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二章
129.鉢合わせ
しおりを挟む僕のポケットには今、ピエールがいる。シルが貸してくれてから、僕は毎日ピエールを観察した。
決して形とか握り心地じゃない。蔓の絵が綺麗だなって、どうやったらこんなに綺麗な絵が描けるんだろうって思って見ていたんだ。
「マティアス様、お客様がお見えです」
リーブに声をかけられて、僕は飛び上がるほど驚いた。リーブ、いつからいたの?
ピエールをじっくり観察してるの、もしかして見てた?
「今日は誰かが来る約束なんてないよね? 日が暮れてから来るなんて誰?」
窓の外は暗くて、もうそろそろ夕飯の時間だ。こんな時間に約束もなく訪ねてくるって誰だろう?
「クロッシー様がいらしています」
「え? クロッシー隊長が? すぐ行く」
用ってラルフ様のこと、ではないよね? ラルフ様はラビリントに赴任中だし、じゃあ何だろう?
ハリオのこと? 僕にできることなんて何もないと思うけど……
僕は首を傾げながらリーブと共に応接室に向かった。
応接室の扉を開けると、クロッシー隊長とハリオとロッドとアマデオもいた。みんな揃ってどうしたんだろう?
「クロッシー隊長、どうかなさいましたか? ラルフ様のことではないですよね?」
「ええ、シュテルター隊長のことではありません」
「ですよね。でしたらハリオのことですか?」
チラッとハリオを見たら、「え? 俺?」みたいな顔でこっちを見ていた。僕はハリオのことで陛下に呼び出されたんだからね。
「いえ、私の個人的な事情で……あ、その……すいません……その……」
クロッシー隊長はボソボソと俯いたまま小さな声で、全然何を言っているのか分からなかった。
ハリオ、はなんか最近おかしいからやめておこう。ロッドならまあ信用できるか。
「ロッド、説明できたりする?」
「ええ、端的に言うと家出です」
「はい?」
家出? 誰が? ハリオ、ロッド、アマデオのいずれかが家出して勝手に騎士になったとかそういうこと? だったとしても僕に何をしろというのか。
それなら親御さんと本人が話し合えばいいのでは?
何しに来たのか全然分からず、僕は対応に困った。
「三日ほどでいいので、ここに泊めてもらえませんか?」
クロッシー隊長が深く頭を下げた。ローテーブルに額がつきそうだ。
「誰をですか?」
「私です」
ん? クロッシー隊長を? うちに? それは一体なぜ?
僕は分からずロッドを見た。説明、してもらえる?
「クロッシー隊長が家出して、ここに置いてもらいたいということです」
「隊長が家出!?」
僕は立ち上がって叫んでしまった。
ちゃんと事情を聞いた。隊長が恋文というかファンレターを受け取ったらしい。それをうっかり制服のポケットに入れたまま帰宅してしまい奥様に見つかった。
それで奥様が激怒して殺してやると剣を振り回して襲いかかってきたのだとか。随分過激な奥様を娶られたんですね。
数日頭を冷やせば話を聞いてくれると思うから、それまで家出というか匿ってほしいということだった。騎士団の寮では奥様が突撃してくるのでゆっくり眠れないのだとか。
まさか夜中に忍び込んで寝首をかかれるみたいなことがあったりするんだろうか? 怖い怖い。
「シュテルター隊長にはすぐに手紙を書く」
この前、ラルフ様に黙ってルカくんを家に置いた時、ハリオが僕たちに危害を加えるような人物を連れてくるわけがないって言っていた。
クロッシー隊長は身元もしっかりしてるし、ラルフ様の上官だから問題ないか。
「リーブ、客間ですぐに使える部屋はある?」
「ええ、ありますよ」
「じゃあ隊長を案内してあげて。それと夕食が一人分増えるってチェルソに言っておいてもらえる?」
「畏まりました」
僕はリーブにお願いすると、隊長は部屋に移ってもらった。
僕は隊長がいないところでハリオとロッドとアマデオに聞きたいことがあった。
「クロッシー隊長の奥様がうちに剣を持って攻め入ってくることはある?」
「ないとは言えませんね」
そう答えてくれたのはロッドだった。
「だよね……」
やっぱりそうか。そうなった時、僕は大人しくクロッシー隊長を引き渡せばいいのか、それとも奥様を宥めて帰ってもらえばいいのか分からない。
「あ、それとクロッシー隊長の奥様が騎士団に来る可能性があるので、隊長は三日ほどお休みをもらっています」
「そうなんだ。じゃあこの家から出なければ、ここに隊長がいることはバレることはないんだね」
ラルフ様の上司に恩を売っておくのもいいかと思って了承したけど、面倒になってきちゃったな。
なるようになるだろう。奥様が突撃してきたとしても、戦闘になるなんてことはないだろうし、関係ない僕に斬りかかったりはしないと思う。
今日は夕飯を食べたらシルと絵本を読みながら一緒に寝よう。癒されたい。
部屋に戻ろうと席を立つとハリオが待ったをかけた。
「マティアスさん、さっきクロッシー隊長に俺のことかと聞いたのはなぜです?」
ハリオは僕たちが話している間、ずっと考えていたのかもしれない。
「エドワード王子からも注意されたと思うんだけど、ハリオがルカくんにプレートアーマーを買おうとしていたせいで僕は陛下に呼び出された。謀反か出奔の可能性はあるのかってね。無いって伝えておいたよ。でもプレートアーマーは買わないでね。ロッドもアマデオもね。
あんなの着たら普通の人は動けないんだし、動けなくなるくらいなら抱えて逃げてくれた方が助かると思うよ」
「すみませんでした」
ハリオはまさか僕が呼び出されていたなんて思っていなかったんだろう。分かってくれた。分かってくれたんだよね?
呼び出されたのはそれだけが理由ってわけじゃないけど、余計なことは言わない。
「確かにそうですね。プレートアーマーを着ていたとしても関節部分を狙われると危ない。それなら抱えて逃げる。それが一番だ。さすがマティアスさん。いやマティアス様、参考になります!」
ハリオはなぜか僕に騎士の礼をとった。そんな仰々しいのやめてよ。
そんな感じでハリオのことは一応解決ってことでよさそうだ。
シルと一緒にぐっすりと眠って翌朝起きると、外が騒がしかった。
まさかクロッシー隊長の奥様にもう居場所がバレたの?
メアリーを呼んでシルは危ないから部屋から出ないようにしてもらって、僕はすぐに部屋に戻って身なりを整えると、急いで玄関へ向かった。
玄関を開けると目に飛び込んできたのは、ラルフ様とクロッシー隊長が戦っている姿だった。
「…………」
ツッコミどころは色々とある。
まず、ラビリントにいるはずのラルフ様がなぜここにいるのか。そしてなぜラルフ様とクロッシー隊長が戦っているのか。そして一番ツッコミたいのはラルフ様とクロッシー隊長がポポママと、ポポ軍団艶消しブラックで戦っているということだ。
なんで? 何してんの? もしかして戦っているように見えて遊んでるの?
周りにはリーブ、バルド、ロッド、アマデオがいて、誰も二人を止めない。なんで誰も止めないの?
「二人ともいい加減にしなさい!!」
僕が大声で叫ぶと、二人は距離をとった。ラルフ様は僕を守るように背に隠してクロッシー隊長の方を向いている。
あ、もしかして僕が敷地内で剣を抜くことは禁止だと言ったから武器ではないもので戦ってたの?
だとしてもだ。クロッシー隊長もポポ軍団を携帯してたってこと?
「ラルフ様、おかえりなさい。それで何をしているんですか?」
「あいつが俺のいない間にマティアスに手を出そうとした」
「はい? 全くそんなことありませんから。ちゃんと落ち着いて話をしましょう。いいですね?」
「分かった」
その不満そうな「分かった」という返事、本当に信用して大丈夫ですか?
「二人とも、まずはその構えたものを下ろして、家に入りますよ。朝食を食べながら話しましょう」
ラルフ様とクロッシー隊長はそれぞれチンアナゴをポケットにしまうと、食堂に向かった。
本当に二人とも朝から何してんの?
木彫りのチンアナゴなんて構えても全然締まらないよ。
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