137 / 258
二章
136.奥様はラルフ様の……
しおりを挟む「先日はうちの夫がご迷惑をおかけいたしました」
クロッシー隊長の奥様がうちにやってきた。
王都で人気のお菓子屋さんの焼き菓子を持ってきてくれたんだ。応接室にお通しして紅茶をお出ししていたら、誰かが勢いよく廊下を走っている音が聞こえてきた。
バタンッ
「何しにきた!」
走ってきたのはラルフ様で、ノックもなしに応接室に入ってきて僕をヒョイっと抱き上げて背に隠した。今日はクロッシー隊長はいない。奥様にもそんなに警戒するのはなぜ?
まさか夫婦揃って僕のことを狙ってるとか思ってる? そんなわけないのに。
「シュテルター隊長、ノックもせず入ってくるなんてマナーがなっていないわね。マナーも学業も結構得意だったと記憶していたのだけれど、違ったかしら?」
奥様はラルフ様の大きな声にも全く動揺せず、優雅に紅茶を一口飲んでそう言った。
「そんなことはいい。何しにきた?」
ん? 何かさっきの発言引っかかる。
不機嫌なラルフ様を前に動揺しないことに気を取られていたけど、マナーも学業も得意? なぜ奥様がそんなことを知っているのか。
「ふふふ、いやねえ。この前ご迷惑をおかけしたお詫びの挨拶よ。貴方が旦那様のことを大好きなのは昔から知っていたけど、警戒しすぎよ」
「アリー、いや今はクロッシー夫人か、詫びなどいいからもう帰れ」
やっぱりラルフ様と奥様は知り合いみたいだ。僕聞いてませんけど。
それに、わざわざ来てくれたのに追い返すなんて失礼だ。
「ラルフ様、せっかく来ていただいたのに、そんなことを言っては失礼ですよ。それとラルフ様、僕はクロッシー夫人とラルフ様がお知り合いだなんて聞いていませんよ? 隠し事ですか?」
「そんなことはない。言う必要がないと思っただけだ。隠すつもりはない。ただの学友だ」
そうなんだ。そっか、ラルフ様は王都の貴族の子息息女が多く通う学園に通っていたのだから、貴族の学友がいてもおかしくない。そうならそうと言ってくれればいいのに。
「学友の方なら追い返したりせず、歓待するべきでしょう? ラルフ様もソファに座ってください。すぐにメアリーにお茶を頼みますから」
「マティアスがそう言うなら……」
なんだか不機嫌な様子で、ラルフ様はゆっくりとクロッシー夫人の向かいのソファに座った。
僕はメアリーを呼んでお茶を頼むと、ラルフ様の隣に座った。
「お二人は学園の頃からのお知り合いなんですね。クロッシー夫人、学生の頃のラルフ様のお話を聞かせてください。僕は学生の頃のラルフ様には一度しか会ったことがないんです」
「あら、そうなの? なんでも可愛い婚約者ができたと喜んだり悩んだりしておりましたわ」
一度婚約の顔合わせをしただけなのに、学校でそんな風に言ってたなんて知らなかった。でも悩んだの?
「俺は嫌だった。何があったのか言えと脅され言いたくないのに言わされた。嫌な思い出だ」
ラルフ様が脅されて言わされたんだ? なるほど、過激な奥様は学生の頃から過激だったのかもしれない。
「ラルフくんが変に隠すからよ。ふふふ」
僕が初めてラルフ様に会った頃、ラルフ様はもっと細くて柔らかく微笑むような優しいお兄さんだった。学校でも優しいお兄さんだったのかもしれない。
でも不思議だ。婚約者ができたことって隠すようなことではないと思うし、貴族の情報網ならすぐにでも知れ渡る。なんで隠してたんだろう?
「婚約者ができたことくらい、みんなにお伝えしてもいいんじゃないですか?」
僕は疑問に思ってラルフ様に聞いてみた。
「相手はマティアスだぞ?」
「へ? 僕だと隠す必要があると?」
僕のようなお子様を好きになったことを隠したかったのかもしれない。それは分からなくもない。それなら親が決めた政略的なものだと言ってしまえばいいのに。
「当たり前だ。おかしな輩に目を付けられて取られたらどうする。今は俺がそばにいるからいいが、あの頃はまだそばにいられなかった」
そっちですか。ラルフ様は戦争に行って過剰に僕を守るよう変わってしまったのだと思っていたけど、優しいお兄さんだったあの頃から変わってなかったんだ。
「それに、あの頃はまだ俺にマティアスを守ってやれる力が無かった」
少しため息混じりにそんなことを言ったラルフ様だけど、今はその力があると堂々と言えるほど強くなった。格好いいな。
「ふふふ、あの頃のラルフくんはもっと自信がない感じだったものね。戦争で武功を立てて勲章をもらうと聞いた時は間違いだと思ったわ」
僕も戦争から帰ってきたラルフ様を見た時、間違いか別人かと思った。
「アリーは相変わらずだな。クロッシーの嫁になっていたのは知らなかった」
「あら、私は知っていたわ。貴方たちが結婚したことも、相変わらずというか前にも増して旦那様のことを大好きなこともね」
もしかしてクロッシー隊長が奥様に愚痴ってたりするんだろうか? 「あいつ、夫のためにプレートアーマー買おうとしたんだぜ?」とか「家を要塞にしたんだぞ?」とか?
それとも貴族の間で噂が広まったりしてるんだろうか? 社交界にもたまには顔を出さないと、勝手に噂だけが一人歩きしていたら怖い。
その後は奥様がラルフ様の学校での様子を面白おかしく話してくれた。その間ラルフ様は胸の前で腕を組んで不機嫌そうに黙っていた。
過激な奥様だと思っていたけど、中身は気さくな人だった。怒らせたりしなければ話しやすくていい人だ。たまにラルフ様を揶揄ったりするけど、学生時代のラルフ様の話が聞けたのはよかった。
「マティアス様、今度はぜひお茶会にいらしてください。招待しますわ。騎士の奥様や旦那様が集まる会なら平気でしょう?」
「そんなお茶会があるんですね。行ってみたいです。機会があればよろしくお願いします」
そう告げると、奥様はニコニコしながら帰っていった。
「クロッシーの家にマティアスを連れて行くんじゃなかった……」
「どうしてです?」
「あいつにマティアスが見つかってしまった。マティアス、行きたいなら行ってもいいが護衛は必ず連れて行くように」
え? 騎士の奥様や旦那様が集まるお茶会ってそんなに危険なの?
僕は戦闘力がほとんどないけど大丈夫かな? 急に不安になってきた。
364
お気に入りに追加
1,360
あなたにおすすめの小説

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「本当に可愛い。」
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」
僕の太客が義兄弟になるとか聞いてない
コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
没落名士の長男ノアゼットは日々困窮していく家族を支えるべく上級学校への進学を断念して仕送りのために王都で働き出す。しかし賢くても後見の無いノアゼットが仕送り出来るほど稼げはしなかった。
そんな時に声を掛けてきた高級娼家のマダムの引き抜きで、男娼のノアとして働き出したノアゼット。研究肌のノアはたちまち人気の男娼に躍り出る。懇意にしてくれる太客がついて仕送りは十分過ぎるほどだ。
そんな中、母親の再婚で仕送りの要らなくなったノアは、一念発起して自分の人生を始めようと決意する。順風満帆に滑り出した自分の生活に満ち足りていた頃、ノアは再婚相手の元に居る家族の元に二度目の帰省をする事になった。
そこで巻き起こる自分の過去との引き合わせに動揺するノア。ノアと太客の男との秘密の関係がまた動き出すのか?
【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない
春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。
願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。
そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。
※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。
riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。
召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。
しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。
別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。
そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ?
最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる)
※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる