僕の過保護な旦那様

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二章

128.センチメンタルにピエールを添えて

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「パンみて~、ポポのかぞくまたふえたの。このこはピエール、ピーってよんでいいよ」
 シルがパンに、先日シルヴァ伯爵にもらったポポの家族を紹介している。職人が作った黄色のチンアナゴは『ピエール』という名前になったようだ。なぜそんな名前になったのか不思議だ。

「くさみたいなの、かっこいいね」
 パンはピエールをチラッと見たけど、やっぱり興味はないみたいだった。
 今日のシルはパンの手綱を引いての散歩を終えると、パンに乗って庭を駆け回った。リズが見てくれているし、僕は寒いからそろそろ家の中に入ろうかな。

 こんな寒い日は暖かい暖炉の前で読書するのが一番いい。
 寒い廊下を足早に進んでいくと、ルカくんとハリオがいつもの会話をしていた。

「ハリオ、僕のこと好きなんだろ?」
「好きではなく大好きです」
「そ、そうか。じゃあ手、繋いでもいいぞ」
「いいんですか? でもまだ友だちではないんですよね? 友だちにしてもらえるんですか?」
「もういい。ハリオとなんて絶対に手繋がない!」
「ごめん。手、繋いでください」
「ほら」
 お? とうとう一歩前進か? このまま進展するんだろうか? 僕は気になって寒い廊下で二人の会話に聞き耳を立てていた。

「ルカくん、大人の友だちは手を繋がない気がしてきました」
「そうだな」
「ではこれはどういうことだろうか?」
「そんなの自分で考えろよ」
「もしかして恋人? 嘘です嘘です、冗談です。ルカくんにその気がないのは知ってますから、俺の願望を言ってごめんなさい」
「ハリオもう出ていけ」
 ルカくん、残念だったね……

「あ……」
 部屋を追い出されたハリオと鉢合わせてしまい、ちょっと気まずい。
「たぶん今のはちょっとハリオが悪いと思う」
「ですよね……調子に乗りました……」
 うん、全然分かってない。ガックリと肩を落として去っていくハリオの後ろ姿は哀愁が漂っている。
 頑張れルカくん。僕は影から見守ってるよ。


 部屋に戻って暖炉の前に重い椅子を移動して本を読む。
 今は迷宮を探索したり旅をする物語より、植物を育てる話を読むのが楽しい。物語というよりは観察日記みたいなもので、花だけじゃなくハーブや野菜を育てる話は、料理や活用法も書いてあるから面白い。

 頑張って育てたのに、虫が葉っぱを食べちゃって枯れてしまったり、水をやりすぎて枯れたり、色んな失敗を繰り返しながら育てていくのが面白い。

 ふふふ
 今読んでいる本は、ヤギを飼ったら育てていた苗を全部食べられちゃったところで、思わず笑いが漏れてしまった。

「マティアス様、旦那様からお手紙です」
 リーブの声に振り向く。いつからいたの? もしかして僕が一人で笑ってるの見られた?
 僕は愛想笑いを浮かべて誤魔化しながら手紙を受け取った。
「楽しそうな本をお読みですね」
 やっぱり見られてたんだ。

「リーブも読む? 植物の観察日記みたいな本なんだけど、色々失敗を繰り返しながら育てていくのが面白いよ」
「ほう、それは興味深いですな。一冊お借りしても?」
「うん、いいよ」
 リーブもこれを読めば、僕が思わず笑ってしまったの理解できると思う。
 僕は三冊借りたうち、読み終わった二冊をリーブに渡した。
「これはまだ読んでる途中だから、読み終わったら貸すね」
「お借りします」

 リーブが本を持って部屋を出ていくのを見送り、ラルフ様からの手紙を開けた。

『マティアス、報告受け取った。ラルフ』

 これまた短い内容だ……
 怒ってる? 怒ってるよね? なんだか字も角が尖っていて僕を責めてるみたいだし、手紙の左端がちょっとグチャってなってるのは怒ってる証拠だよね?

 セルヴァ伯爵がラルフ様がいない間に家に来たのがそんなに嫌だったの?
 本当に何もないんだけど。お客さんとお店の従業員の関係から一歩進んでしまったから気に入らなかったんだろうか?
 お客さんが家に来るなんてないもんね……
 ただの知り合いで何もないって書いたけど、何もないってあえて書かない方がよかったんだろうか?

 もしかして心配で無理やり休みを取って王都に戻ってくるってことはないよね? もし戻ってくるなら「すぐに戻る」とか「次の休みに帰る」とか書いてくれるはず。休みを取るための交渉中って可能性はある。
 迷宮があるラビリントの街の辺りは降水量自体が少なくて、あまり雪が降らないと聞いているけど、王都とを結ぶ街道は雪が積もる場所もある。そう簡単には帰ってこられないと思うんだ。

 手紙の配達もきっと今まで以上に時間がかかるんだろうな。次はいつ帰ってくるんだろう?
 怒ってるとしても、ラルフ様から手紙が届くと会いたくなる。この紙にラルフ様が触れていたのかと思うと、手紙までもが愛おしくなって、手紙をそっと頬に寄せた。
 寂しい。パチパチと暖炉の薪が燃える音がして、それしか聞こえない。ラルフ様の声が聞きたいし、冷たくなった手や足を温めてくれるのは暖炉の火じゃなくてラルフ様がいい。

 ーーマティアスの手を温めるのは俺の役目だと決まっている。
 そう言ったのに、今はそばに居ない。

 膝にかけていたミーナが編んでくれた膝掛けが落ちそうになって、慌てて掴んだら荒れた指先が引っかかった。
 いつもラルフ様が手荒れの軟膏を塗ってくれていた。一人だとどうしても忘れてしまうし、塗り方も適当になってしまう。
 だからラルフ様が赴任先に戻ってしまってから、僕の手荒れは酷くなった。ラルフ様のせいじゃないけど、ラルフ様がいないと、こんなところにまで影響が出る。
 迷宮に行ってみたいって言ったのは僕だし、ラルフ様は僕のためにラビリントへの赴任を決めたんだけど、僕だって寂しいんですからね。

「ママ~」
「ラルからおてがみきたの? みたい」
「うん、いいよ」
 シルを抱き上げて膝に乗せた。シルはあれからずっと外にいたのか、ほっぺが赤いし手が氷のように冷たくなっている。
 シルを膝掛けで包みながら手紙を渡す。
「これだけ? ちょっとしかかいてない」
 シルが残念そうに僕を振り返って手紙を返してきたんだけど、この手紙は短すぎるよね……

「うん、そうだね」
「ママ、さみしいの? ピーかしてあげる」
 シルは新入りの『ピエール』を貸してくれた。
「ありがとう。いいの?」
「いいよ。ポポもいるし、ポポのかぞくもいるからいいよ」
 うちの子の優しさにちょっと涙が出そうだ。

 
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