僕の過保護な旦那様

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二章

96.眠らない男

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 夕食をいただいてラルフ様を早く寝かせるためにベッドに入ってもらったんだけど、どうやら寝る気がないみたいだ。シルは昼間に遠いところまで遊びにいったから早々に寝てしまった。

「ラルフ様、いつまで僕のこと見つめてるんですか? 早く寝てください」
「嫌だ。せっかくマティアスに会えたのに、寝ている場合ではない」
 まさかの「嫌だ」ときた。そんな子どもの我儘みたいに……
 ラルフ様は僕の隣に寝そべって、でも体ごとこっちを向いてジッと僕を見ている。そして大きな手で僕の髪や頬をずっと撫でている。

「僕はずっと隣にいますから」
「寂しかった」
 拗ねたようにそんなことを言うから、なんだかラルフ様がとても可愛く見えた。

「キスしたら寝てくれますか?」
「分かった」
 本当かな? ラルフ様の「分かった」はいつも信用ならない。
 唇が重なると、ラルフ様の唇は少しカサついていた。寝ないで馬を飛ばしてきたからかもしれない。僕の唇を啄んで、それに飽きると舌をぬるりと絡めてきた。温かい舌の感触が気持ちよくてふわふわした気持ちになって、そしたらまた唇をそっと啄んで……
 ……って、もしかしてずっとキスしてるつもり?
 ラルフ様を押し退けて、「もう寝て下さい」と言うと、渋々といった感じでラルフ様は目を閉じた。

 今日行けなかったから、明日はシルを連れて牧場に行こう。子牛はいないかもしれないけど、ヤギや羊の牧場にも行って、僕がお気に入りの川の綺麗なところにも連れて行きたい。
 まずは庭の木の柵を見に行って、牧場はそれからだ。部屋の荷物はもうあらかた片付いたし、シルに色んな景色を見せてあげたい。

 もう僕も寝よう。ラルフ様の隣で寝るのは久しぶりだ。夜中は少し寒かったから、ラルフ様が隣にいると温かくていい。
 僕はラルフ様にピッタリとくっついて体温を感じながら眠りについた。

 うう、寒っ……
 僕は夜中に寒くて目を覚ました。
 あれ? ラルフ様がいない。まさか僕は夢を見てたの?
 シル! いるよね?
 慌ててシルがいる部屋に向かってそっと扉を開くと、シルとリズが寝ていてホッとした。
 どこからが夢? まさかシルがいなくなったのも夢だったの?
 何だか狐に摘まれたような気持ちで部屋に戻ると、外から足音のような音が聞こえてきた。まさか泥棒? 襲撃?
 どうしようと焦りながらこっそり窓から覗いてみると、月明かりの下をラルフ様が剣を背負って走っていた。
 え? どういうこと? こんな夜中に何してるの?

 寝起きでまだちゃんと働いてくれない頭で考えてみるけど、全く分からない。
 聞くしかない。
 僕は寝ている人を起こさないよう、なるべく音を立てないよう静かに廊下を歩いて庭に出た。
「マティアス、どうした? 眠れないのか?」
 僕が外に出るとすぐにラルフ様がきた。音を立てないようにしていたのに一瞬で見つかる僕ってなんなんだろう。僕はかくれんぼが苦手みたいだ。

「ラルフ様はこんな夜中に何をしているんですか?」
「見張りだ。この屋敷は守りが甘いからな」
 そうだとしても……
「私兵も夜中に見回りをしているはずですから、ラルフ様は寝て下さい」
「ダメだ。何かあってからでは遅い。リーブより劣る私兵では当てにならない」
 そう言われてしまうと何も言えなくなる。

「昨日も一昨日も何もありませんでしたし、ラルフ様は心配しすぎです」
「昨日はリズが、一昨日はリーブが夜の見張りをしたと聞いている」
 え? それ僕知らないんだけど……
 いつの間に?

「おや? マティアス様、眠れませんか?」
 ラルフ様とヒソヒソ話をしていると、音もなくリーブがやってきた。ここに眠らない男がもう一人いた。本当にリーブは見張りをしていたみたいだ。
 執事の服だし、ラルフ様と違って武器を持っているようには見えないけど、見張りだよね?
「リーブも夜の見張りをしてるの?」
「ええ、シルヴィオ様が簡単に外に出ることができるほど、この屋敷は守りが弱いので少々心配になりまして」
 シルが簡単に外に出られるということは、外からも簡単に人が入れるということ。僕も子どもの頃はよく抜け出していたし、それを考えると危ない気がしてきた。一度も危ない目にあったことはないけど、僕は運がよかったんだろうか?

 いくらこの屋敷の守りが弱いといっても、見張りをずっと寝ていないラルフ様や、フックス家の使用人でもないリーブがやるっておかしいよね?
 僕は私兵の宿舎まで行って、できれば夜の見張りを強化してもらいたいとお願いすると、ラルフ様とリーブを連れて屋敷に戻った。
「もう大丈夫ですから、二人はちゃんと朝まで眠って下さい」
「畏まりました」
 リーブは一礼すると一切音を立てずに部屋へ戻っていった。その靴どうなってるの?
 一番体重が軽いはずの僕が一歩進むと、木の床が小さくギシっと鳴った。おかしいな。僕は首を傾げながら、なるべく足音を立てないようにゆっくり歩いてラルフ様と部屋に戻った。

「ラルフ様、寝ましょう。寝てくれないと心配です」
「数時間の仮眠はとったから大丈夫だ」
 仮眠だけじゃ体の疲れは取れない。無茶な日程でここまで来たんだから、夜くらいはちゃんと寝てほしい。
「それでも、体を休めて下さい」

 背負っていた剣を下ろし革鎧を脱ぐと、やっとベッドに入ってくれた。今日はチェーンメイルを着ていない。チェーン部分が擦れて音が鳴ってしまうからかもしれない。夜には向かないんだな。そんなどうでもいいことを考えながら冷たくなってしまったベッドに潜り込む。
「む……マティアスの手が冷たい」
「こんな夜中に外に出たので冷えてしまったんです」
「俺のせいか……ごめん」
「悪いと思うなら朝まで僕の隣で寝て下さい。ラルフ様がいないと寒くて起きてしまいます」
「分かった」
 今度こそ、分かってくれたかな?
 ラルフ様に包まれて身体が温まると、僕はすぐに夢の中へ旅立った。

 
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