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二章
135.ピエール二号
しおりを挟む今日も外は雪だ。積もるほどしんしんと降っているわけじゃなくて、風に舞って森の方から雪が飛んできている感じ。風も強いから、シルはパンとの散歩を諦めてルカくんとチェルソと共にクッキーを作っている。今日は塩味のクラッカーではなく、甘いクッキーを作るってことで、僕は一緒に作らせてもらえなかった。
「ママはダメ。あじみいっぱいするから」
「えーそんなことないよ? じゃあ今日僕は絵でも練習してるね」
「ぼくもあとでやりたい」
「うん、いいよ。後でね」
そんな会話をして、僕は部屋に戻った。暖炉の前にふわふわな毛皮を敷いて、そこに膝掛けも用意して、そしてまだ余っている木材を彫り始めた。
ピエールに描かれているような模様を描いてみたかったんだ。
ポポ軍団を手伝わされたから、もうこの作業はお手のものだ。一体チンアナゴを作ると、ベースは白にした。シルに借りたピエールを目の前に置いて見比べながら、小さな筆でゆっくり塗っていく。
難しいな。やっぱり職人さんはすごい。お金を出してでも買いたいと思うような模様など、僕には描ける気がしない。
それでも練習すれば上手くなると思うんだ。
ふぅ。ずっと小さいカッターで木を彫って、小さい筆で細かい模様を描いていたから、肩が凝ってきた。作業を中断し、両手を上に上げてググッと伸びをする。
背中がミシミシと音を立てているような感覚だ。寒い上にずっと肩に力を入れていたから、肩をグルグル回して首も回すとボキボキと音が鳴った。
休憩しよう。シルたちが作ってるクッキーはもうできたかな? 一枚くらい僕にもくれるよね?
紅茶にはお砂糖も蜂蜜も入れないから、一枚くらいは僕にも食べさせてほしい。
寒い廊下に出て、膝掛けを肩から羽織ってキッチンに向かう。
廊下を歩いていると窓がカタカタと音を立てていて、まだ風は強いらしい。今日ラルフ様は早く帰ってくるかな?
「シル、クッキーできた?」
「まだやいてるところ」
「甘くて美味しそうないい匂いがするね」
「ママ、いっぱいはダメだからね」
シルに念押しされたけど、僕いつもそんなに食べてたっけ?
焼き上がるまで、どんな形のクッキーを作ったとか、何を乗せたとか、そんな話を聞いていた。
シルは僕専用に作った小さいクッキーを三つくれた。三つ合わせて通常サイズ一つ分くらいの大きさだ。
数で満足度を稼ぐなんて、やっぱりうちの子は天才だ!
クッキーを食べてお茶を飲み終わる頃には、外は少し日差しが出て雪も止んでいた。
「パンとおさんぽしてくる!」
シルはお絵描きよりパンとのお散歩をとった。
僕はさっきの続きだ。葉っぱの絵だけど蔓を描くのも立体的に見えるように描くのも難しい。
暖炉は薪を足さなかったからもう火が消えそうだ。僅かな火でも十分暖かいからいいんだ。
もうすぐラルフ様が帰ってくると思うし、帰ってきたらラルフ様の部屋に移動するから丁度いい火の残り具合かもしれない。
あ゛ー! もうダメだ!
集中力が途切れて手元が狂って、大きくはみ出してしまった。ここまで集中してきたのに、途端に嫌になってしまった。
そもそも初心者がこんな小さくて平らじゃないところに描くのが無理だったんだ。
僕は今更ながらそんなことに気づいた。
チンアナゴに描かなくても、紙や紙でなくても平らなところに描いたらよかった……
白いベース部分に大きくはみ出したから、もうこれは修正できないと思って、濃い緑をぐちゃぐちゃに描いた。
かえってこっちの方が芸術的じゃない? 自嘲的に笑ってみる。
もういいや。これは木なんだから薪にすればいいし。僕は暖炉にポイっと放り投げると、シルとパンのお散歩を見に行った。
僕は別にチンアナゴに綺麗な絵を描きたいわけじゃない。
その後僕は、紙に絵を描く練習をしている。図書館で綺麗な絵が描いてある本を借りて真似をしたり、シルと一緒にパンを描いたりした。
シルもお絵描きが好きだから、最近はよく一緒に絵を描いている。
ん? ラルフ様の騎士服のポケットが左右同じように膨らんでいる。あの膨らみ方はポポママだと思うけど、なんで片方じゃない?
もしかしてポポ軍団を一体もらったんだろうか? 必要ないと思うけど……
「ラルフ様、チンアナゴ二個持ってるんですか?」
「そうだ。先日新入りが加わった」
そうなんだ。両手に持って訓練するの? なんかシュールだね。
ラルフ様は右のポケットからポポママを出した。
「これはマティアスが花を描いてくれたものだ」
うん、知ってる。描き直したいくらい酷い有様だ。
「こっちはたぶん森の絵だ」
「なんでそれ持ってるの!? 燃やしたはずなのに!」
僕が先日ピエール二号として途中まで作って、失敗したからぐちゃぐちゃに描いて暖炉に放り込んだはずのものが、ラルフ様の手の中にある。
「マティアスが作ったものなら俺のものだ」
「え? 何その俺様思考?」
「これは実に興味深い模様が描かれている」
「そんなの捨ててよ」
「ダメだ。これはもう俺のものだ」
一体誰が拾ったのか。ラルフ様が僕の部屋の暖炉を漁るわけないし、使用人の誰かだろうか?
あの時、火はもう消えかかっていた。着火せず残ってしまったのかもしれない。
ちゃんと燃えるのを見てから部屋を出ればよかった……
「せめて描き直しをさせてください」
「新しいものに描けばいいだろ?」
「そうだけど……」
何を言ってもラルフ様は返してくれなかった。部屋に入ると布で拭いて丁寧に机の上に立てて飾ってる。色んな意味で恥ずかしいからやめてよ。
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