101 / 180
二章
100.相乗りでお出かけ
しおりを挟む僕に乗馬禁止が言い渡されてからも、シルは相変わらずパンに乗って庭を駆け回っている。
シルはちゃんと毎日パンの世話をして、昨日はパンにチンアナゴのポポを紹介していた。
「パン、ポポだよ。おともだちだからね」
だけど残念ながらパンはポポには興味を示さなかった。ムフーっと鼻息をかけてふいっとそっぽを向いてしまった。馬から見たらただの木だからかもしれない。
シルはいつでもパンに乗りたいわけじゃないようで、今日はパンの手綱を引いて庭を散歩している。そんな姿を微笑ましいと思いながら見ていると、ラルフ様が帰ってきた。
「マティアス、馬に相乗りして出掛けるか?」
「いいんですか?」
「明日はハリオも休みだからシルはハリオの馬に乗せてもらう」
シルはパンに乗れるけど、シルはパンへの指示がまだできない。庭を駆け回るくらいならいいんだけど、パンがシルを乗せたまま勝手にどこかへ行ってしまったら大変だ。
しかし試しにシルをハリオの馬に乗せてもらったらパンが拗ねてしまったんだ。
大好きなシルが他の馬に乗ったのがショックだったのか、悲しそうにヒーンヒーンと鳴いて、シルが話しかけても後ろを向いて厩舎の一番奥から動かなくなってしまった。
「パン、ごめんね。さみしかったの?」
「パンにもポポかしてあげる。げんきでるよ」
シル、残念ながらパンはポポでは元気になれないと思う……
案の定パンはポポには見向きもしなかった。
シルが拗ねてしまったパンにずっと寄り添っていたら、ようやくパンも機嫌を直してくれた。
「ぼく、パンにのる」
「そうだな。それがいい」
ラルフ様の許しが出て、シルはパンに乗って行くことになった。
ハリオは申し訳ないけどパンの手綱を引いて自力で走ってもらう。それはちょっと可哀想じゃない? って思ったんだけど、ハリオが大丈夫だって言うからお願いした。
翌日、シルはパンに乗って、僕はラルフ様の馬に相乗りさせてもらうことになった。
パンは初めての遠出だ。僕もシルも馬に乗って出かけるなんて初めてだ。
ラルフ様に相乗りさせてもらったら、体が大きいからリズより安定している。ソファの背もたれに寄り掛かっているみたいだ。
温かいしラルフ様の匂いがするし、ラルフ様にずっと抱っこされているみたいで少し恥ずかしい。
「マティアス、どうした?」
「少し恥ずかしいだけです」
「なぜだ?」
なぜだって言われても……
色んな意味で恥ずかしいよ。大人の男なのに相乗りさせてもらってるのも微妙に恥ずかしいし、シルは一人で乗れるのに僕は一人で馬に乗れないし、ラルフ様が密着してるのも、色々だよ。
「嫌なことがあるなら言ってほしい。俺たちは夫夫だろ?」
僕が黙ってたら拗ねたみたいに言って、密着度が高くなった。
ラルフ様、馬に乗っている時に後ろからギュッてするのはやめてください。落ちるんじゃないかってヒヤヒヤします。
「嫌なことなんかないけど、普通にしててください。落ちそうで怖いです」
「大丈夫だ。落ちても俺が受け止める」
そういう問題じゃない。落ちてもじゃなくて、落ちないようにしてほしいんだ。
「お二人は相変わらず仲がいい」
パンの手綱を持って並走しているハリオに言われて余計恥ずかしくなった。
きっとハリオには僕たちがイチャついてるように見えたんだ……
違うからね。
それよりハリオって足速いんだね。全力じゃないけど馬が走るスピードに付いてくるって凄くない? 全然息切れしてないのも不思議だ。
そんな些細な葛藤もあったんだけど、無事目的地に着いた。隣り街のお菓子屋さんだ。
「ここの焼き菓子が美味いと評判だ」
「そうなんですね」
お店は白壁の可愛い建物で、リンゴのパイが有名らしい。お店の中でも食べられるし、持ち帰りもできるそうだ。
美味しかったらみんなのお土産にしよう。
「いらっしゃいませ~」
「あ、あの……」
お店の人を前に固まってしまったハリオ、どうしたんだろう?
「四人だが空いているか?」
「はい。案内しますね~」
横からラルフ様が人数を告げると、席へ案内してくれた。
「こちらの席どうぞ」
僕たちが付いていくと、振り向いたお店の人は、白いシャツに水色のエプロンをつけた可愛らしい青年だった。僕と同い年くらいで、目がクリクリと可愛い。綺麗にカールした髪を一つにまとめて横に流しているのが似合っていて素敵だ。
ボーッと彼を見つめるハリオ、知り合い? ってわけでもなさそうだけど、どうしたんだろう?
ハリオはラルフ様みたいにいつも堂々として何事にも動じない感じだったから、こんなにボーッとしている姿は初めて見た。やっぱり馬と並走させるなんて無茶だったんだ、ごめんハリオ、そんなに疲れてたなんて知らなくて……
帰りはゆっくり歩いて帰ろう。
お店の人が今日は桃のタルトとメロンのケーキがお勧めだと教えてくれた。あとはリンゴのパイは王道とも言っていた。やっぱり僕は王道をいきたい。
「ぼくももにする」
「僕はリンゴのパイがいいな」
「俺はメロンにしよう」
シルも僕もラルフ様もそれぞれ決めたけど、ハリオは迷っているみたいだった。
「俺は、お勧めの桃のタルトとメロンのケーキを……」
ハリオは二個も食べるのか。ここまで走ってきたからお腹が空いたのかもしれない。
リンゴのパイはとても美味しかった。リンゴが蕩けるように柔らかくて、スパイスが効いていて爽やかで、いくらでも食べられそうだ。
「俺……」
「ハリオ、どうした?」
「これが、好き、かもしれない」
ハリオが黙々と食べていた手を急に止めて呟いた。
「ぼくもすきー、もものおいしい」
シルは桃のタルトが気に入ったみたいだ。僕もここのパイ好きだよ。
するとハリオは急に席を立ったんだ。
何? どうしたの?
僕たちはハリオの突然の行動に驚きつつも見守ることしかできなかった。
ハリオはさっきの可愛らしいお店の人の前に行くと、何か話していた。もしかして美味しくて感動してそれを伝えに?
僕たちはハリオの謎の行動は気にしないことにして食べ進めた。
「ラルフ様、このお店はどうやって知ったんですか?」
「騎士が美味しい店があると話していて、それで教えてもらったんだ」
そうなんだ。騎士は色んなところに派遣されるから、色んな街の情報を知っている人がいるのかもしれない。
「美味しいお店を教えてくれた人にお礼を言わないといけませんね」
「おいしかったー!」
ここなら馬車でも来ることができるし、今度はみんなで来よう。
「振られました……」
ガックリと肩を落として戻ってきたハリオ。
振られた? もしかして好きかもってケーキのことじゃなくて、さっきの彼のこと? 告白してきたの? すごい行動力だ。
「なんて言われたの?」
「あなたのことよく知らないからお付き合いはできませんって……」
だろうね。だって今日会ったばかりだよね?
「ハリオ、まずはお互いを知ってからじゃないと。知らない人に好きって言われても戸惑うと思う」
僕がそう言うと、ハリオはまた席を立って彼のところに走って行ってペコペコ頭を下げていた。
「ルカくんが友だちになってくれた!」
嬉しそうにハリオが戻ってきて報告してくれた。彼の名前はルカくんっていうのか。
いつかハリオの恋が上手くいくといいな。
ハリオは全然疲れていなかったようで、パンを引っ張るように足取り軽く王都まで走って帰った。
体力ありすぎじゃない?
*・゜゚・*:.。..。.:*・''・*:.。. .。.:*・゜゚・*
私事ですが、昨日はご心配をおかけしました。
もう大丈夫です。また今日から連載再開いたします。
感想からご連絡をいただいた方々へ
応援のお言葉やお気遣いのメッセージをいただきありがとうございました。
作品に関係ない内容と、非公開希望の感想については承認を却下させていただきました。
皆さんにはお見せできませんが、嬉しかったのでスクショ撮って保存済みです(*^^*)
403
お気に入りに追加
1,263
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
双子の妹を選んだ婚約者様、貴方に選ばれなかった事に感謝の言葉を送ります
すもも
恋愛
学園の卒業パーティ
人々の中心にいる婚約者ユーリは私を見つけて微笑んだ。
傍らに、私とよく似た顔、背丈、スタイルをした双子の妹エリスを抱き寄せながら。
「セレナ、お前の婚約者と言う立場は今、この瞬間、終わりを迎える」
私セレナが、ユーリの婚約者として過ごした7年間が否定された瞬間だった。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる