僕の過保護な旦那様

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二章

125.夜会

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 年越しは、みんなを家に呼んで食事会をした。グラートとルーベンもラルフ様に遅れること二日、王都に戻ってきている。
 みんなと言っても、ラルフ様の部下の皆さんと、その恋人や想い人たちだ。
 タルクも呼ぼうかと思ったんだけど、貴族だからきっと忙しいだろうってことで遠慮した。

 グラートはてっきり女の子と過ごすのかと思ったけど、今は恋人がいないのかうちの食事会に参加した。そして相変わらずリーブの後をついて回っている。これは本当に謎だ。やはり執事を目指しているんだろうか? それとも気を遣える男になるための修行とか?
 モテるためならなんでもやりそうな気がするから、よく分からない。

「皆が息災で一年を終えられることに感謝を込めて祈りを」
 敬虔な信徒というわけではないけど、皆で神様に祈りを捧げる。パチパチと暖炉で薪が燃える音だけが聞こえる静かなひと時。今年も色々あったな、頭の中で一年を振り返る時間。

「来年も皆のことを色々と頼りにさせてもらう。よろしく頼む」
 ラルフ様が挨拶をすると、みんなで乾杯をしてちょっと豪華な食事をした。
 シルも楽しそうだ。ルカくんとも打ち解けて、食事が終わるとポポとその家族を紹介していた。ちょっと困った顔をしていたけど、それは怪しいものではなくて木彫りの魚です。

 ルカくんはまだ街に一人で出たり、働きに出るのは不安ということで、チェルソの手伝いをしている。別にそんなことしなくてもいいんだけど、何もしないで置いてもらうのは申し訳ないと言って手伝ってくれるようになった。
 そして、まだルカくんとハリオは恋人になっていない。何をモタモタしているのか、見ているこっちがヤキモキしてしまう。

「ハリオ、僕が恋人になってやろうか?」
「揶揄わないでください。俺はまずルカくんの友達を目指します」
 ハリオは鈍感だし、ルカくんは好きと言えないまま、今日もルカくんはさりげなく振られていた。
 二人のこんなやり取りがたまに行われて、周りから呆れた目で見られているのにハリオはそれでも気づかない。


「ラルフ様、年が明けてしまいましたね。いよいよ夜会ですよ」
「心配することはない。マティアスのことは俺が守る」
 まさか、石をポケットに入れて参加したりしませんよね? 当たり前だけど夜会に武器は持ち込めない。武器ではないと主張して石をこっそり持ち込む可能性がある。

 窮屈な正装に着替えて、リーブが御者を務める馬車に乗った。
「ラルフ様、ちょっと失礼しますね」
 僕はラルフ様のポケットに石が入っていないか確認した。
 結果、石は入っていなかったんだけど……

「なぜこれを持ってきたんですか?」
「これは武器ではないから問題ない」
 ラルフ様はそう言うけど、武器でなければ何を持ち込んでもいいってわけじゃないと思うんだ。ラルフ様のスラックスの右ポケットから出てきたのは石ではなくポポママだった。
 つぶらな瞳で僕を見ている黒光りしたチンアナゴ。僕が描いた下手な花の模様がなんともいえない……

 僕はとても困っている。こんなものを夜会の会場に持っていってほしくはない。だけど武器じゃないと言い張るラルフ様にどうやって諦めさせるか、僕には上手い言葉が浮かばなかった。
 たまに鉄扇を持ち込む婦人がいるのを考えると、それよりは安全と言える。あれがよくて木彫りの魚がダメな理由を僕は説明できない。

 結局ラルフ様は会場にまでポポママを持ち込み、僕は「誰にも見つかりませんように」と祈ることしかできなかった。

 ラルフ様の部下の人たちが王都に戻ってきたのは、王都に貴族が集まるためだ。年始の夜会は国内のほとんどの貴族が集まる。だから何事も起こらないよう、各地に赴任していた騎士もかなりの数が王都に戻される。
 せっかく戻ってきたけど、タルクは色々な夜会に参加するからまだルーベンと会えていない。
 そんなことを考えていたら、タルクを見つけた。僕たちは平民みたいなものだから、先に会場に入場する。タルクも男爵家だから入場が早い。タルクの正装なんて初めて見たけど、爽やかな青年に銀色の上下がとっても似合っていた。これはダンスの申し込みが殺到するんだろうな。

「タルク」
「あ、マティアスさん、ラルフ様もお久しぶりです。お二人が夜会に参加されるなんて珍しいですね」
「うん。陛下に一年に一度くらいは夜会に出ろって言われちゃってね……」
「そういえば迷宮のことで話題になっていますね」
 そうなんだ……貴族なんて迷宮には興味ないのかと思ってたよ。
 お金になりそうだから? それとも、他に面白い話題がないから?
 悪目立ちしないといいんだけど。

 花屋の関係で知り合った貴族の人たちと挨拶を交わしていく。
「マティアスは人気者だな」
「そんなことありませんよ。ラルフ様も人気者ですね」
 ラルフ様が社交界に出てくるのは珍しいから、色々な人が挨拶に訪れた。その中にはクロッシー隊長もいた。
「マティアスに近づくな」
 ラルフ様はまだクロッシー隊長が僕の側に来るのは嫌みたいだ。なぜそんなに警戒しているのか僕はもう理由を忘れてしまった。確か名前を聞いたとかそんな理由だった気がするんだけど……

 新年を祝う陛下の挨拶と、成人を迎えた人たちが並んで挨拶をする場面があって、それが終わるとダンスの時間になった。

「マティアス、私と踊っていただけますか?」
「はい」
 ラルフ様は僕の前で軽く腰を落として右手を差し出した。てっきり「踊るか?」といつも通りの軽い感じで言われると思っていたから、正式なダンスの申し込みをされてドキドキしてしまった。
 今日のラルフ様は格好いい。きっちり髪をオイルで撫でつけて、ジャケットは筋肉でちょっと窮屈そうだけど、誰より格好いいんだ。

 手を乗せると、そのままグイッと引き寄せられて密着する。こんなラルフ様は初めてで、踊っている間もずっとドキドキしていた。ステップもちゃんと踏めたか分からない。ラルフ様はリードしてくれて、こんなに踊りやすいのは初めてだった。
 僕はまたラルフ様の意外な一面を知ってしまった。

「マティアス、帰ろう」
 二曲続けて踊ると、音楽が終わる頃にラルフ様がそう言った。
「え? もう帰るんですか?」
「俺は他の誰とも踊りたくない。マティアスにも他の誰かと踊ってほしくない」
 急に独占欲ですか?
「ふふふ、分かりました。僕も他の人とは上手く踊れないと思いますし、帰りましょう」
 もうほとんどの人と挨拶はしたし、変な人に絡まれたくはないから、僕も帰るのに賛成です。

 こうして僕とラルフ様は曲が終わると会場から出て家に帰った。リーブは僕たちが早めに出てくることが分かっていたようで、馬車はすぐに出られる位置に移動してくれていた。うちの執事は有能すぎる。

「ラルフ様、格好よかったです」
「そうか。じゃあ来年も来よう」
「はい」
 ラルフ様から来年も、なんて話が出るとは思わなかった。僕も知り合いに挨拶してラルフ様と少し踊って帰るのなら夜会に一年に一度くらいは出てもいいかなって思った。

 
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