僕の過保護な旦那様

cyan

文字の大きさ
上 下
143 / 258
二章

141.気安い友人

しおりを挟む
 
 
 フェリーチェ様は本当に暇しているようで、しょっちゅううちに来るようになった。
「やあ、この前はうちの夫がごめんね」
「いえ、何日も寝ずに立ちっぱなしで大丈夫でした?」
「全然平気。あいつ殺しても死なないし。見るからに頑丈でしょう?」
 確かに頑丈そうに見えるけど、死なないってことはないと思う。いや、フェリーチェ様が「死ぬな」と言ったら、副団長は何がなんでも生き延びるのかもしれない。

「シルくんもごめんね。あのおじさん怖かったでしょ?」
「だいじょうぶ。こわくないよ」
 今日のシルは僕の膝の上だ。さっきまでチェルソとルカくんと一緒にクッキーを作っていたけど、クッキーが焼けてフェリーチェ様が来たら僕の膝の上から離れなくなった。
 まさか僕がクッキーをたくさん食べないように監視してるんじゃないよね?

「マティアス様、ここって騎士の下宿みたいだね。寮よりもっと気楽で居心地いい」
「そうかもしれませんね。以前クロッシー隊長も一晩泊まっていきましたよ」
 あの時は大変だったけど、おかげでフェリーチェ様とも仲良くなれたからよかった。

「へえ、クロッシーがね。でももう今後はここに逃げ込めないね。アリアドネ様にバレてるから」
 アリアドネ様とはクロッシー隊長の奥様だ。僕は今でも奥様が剣を振り回したということが信じられないでいる。そういえばラルフ様は彼女のことをアリーと呼んでいたっけ? 随分親しげだった。

「シュテルター隊長の部下はみんなここに住んでるの?」
「いえ、今ラルフ様の部下でうちの住んでいるのはアマデオだけですね。ロッドは寮とうちと半々くらいで、ルーベンとグラートは寮に住んでいますし、ハリオは最近追い出されたので今は寮にいます」
「さっきグラート見たよ。強そうな執事と話してた」
 強そうな執事か。いつも優しい笑みを浮かべて物腰柔らかいリーブも、騎士から見ると強そうに見えるんだ?
 それはいいけどグラートはまたリーブのところに来ていたのか。本当に弟子入りしたのかもしれない。問題を起こさないならいいんだけど、どうかな?

「このクッキー美味しいね」
「ぼくがつくったの!」
「シルくんすごいね。これ、罠? こっちは盾だよね? 武器の形のクッキーって斬新」
 それを罠だと分かるってところが騎士って感じだ。僕は初めて見た時、柵か櫛かと思った。

「アマデオがかたちのつくってくれたの」
「そっかあ、よかったね」
「うん!」
 フェリーチェ様に褒められてシルは嬉しそうだ。

「じゃあ私はそろそろ帰るよ。またあいつが迷惑かけるといけないから」
「また旦那さんに言わずに出てきたんですか?」
「そうだよ。束縛は嫌いなんだ。私はいつでも自由でいたい。子どもでもあるまいし、いちいちどこに行くにも報告が必要なんて監視されてるみたいで落ち着かない」
 そうなんだ。僕は仕事の時は仕事だって言うし、ラルフ様が心配するからどこかに行く時は事前に伝えるようにしてる。それぞれ考え方があってそれぞれの家庭があるんだから、僕はうちが破壊されなければそれでいい。

「フェリーチェ!」
 玄関からフェリーチェ様を呼ぶ声が聞こえた。これはきっと副団長の声だ。
「お迎えみたいですね。どこにいるかバレてるじゃないですか」
 そう言うと、フェリーチェ様はちょっと首をすくめてみせた。そんなことしてるけど、口角がちょっと上がってる。旦那さんが迎えに来てくれて嬉しいんですね。「仕方なく結婚してくれた」なんて言っていた副団長に見せてあげたい。

「フェリーチェ様、クッキー持って帰りますか?」
「いいの? 嬉しい。あいつが好きそうな味だと思ってたんだよ」
 副団長、フェリーチェ様はちゃんとあなたのこと好きですよ。

 チェルソにクッキーを箱に入れてもらってフェリーチェ様に渡す。
「クッキーありがとう。またね」
「はい。お気をつけて」
 ラルフ様も一緒に帰ってきたのかと思ったのに、玄関に立っているのは副団長一人だった。

「ほら、これマティアス様に美味しいクッキー貰ったんだ。あとでお前にも食わせてやる」
「本当か?」
「だから割れないよう大事に持って帰れ。無茶なことは禁止な」
「承知した」
 フェリーチェ様は副団長にクッキーの箱を持たせると、副団長を付き従えて帰っていった。
 うちにはいない関係性だったから、二人を見ているのは新鮮だ。

 二人が帰ると入れ替わりでラルフ様とアマデオが帰ってきた。
「ラルフ様、おかえりなさい」
「ただいま。む、またあいつが来ていたのか」
「フェリーチェ様は副団長が迎えに来て、さっき帰っていきました」
「俺のマティアスなのに」
 ラルフ様がちょっと不機嫌だ。僕とフェリーチェ様は当たり前ですが何もありませんからね。

「独り占めしていいですよ」
「そうする」
 そう言うと、ラルフ様は僕をひょいっと抱き上げて部屋に向かった。
 さっき仲良しな新婚さんを見たから、僕もちょっと甘えたいって思ってたんだ。
 ラルフ様の首に腕を回して抱きつくと、ラルフ様は僕をギュッとして髪を撫でてくれた。

「今日のマティアスは大胆だ」
「そうかな?」
「とても可愛い。キスしていいか?」
「いいですよ」

 部屋に入ってソファに座ると唇が重なった。僕はラルフ様の膝の上だ。髪を撫でる手が僕のうなじに回されて、チュッチュッと啄むようにキスが繰り返される。ヌルリと温かい舌が絡んだ。
「甘い」
「さっきクッキー食べたからかな? シルが作ったクッキー、ラルフ様も食べますか?」
「今はいい。あとで食べる」
「……ん」

 ラルフ様は本当に僕を独り占めしたかったみたいだ。リーブが夕食ができたと呼びに来るまで、僕はラルフ様の膝の上から降ろしてもらえなかった。
 ギュッとして、キスをして、背中や髪を撫でて、額をくっつけて好きだと伝える。それでまたキスをする。そんな独り占めの時間を堪能した。独り占めを堪能したのはラルフ様だけじゃなく僕もだ。
 おかげでラルフ様の不機嫌は治った。


 
しおりを挟む
感想 79

あなたにおすすめの小説

僕の太客が義兄弟になるとか聞いてない

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
 没落名士の長男ノアゼットは日々困窮していく家族を支えるべく上級学校への進学を断念して仕送りのために王都で働き出す。しかし賢くても後見の無いノアゼットが仕送り出来るほど稼げはしなかった。  そんな時に声を掛けてきた高級娼家のマダムの引き抜きで、男娼のノアとして働き出したノアゼット。研究肌のノアはたちまち人気の男娼に躍り出る。懇意にしてくれる太客がついて仕送りは十分過ぎるほどだ。  そんな中、母親の再婚で仕送りの要らなくなったノアは、一念発起して自分の人生を始めようと決意する。順風満帆に滑り出した自分の生活に満ち足りていた頃、ノアは再婚相手の元に居る家族の元に二度目の帰省をする事になった。 そこで巻き起こる自分の過去との引き合わせに動揺するノア。ノアと太客の男との秘密の関係がまた動き出すのか?

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...