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二章
141.気安い友人
しおりを挟むフェリーチェ様は本当に暇しているようで、しょっちゅううちに来るようになった。
「やあ、この前はうちの夫がごめんね」
「いえ、何日も寝ずに立ちっぱなしで大丈夫でした?」
「全然平気。あいつ殺しても死なないし。見るからに頑丈でしょう?」
確かに頑丈そうに見えるけど、死なないってことはないと思う。いや、フェリーチェ様が「死ぬな」と言ったら、副団長は何がなんでも生き延びるのかもしれない。
「シルくんもごめんね。あのおじさん怖かったでしょ?」
「だいじょうぶ。こわくないよ」
今日のシルは僕の膝の上だ。さっきまでチェルソとルカくんと一緒にクッキーを作っていたけど、クッキーが焼けてフェリーチェ様が来たら僕の膝の上から離れなくなった。
まさか僕がクッキーをたくさん食べないように監視してるんじゃないよね?
「マティアス様、ここって騎士の下宿みたいだね。寮よりもっと気楽で居心地いい」
「そうかもしれませんね。以前クロッシー隊長も一晩泊まっていきましたよ」
あの時は大変だったけど、おかげでフェリーチェ様とも仲良くなれたからよかった。
「へえ、クロッシーがね。でももう今後はここに逃げ込めないね。アリアドネ様にバレてるから」
アリアドネ様とはクロッシー隊長の奥様だ。僕は今でも奥様が剣を振り回したということが信じられないでいる。そういえばラルフ様は彼女のことをアリーと呼んでいたっけ? 随分親しげだった。
「シュテルター隊長の部下はみんなここに住んでるの?」
「いえ、今ラルフ様の部下でうちの住んでいるのはアマデオだけですね。ロッドは寮とうちと半々くらいで、ルーベンとグラートは寮に住んでいますし、ハリオは最近追い出されたので今は寮にいます」
「さっきグラート見たよ。強そうな執事と話してた」
強そうな執事か。いつも優しい笑みを浮かべて物腰柔らかいリーブも、騎士から見ると強そうに見えるんだ?
それはいいけどグラートはまたリーブのところに来ていたのか。本当に弟子入りしたのかもしれない。問題を起こさないならいいんだけど、どうかな?
「このクッキー美味しいね」
「ぼくがつくったの!」
「シルくんすごいね。これ、罠? こっちは盾だよね? 武器の形のクッキーって斬新」
それを罠だと分かるってところが騎士って感じだ。僕は初めて見た時、柵か櫛かと思った。
「アマデオがかたちのつくってくれたの」
「そっかあ、よかったね」
「うん!」
フェリーチェ様に褒められてシルは嬉しそうだ。
「じゃあ私はそろそろ帰るよ。またあいつが迷惑かけるといけないから」
「また旦那さんに言わずに出てきたんですか?」
「そうだよ。束縛は嫌いなんだ。私はいつでも自由でいたい。子どもでもあるまいし、いちいちどこに行くにも報告が必要なんて監視されてるみたいで落ち着かない」
そうなんだ。僕は仕事の時は仕事だって言うし、ラルフ様が心配するからどこかに行く時は事前に伝えるようにしてる。それぞれ考え方があってそれぞれの家庭があるんだから、僕はうちが破壊されなければそれでいい。
「フェリーチェ!」
玄関からフェリーチェ様を呼ぶ声が聞こえた。これはきっと副団長の声だ。
「お迎えみたいですね。どこにいるかバレてるじゃないですか」
そう言うと、フェリーチェ様はちょっと首をすくめてみせた。そんなことしてるけど、口角がちょっと上がってる。旦那さんが迎えに来てくれて嬉しいんですね。「仕方なく結婚してくれた」なんて言っていた副団長に見せてあげたい。
「フェリーチェ様、クッキー持って帰りますか?」
「いいの? 嬉しい。あいつが好きそうな味だと思ってたんだよ」
副団長、フェリーチェ様はちゃんとあなたのこと好きですよ。
チェルソにクッキーを箱に入れてもらってフェリーチェ様に渡す。
「クッキーありがとう。またね」
「はい。お気をつけて」
ラルフ様も一緒に帰ってきたのかと思ったのに、玄関に立っているのは副団長一人だった。
「ほら、これマティアス様に美味しいクッキー貰ったんだ。あとでお前にも食わせてやる」
「本当か?」
「だから割れないよう大事に持って帰れ。無茶なことは禁止な」
「承知した」
フェリーチェ様は副団長にクッキーの箱を持たせると、副団長を付き従えて帰っていった。
うちにはいない関係性だったから、二人を見ているのは新鮮だ。
二人が帰ると入れ替わりでラルフ様とアマデオが帰ってきた。
「ラルフ様、おかえりなさい」
「ただいま。む、またあいつが来ていたのか」
「フェリーチェ様は副団長が迎えに来て、さっき帰っていきました」
「俺のマティアスなのに」
ラルフ様がちょっと不機嫌だ。僕とフェリーチェ様は当たり前ですが何もありませんからね。
「独り占めしていいですよ」
「そうする」
そう言うと、ラルフ様は僕をひょいっと抱き上げて部屋に向かった。
さっき仲良しな新婚さんを見たから、僕もちょっと甘えたいって思ってたんだ。
ラルフ様の首に腕を回して抱きつくと、ラルフ様は僕をギュッとして髪を撫でてくれた。
「今日のマティアスは大胆だ」
「そうかな?」
「とても可愛い。キスしていいか?」
「いいですよ」
部屋に入ってソファに座ると唇が重なった。僕はラルフ様の膝の上だ。髪を撫でる手が僕のうなじに回されて、チュッチュッと啄むようにキスが繰り返される。ヌルリと温かい舌が絡んだ。
「甘い」
「さっきクッキー食べたからかな? シルが作ったクッキー、ラルフ様も食べますか?」
「今はいい。あとで食べる」
「……ん」
ラルフ様は本当に僕を独り占めしたかったみたいだ。リーブが夕食ができたと呼びに来るまで、僕はラルフ様の膝の上から降ろしてもらえなかった。
ギュッとして、キスをして、背中や髪を撫でて、額をくっつけて好きだと伝える。それでまたキスをする。そんな独り占めの時間を堪能した。独り占めを堪能したのはラルフ様だけじゃなく僕もだ。
おかげでラルフ様の不機嫌は治った。
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