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二章
130.誤解と解決
しおりを挟む食堂に向かう時、ラルフ様は僕をギュッと抱きしめるみたいに抱っこして運んだ。
「ママだっこのひ! ラルいつかえってきたの? ぼくもだっこしてほしい!」
先に席についていたシルが、椅子から飛び降りて駆け寄ってきた。
ラルフ様はそんなシルを軽々と片手で抱き上げて、両手に僕たちを抱えている。そしてクロッシー隊長をチラッと見て、勝ち誇ったようにフンッと鼻で笑った。まだ勘違いしてるのか……
席に座ると、シルは一人で座ると言ってラルフ様の腕から抜け出して席に戻った。だけど僕はラルフ様の膝の上から下ろしてもらえなかった。
「マティアスはやっぱり危なっかしい」
そうポツリと呟いた。今回は本当になんでもないよね? ラルフ様が勘違いしてるだけだよ。
「僕は自分で食べられます」
「問題ない」
問題があるとかないとかじゃないんだ。みんながいるのに恥ずかしいし、こんな状態で話し合いなんてできない。
それでもラルフ様は僕を放してくれなかった。他に誰もいないかのように、みんなの視線を無視して僕の口に料理を次々と運んでくる。
食事が終わるとやっと話ができるようになった。
「それで、なぜマティアスを狙った? 俺の夫に手を出して生きて帰れると思ったか?」
僕には向けられていないはずなのに、殺気がピリピリと伝わって空気が震えた。前にラルフ様に威圧を込めた空気を出されたことがあったけど、相手の行動を制限する感じの威圧とは違って、殺気は空気の中に針でも仕込まれたみたいに肌に突き刺さる感じがする。
シルはラルフ様の纏う空気が揺らぐのを察したメアリーとリズによって、殺気が放たれる前に退室している。この空気感の中にシルを置くのは可哀想だ。リズがいたってことはパンのところに行ったのかもしれない。僕もそっちに行きたかった。
パンの手綱を握って庭を散歩するシルの隣をのんびりと歩きたかった。
僕はラルフ様の腕の中に守られているから、この程度で済んでいるけど、他のみんなも顔が引き攣っている。クロッシー隊長なんて、顔色が白いんだけど大丈夫かな?
何も答えないのは、口を聞けるような状態にないのかもしれない。
「ラルフ様、ちょっと殺気を抑えてもらえますか? これでは説明もできません」
「分かった。マティアスが言うならそうしよう」
やっとピリピリした感じがなくなって、クロッシー隊長はテーブルの上にあった水を一気に飲み干すと話し始めた。
「ふんっ、家庭の問題を我が家に持ち込むな。それを口実にマティアスに近づいたんじゃないか?」
「そんなことはない。そんな命知らずなことをするわけない」
クロッシー隊長の方が立場は上のはずなのに、ものすごく必死に弁明している姿を見ると、これでいいのかと疑問が湧いてくる。
「確かめさせてもらうぞ」
ラルフ様が言うと、僕を左手で抱き抱えたまま、クロッシー隊長の左腕を掴んで玄関に向かった。
確かめるって、何を? どこにいくつもり? まさか、また玄関で戦うんじゃないよね?
ラルフ様はクロッシー隊長を連れたまま、リーブが扉を開けてくれた玄関を通り抜け、リーブがいつの間にか用意していた馬車に乗り、当然のようにリーブは御者席に乗って馬車は出発した。リーブが有能すぎて僕もついていけない。
「ラルフ様、どこに行くんですか?」
「そいつの家だ」
上官のことを「そいつ」呼ばわりですか……
家庭の問題を持ち込むなと言っていたし、自宅に強制送還して過激な奥様に引き渡すんですね。
クロッシー隊長は血色が戻ってきた顔色を再び悪くして、馬車を飛び降りて逃げる隙を窺っているように見える。しかしそれにラルフ様が気づかないわけがない。指が食い込むほどに強くクロッシー隊長の腕を掴んでいるから、逃げることは叶わない。
馬車が止まって、リーブが馬車のドアを開けてくれた。
嫌がって必死に抵抗するクロッシー隊長に威圧をかけて大人しくすると、引きずるように屋敷に連れていった。
僕は黙ってラルフ様に抱えられている。下手に口を出すのは怖い。
殺してやるって剣を振り回して襲いかかってくる奥様なんて怖いし。でも、怖いもの見たさって意味でちょっと見てみたい。
「あら、シュテルター隊長じゃありませんか。朝早くからご苦労様です」
「あなたはコレの奥方で間違いないか?」
「ええ、書類上ではそうなっていますわ」
クロッシー隊長の奥様は優雅に現れた。薄っすらと笑みを浮かべた綺麗な人で、とても剣を振り回すような人に見えない。淑女という言葉がピッタリと当てはまるような女性だ。
「それなら話が早い。俺が家を空けている間にネズミが1匹紛れ込んだ。
どうやら浮気の疑いをかけられて、自分で説明もできず逃げ回るような奴なんだが、引き取ってもらえるか?」
「コレがご迷惑をかけたようで申し訳ございません。引き取らせていただきます」
奥様にまで「コレ」って言われてるけどいいの? 家では夫の威厳とか無い感じ?
「浮気の相手というのは誰なのか聞いてもいいか? 俺は俺の最愛の夫を狙っているのではないかと疑っている」
「あら、その腕の中にいる可愛らしい方が旦那様かしら?」
奥様からの視線が僕に注がれて、僕はちょっと緊張して身を硬くした。
「誤解です。僕にその気はありませんし、クロッシー隊長もその気はないと思います」
これはちゃんと言っておかなければいけない。隊長のためではなく、僕とラルフ様のためにだ。
「コレはいただいた文を嬉しそうに持ち帰りましたの。差出人はジュリエットと書かれていましたわ。ですからわたくしが疑っているのはジュリエットという女性です。でもシュテルター隊長にも旦那様にもご迷惑をおかけしたようですので、しっかりわたくしが躾直しますわ」
「そうか。それが聞けてよかった。よろしく頼む」
クロッシー隊長は奥様に引き渡され、逃げようと必死だけど奥様に長い爪を突き刺すようにして腕を掴まれるとそれも叶わなかった。奥様、その細腕ですごいですね。相手は騎士団の中隊長ですよ? 実はとても強いんだろうか?
ちょっと尊敬します。
ラルフ様と奥様は謎の握手を交わすと、僕たちは馬車に乗って家に帰った。
奥様は冷静だった。帯剣しているわけでもなく、冷静に話をしていた。ラルフ様が一瞬にして解決してしまったということだ。あとは再び奥様が剣を握る前にクロッシー隊長がなんとかするだろう。ラルフ様ってやっぱり凄いんだな。
「ラルフ様、あっという間に解決してしまう姿が格好よかったです」
「そうか。だが、急いで帰ってきた理由はあいつのことではない」
あ……忘れていた。そうだ、ラルフ様がいきなり帰ってきた理由はクロッシー隊長のことではない。たぶんセルヴァ伯爵のことだ。
この後、まだ説明をしなければならないのかと思うと、僕は心の中でこっそりため息をついた。
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