110 / 180
二章
109.独り占め
しおりを挟む「あら、マティアスくんすっかり元気になったのね。お肌も艶々じゃない」
マチルダさんにそう声をかけられて恥ずかしくなった。
後になってよく考えてみたら、ラルフ様が僕のことを拒絶するなんてあり得ない。あの時は虫刺されのことと「出ていけ」って言葉に動揺して正常な判断ができなかった。
そんな僕のせいでラルフ様がちょっと沈んでいる姿を見るのが辛い。
どうしたらラルフ様が元気になってくれるのかと考えた。
何をしたら喜んでくれるのか、あと半月もすれば、ラルフ様は王家直轄の迷宮がある街に赴任してしまう。招待してくれるって言ったけど、ずっと一緒にいられるわけじゃない。離れる前に元気になってほしい。
赴任期間は半年か……僕は迷宮に観光に行けることが楽しみだってことしか考えていなかったけど、ラルフ様に半年も会えないなんて寂しい。観光に行くって言っても二、三日だと思うし、それ以外は一人で眠らなきゃいけないのかと思うと想像しただけで寂しくなった。
迷宮なんて物語を読んで楽しむだけでよかったんだ。失敗したかもしれない。
なんだか僕まで気分が沈んできちゃったな。
「シル、図書館に本を返しにいくけど一緒に行く?」
「パンとあそぶから、きょうはいかない」
「そっか、じゃあ行ってくるね」
僕はバルドを連れて図書館に向かった。
「バルド、ロッドとは仲良くしてる?」
「そうですね。ああ見えて、あいつ繊細ですぐ凹むんですよ。とことん話を聞いてやるとしおらしくなって、そこを攻めてやると可愛い反応するんですよね」
「そ、そうなんだ。なんか、うん、いいと思う」
とことん話を聞いてやるのか。ラルフ様はあまり多くを語らない。いつもどっしり構えていて、必要以上のことをペラペラ喋るタイプではない。だからとことん話を聞くってことはしたことがなかった。
饒舌に多くを語らなくても、何も考えていないわけじゃない。よし、帰ったらラルフ様といっぱい話すぞ。僕が話すんじゃなくて、話を聞き出すってことをしてみようと思った。
新しい本は借りずに返却だけで帰ると、ラルフ様が帰っていた。その手にはポポが握られている。なぜ?
「ラルフ様、それ、どうしたんですか?」
「シルが貸してくれた。元気が出るそうだ」
なるほど。シルにとってポポは元気の出るもので、誰もがポポを握っていれば元気になれると思ってるのか。ちょっと複雑な心境になるけど、僕も本意ではないが何度か救われている気がするから、間違いともいえない。
「元気になりましたか?」
「そうだな、元気になった」
ラルフ様はそう言ったけど、それは嘘だ。嘘つきってわけじゃなくて、僕とシルを気遣った発言だ。僕は今日はちゃんとラルフ様の話をとことん聞くって決めてる。だからラルフ様、さぁ、お話の時間ですよ。
夕食をいただいて、早めに僕たちは部屋に引き上げた。
そしてラルフ様と一緒に少しお酒をいただく。たぶんだけど、少しお酒を飲んだ方が話しやすくなると思うんだ。
「マティアス、どうした?」
そう言うラルフ様の手には、まだポポが握られている。別にいいんだけど邪魔はしないでね。
「ラルフ様のお話を聞いてみようと思ったんです。ポポを握ってるってことは、まだ元気じゃないんでしょう?」
「ポポ? ああ、これか。」
ラルフ様は握りしめていた木彫りのチンアナゴに視線を落とした。
いつも僕はラルフ様に抱きしめてもらってるから、今日は僕がラルフ様に膝を貸してあげた。膝枕だ。
僕がソファーの右端に座って、ラルフ様は頭を僕の膝の上に乗せて右を向いて横になっている。膝を折り畳んで窮屈そうに体を丸めているから、ソファで膝枕をするのは失敗だったかもしれない。
「不安に思うことがあればなんでも言ってください」
「…………」
ラルフ様はしばらく無言だった。焦らせたらいけない。話してくれるまで待つんだ。
僕は最近、図書館で借りた冒険の本の話ばかりしていた。ラルフ様にとっては面白くない話だったと思うんだけど、ラルフ様は嫌がることなく毎日静かに僕の話を聞いてくれた。だから僕もラルフ様の話を聞くんだ。
「マティアス、俺と結婚して幸せか?」
「幸せですよ」
「そうか。でも俺は上手くできない」
上手くできない? それはなんのことだろう? 僕はラルフ様の何かを下手だと思ったことはない。
いつも僕のことを守ってくれるし、頼りになるし、たくさん愛を伝えてくれる。
「俺はマティアスを幸せにしたいし、守りたい」
「はい。いつも守ってもらっていますし、僕は幸せですよ」
「マティアスを泣かせて悲しませた」
「それは僕も同じですね。今ラルフ様に辛い思いをさせています」
「それは違う!」
ラルフ様はガバッと起き上がった。
違わない。僕のことで悩んで辛いんでしょ?
「俺は、マティアスのことが好きなんだ……大切に思ってる。それなのにいつも上手くいかない。危険に晒したくないし、独り占めしたくなる。失いたくないのに、マティアスに嫌われるようなことをしてしまう。いつも間違える……いつか、愛想尽かされて……それで……」
ラルフ様は視線を下げてポポを見ながら話した。
それ、僕の話だよね? ポポに言ってるんじゃないよね? なんか僕はポポに負けた気がするんだけど……
「ラルフ様、僕はたぶんラルフ様が思ってる以上にラルフ様のことが好きですよ。ラルフ様は間違えてないし、嫌いだと思ったことなんて一度もない。ずっとそばにいてください」
顔を上げたラルフ様の目は少し潤んでいて、やっぱり僕はラルフ様のことが好きだなって思った。
ソファの上に膝立ちになってラルフ様の頭を胸に抱きしめた。
心配しないで。僕はずっとラルフ様のそばにいる。
それはいいんだけど、僕の肋骨に硬い感触があって地味に痛いんですけど……
少し体を離して見てみると、そこにはつぶらな瞳のポポがいた。お前か!
ポポ、お前はシルのところに帰りなさい。僕たち二人だけの時間は誰にも邪魔させない。
「ラルフ様、失礼しますね。このまま待っててください」
僕はラルフ様の手からポポを奪うと走ってシルに返しにいった。
「ラルフ様、一生僕のこと独り占めしてください。僕も一生ラルフ様のこと独り占めします」
「分かった。いいんだな?」
「いいですよ」
そんなに僕のこと独り占めしたかったの?
夜中に目が覚めてしまった。安心したのか、眉尻を下げて眠るラルフ様を眺める。
僕もたまには腕枕をしてみたい。たまにしてもらうけど、してあげたことはないから。
ラルフ様の首の下にそっと右腕を滑り込ませる。そしてそのままラルフ様を抱えるように再び眠りについた。
「ラルフ様……起きてください」
朝起きたら、右腕の感覚がなくなっていた。ラルフ様の首の下から抜き取ろうとしても、動かせなかったんだ。
「マティアス、どうした?」
ラルフ様が起き上がると慌てて腕を引いた。腕に血が巡って段々と感覚は戻ってきたんだけどジンジンと酷い痺れが出てきた。夜中にラルフ様に腕枕をしたら腕が痺れたとは言えない。
「いえ、おはようございます。ラルフ様はたまに僕に腕枕をしてくれますが、腕が痺れたりしないんですか?」
「痺れるが、その痺れがいいんだ」
そうなんだ。ラルフ様は嬉しそうにそう言ったけど、何がいいのか僕には分からない。
「腕枕するか? まだ早い。もう少し寝よう。独り占めさせてくれ」
僕はラルフ様に腕枕をされ、というか抱き枕と化して二度寝することになった。
まあいいや。今日も幸せだ。
425
お気に入りに追加
1,263
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
双子の妹を選んだ婚約者様、貴方に選ばれなかった事に感謝の言葉を送ります
すもも
恋愛
学園の卒業パーティ
人々の中心にいる婚約者ユーリは私を見つけて微笑んだ。
傍らに、私とよく似た顔、背丈、スタイルをした双子の妹エリスを抱き寄せながら。
「セレナ、お前の婚約者と言う立場は今、この瞬間、終わりを迎える」
私セレナが、ユーリの婚約者として過ごした7年間が否定された瞬間だった。
オメガの復讐
riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。
しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。
とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる