僕の過保護な旦那様

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二章

107.油断と拒絶

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 しまった……
 気を付けていたはずなのに。
 僕の左上腕に赤くぷくりと腫れた痕がある。虫刺されだ。痒くて無意識に掻いてしまったらしく、そこは少し熱を持って腫れている。
 これはまたラルフ様に見つかったら面倒なことになると思った。

 僕の予想だけど、大雨の後で水溜りがしばらく残っていたせいで大量発生したんじゃないかと思うんだ。
「バルド!」
 僕はすぐにバルドを探した。
「マティアス様、どうされました?」
「虫除けのハーブを庭で焚いてほしいんだ」
「もしかして虫に刺されました? チェルソとメアリーも刺されたと言っていたんですよね」
 僕だけじゃなかった。
「シルはまだ刺されてない?」
「メアリーに聞いてみます」

 痒いだけで虫に刺されたくらいどうってことないんだけど、ラルフ様が心配するし、見つかったらまた夜中に「敵を倒しに行く!」と剣を持って出掛けてしまうかもしれない。
 ああ、どうしよう。僕は必死にラルフ様に見つからない方法を考えた。
 長袖を着る? それはありかもしれない。だけど暑いよね。不自然だし。
 怪我をしたといって包帯を巻いてみる? 痛めたといって湿布を貼ってみる? どれもいい案に思えない。

 メアリーに確認してもらったら、シルはまだ虫に刺されていなかった。メアリーが虫除けハーブをしっかり部屋に吊り下げ、外に出る時はハーブを焚いたり持たせたりと管理していてくれた。当のメアリーは洗濯をする時に刺されてしまったらしい。
 いつでも完璧に対策なんてできないよね。

 ニコラに相談しに行ったら、ニコラも虫に刺されていた。仕事中に何ヶ所も刺されて、アマデオを怒ったばかりなのだとか。
「ニコラがアマデオを怒ったの?」
 どういうこと?
 ニコラが虫に刺されたせいで、アマデオが職場環境の改善を求めてニコラの職場に乗り込もうとしたから怒ったそうだ。
「やりすぎだよね」
「だね。でも、アマデオは話を聞いてくれるようになったみたいでよかった」
「うん、それはもうみんなに感謝してる。俺たち二人だったらダメになってたかもしれない」
 ニコラは、来月になったら二人で休みを取って旅行に行くと嬉しそうに話してくれた。二人が仲良しだと僕も嬉しい。

 結局虫に刺された痕を隠すいい案が浮かばなくて、肘まで隠れる長さのシャツを着て誤魔化すことにした。

「マティアス、今日も暑いな」
 ラルフ様は本当に暑そうにふぅ~っと息を吐きながら呟くように言った。
「ええ、そうですね」
「そんなに長い袖のシャツを着て暑くないのか?」
「大丈夫です。このシャツお気に入りなんです」
 微妙に苦しい言い訳をして、その場をやり過ごす。
 夕方まではそれでなんとかなったんだ。しかし、寝巻きに着替えることを考えていなかった。
 長袖を着るか、半袖を着てラルフ様に見えないように振る舞うか、やっぱり長袖は不自然ということで半袖を着ることにした。

「マティアス、今日は暑いからミントの香りのキャンドルがいい」
「分かりました」
 僕はキャビネットからミントの香りのキャンドルを取り出すと、ベッドのサイドテーブルに乗せて火を灯した。
 左腕を庇うようにそっとベッドに戻る。

「マティアス、何を隠してる?」
 まさかバレるなんて思ってなかった。まだ誤魔化せる?
「何も隠してませんよ。いつも通りです」
 誤魔化せないみたいだ。ラルフ様にひょいっと抱き上げられて至近距離でジッと目を見つめられると、もう白状するしかなくなった。

 敵を倒しに行かないように、しっかりとラルフ様の腕を掴みながら告げる。
「虫に刺されました。ここ」
「そうか。どこでやられた?」
「たぶんうちの庭です。でも昼間にバルドに虫除けのハーブを焚いてもらいました。部屋に吊るすハーブも新しいものに替えてもらいました。だから行かないで」
「分かった」
 なんか今日のラルフ様はとても聞き分けがいい。というか反応が薄い。あれ?
 そういえば、なんだか触れている腕が熱いような……

「ラルフ様、失礼しますね」
 ラルフ様の額にそっと触れると熱かった。よく見ると顔も赤い。ラルフ様が熱を出すなんて珍しい。
「熱があります。体、辛いんじゃないですか?」
 僕がそう告げると、ラルフ様は僕の手を強引に解いて一瞬にして部屋の隅まで距離を取った。え? なんで?

「マティアス、すぐに部屋から出ていけ」
「嫌です。なんでそんなこと言うんですか?」
「リーブ! 来てくれ!」
 僕の質問は無視して、ラルフ様はリーブを大声で呼んだ。
 リーブはすぐに来てくれたんだけど、ラルフ様はリーブは近付かせるのに僕のことだけ遠ざけて、僕はリーブに引き摺られるように部屋から出ることになった。僕はリーブの力にも敵わない。

「リーブ、僕が虫に刺されたこと隠してたから嫌われたの?」
「何のことですかな? 今日はシルヴィオ様のお部屋か客間でお休みください」
 リーブはいつもと変わらない微笑を浮かべている。リーブはいつも完璧だ。だからラルフ様に近づくことを許された。僕は完璧じゃない。だから出て行けと言われたのか……

 シルの部屋に行くとシルはまだ起きていて、この前図書館で借りたキツネの兄弟が海を目指して旅をする本をメアリーと一緒に読んでいた。
「ママどうしたの?」
「ラルフ様に追い出されちゃった。シル、一緒に寝よ」
「いいよ。いまね、きいろいとりにうみのばしょきいてるとこ」
「そっか。僕も一緒に読もうかな」

 僕はほのぼのした物語の大きい文字を目で追いながら、ラルフ様に拒絶されたことがショックで深く考え込んでしまった。
 何がいけなかったんだろう。誤魔化そうとしたことが気に入らなかったのかな。
 敵にやられたのを隠すってことがダメだったんだろうか?
 僕が沈んでいることに気づいたシルが、窓の近くに飾ってあったポポを貸してくれた。
 ポポ……なんかそのつぶらな目がちょっと腹立たしい。ポポが悪いわけじゃないけど、僕の心が荒んでいるからかもしれない。
 結局僕はシルのベッドでポポを握りしめて寝ることになった。しっかりヤスリがけしてあるから握り心地は悪くなかった。


 
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