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二章
144.リヴェラーニ夫夫の趣味
しおりを挟む「ぼくパンとさんぽしてくる。パンいこうねー」
シルは僕たちの間をするりとすり抜けていった。リズが付き添ってくれるみたいで安心だ。
「ラルフ様、ハリオたちは上手くいったんでしょうか?」
「分からん」
そうだよね。でも上手くいくといいな。
ラルフ様はシルが散歩に行くと、胡座をかいた上に僕を横抱きにするように乗せて、ギュッと抱きしめたまま放してくれなくなった。
しばらくするとリヴェラーニ夫夫が戻ってきた。
「シュテルター隊長ってば人目も憚らず大胆!」
フェリーチェ様に揶揄われて僕は恥ずかしくなって逃れようとしたんだけど、ラルフ様の力に適うはずなかった。
「羨ましいか?」
それどころかラルフ様は二人に向けて挑戦的にそんなことを言った。
「別に。私たちだって夫夫なんだから羨ましくはない。それよりハリオたちの感動的なシーンを再現するから見ててよ」
再現? ハリオたちがどうなったのか気にはなるけど、フェリーチェ様はそんなことをしてくれるの?
「お前、ルカくんの役な。私がハリオをやる」
「体格は俺の方がハリオじゃないのか?」
え? まさか副団長も再現してくれるの?
「お前は木に登ったりできないだろ」
「そうか。じゃあ俺がルカをやる」
二人は配役について話し合っている。ラルフ様は無言を貫いているけど、驚いた様子がないのは不思議だ。
そんなことを考えながらリヴェラーニ夫夫を眺めていると勝手に演技は始まった。
「ルカくん!」
地面から隆起した木の根に座るルカくん(副団長)の目の前に、木の上からスチャッと華麗に着地したハリオ(フェリーチェ様)が立った。
「何しにきたんだ?」
不機嫌な様子でルカくんはハリオを見上げた。
「ごめん。気付かなくて。俺の想いは一方通行でしかないと決めつけていた。ごめん」
ハリオはルカくんを立たせてギュッと抱きしめた。
「放せよ」
ルカくんは暴れた。副団長の方が体格がいいからフェリーチェ様は必死に押さえ込んでいる。
「放さない。今決めた。ルカくんを幸せにする!」
「勝手なことばっか言って……」
「勝手でごめん。勝手ついでにキスさせて」
ハリオはルカくんの返答も聞かずに唇を奪った。大胆だね。
「んーんーんー」
必死に抵抗するルカくんだったけど、とうとう諦めて力を抜いた。
って、僕たちリヴェラーニ夫夫のキスシーン見せられてるんだけど……
舌絡んでるし、そんな濃厚なやつ見てていいの?
副団長の方が背が高いから、少し屈んでいる。再現とはいっても元々の体格差はどうしようもない。
「ずっと言いたかった。でも言えなかった。ルカくんは俺の生きる理由だ。あの時、君に勇気をもらった。ありがとう」
「なんのこと?」
二人は向き合って額がくっつきそうな距離で、少し下を向きながら話している。お互い目を見るのが恥ずかしいってこと?
何その距離感、近づきたいけどまだ壁があるみたいな……。あんなキスしたくせにもどかしい。
「戦争に行く前、逃げ出しそうになっていた俺にルカくんが焦げたクッキーをくれた。だから勇気が出た。いつかお礼をしたいと思っていた」
「焦げたクッキーなんて……僕一度しかクッキー焦がしたことない。初めて作った時だ」
「そうか。初めて作ったものをもらえた俺はラッキーだな」
「そうじゃない。あの時お兄さんが『君がお菓子屋さんになったらまた来る』って言ったから、また会いたくて僕はお菓子屋さんになった。子どもだったし恋ってわけじゃなかったけど、お兄さんが来るまで店を潰すわけにはいかないって必死だった」
「そうか」
「あのお兄さんって、ハリオ、だったの?」
「そんなことを言ったような気もする」
ハリオのその言葉に、ルカくんはとうとう顔を上げてハリオを見つめた。
「好きだよ。大好きだよ。僕に夢持たせてくれた。会いにきてくれた。ハリオ、好き。お願い信じて。好きなんだ」
言い終わると、ポロポロと涙を流しながらハリオに抱きついて背中に手を回したルカくん。副団長、涙まで流してすごい演技力ですね。
「信じる。ルカくんの言葉、ちゃんと信じる。俺も好きだ」
ギュッと抱き合う二人。やっとくっついた!
リヴェラーニ夫夫は演技が上手だ。
「とまあこんな感じだったよ。その先は知らない。私たちはそこまで見て戻ってきたから」
「そうか」
ラルフ様は「無」って感じで、なんの感情も持っていないような表情で素っ気なく言った。
もしかして、これ日常茶飯事だったりする? まさかね。
「マティアス様、どうだった?」
前のめりになって聞いてくるフェリーチェ様に圧倒される。
「ハリオとルカくんがやっとくっついてホッとしました」
「それもだけど、私たちの演技は?」
え? 演技の感想も必要なの?
「素晴らしかったですよ。副団長は涙も流していましたし。迫真の演技でした」
感想ってこんな感じでいいの? ラルフ様をチラッと見たら、小さくため息をついた。それって僕に対して?
「ルカくんの役、なかなかよかった。お前も腕を上げたな」
フェリーチェ様が副団長を褒めている。
「上手くできてよかった」
ニコニコしながらそう答える副団長。うん。唯一無二のお似合いの夫夫だ。
「あいつら結婚披露パーティーでも、出会いの再現をやったらしい」
ラルフ様がため息混じりにそう言った。さっきのため息は僕に対してじゃなかったみたいだ。
「そうなんですね。出会いの再現はちょっと見てみたいな」
「面倒なことになるからあいつらには言うなよ」
ラルフ様がコソコソと僕の耳元で囁いてくる。
「なんでですか?」
「出会いの再現は二時間もある。そこからデート篇や再会篇も加わるともっと長くなる」
もしかして、ラルフ様が二人の結婚パーティーに行かなかった理由ってそれ?
「見たら感想を言わされるのも面倒だ」
それは面倒かもしれない。
そんなに仲良しなのに、仕方なく結婚してくれたなんて思ってる副団長はハリオと同じくらい鈍感なのかもしれない。
なるほど、だからフェリーチェ様はルカくんと気が合うのか。
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