね。ハリオはそれ以外に思いつくところはなかったのかな?」
「ないみたいでした」
「二人に思い出ってないの?」
 僕もそれは気になってた。ハリオはルカくんをこの家に閉じ込めてた。ルカくんも外に出たがらなかったけど、それはハリオが連れ出してあげるべきだったんじゃないの?

「マティアス様は夫夫の思い出の場所とかある?」
「僕ですか? え~っと……」
 どこだろう?
 この家とか、フックス領の牧場とか、屋台のレモネードを一緒に飲んだ公園とか、海もそうだし、森も、迷宮も、色々あるけど、やっぱりこの家かな?
 色々思い出して、思わずふふっと笑いが漏れてしまった。

「いっぱいありそうだね。普通はそうだよね」
「そうですね」
「私も色々あるよ。あいつがいつも待ち伏せしていた本屋の角とか、初めてキスした更衣室とか、結婚を申し込まれた裏組織の拠点とか」
 それ、僕が聞いていい内容?
 更衣室って騎士団の更衣室だよね? そんなところでキスしたの? 待ち伏せしてたってのも気になるし、裏組織の拠点で結婚を申し込むってどういう状況?

「私はルカくんの行方は探さないことにする。個人的には刺繍友達だし、戻ってきてほしいし仲良くしたかったけど、彼の決断を無視した行動はしたくない」
「そうですね。僕もそう思います。ルカくんをここに連れ戻しても、同じことが繰り返されたら辛いだけです」
 少ししんみりしてしまった。

「チェー、これあげる!」
「うん? ありがとう」
 シルはフェリーチェ様が落ち込んでいると思ったのか、新作であろうポポ一族を一つ渡した。白に青色で葉っぱが描かれている。
 もう僕はたくさんありすぎてシルが色を塗ったポポ一族がいくつあるのか把握しきれていない。

 午後になっても、やっぱりハリオは帰ってこなかった。そうだと思っていたから別にいいんだけどさ。

 その日は刺繍はせず、シルとパンを愛でながら過ごした。これが一番癒しに効果がある方法だ。フェリーチェ様も、シルとパンと一緒に遊んでいたら少し表情が和らいだ気がする。
 フェリーチェ様を迎えにきた副団長にルカくんがいなくなったことを伝えると、副団長は短く「そうか」とだけ呟いた。
 副団長も予感はしていたのかもしれない。
 直接副団長はルカくんと関わってはいないけど、フェリーチェ様を通じて色々な話を聞いていただろうし、森ではルカくんを演じていた。

 その日の夜遅く、ハリオは帰ってきた。朝まで帰ってこないかと思っていたから、帰ってきたことが意外だった。
 夜中にルカくんが店の跡地に来るなんてことはないから、引き上げたのかもしれない。

 フラフラとルカくんの部屋に向かうハリオを僕は引き止めた。
「何か食べる? 温かいスープでも持ってこようか?」
「いえ……ルカくんはあの街を訪れていない」
 ハリオはボソボソと独り言のように呟いた。どこを見ているのか分からない、視点の合わないような目で、ちょっと怖いと思ってしまった。
「そう…….」
「近所や街の門番にも聞いて回ったが、目撃証言一つ出てこなかった」
「そっか」
 ただ待つだけでなく、ハリオは聞き込みまでしていた。だけど今更じゃない?
 何でそばにいる時にその情熱をルカくんに向けなかったのか。
 曖昧な理由で誤魔化されることほど辛いことはない。だけど、それを今のハリオには少し怖くて言えなかった。
 下手なことを言って激昂したら怖いと思ってしまったんだ。今のハリオにはそれくらいの不安定さがあった。

 これからハリオに会うときはラルフ様か誰かと一緒に会うことにしよう。何もしないと思うけど、威圧や殺気を向けられるのは怖い。

 リズにハリオに何か軽く食べられるスープとパンを持っていってもらうようお願いすると、僕は部屋に戻った。

「ラルフ様、フェリーチェ様はルカくんの意思を尊重して探さないと言いました。ハリオは大丈夫でしょうか?」
「あいつが自分で選んだ道だ。自分で立ち直るしかない」
 だよね……

 その後、僕は家にいる時のハリオには一人で近づかないようになった。
 なぜなら、家にいる時のハリオは酒瓶片手にフラフラしているからだ。要するにハリオは酒に逃げた。何もしていないわけではないと思うんだけど、手掛かりなしだからだ。それでもルカくんと過ごした部屋に夜になると戻ってくる。

 とうとうハリオはラルフ様に危険人物として認定されてしまった。たまに階段から落ちたり、廊下で寝ていることがある。そんな時はロッドかグラートが担いで部屋に運ぶ。アマデオはニコラにハリオを近づけないようにしていて、家にいるときは常に一緒にいる気がする。
 眠れていないのか、日が経つごとにどんどん目の下のクマは酷くなるし、食事も取れていないのか窶れたように見える。怖いと思う気持ちより心配の方が勝るくらいの状態だ。

 さすがに反省しているんだろうか?
 話をする時間も取れずにいるんだけど、誰かに話を聞いてもらったりはしているんだろうか?
 ある日、廊下を曲がったところにハリオがしゃがみ込んでいた。
 ラルフ様に一人では近づくなと言われているから、僕はその場を立ち去ろうとしたんだけど、ハリオが僕の服の裾を掴んだ。
 無理やり引っ張られるとかではなく、行かないでくれと言っているみたいに、震える手で掴まれた。たぶん僕の力でもふり解けるくらいの弱い力だ。

「意気地なしなんだ。自分が止められなくなるのが怖かった。無理やりキスしたし、自分のことも信用できなかった。傷つけたくなくて触れられなかった。守りたかった……」
 俯いたままボソボソと話すハリオは泣きそうな声だった。だから僕はそのまま話を聞くことにしたんだ。

「僕だったら守られるより愛されたいよ」
「でも腰を痛めていますよね?」
 もしかして、それが怖かったの?
「そうだね。痛いけど、それに勝る幸せがある。腰を痛めるから嫌だって思ったことは一度もない。愛された証っていうか、幸せの余韻に浸れるから腰の痛みも好き」
 痛めつけられて快感を感じるって性癖はないけど、僕はラルフ様に愛されるのが好きだ。

「ルカくんがマティアス様と同じとは限らない」
 それはそうかもしれない。でも見てみてよ、ニコラだってロッドだって、緑の酷い匂いの湿布を貼ってることがあるけど、それでも彼らは恋人と仲良しだよ。
 それに、ルカくんが腰を痛めないで済む方法があるよね?

「そんなに傷つけるのが怖いなら、ハリオがルカくんを受け入れたらいいんじゃない? それは二人で相談してもらうしかないけどね」
「その方法があったか……」
 ハリオは急に顔を上げて僕を見た。その目は最近よく見る虚な目ではなくて、疲れた表情ではあるけど、僅かに光が灯っているように見えた。
「ルカくんがいいって言ったらだよ? 勝手に決めたらダメだからね」
 一応そこは念押ししておかないといけない。

 でもそれは覚悟を決めたとしても、ルカくんを見つけることができなければどうにもならない。どうやって探し出すの?

 
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