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二章
163.忘れてないよ
しおりを挟む蜜蝋、悪くない。
パンのクッションはイーヴォ隊長が作ってくれた分と、僕とラルフ様が作った分、それと予備に僕とラルフ様が作ったもの全てに蜜蝋で加工をした。
「パン、きれいなクッションよかったね」
寒い季節になってもシルは元気だ。パンも元気で一緒に庭で遊んでいる。
僕とフェリーチェ様とルカくんは、庭が見える部屋でぬくぬくしながら刺繍を進めている。
なかなか上手くならないけど、練習あるのみだ。
庭の木も夏には影ができるほど生い茂っていた葉がほとんど散ってしまっている。もうそろそろ貴族が王都に集まる時期だ。そういえば年に一度は夜会に出てくれって陛下に言われたけど、ラルフ様は新年の夜会に出るんだろうか?
「シルヴィオ様にお客様です」
リーブが呼びにきた。シルにお客様? それは珍しい。リーブが呼びにきたことからラルフ様が許可している人だということが分かるけど誰だろう?
「リーブ、シルにお客様って誰?」
「イーヴォ殿です」
ああ、なるほどそれでシルにお客様ってことなのか。
イーヴォ隊長はクッション片手に遊びに来た。持ってきたのは、パンが使っているクッションより小ぶりな、枕くらいのサイズのクッションだ。それもパンにあげるの?
「これはシルくんにプレゼントだ。パンとお揃いだよ」
「おそろい!」
シルのだった。シルはパンとお揃いが嬉しかったのか、パンに「おそろいだよ」と自慢している。
「イーヴォ隊長、ありがとうございます」
「シルくんとパンは本当に仲がいいんだな」
シルの一番の友だちはパンかもしれない。
「あれは使えるのか?」
イーヴォ隊長が櫓を指差して尋ねてきた。もしかして櫓に登りたいんだろうか?
「使えますよ。僕が櫓の上に花を置いています。それで花に水をやりにいくのが日課です。たまに夫や部下の皆さんが登ったりしています」
「あれ、ちゃんと機能してるの? 私も登ってみたい」
僕の答えに食いついたのはイーヴォ隊長ではなくフェリーチェ様だった。
それで僕たちは櫓に登ることになったんだ。僕は朝に一度登ったから二度目だ。ルカくんとリーブも一緒だ。
「マティアス様はなんでこんなところに花置いてるの? 庭も日当たりいいと思うけど」
「水やりのために往復して足腰を鍛えてるんです。何かのためだと思わなければサボってしまうので」
「ああ、なるほど」
フェリーチェ様はふむふむと納得してくれたんだけど、後ろでクスクスとイーヴォ隊長が笑っている。僕はこれでも真剣なんですよ。騎士の皆さんのような屈強な体の人には分からないと思う。
「なかなかいい眺めだ」
僕がちょっとムッとしてしまったからか、急に真面目な顔になってイーヴォ隊長はそんなことを言った。
「そうですね。夕日を見たり、ここに泊まって子どもたちと星を見たり、朝には朝日を見たりしています」
「え~楽しそう! 私もここから星を見てみたい!」
やっぱり食いついたのはフェリーチェ様だった。泊まるとなると僕だけでは判断できない。
「ラルフ様が帰ってきたら聞いてみます」
「うん、お願い」
「フェリーチェは退役しても現役時代と変わらないな」
イーヴォ隊長とフェリーチェ様は仲良しだったのかもしれない。親しげに話している。
「そう? 刺繍するようになったよ? それに諜報活動はしてない」
「どうだか。まだ騎士団の中で権威を持っているだろ。訓練にも参加しているし」
「暇だからね~」
ルカくんはずっと大人しく街の景色を眺めている。もしかして、故郷が恋しいんだろうか? 故郷といっても隣街だけど、ハリオに頼んで連れていってもらえばいいのに。
「楽しそうですね」
ルカくんが小さい声で呟いた。なんだかその声が寂しそうで放っておけなかった。
「ルカくんもハリオと一緒にここで星を見てみる? キャンドルを並べたらロマンティックだし、いい雰囲気になるかもしれないよ」
そしてその流れで……
どうかな?
「あ、リーブもグラートと一緒にここで星見る?」
新婚さんのリーブを忘れてはいけない。リーブに尋ねてみると、「星なら二人でよく見ております」なんて笑顔で返ってきた。
リーブとグラートは夜にデートしていたのかもしれない。でもいつ?
リーブが夜にいなかったことなんてあったっけ? 夕食の時にはいつもいたと思うけど夕食が終わった後かもしれない。
「イーヴォ隊長も星を見たいですか?」
「いや、遠慮しておく。一人で星を見るのは寂しすぎるだろ」
そっか、イーヴォ隊長は独身なのか。
櫓から下りるとイーヴォ隊長はシルとパンと遊んで、ミーナと刺繍の話をして帰っていった。
副団長とラルフ様が帰ってくると、櫓をリヴェラーニ夫夫が借りたいと言っていると話をしてみた。
「いいが、壊すなよ?」
「壊さないって。かなり頑丈そうだったし、壊れることないでしょ?」
そうかな? フェリーチェ様はそう言ったけど、副団長は前に門を壊したよね? あの勢いで暴れられたら櫓は破壊される可能性もあると思う。
そうなったらフェリーチェ様が止めてくださいね。
「チェーほしみるの?」
「うん、櫓借りるね」
「いいよ」
シルも快く了承してくれた。
「ママ、ぼくもほしみたい」
「そうだね。久しぶりに櫓の上で寝る?」
「ねるー!」
リヴェラーニ夫夫の邪魔はしない。僕たちは僕たちで別の日に櫓にお泊まりすることになった。
ちゃんとルカくんたちの許可ももらった。
ルカくん上手くいくといいね。
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