僕の過保護な旦那様

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二章

100.相乗りでお出かけ

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 僕に乗馬禁止が言い渡されてからも、シルは相変わらずパンに乗って庭を駆け回っている。
 シルはちゃんと毎日パンの世話をして、昨日はパンにチンアナゴのポポを紹介していた。
「パン、ポポだよ。おともだちだからね」
 だけど残念ながらパンはポポには興味を示さなかった。ムフーっと鼻息をかけてふいっとそっぽを向いてしまった。馬から見たらただの木だからかもしれない。

 シルはいつでもパンに乗りたいわけじゃないようで、今日はパンの手綱を引いて庭を散歩している。そんな姿を微笑ましいと思いながら見ていると、ラルフ様が帰ってきた。
「マティアス、馬に相乗りして出掛けるか?」
「いいんですか?」
「明日はハリオも休みだからシルはハリオの馬に乗せてもらう」

 シルはパンに乗れるけど、シルはパンへの指示がまだできない。庭を駆け回るくらいならいいんだけど、パンがシルを乗せたまま勝手にどこかへ行ってしまったら大変だ。

 しかし試しにシルをハリオの馬に乗せてもらったらパンが拗ねてしまったんだ。
 大好きなシルが他の馬に乗ったのがショックだったのか、悲しそうにヒーンヒーンと鳴いて、シルが話しかけても後ろを向いて厩舎の一番奥から動かなくなってしまった。

「パン、ごめんね。さみしかったの?」
「パンにもポポかしてあげる。げんきでるよ」
 シル、残念ながらパンはポポでは元気になれないと思う……
 案の定パンはポポには見向きもしなかった。

 シルが拗ねてしまったパンにずっと寄り添っていたら、ようやくパンも機嫌を直してくれた。
「ぼく、パンにのる」
「そうだな。それがいい」
 ラルフ様の許しが出て、シルはパンに乗って行くことになった。
 ハリオは申し訳ないけどパンの手綱を引いて自力で走ってもらう。それはちょっと可哀想じゃない? って思ったんだけど、ハリオが大丈夫だって言うからお願いした。

 翌日、シルはパンに乗って、僕はラルフ様の馬に相乗りさせてもらうことになった。
 パンは初めての遠出だ。僕もシルも馬に乗って出かけるなんて初めてだ。
 ラルフ様に相乗りさせてもらったら、体が大きいからリズより安定している。ソファの背もたれに寄り掛かっているみたいだ。
 温かいしラルフ様の匂いがするし、ラルフ様にずっと抱っこされているみたいで少し恥ずかしい。

「マティアス、どうした?」
「少し恥ずかしいだけです」
「なぜだ?」
 なぜだって言われても……
 色んな意味で恥ずかしいよ。大人の男なのに相乗りさせてもらってるのも微妙に恥ずかしいし、シルは一人で乗れるのに僕は一人で馬に乗れないし、ラルフ様が密着してるのも、色々だよ。

「嫌なことがあるなら言ってほしい。俺たちは夫夫だろ?」
 僕が黙ってたら拗ねたみたいに言って、密着度が高くなった。
 ラルフ様、馬に乗っている時に後ろからギュッてするのはやめてください。落ちるんじゃないかってヒヤヒヤします。

「嫌なことなんかないけど、普通にしててください。落ちそうで怖いです」
「大丈夫だ。落ちても俺が受け止める」
 そういう問題じゃない。落ちてもじゃなくて、落ちないようにしてほしいんだ。

「お二人は相変わらず仲がいい」
 パンの手綱を持って並走しているハリオに言われて余計恥ずかしくなった。
 きっとハリオには僕たちがイチャついてるように見えたんだ……
 違うからね。
 それよりハリオって足速いんだね。全力じゃないけど馬が走るスピードに付いてくるって凄くない? 全然息切れしてないのも不思議だ。

 そんな些細な葛藤もあったんだけど、無事目的地に着いた。隣り街のお菓子屋さんだ。
「ここの焼き菓子が美味いと評判だ」
「そうなんですね」
 お店は白壁の可愛い建物で、リンゴのパイが有名らしい。お店の中でも食べられるし、持ち帰りもできるそうだ。
 美味しかったらみんなのお土産にしよう。

「いらっしゃいませ~」
「あ、あの……」
 お店の人を前に固まってしまったハリオ、どうしたんだろう?
「四人だが空いているか?」
「はい。案内しますね~」
 横からラルフ様が人数を告げると、席へ案内してくれた。
「こちらの席どうぞ」
 僕たちが付いていくと、振り向いたお店の人は、白いシャツに水色のエプロンをつけた可愛らしい青年だった。僕と同い年くらいで、目がクリクリと可愛い。綺麗にカールした髪を一つにまとめて横に流しているのが似合っていて素敵だ。
 ボーッと彼を見つめるハリオ、知り合い? ってわけでもなさそうだけど、どうしたんだろう?
 ハリオはラルフ様みたいにいつも堂々として何事にも動じない感じだったから、こんなにボーッとしている姿は初めて見た。やっぱり馬と並走させるなんて無茶だったんだ、ごめんハリオ、そんなに疲れてたなんて知らなくて……
 帰りはゆっくり歩いて帰ろう。

 お店の人が今日は桃のタルトとメロンのケーキがお勧めだと教えてくれた。あとはリンゴのパイは王道とも言っていた。やっぱり僕は王道をいきたい。
「ぼくももにする」
「僕はリンゴのパイがいいな」
「俺はメロンにしよう」
 シルも僕もラルフ様もそれぞれ決めたけど、ハリオは迷っているみたいだった。
「俺は、お勧めの桃のタルトとメロンのケーキを……」
 ハリオは二個も食べるのか。ここまで走ってきたからお腹が空いたのかもしれない。

 リンゴのパイはとても美味しかった。リンゴが蕩けるように柔らかくて、スパイスが効いていて爽やかで、いくらでも食べられそうだ。
「俺……」
「ハリオ、どうした?」
「これが、好き、かもしれない」
 ハリオが黙々と食べていた手を急に止めて呟いた。
「ぼくもすきー、もものおいしい」
 シルは桃のタルトが気に入ったみたいだ。僕もここのパイ好きだよ。

 するとハリオは急に席を立ったんだ。
 何? どうしたの?
 僕たちはハリオの突然の行動に驚きつつも見守ることしかできなかった。
 ハリオはさっきの可愛らしいお店の人の前に行くと、何か話していた。もしかして美味しくて感動してそれを伝えに?

 僕たちはハリオの謎の行動は気にしないことにして食べ進めた。
「ラルフ様、このお店はどうやって知ったんですか?」
「騎士が美味しい店があると話していて、それで教えてもらったんだ」
 そうなんだ。騎士は色んなところに派遣されるから、色んな街の情報を知っている人がいるのかもしれない。
「美味しいお店を教えてくれた人にお礼を言わないといけませんね」
「おいしかったー!」
 ここなら馬車でも来ることができるし、今度はみんなで来よう。

「振られました……」
 ガックリと肩を落として戻ってきたハリオ。
 振られた? もしかして好きかもってケーキのことじゃなくて、さっきの彼のこと? 告白してきたの? すごい行動力だ。
「なんて言われたの?」
「あなたのことよく知らないからお付き合いはできませんって……」
 だろうね。だって今日会ったばかりだよね?
「ハリオ、まずはお互いを知ってからじゃないと。知らない人に好きって言われても戸惑うと思う」
 僕がそう言うと、ハリオはまた席を立って彼のところに走って行ってペコペコ頭を下げていた。

「ルカくんが友だちになってくれた!」
 嬉しそうにハリオが戻ってきて報告してくれた。彼の名前はルカくんっていうのか。
 いつかハリオの恋が上手くいくといいな。

 ハリオは全然疲れていなかったようで、パンを引っ張るように足取り軽く王都まで走って帰った。
 体力ありすぎじゃない?

 



*・゜゚・*:.。..。.:*・''・*:.。. .。.:*・゜゚・*

私事ですが、昨日はご心配をおかけしました。
もう大丈夫です。また今日から連載再開いたします。

感想からご連絡をいただいた方々へ
応援のお言葉やお気遣いのメッセージをいただきありがとうございました。
作品に関係ない内容と、非公開希望の感想については承認を却下させていただきました。
皆さんにはお見せできませんが、嬉しかったのでスクショ撮って保存済みです(*^^*)

 
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