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二章
126.師弟
しおりを挟む「ラルフ様、大好きです」
「マティアスは大胆だな」
大胆でもいいよ。夜会でラルフ様とお酒に酔ってしまった僕は、帰宅早々に窮屈な服を脱ぎ捨ててラルフ様に迫った。
翌日、朧げな記憶と頭痛と腰痛がセットで訪れた僕は、新年からラルフ様に抱っこされて過ごすことになった。やっぱり僕って大胆なのかな?
「ママだっこのひ! ぼくもだっこしてほしい!」
「いいぞ」
ラルフ様はシルと僕を両手に抱えて、嬉しそうにしているからいいや。ちゃんと機嫌は治って、過剰な心配も解消したみたいだ。
ラルフ様とルーベンとグラートは新年の夜会が終わっても、まだしばらくは王都で街の巡回の任務に就くことになった。
タルクに、ルーベンがしばらく王都にいることを伝えたら、暇を見つけて会いにいくと言っていた。
あの二人は師弟という関係だけど、タルクはずっとルーベンの弟子を続けるんだろうか? もうかなり強くなっていると思うんだけど、タルクの目標とするところはどこなのか気になる。
庭でシルがパンの手綱を引いて散歩しているのを見ながら、ジンジャーが入ったお茶を飲んでいると、ハリオとルカくんの声が聞こえてきた。
「ハリオ、僕にキスしたいとか思ってるんだろ?」
「当たり前です。俺はルカくんのこと好きですから」
「してもいいぞ」
「いえ、まだ友だちにもなっていないので、友だちになって仲を深めて、いずれ恋人になったらお願いします」
ハリオとルカくんは相変わらずだ。ハリオまだ気づいてないの? 好きと言いながら振るって器用だよね。
「僕がいいって言ってるのにバカなの?」
「そんなちょっと不機嫌な君も可愛い」
「ハリオのバカ! もうついてくんな!」
ハリオは人の気持ちに鈍感で、今日もルカくんを怒らせている。
ルカくんも好きって言っちゃえばいいのに、僕には言えない気持ちが分からない。
「あの二人、またやってますね」
眠そうなニコラがやってきた。
「だね、ニコラもジンジャーが入った紅茶飲む?」
「温まりそうですね、いただこうかな」
ニコラがそう言うと、すぐにメアリーがニコラの分を用意してくれた。
「そういえば戦場では塀の上に適当な大きさに切ったジンジャーを置いておいて、カチカチに乾燥したのをポケットに入れてたんだって。それで寒い日に外で待機しなきゃいけない時に齧ってたらしいよ。風が強かったり吹雪の日は塀の上に並べたジンジャーが敵に取られちゃうんだって」
「え? それって風で吹き飛んだんじゃないんですか? 敵が塀の上のジンジャーの欠片を取っていくなんてことあります?」
「ふふふ、僕もそう思う。風も敵なのかなって思ってた」
「あ~、そっちですか」
のんびりとニコラと一緒に紅茶を飲みながら話をした。
「そういえばニコラ寝不足みたいだけど大丈夫?」
寝かせてもらえないとかそんな感じ? でもアマデオってニコラに無理させたりしないからどうしたのかなって気になった。
「アマデオが夜中まで木で何か作ってるんですよね。俺は明るいと寝れないから布団被っててもちょっと寝不足で……」
ニコラからは僕の想像とは全然違う答えが返ってきた。
木で何か作るのはいいけど、ニコラが寝不足になるのはよくないし、夜中まで集中してやることなのかな?
「寝不足になるようならアマデオには別の部屋で作ってもらうようにする? 部屋は余ってるし必要ならいつでも言ってね」
「寝不足が辛くなったら寮に帰れって言うんで大丈夫です」
そっか、アマデオは一応まだ寮に住んでることになってるんだっけ? いつもニコラの部屋にいるから忘れてた。ロッドは週の半分くらいは寮にいる気がするけど、アマデオは本当に毎日いるから、もうこの家の住人のような気がしてた。
そんな話をした日から十日くらい経ったある日、珍しくアマデオが僕の部屋を訪ねてきた。なんだかとても深刻そうな顔をしている。
「助けてください」
「え?」
僕はこの家の中で最も弱いと思うんだけど。アマデオに助けられることはあっても、僕がアマデオを助けることなんて無理じゃない? 相談する人を間違えてると思う。
「ラルフ様に何か無茶なことを言われて困っているとか?」
「いえ、やっぱりマティアス様はすごいんですね。尊敬します」
「なんの話?」
本当に意味が分からない。ラルフ様が捏造した僕の功績の話だろうか。なんだっけ、武装せずとも高い防御力と攻撃力を備えよと言った話?
「師匠と呼ばせてください」
「はい?」
誰かと間違えてませんか? それとも、僕が知らないうちにまたラルフ様が僕の功績を捏造したんだろうか?
「少しお時間いただけますか? アドバイスをいただきたい」
「うん、時間はいいけど、僕に何かアドバイスできることなんてある?」
僕はアマデオの後をついていった。行く先はニコラの部屋だ。ニコラの部屋というか、ニコラとアマデオの部屋といった方が正しい気がしてる。ニコラがいないのに勝手に僕を入れて怒られない?
部屋に入っていくアマデオに続いて部屋に入ろうとして、僕は立ち止まって扉を閉めた。
「師匠! 待ってください! 見捨てないでください!」
すぐにアマデオによって扉は開けられたんだけど、僕はその部屋に入りたくないって思ってしまったんだ。
だって部屋の床には木箱が置いてあって、その中にはまさかの木彫りのチンアナゴが山のように入っていたんだ。
「アマデオ、何してるの?」
「隊長に頼まれて作っていました」
「チンアナゴを?」
「はい。武器ではない武器です。武器を携帯できない夜会の会場にも持ち込めることを確認されていると聞いています」
そうだけど……確かに夜会の会場に持って入ったけど……
まさかこれ、騎士たちに持たせる気?
ニコラって、これのせいで寝不足になったの? 可哀想すぎる。
「握り心地が悪いと何度もダメ出しをされて、どうかアドバイスをいただけませんか?」
僕は木彫り職人ではない。なぜ僕にアドバイスを求めるのか分からない。
「僕だってそんなのアドバイスできるようなプロじゃないよ」
「いえ、マティアス様はプロです! あれほどのものを量産しているのです。師匠と呼ばせてください!」
なぜか僕に望まぬ弟子ができた。
握り心地なんて僕の主観だよ。握ってみて、いい感じだと思ったらそれでいいし、微妙なら調整するし、そんな感じだよ。あとはバリで怪我をしないようしっかりとヤスリがけするのと、色はシルに任せてるから僕は知らない。
結局僕にアドバイスできることなんてなくて、僕はこの山のようなポポ軍団を手直しするのを手伝うことになった。色は全て艶消しブラックで統一した。いろんな色を塗るのは面倒だし、カラフルだと悪目立ちしそうだからだ。
騎士団の備品になるから、少し報酬も出ると言われたけど、それは断った。
関わったことを知られたくなかったんだ。
「師匠、助かりました!」
「やはりマティアスの手が入ると違うな」
なんか褒められても複雑な気分だ。
ねえ、これ本当に騎士団で使う気? どう考えてもおかしいと思うんだけど。
「すごい! ポポがいっぱい! これでさみしくないね」
シルはとても喜んでいた。
完成した日の夕方に騎士団の馬車が来て、箱に山になったポポ軍団は騎士団に回収されていった。
不要になったら薪として使ってくれていいですよ。むしろすぐに薪として使ってください。
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