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二章
139.友人と友人の夫
しおりを挟むお茶会から数日後、フェリーチェ様が我が家にやってきた。
「ようこそ、フェリーチェ様」
「うん。お招きありがとう。あ! あれが噂のシルくん?」
フェリーチェ様も噂になっているというシルのことが気になっていたようだ。パンの手綱を握って庭を散歩するシルを見つけると、僕に尋ねてきた。
「ええ、僕たちの息子のシルヴィオです」
「可愛いね。あの小さい馬も可愛い」
「外は寒いので中へどうぞ」
シルを褒められると僕まで嬉しくなる。
フェリーチェ様を応接室に通す。応接室は暖炉を焚いて暖めてある。そしてメアリーにジンジャーが入った紅茶を出してもらった。
「今日は武装してないんだね」
「フェリーチェ様こそ。旦那様はうちに来ることを反対しなかったんですね」
「どうかな? 帰ってくるまでには私も戻るつもりだけど、旦那には言ってない。早く帰宅したら面倒だから念のため書き置きだけは残してきたよ」
え? それで大丈夫なの?
僕がそんなことしたら、ラルフ様は僕の浮気を疑いそうだ。それで「俺では足りないのか」とか「独り占めしたいのに」とか言いそうだ。
想像したら可笑しくなってきた。
「どうしたの? そんなに面白かった?」
「いえ、僕がそんなことをしたら大変なことになりそうだと思って、想像したら可笑しくて」
「シュテルター隊長が嫉妬するなんて想像できない。あの精鋭の分隊を引き連れてるし、何が起きても動じないってイメージだった」
ラルフ様って騎士団ではそう思われてるんだ?
「フェリーチェ様の旦那様はどうですか? 嫉妬したりはしないんですか?」
「んー、私の場合は職場のみんなが男だったし嫉妬なんてしたらキリがないんじゃないかな?」
それもそうか。いちいち嫉妬していたら仕事なんてできない。それでも、フェリーチェ様ほど綺麗な人なら手を出されないか心配になりそうだ。
その後は僕が花屋で働いている話や、シルの話、迷宮に行った話もした。
「シュテルター隊長がマティアス様のことを必死に守る気持ちがちょっと分かる。なんか危なっかしい」
「え? それ、夫にもよく言われます。一人にしておけないからってラビリントへの赴任を途中で切り上げてきました」
他の人から見ても僕は危なっかしいと思われるのか。ラルフ様が過剰に反応しているだけなのかと思ってた。
「ふふふ、愛されてるね」
そんな風に言われるとちょっと恥ずかしい。
フェリーチェ様の旦那様との馴れ初めも聞いた。旦那様がフェリーチェ様に一目惚れして、随分しつこく交際を迫ってきたのだとか。
ずっと断っていたけど、潜入捜査の途中で危なかった時に助けに来てくれて好きになったそうだ。僕たちは親の決めた結婚だったから、片思いとか口説かれるとかって経験がない。
今ではお互いに大好きだけど、デートを重ねて結婚を決める時ってどんな感じなんだろう? 恋人から夫夫になるってどうやって決めるんだろう?
恋愛結婚って楽しそうだ。
恋愛の話で盛り上がった僕たちは時間を忘れていた。
「マティアス様、旦那様がお帰りになりました」
リーブが呼びに来て、外がすっかり暗くなっていることに気づいた。
「フェリーチェ様、こんな時間まで大丈夫ですか?」
「大丈夫でしょ。私だって元騎士なんだから安全な王都で何かあるわけない。でもシュテルター隊長に挨拶をしたら帰ります」
僕はフェリーチェ様と一緒に部屋を出てラルフ様を迎えに行った。
「は? なんでお前がここにいる?」
ラルフ様はなんだか不機嫌になった。もしかしてまた嫉妬してるとか? フェリーチェ様は新婚さんだから他の人のことなんて眼中にありませんよ。
「ラルフ様、おかえりなさい。この前お茶会でフェリーチェ様と仲良くなったんです」
「シュテルター隊長、久しぶりだね」
「あいつにはちゃんと許可を取ってきたんだろうな?」
「とってないよ」
フェリーチェ様がそう言うと、ラルフ様は一気に雰囲気が変わった。なんていうか戦闘体制?
「リーブ! すぐにみんなを呼んで警戒体制に入れ!」
何事?
僕はラルフ様にいつの間にか用意されたチェーンメイルをスポッと着せられ、「絶対に俺から離れるな!」と威圧を込めて言われた。僕は戸惑いながら頷くしかなかった。
フェリーチェ様はそんな様子を見て、ふふふと笑っている。
「フェリーチェ、お前は俺と一緒に門まで行くぞ」
「はいはい、仰せのままに」
何なのか分からないまま玄関に向かうと、外からガシャーンという何かを破壊したような音が聞こえた。
「マティアス様、ごめんね、たぶん私の旦那だ」
「ええーー??」
襲撃ってやつだろうか? まさか王都で襲撃なの? フェリーチェ様の旦那様ってとんでもない人?
しかし破壊音は一度だけで、その後は聞こえてこない。誰かが応戦してるんだろうか?
見たいような見たくないような……
玄関を出て門に向かうと、大きくひしゃげた門とパンの手綱を握って号泣するシル。
「シル!」
「マティアス! 待てっ!」
僕はシルが傷つけられたのかと、ラルフ様の静止も聞かず駆け出した。パンも珍しく怒っているようで、歯を見せて威嚇しているように見える。
シルの前にはラルフ様みたいに筋肉質でちょっと怖い顔の男が、大きな剣を地面に突き刺して立っている。
「うちの子に何したんだ!」
「あ、いや……」
「シル、もう大丈夫だからね。痛いところは? 苦しいところは? 何された? 悪いやつはラルフ様がやっつけてくれるからね」
「ママーうわあぁぁぁん」
シルを抱き上げて背中を撫でる。見た感じ血が出ている様子はないけど、まさか殴られたり蹴られたりしたんだろうか?
他のみんなも続々と集まってきた。
「門をやったはのお前だな? それで子どもにまで手を上げたのか? そんな奴と結婚した覚えはない。離婚するか?」
「すまない。離婚などと言わないでくれ。子どもには何もしてない。本当だ」
「じゃあなんで泣いてる? お前が泣かせたんだろ」
フェリーチェ様が怒っている声が聞こえるけど、どうでもよかった。シルを怖い目にあわせた奴なんて知らない。
「マティアス、無茶をするな」
ラルフ様にシルごと包まれて、僕は急に怖くなった。シルがピンチだと思ったら守らなければと体が勝手に動いていたけど、僕は戦闘能力がほぼ無い。
門を破壊するような気が触れた男の前に立ったことが、今になって怖くなってしまったんだ。
「大丈夫だ。俺がついてる」
「ラルフ様……」
ラルフ様には僕が怖いって思ったことが、分かってしまったみたいだ。
「シル、ほらママとピエール二号だ。元気出たか?」
ラルフ様はポケットからポポママとピエール二号を出してシルに見せた。
「ピエールにごう? いつうちにきたの?」
「この前、マティアスが作った」
「またつくったの? ぼくもはっぱかきたかった」
「またマティアスに作ってもらえばいい」
え? 僕はまたチンアナゴを彫ることになるの? いいけどさ。僕は木彫り職人じゃないんだからね。
でもおかげでシルは泣き止んでくれた。
シルは手を上げられたわけではなかった。知らない人が門を壊していて、止めようと向かったけど怖かったのだと説明してくれた。
そんな場面に遭遇したら怖いよね。僕だって自分の家の門を知らない男が破壊してるのを見たら恐怖に固まってしまうと思う。止めようと向かったなんてシルは勇気がある。しかし危険だ。
「リヴェラーニ、うちの門を壊してシルを泣かせたわけだが何かいいわけはあるか?」
ラルフ様が男にそう詰め寄った。
リヴェラーニ? どこかで聞いたことがある気がする。どこで聞いたんだっけ?
「ないない。こいつは単細胞なだけだ。門を直す費用は勿論こいつが持つが、門が直るまでこいつが門の代わりをするってことでどうだ?」
フェリーチェ様が代わりにそう答えた。
門の代わりってそんなことを人間にさせるの?
「ラルフ、すまん」
「うちの子にも謝ったらどうだ?」
「そうだな。ごめんな、怖がらせて。おじさんがちゃんと直す」
リヴェラーニと呼ばれた男はシルの前に膝をついて目線を合わせて謝ってくれた。
「ぼくのおうち、こわしたらダメ」
「そうだな。ごめん」
「うん。なんでこわしたの?」
「その……家に帰ったら夫がいなくて、攫われたのかと腹が立って……」
「さらわれたの?」
「いや、攫われてない」
「さらわれてなくてよかったね」
「うん……本当にごめん」
「シルくん優しい。じゃあ私はそろそろ帰るよ。お前は反省のためにも門の代わりにそこに立ってろ」
「はい」
フェリーチェ様に言われると、リヴェラーニと呼ばれた男は肩を落として反省するように門の前に立った。
フェリーチェ様の旦那様はラルフ様以上に過激で心配性なようだ。
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