僕の過保護な旦那様

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二章

111.実験

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「シル、ラルフ様から手紙が届いたよ」
「みる!」
「一緒に見ようね」
 シルを膝の上に乗せて、ペーパーナイフで手紙を開封する。

『マティアス、シル、マティアスはさすがだ。俺はいつもマティアスに助けられている。
 二人とも元気ですか? 俺は元気だ。こちらは乾燥していてとても埃っぽい。
 休みには必ず帰る
 ラルフ』
 何のことか分からないけど、何か役に立てたことがあったならよかった。

「ぼくもてがみかく」
「そうだね。僕も書こうかな」
 そういえばフックス領にいた時にもシルは手紙を書いていたけど、まだもらってない。あれはどうしたんだろう?

「シル、クリスのお家で書いてた手紙はどうしたの?」
「しらない」
 そうなんだ。無くしちゃったのかな?
 そう言ったシルの左腕に僕は見つけてしまった。シルが虫に刺されている。
 ラルフ様がいなくてよかったような、よくないような……
 やっぱりハーブを吊るしたり、ハーブを持ち歩くのは大変だよね。バルドがハーブをたくさん植えてくれているけど、頻繁に取りに行くのは大変だし面倒だ。
 何かいい方法はないかな?

 マチルダさんに聞いたり、バルドに聞いたり、貴族のお屋敷に花や苗を届ける時に庭師さんに聞いたりした。
 みんな、ハーブを吊るしたり、紐で束ねて持ち歩いたり、焚いて煙で虫を遠ざけたりって話だった。
 ハーブの汁を絞って塗るって人もいたけど、肌が弱いとかぶれてしまうからお勧めできないと言われた。画期的なアイデアはないものだな。

 夏は毎年くるんだ。来年のためにも何かいい方法を考えるぞ。
 まずは薬師がいるお店に行って虫刺されに効く軟膏を買った。これはシルのためだ。僕は痕が残っても別にいいんだけど、シルはまだ子どもだから痕が残ったら可哀想だ。

 薬師のおばあちゃんにも話を聞いてみる。
「虫避けの薬なんてありませんよね?」
「ないね。虫除けなら花屋でハーブを買いな」
「ハーブは吊るすのと焚く以外に使い方があったりしますか?」
「刻んで潰して薬液を作る方法もあるが、虫除けに効果があるかは分からないねぇ」
「そうですか。ありがとうございます」
 刻むのか。あの緑の酷い匂いの湿布みたいにドロドロになるまで潰して布に浸してそれを持っているってのは有りかもしれない。

 さっそく僕は乳鉢と乳棒を買って家に帰った。
 虫除けに使うハーブをいくつかバルドに用意してもらい、ざっくりと刻んで、あとは乳鉢で擦り潰していくことにした。これって水でのばしていくってことでいいのかな? 水分が飛んだらカラカラになってただの乾燥ハーブになる気がする……

 何度か試作を作ってみたけど、上手くいかなかった。緑のドロドロを服に塗るわけにはいかないし、ガーゼで包んでも何日も香りが持つわけじゃないから、毎日換えるのは大変だ。毎日擦り潰してガーゼに包むことを考えると、そんなことをせずハーブを束ねて持っていた方が楽だし汚れない。
 上手くいかないものだ。

 枯れ葉が舞う季節になると、シルがまたクッキー作りにハマった。真夏にオーブンで焼いたりするのは暑いもんね。またシルは武器の形のクッキーをたくさん焼いている。ヴィートの領地で作っているドライフルーツを細かく千切って上に乗せるのが今年のシルのブームらしい。赤い屋根の孤児院にも何度か持っていった。

「クッキーだけでなく、クラッカーも作ってみますか?」
「クラッカー?」
「ええ、クッキーはバターとお砂糖がたくさん入った甘いものですが、クラッカーは甘くないものです。スープに浮かべても美味しいですよ」
 チェルソの言葉で、クラッカーも作ることになった。塩をパラリと散らしたり、刻んだハーブを散らしたり、チェルソ特製のハーブオイルという、オイルにハーブを漬け込んだものを塗って焼いたりもした。

 ん? そのオイルって長持ちしてない? 香りもずっと続くんだよね?
「チェルソ! それ! 作り方教えて!」
「え? クラッカーですか?」
「違う違う、そのハーブオイル!」

 その作り方はとても簡単で、瓶に洗って水気を拭き取るか軽く乾燥させたハーブを入れて、そこにオイルを並々と注ぐ。そしてオイルにハーブの香りが移るまで待つんだそうだ。
 作り方は簡単だけど、どんなハーブをどれくらいの割合で入れるか、オイルは何を使うかで味も香りも変わってくるから、その調合は難しいらしい。

 そう、僕はこれを応用することにしたんだ。水で伸ばすだけだと乾いてしまうけど、オイルに浸せばオイルは乾かない。水よりも香りが長続きするってところも素晴らしいんだ。
 こうして僕は虫除けの試作品作りを再開した。

 生のハーブをそのまま入れたもの、生のハーブを刻んで漬けたもの、乾燥ハーブを漬けたもの、オイルも色々揃えて試してみた。
 食べるわけじゃないから苦味や渋味を気にする必要がないってことで、そのまま原型を入れるより刻んで入れる方がいいってことが分かった。そして乾燥したハーブより生のハーブの方がいいってことも分かった。オイルはひまわりオイルが一番香りが気にならない。
 オリーブオイルみたいに香りが強いものはハーブの香りが消されてしまう。

 香りはいいけど、効果は分からない。今から僕は人体実験をする。
 少し寒いけど、肌に直にハーブオイルを塗って、手足を晒した状態で庭に立ち続けるんだ。これ、香りもスーッとするけどなんだか塗ったところがスースーしてちょっと寒い。

 二日後にラルフ様がお休みで帰ってくるから、成功したらラルフ様に報告したいと思って、僕は少し焦っていた。
 そして庭に立ち続けること半日、途中でお茶を飲んだり、シルが作ってくれたクッキーやクラッカーをいただきながら立ち続けた。
 これって立ってる必要ある? 途中で気付いて庭に椅子を運んで座って待つことにした。
 やっぱりちょっと寒いな。

 ックシュン……
 僕はもしかしたら、失敗してしまったかもしれないと思ったのは、翌日のことだった。


 
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