僕の過保護な旦那様

cyan

文字の大きさ
上 下
157 / 189
二章

155.流行?

しおりを挟む
 
 
「マティアス、刺繍を教えてほしい」
 帰宅したラルフ様にそんなことを言われて僕は聞き間違いかと思った。
「はい? 刺繍って言いました?」
「言った。刺繍だ」
 ラルフ様が刺繍? それは冗談ーーではなさそうですね。
 真剣な表情で、僕に向き合っているラルフ様がふざけているとは思えない。一体なぜ?

「いいですけど、僕は教えられるような腕ではありません。ミーナかリヴェラーニ夫夫の方が教えるのには向いていると思います」
「ダメだ。マティアスでないと意味がない」
 意味がないってことないと思う。僕はまだ、というかいつまで経っても初心者の枠から抜け出せずにいる。

 なんでそんなことを急に言い始めたのか気になった僕は、ラルフ様にことの経緯を聞いてみた。
 ラルフ様の左腕には僕の下手な刺繍がしてあるハンカチが巻かれていて、それを騎士の人たちに見つかったそうだ。それでその下手な刺繍をバカにされたのかと思ったら逆だった。可愛いから欲しいと言われたのだとか。
 だけどラルフ様は僕が縫ったハンカチは誰にもあげたくない。お金をもらって売るのも嫌だそうだ。それでラルフ様が代わりに縫おうと思い至ったのだとか。
 そこで自分で縫おうと思うところが面白い。

「何枚縫うのか知りませんが、僕はあの刺繍をマスターするまでに二ヶ月かかりました」
「そんなにかかったのか。この刺繍はそれほどまでにマティアスが努力をした結晶なんだな。死ぬまで大切にする」
 ハンカチなんてそんな大切にしなくていいよ。ちゃんと新しく綺麗に刺繍したものを作るから、それは早めに手放してくれて構わない。

「ミーナがみんなに教えて、自分たちで縫えばいいんじゃないですか? ミーナは教えるのも上手いですよ」
「そうだな。そうしよう」
 うちに集まられるのは困るから、ミーナを騎士団に派遣することにした。

 それにしてもポポってば確実に侵略を進めているようだ。まさか武器ではない武器から、ハンカチにまでなってしまうなんて。

 そこから二週間、蝉の声が秋の虫の声に変わる頃、ラルフ様から緊張した様子でリボンがかけられた小包が手渡された。
「マティアスに受け取ってもらいたい」
「はい。ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「気に入ってもらえると嬉しい」
 いつも僕にプレゼントしてくれるものは防具が多かった。一緒に選んだことはあるけど、こんな小包をもらったことはない。

 ラルフ様が緊張しているから、僕まで緊張してちょっと手元が震えてしまった。
 包みを開くと、そこには畳まれたハンカチが入っていて、僕の名前とポポが刺繍されていた。
「これ、もしかしてラルフ様が刺繍してくれたんですか?」
「そうだ。マティアスのために縫った」
「嬉しいです。ありがとうございます」

 名前……僕はまだラルフ様のRですら上手く縫えないのに、ラルフ様はたったの二週間で、しかも仕事の休憩時間とかにちょっとやったくらいですよね? 僕に刺繍の才能がないことがはっきり分かった。そしてラルフ様はとても器用だということも分かった。

 もう刺繍の練習やめたくなってきちゃったな……
 でもラルフ様が僕の下手なポポの刺繍をずっと持っているのは嫌だから、早く僕も刺繍をマスターしてラルフ様が持っていても恥ずかしくないようなハンカチを渡したい。それまではなんとか頑張ってみる。

 夕食の時間に食堂に行くと、ニコラがポポの刺繍が入ったスカーフをしていた。
「ニコラ、もしかしてそれってアマデオから?」
「よく分かりましたね。今、騎士の間で刺繍が流行っているらしくて、アマデオが作ってくれました」
 アマデオは元々器用だって知ってた。やっぱり僕より上手い……

 気になった僕は翌日になるとルカくんにも聞いてみた。
「ルカくんももしかしてハリオから刺繍が入ったハンカチとかプレゼントされた?」
「プレゼントされました。最近習ったと聞いたのに、僕より上手いんです。もう下手な刺繍のものは渡せないです……」
「そうなんだ。騎士の人って意外と器用なのかな?」
「ハリオは戦場で傷を負った人の傷口を縫うことが多くて、懐かしかったと言っていました」
 そんな理由? なんか一気に生々しい話になった。もしかしてラルフ様も戦場で怪我人の傷口を縫っていたから刺繍が上手いんだろうか?
 何年も縫っていたのなら僕が敵わないのは仕方ない。思わずそう納得しそうになったけど、傷口を縫うのと刺繍って違うよね?

 そんな話をしていると、いつものようにフェリーチェ様がやってきた。フェリーチェ様には聞かなくても分かる。副団長の方が刺繍が上手いって言っていたし、もう既に色々と刺繍が入った物をプレゼントされてそうだ。

 ルカくんはまだハリオに言えないらしい。
「いきなり『抱いてほしい』は言えないよね。『キスして』とか『ハグして』から始めてみたら?」
「そうですね。それなら、頑張れば言えそうな気がしてきました」
 うん、一歩ずつでいいよ。いきなり大きくジャンプするのは難しいけど、小さい一歩でも進んでいけばジャンプするより先に行けるかもしれないし。

「言えないならやっぱり押し倒すに限るよ」
 フェリーチェ様が言ったけど、それはフェリーチェ様だからできるのであって、僕たちのような貧弱で戦闘力がない人が騎士を押し倒そうとしても、押し倒せないと思う。
 下手したら倒れそうになったと勘違いされて、手厚い看病をされるだけだ。大騒ぎされて治療院にでも担ぎ込まれたら目も当てられない。

 そういえば毎日のように来てはリーブの後ろにくっ付いていたグラートを、ここ一週間ほど見ていない。
 どこかに遠征にでも行かされているんだろうか?

「ママ、あかいやねのとこいきたい」
 シルが部屋を訪れて、孤児院に行きたいと言ってきた。そういえば最近行っていなかった。
「赤い屋根?」
 フェリーチェ様が不思議そうな顔をして僕に聞いてきた。

「ルカくんとフェリーチェ様も行きますか? 赤い屋根の古い教会があるんですけど、そこに孤児院が併設されているんです」
「僕も孤児院に持っていくクッキーを作ったことはあるけど、行ったことはないから行ってみようかな」
「孤児院か、私も行ってみよう」
 ルカくんとフェリーチェ様も一緒に行くことになった。
 シルの鞄がパンパンなのは気になるけど、おもちゃが入っているのかもしれない。まさかポポ一族は孤児院にも侵略を開始する気じゃないよね?

 バルドも連れて孤児院へ歩いて行く。フェリーチェ様も強いし、バルドがいれば護衛としては十分だろう。

 ん?
 僕は孤児院へ向かう途中でおかしな物を見た気がした。
 気のせいかもしれないと二度見すると、やっぱり気のせいではなかった。向こうから歩いてくる女の人の首に巻かれたスカーフにポポの刺繍を見つけたんだ。思わず僕はすれ違い様にジッと見てしまった。
 もしかして、騎士の奥様か彼女だろうか? ポポは孤児院どころか街にも侵略を開始していた。それ、堂々と外で着けるんですね。僕はどうしても木彫りのポポの印象が強くて、ちょっと握り心地とか思い出してしまうから恥ずかしいと思ってしまうんだ。
 それって僕の心が汚れているからだろうか?

 
しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...