97 / 189
二章
96.眠らない男
しおりを挟む夕食をいただいてラルフ様を早く寝かせるためにベッドに入ってもらったんだけど、どうやら寝る気がないみたいだ。シルは昼間に遠いところまで遊びにいったから早々に寝てしまった。
「ラルフ様、いつまで僕のこと見つめてるんですか? 早く寝てください」
「嫌だ。せっかくマティアスに会えたのに、寝ている場合ではない」
まさかの「嫌だ」ときた。そんな子どもの我儘みたいに……
ラルフ様は僕の隣に寝そべって、でも体ごとこっちを向いてジッと僕を見ている。そして大きな手で僕の髪や頬をずっと撫でている。
「僕はずっと隣にいますから」
「寂しかった」
拗ねたようにそんなことを言うから、なんだかラルフ様がとても可愛く見えた。
「キスしたら寝てくれますか?」
「分かった」
本当かな? ラルフ様の「分かった」はいつも信用ならない。
唇が重なると、ラルフ様の唇は少しカサついていた。寝ないで馬を飛ばしてきたからかもしれない。僕の唇を啄んで、それに飽きると舌をぬるりと絡めてきた。温かい舌の感触が気持ちよくてふわふわした気持ちになって、そしたらまた唇をそっと啄んで……
……って、もしかしてずっとキスしてるつもり?
ラルフ様を押し退けて、「もう寝て下さい」と言うと、渋々といった感じでラルフ様は目を閉じた。
今日行けなかったから、明日はシルを連れて牧場に行こう。子牛はいないかもしれないけど、ヤギや羊の牧場にも行って、僕がお気に入りの川の綺麗なところにも連れて行きたい。
まずは庭の木の柵を見に行って、牧場はそれからだ。部屋の荷物はもうあらかた片付いたし、シルに色んな景色を見せてあげたい。
もう僕も寝よう。ラルフ様の隣で寝るのは久しぶりだ。夜中は少し寒かったから、ラルフ様が隣にいると温かくていい。
僕はラルフ様にピッタリとくっついて体温を感じながら眠りについた。
うう、寒っ……
僕は夜中に寒くて目を覚ました。
あれ? ラルフ様がいない。まさか僕は夢を見てたの?
シル! いるよね?
慌ててシルがいる部屋に向かってそっと扉を開くと、シルとリズが寝ていてホッとした。
どこからが夢? まさかシルがいなくなったのも夢だったの?
何だか狐に摘まれたような気持ちで部屋に戻ると、外から足音のような音が聞こえてきた。まさか泥棒? 襲撃?
どうしようと焦りながらこっそり窓から覗いてみると、月明かりの下をラルフ様が剣を背負って走っていた。
え? どういうこと? こんな夜中に何してるの?
寝起きでまだちゃんと働いてくれない頭で考えてみるけど、全く分からない。
聞くしかない。
僕は寝ている人を起こさないよう、なるべく音を立てないよう静かに廊下を歩いて庭に出た。
「マティアス、どうした? 眠れないのか?」
僕が外に出るとすぐにラルフ様がきた。音を立てないようにしていたのに一瞬で見つかる僕ってなんなんだろう。僕はかくれんぼが苦手みたいだ。
「ラルフ様はこんな夜中に何をしているんですか?」
「見張りだ。この屋敷は守りが甘いからな」
そうだとしても……
「私兵も夜中に見回りをしているはずですから、ラルフ様は寝て下さい」
「ダメだ。何かあってからでは遅い。リーブより劣る私兵では当てにならない」
そう言われてしまうと何も言えなくなる。
「昨日も一昨日も何もありませんでしたし、ラルフ様は心配しすぎです」
「昨日はリズが、一昨日はリーブが夜の見張りをしたと聞いている」
え? それ僕知らないんだけど……
いつの間に?
「おや? マティアス様、眠れませんか?」
ラルフ様とヒソヒソ話をしていると、音もなくリーブがやってきた。ここに眠らない男がもう一人いた。本当にリーブは見張りをしていたみたいだ。
執事の服だし、ラルフ様と違って武器を持っているようには見えないけど、見張りだよね?
「リーブも夜の見張りをしてるの?」
「ええ、シルヴィオ様が簡単に外に出ることができるほど、この屋敷は守りが弱いので少々心配になりまして」
シルが簡単に外に出られるということは、外からも簡単に人が入れるということ。僕も子どもの頃はよく抜け出していたし、それを考えると危ない気がしてきた。一度も危ない目にあったことはないけど、僕は運がよかったんだろうか?
いくらこの屋敷の守りが弱いといっても、見張りをずっと寝ていないラルフ様や、フックス家の使用人でもないリーブがやるっておかしいよね?
僕は私兵の宿舎まで行って、できれば夜の見張りを強化してもらいたいとお願いすると、ラルフ様とリーブを連れて屋敷に戻った。
「もう大丈夫ですから、二人はちゃんと朝まで眠って下さい」
「畏まりました」
リーブは一礼すると一切音を立てずに部屋へ戻っていった。その靴どうなってるの?
一番体重が軽いはずの僕が一歩進むと、木の床が小さくギシっと鳴った。おかしいな。僕は首を傾げながら、なるべく足音を立てないようにゆっくり歩いてラルフ様と部屋に戻った。
「ラルフ様、寝ましょう。寝てくれないと心配です」
「数時間の仮眠はとったから大丈夫だ」
仮眠だけじゃ体の疲れは取れない。無茶な日程でここまで来たんだから、夜くらいはちゃんと寝てほしい。
「それでも、体を休めて下さい」
背負っていた剣を下ろし革鎧を脱ぐと、やっとベッドに入ってくれた。今日はチェーンメイルを着ていない。チェーン部分が擦れて音が鳴ってしまうからかもしれない。夜には向かないんだな。そんなどうでもいいことを考えながら冷たくなってしまったベッドに潜り込む。
「む……マティアスの手が冷たい」
「こんな夜中に外に出たので冷えてしまったんです」
「俺のせいか……ごめん」
「悪いと思うなら朝まで僕の隣で寝て下さい。ラルフ様がいないと寒くて起きてしまいます」
「分かった」
今度こそ、分かってくれたかな?
ラルフ様に包まれて身体が温まると、僕はすぐに夢の中へ旅立った。
419
お気に入りに追加
1,273
あなたにおすすめの小説
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
囚われ王子の幸福な再婚
高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる