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二章
161.汚れ落とし
しおりを挟む「ママ、クッションがきたないの」
シルが困った顔をして僕を訪ねてきた。お茶でも溢したのか、ポポ一族を塗る時に塗料を溢したのか、塗料だと汚れを落とすのは難しい気がする。
とりあえず見てみようと、シルについていくことにした。
ん?
あ~、パンのクッションか。
庭に向かうシルの後をついていくと、ポポのクッションは確かに汚れていた。それは仕方ないと思う。何日か前に雨が降ったし、ぬかるんだ地面を散歩したりしてたから、その時に汚れたんだろう。
クッションって洗ってもいいんだろうか? 洗っても中まで乾くのかが分からない。
メアリーに聞いてみよう。
「クッションですか……洗えなくはないですが、中の綿が寄って形が崩れてしまうかもしれません」
だよね。絞ったらクシャクシャになりそうだし、どうしよう……
「縫い目を解いて中を出して洗いますか?」
「そんなことできるんだね。シル、それでいい?」
「きれいになる?」
泥汚れだから完全には落ちないかもしれないけど、今よりは綺麗になると思う。
「綺麗になると思うよ。メアリーに任せてみようか」
「うん!」
シルはさっそくパンに報告しにいっていた。パンはよく分かっていないと思うけど、あのクッションに寄りかかっている姿をよく見るから、気に入ってはいたんだと思う。
そのうち蹄などで破れてしまうかもしれないし、イーヴォ隊長に作り方を教えてもらおうかな。
結局中の綿も汚れていたから、縫い目を解いて綿を出したものの、綿も洗うことになった。
メアリーが頑張ってくれたから、泥の汚れもちゃんと落ちた。とても綺麗になったからシルは大喜びだ。それに釣られてパンもジャンプしてはしゃいでいる。
本当にシルとパンは仲良しだな。
「ラルフ様、イーヴォ隊長は明日いますか?」
ラルフ様が帰ってくると、着替えを手伝いながら聞いてみた。
「いるがなんだ? あいつに何の用だ?」
ラルフ様が疑いの眼差しを僕に向けた。前みたいに威圧をかけたりはしないけど、ちょっと怖い。
「パンのクッションが汚れたんです。パンは小さいけど馬ですし、蹄などで破れてしまうかもしれません。だからイーヴォ隊長に作り方を教えてもらおうかと思ったんです」
「分かった。俺も一緒に教えてもらう」
ラルフ様と一緒に教えてもらったらラルフ様の方が先に覚えそうな気がする。僕より早く上手に作りそうだ。
「楽しみだ」
ラルフ様がポツリと呟いた。
そうなの? ラルフ様は意外と裁縫が好きなのかも。そんなに楽しみなんだ。
「僕も楽しみです」
そう言ったら、ラルフ様が不意打ちの優しい笑顔を向けてくれた。
「刺繍は別々で習った。今度は一緒だ」
「うん。もしかして一緒に何か作りたかったんですか?」
「そうだ」
そうなんだ。裁縫が好きなんじゃなくて、僕と何かを一緒に作りたかったのか。だからあの笑顔。嬉しい。
「ラルフ様、キスしてください」
大きな手が僕の頬に触れた。ラルフ様が好きな啄むようなキスだ。
チュッチュッと音を立てて僕の唇に何度も吸い付いて、ギュッと抱きしめられた。
「そういえばラルフ様はリーブとグラートが恋仲だっていつから気付いていたんですか?」
「グラートが地下牢に入った辺りだ」
そんなに前から? 全然知らなかった。あの時ももしかしてリーブに嫉妬してほしくてマチルダさんとかモニカさんに馴れ馴れしくしたの? リズとミーナに首根っこ掴まれて連れて行かれるのをリーブはどんな気持ちで見ていたんだろう?
リーブのことだから「仕方ない人ですね」なんて言いながら呆れて見ていたんだろうか?
リーブが嫉妬するなんて想像できない。だから嫉妬させてみたくなる気持ちも分からなくはない。それでリーブは嫉妬したんだろうか? 今度グラートに聞いてみよう。
「マティアス、また他の男のことを考えているのか?」
ラルフ様がじっとりとした目で僕を覗き込んだ。なんで分かったんだろう? 他の男って表現やめてよね。僕は浮気性ってわけじゃない。ただちょっと色んなことが気になるだけだ。
「リーブが嫉妬する姿は見たことがないから、見てみたいと思っただけです」
「気になるのか?」
「ラルフ様が心配するようなことはありませんよ。僕はラルフ様だけを愛していますから。他に目移りなんてするわけありません」
ちゃんと言っておかないと、今度はリーブに迷惑がかかるといけない。リーブは新婚さんなのに変な疑いをかけられたら可哀想だ。
リーブと僕が怪しいなんて話が出たらグラートは嫉妬しそうな気がする。「リーブ様に手を出すなんて許さない」なんて剣を向けられたら困る。
「俺もマティアスだけを愛してる」
今日も長い夜になるのかな? なんて思いながらラルフ様に身を委ねた。
明日イーヴォ隊長にクッションの作り方を教えてもらいにいくって言ってたのに、ラルフ様のバカ。僕は痛む腰に酷い匂いの緑の湿布を貼ってもらった。
「恥ずかしいんですけど……」
「気にすることはない」
気にするよ。家の中ならいいけど、騎士団に行くのにラルフ様に抱っこされて行くなんて。
お盛んですね、なんて目で見られたら僕は恥ずかしくてもう騎士団に行けなくなる。
そう思ってたけど、ラルフ様が僕のことを好きすぎて手を出されないよう守っているのだとコソコソと噂された。
当たらずとも遠からずです。
シルはリズと手を繋いで歩いている。シルはクッションの作り方を教えてもらうわけではなく訓練の見学だ。フェリーチェ様も張り切っている。
フェリーチェ様、退団したんじゃなかったの? 気づくといつも騎士たちを鍛えている気がする。
騎士たちに刺繍を教える時にも来ていたし。
在籍中は諜報活動でほとんど本部にはいなかったと聞いているから、本部にいるのが楽しいんだろうか?
「しゅうごー! せいれーつ!」
シルの声が聞こえて訓練場を見ると、シルの前に騎士たちが整列していた。フェリーチェ様がシルに隊長役をやらせてくれたのかな?
小さな騎士様は勇敢で格好いい。
見てください。うちの子、格好いいでしょ?
「シルくんは体格のいい男たちに囲まれても堂々としているな。肝が据わっている」
クッションの作り方を教えてくれていたイーヴォ隊長が腕を組みながらうんうんと頷いている。
シルは心を開いていない時からラルフ様に懐いていましたからね。きっとシルにとって筋骨隆々の騎士たちは怖い人ではなく、頼れる人とか助けてくれる人なんだろう。
「汚れを付きにくくするために蜜蝋でも染み込ませてみるか?」
「それは口に入れても安全なのか?」
「問題ない。布に染み込ませたもので食品を包んだりもする」
「マティアス、どうだ?」
イーヴォ隊長とラルフ様が今後の対策として汚れがつきにくい方法を話し合っていた。
僕は上手く縫えなくて四苦八苦しているというのに……
やっぱり僕には縫い物をする才能がないんだ。木彫りのチンアナゴは結構上手く作れるから、不器用なわけじゃないと思うのになぜ?
「安全なら試してみましょう。またすぐに汚れると思いますし、汚れを防げるなら一度試してみたいです」
ラルフ様はまだお仕事があるから、僕とシルとリズとフェリーチェ様で先に帰る。
帰り道、僕はイーヴォ隊長に勧められた蜜蝋というものを初めて買ってみた。
メアリーに蜜蝋を布に染み込ませてもらうと、ちょっと肌触りが変わった。ふむ、ちょっとツルツルするんだ。これなら泥がついても拭いたら取れそうだ。
しばらくパンに使わせて様子を見よう。問題なければ他のクッションにも使う。
「パンのクッション、新しくなったのか」
声が聞こえて振り返ると、副団長がいた。
フェリーチェ様のお迎えですか?
副団長はシルの頭を撫でてから、パンを撫で回している。
副団長はいつもラルフ様の帰宅よりも早くお迎えに来るけど、足が速いのか、早めに切り上げているのか、どっちだろう?
フェリーチェ様が機嫌良く鼻歌を歌っていると、副団長はおもむろにフェリーチェ様の手を取って二人で踊り始めた。二人は本当に仲良しですね。
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