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二章
105.雨の日(※)
しおりを挟む「酷い雨ですね」
「そうだな」
外は滝のような雨だ。この雨は昨日の夕方から降り続いている。朝になれば止むかと思っていたけど、昨日よりも雨は酷くなっている。
「おそと、いけない」
シルが残念そうに外を眺めている。
パンの様子を見に行くと言っていたのを、危ないからと止めたところだ。
庭を見る限り、ちょっと水溜りができたという程度ではなく、庭がちょっとした池のようになっているから危険と判断した。
ニコラはアマデオに付き添われて大雨の中を出勤していったけど、この酷い雨の中で花を出荷するのは大変だろう。作業自体は室内だが運搬が大変だ。
苗を育てている郊外の農家は大丈夫なんだろうか?
こんなに雨が酷いと川も増水して危なそうだ。
「マティアス、今日は走れないぞ」
「そうですね。家の中でスクワットでもしようと思います」
例え雨が上がっても、庭を走ることはできないだろう。
一、二、三、四……
よし、二十回終わった。また午後にもやろう。
雨は午前中の早い時間に上がったんだけど、ラルフ様は呼び出しがかかって出かけてしまった。大雨で災害が起きているのかもしれない。
午後になるとマチルダさんが訪ねてきた。
「マティアスくん、お休みのところ悪いんだけど、苗農家が大惨事になってるみたいなのよ。手伝いに行ってくれない? もちろん給料は出すわ」
「分かりました」
タルクも一緒ということで、バルドを護衛代わりに連れてタルクと合流して郊外の苗農家に向かった。
苗農家の周辺は野菜や小麦を作る農家がたくさんあって、水路が張り巡らされている。農業地帯に到着すると、一面水浸しで水路と道と畑の区別がつかないような状態だった。
水路に流れた土砂を掻き出して、とにかく水を流そうと農家の人たちがたくさん集まって作業をしている。
「タルク、これは大変そうだね。僕たちに手伝えるのかな?」
「僕は農家の手伝いなどしたことがないので、正直どうしていいのか分かりません」
僕も畑仕事などしたことがないけど、タルクも貴族だからしたことないんだろう。
「だよね……」
こんな時、元農家のニコラならテキパキと作業を進められるのかな。バルドも庭を手入れすることについては知識があるけど、水路や畑の手入れなどは分からないみたいだった。
これは困った。
「マティアス、なぜここにいる?」
「タルクもなぜここにいる?」
僕たちがどうすればいいのか分からずボーッと突っ立っていると、後ろから僕たちの名前を呼ぶ声が聞こえた。振り向くと、そこにはラルフ様とルーベンが立っていた。他にも複数の騎士たちがいる。
「マチルダさんから、苗の農家が大変だから手伝いに行ってくれって言われて来たんですが、何をどうすればいいのか分からず困っていたところです。ラルフ様たちはなぜここに?」
「俺たちは農地が水没したと聞いて調査と手伝いに来た。調査を先にするからマティアスたちは避けていてくれ。深い場所があるかもしれないから下手に動くな」
ラルフ様とルーベンは後ろに控えていた騎士たちに指示を出して調査を開始すると、各自が長い棒を持って散っていった。水路がどこにあるのか分からないから、落ちないようにあの棒で地面を探りながら進むのかもしれない。
騎士団の訓練場で騎士たちに指導している姿は見たことがあったけど、こうして仕事をしているラルフ様を見るのは初めてだ。
その後、危ない場所にはロープが張られ、安全なところを歩いて進んで、水路に溜まった土砂を地道にスコップで掻き出すという作業を手伝った。
範囲も広く、今日一日では作業を終えることができなかった。
「明日も朝から作業をする。日が暮れてからはロープも見えにくく危険だ、夜間の作業は行わないように!」
ラルフ様が騎士だけでなく作業していた農家の人たちも集めて告げた。
「マティアス、ほら乗れ」
農機具の片付けを終えたラルフ様が僕の前に背を向けてしゃがんだ。
他の騎士が見てるし僕だけ背負われて帰るなんて恥ずかしいんだけど……
しかし、慣れない作業に僕の体は悲鳴をあげていた。
「お願いします」
僕はラルフ様の背中に背負われて帰ることになった。なんで僕が疲れてるって分かったの?
「疲れただろ? 足場も悪いし水に浸かって体温も奪われる。よく頑張ったな」
そう言われてみると、体が随分と冷えていて、ラルフ様の背中がとても温かく感じた。
「思った以上に体が冷えてますね。早く帰って温かいお風呂に入りたいです」
「一緒に入るか?」
「いいですよ」
僕がそう言ったら、「俺は直帰する!」とラルフ様は宣言して僕を背負ったまま全力で駆け出した。
広大な農地から民家や商店街を抜けて、結構な距離があるのに、本当に驚くほどのスピードで走って、僕はあっという間に脱がされてお風呂に浸かっていた。
さっきは僕がラルフ様の背中にいたのに、今は僕がラルフ様の前にいて、後ろからそっと抱きしめられている。冷えた体に温かいお湯が気持ちいい。
でも腰に硬いものが当たってるんですけど……
「ラルフ様、腰に当たってます」
「マティアスのことが好きなんだから仕方ない。大丈夫だ、何もしない。マティアスは疲れている」
疲れているのは本当だけど、ラルフ様に我慢させているのがなんだか申し訳なくなってくる。
「ひゃっ」
ラルフ様が急に脇腹を撫でるからくすぐったくて変な声が出てしまった。
「マティアス、気にすることはない。楽しみは後に取っておくのもいいものだ」
「……うん」
ラルフ様はお風呂から出ると、オイルを塗ってマッサージをしてくれた。筋肉をほぐすとても痛いやつだ。
「痛っ! イタタタ……」
「耐えてくれ」
主に腰と足と背中と腕と……ほぼ全身に結構な筋肉疲労が。農家って重労働なんですね。
これできっと明日も頑張れる。
水路の土砂を取り除くのは三日くらいで終わったんだけど、畑に流れてしまった泥を取り除くのにも僕たちは二日ほど協力した。あとは崩れてしまった水路を直したり、道路を整備したり、土木のことや畑のことは分からないから僕たちに手伝えるのはそこまでだった。
「マティアス、ほら」
今日もまた作業が終わるとラルフ様は僕の前に背中を向けてしゃがんでいる。
騎士も土木や畑のことは分からないから、あとは専門家に頼むことになる。ラルフ様を含め騎士たちの手伝いも今日までだ。
「急いで帰るぞ。じゃああとは頼んだ。俺は直帰する!」
ラルフ様はそう宣言すると、僕を背負って風のように走って帰った。今日は天気がよくてとても暑かった。ラルフ様の背中も湯気が出そうなくらい熱い。ちょっと汗臭いけど落ちないようにしっかりとしがみついた。
僕は毎日こうして背負われて帰って一緒にお風呂に入っている。今日もラルフ様は後ろから僕のことをそっと抱きしめている。でもなんか今日は手つきが怪しい。
「マティアス、キスしていいか?」
「いいですよ」
後ろを振り向くと、今日はいつもみたいに啄むようなキスじゃなかった。すぐに温かい舌が入ってきて、僕の口内の唾液を全部絡め取られるんじゃないかってくらい激しくて、息をするのもやっとだった。
「ごめん、我慢できそうにない」
バスタブの縁に座らされ、腰に手を回されて逃げられないよう固定されると、僕の股間にラルフ様は顔を埋めた。お風呂でなんて……
「待っ、ああっ……」
ジュルっと吸われると気持ちよくて、前だけじゃなく後ろもラルフ様の指でかき回されると、僕ももう我慢できなかった。
「きて、僕の中にきて」
「ダメだ、危ない。ベッドに行くぞ」
もう、お風呂でするのかと思ったじゃん。急に冷静に体を拭き始めたラルフ様になんとも言えない気持ちになりながら、されるがままに体を丁寧に拭かれて、横抱きでベッドに運ばれた。
「ラルフ様、髪がまだビショビショですよ」
「問題ない。そのうち乾く」
そうかもしれないけど……僕はラルフ様の髪に手を伸ばしたんだけど、その手は絡め取られてギュッと握られた。ラルフ様の熱の篭った目が「いいか?」と訴えてくる。
「きて」
ラルフ様は「楽しみは後に取っておくのもいい」なんて言ってたけど、我慢していた欲望をまとめて受け止めるのは大変だから、これからは小出しでお願いします。
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