僕の過保護な旦那様

cyan

文字の大きさ
上 下
123 / 180
二章

122.ハリオの暴走

しおりを挟む
 
「マティアスさん、ありがとうございます」
 客間をリーブとミーナに整えてもらって案内すると、ルカくんにお礼を言われた。
「お礼ならハリオに言いなよ」
「はい」

 せっかく勇気を出して恋人になるって言ったのに、拒否された後では言いにくいのかもしれない。でも悪いこともしてたんだから可哀想だとは思わないよ。
 ハリオは自分がルカくんを振ったことにも気付かずに、僕がルカくんの滞在を許可するとルカくんの荷物を取りに隣の街に向かった。

 廊下を歩きながら屋敷の説明をしていると、メアリーに付き添われたシルが部屋から出てきて、僕を見つけると勢いよく走ってきた。

「ママ! やだ! ママがしんじゃうから、ちかくにこないで!」
 僕がシルを抱き上げるとシルは泣き出してしまった。
 僕が死んじゃうってどういうこと? 主人公のママが死んでしまう物語でも読んだんだろうか?
 さっきまではシロクマが魚をとる物語を読んでいたのに。

「シル、どうしたの? 僕は死なないよ。大丈夫だよ」
「やだ! やだ! しんじゃやだ!」
 困った顔のメアリー、呆気に取られているルカくん、泣きじゃくるシルを抱っこする僕。なんだろうこれは。そしてシルが大声で泣くから、お休みだったニコラとアマデオ、チェルソとバルドも何事かと慌てた様子で集まってきた。

 シルの背中をトントンしながら、みんなで応接室に戻ると、メアリーがみんなに紅茶を淹れてくれた。
 相変わらずリーブはニコニコしていて、微笑ましいものを見るような目をしている。もしかしてシルが取り乱している理由知ってるの? 知ってるなら教えてよ。

 ようやく落ち着いてきたシルに聞いてみる。
「おかしのひと」
 シルはルカくんを指差した。ルカくんはまさか自分のせい? みたいな驚いた顔をしている。
「そうだね。ルカくんはお菓子屋さんだね。シルも美味しいって言ってたよね。どうしたの?」
「ママはおかしたべない。たべたらしんじゃうからやだ!」
 ああ……僕のことを心配していたのか。

「大丈夫だよ。食べないから。僕は死なないからね」
「ほんと?」
 シルが真っ赤に泣き腫らした目でじっと見上げてくるから、僕の決心は固まった。僕はお菓子を断つんだ。
 これからもお菓子は食べない。そしてちゃんと運動もするんだ。シルが作るクッキーやクラッカーをちょっとだけ味見するのだけは許してほしい。本当にそれだけだから。

「おかしつくらない?」
「え? 僕? 人の家で勝手にお菓子作ったりしないよ」
 シルに聞かれて慌ててルカくんはそう答えた。
 あとで説明しておこう。そんなことをルカくんに言うのは恥ずかしいんだけど、説明は必要だと思う。

 そんなこともあったんだけど、無事シルも納得してくれて、ルカくんがうちの屋敷に滞在することになった。
 シルはまだちょっとルカくんに対しては人見知りを発動している。ここに来たばかりの頃は誰に対してもそうだったけど、最近は色んな人と関わって人見知りはほとんどなかったのに。

 みんなで夕食を食べていると、ハリオが戻ってきた。すごい荷物だね。そんなに荷物があるのなら、馬車や荷車を引いていけばよかったのに。
 そのルカくんの荷物を置いたらハリオは寮に戻るんだろうか?

 夕食を終えてもうそろそろ寝ようかとシルの部屋で本を読んでいると、廊下から言い争うような声が聞こえてきた。ハリオとルカくんだろうか? もしくはニコラとアマデオ? バルドとロッドではないと思う。

 そっと扉を開けて見てみると、ハリオとルカくんだった。
「マティアスさんに泊まるのを許してもらうから、ルカくんは何も心配いらない」
「それはさっき聞いた。そうじゃなくてちゃんとベッドで寝ろって言ってんだ」
「それは無理だ。寝ずの番をする必要がある」
「そんなのしなくていいと何度も言ってるだろ」
「危険だ」
「この家なら危険はない」

 懐かしいな。僕もずっと前に寝ずの番をするなんて言われたことがあった。あれはいつだっけ? ナイフを首に当てられた時だっけ? 首に手をかけられた時だっけ?

「ハリオ、ルカくん、みんなもう休む時間だから廊下では静かにしてね」
 僕は二人にそう言うと、シルの部屋の扉をそっと閉めた。今日はシルの部屋で一緒に寝るんだ。
 シルの手にはポポが握られてるけど、そのつぶらな瞳が僕を見てくるけど、いいんだ。

 すぐに静かになったから、ルカくんの部屋にハリオを入れて話をしてるんだろうか?
 ハリオがルカくんの気持ちに気づくのが先か、それともルカくんが好きだと言うのが先か、その結末だけは聞いてみたいと思った。

「ママ、おはよう」
「シルおはよう。早いね」
「パンのおせわがあるから、はやくおきるの」
「そっか、じゃあ僕もフランチェスカたちのお世話をしようかな」
 顔を洗って着替えると、厩舎に向かうために部屋を出た。

「!!」
 廊下にはルカくんの部屋の扉にもたれて座り込むハリオがいた。僕たちに気づいてこっちを向いたハリオの目は充血している。もしかして寝ずの番ってやつをしたの?
 僕が注意してから静かになったから、てっきり二人は上手くいったんだと思ってた。

「ハリオ、寝てないの? みんな起きてるから出勤時間まで仮眠とりなよ」
「いえ、俺の役目はルカくんを守ることですから」
 ラルフ様も無茶して寝ないとかあったけど、ハリオのその目の充血は普通じゃない。
 きっと夜中ずっと気を張り詰めてたんだろう。

 アマデオとロッドにも協力してもらって、ハリオには空いてる客間で時間まで寝てもらった。訓練に支障があってはいけないし、怪我したりしたらルカくんが気にすると思う。

「マティアスさん、ハリオのやつが迷惑かけてすみません」
「ルカくんが謝ることないよ。家にいるのが退屈だったら外に出てもいいけど、ハリオが心配するからうちの使用人の誰かを護衛というか案内役として連れて行ってね」
「分かりました」

 色んな人に貢がせていたにしては、やけに素直だ。この家を追い出されたら行く宛がないからかもしれない。この家を出たとしても、ハリオがなんとかしそうな気はするけど。

 ルカくんの近くにいたいとごねるハリオを、ロッドとアマデオが引きずるように連れて行った。誰だって好きな人のそばにいたいよ。僕だってラルフ様のそばにいたい。
 また寂しくなってきた。

 仕事中は気が紛れるけど、家にいるとやっぱり寂しくなる。寒いからあまり外に出なくなって、暖炉の前に座っていることが多い。

 しばらく大人しくしているように見えたんだけど、ある日ルカくんが僕の部屋を訪ねてきた。
「どうしたの?」
「相談していいですか?」
 部屋に入ってきたルカくんは、チェーンメイルを着ていた。相談って、それのことだよね?

 前にハリオは自分に家族ができたらお揃いのチェーンメイルを着たいと言っていた。ルカくんの身を案じているという理由もあるだろう。だけど室内でチェーンメイルはちょっとね……

「たまにシルくんがチェーンメイル着ているけど、これって普通ですか?」
「普通じゃないよ。シルは騎士ごっこが好きだから着てるけど、僕は着ない。とても危険なところでは着るよう言われるけど、それ以外は着ない。断らないと大変だよ」
「そうですか……」
 重いよね、チェーンメイル。

「僕もだけど、ニコラも通った道だから、気持ちは分かる」
「プレートアーマーというのはなんですか? 今度それを買うと言っていたんですが……」
 ハリオ、それはやめて。陛下に呼び出される。

「プレートアーマーは、金属でできた鎧のことだよ。阻止しないと、陛下に謀反か出奔を疑われて呼び出されることになるから、頑張って阻止してね」
「陛下って、王様!? 嘘だろ……」
 ルカくんは絶望の表情を浮かべた。そうだよね。貴族の僕でも緊張したのに、平民のルカくんが緊張しないわけない。平民からしたら極刑を言い渡されるようなものだもんね。

 頑張ってね。僕は君たち二人の関係には口も手も出さないって決めてるからさ。
 こうして相談された時には答えるけど、何か行動を起こしたりはしないよ。

 
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

双子の妹を選んだ婚約者様、貴方に選ばれなかった事に感謝の言葉を送ります

すもも
恋愛
学園の卒業パーティ 人々の中心にいる婚約者ユーリは私を見つけて微笑んだ。 傍らに、私とよく似た顔、背丈、スタイルをした双子の妹エリスを抱き寄せながら。 「セレナ、お前の婚約者と言う立場は今、この瞬間、終わりを迎える」 私セレナが、ユーリの婚約者として過ごした7年間が否定された瞬間だった。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...