僕の過保護な旦那様

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二章

95.シルの冒険とラルフ様の無茶

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 僕はソファに座ったラルフ様の髪をいつものように拭いている。シルとラルフ様は隣同士に座ってホットミルクをふぅふぅしながら飲んでいる。
 ふふっ、二人が同じ仕草でちょっとおかしい。
 色々聞きたいことはあるけど、こうして家族三人が一緒にいられることが幸せだと思った。
 まずはシルの話を聞いてみないと。やっぱり外に行ってたんだよね? まさかラルフ様を迎えに行ったなんてことはないよね?

「シル、どこ行ってたの?」
「あのね、にわのとおく。いっぱいともだちできた」
 庭の遠く? 友だち? シルは庭から出てないと思っているのかもしれない。勝手に庭から出たらいけないと教えていたし、一人で出ていくとは考えられない。

「お友だちがいっぱいできてよかったね。シル、この家はね、うちみたいに石が積み上げられた壁がないんだよ。お庭に木の柵があったでしょ? あの柵までがお庭なんだよ」
「うん?」
「明日、庭の木の柵のところに連れていってあげるね」
「うん!」
 実際に見せてあげないと分からないだろう。僕はこの屋敷に住んでいたから知っているけど、シルにとって家の敷地と外を隔てるものは高く分厚い塀だ。木の柵が塀の代わりなんて知ったらビックリするんだろうか?

「ぼうけんなの! にわのいちばんむこうにいきたかったの。でもなくて、ともだちとみずたまりであそんだ」
「そっか。楽しかった?」
「たのしかった!」
 高くて分厚い塀がないってことを教えなかったこともだけど、シルを退屈させたことも原因の一つだ。
 無事帰ってきてくれてよかった。本当に……
 シルの柔らかい髪を撫でて、シルがここにいることを確かめて、少し泣きそうになった。

 それで、ラルフ様はなぜここにいるんだろう?
「ラルフ様は泥遊びしているシルを見つけて一緒に帰ってきたんですよね?」
「そうだ」
「まだ僕はここに数日滞在するつもりでしたが早くないですか?」
「早くない。予定通りだ」
 予定通りなの? 王都の家を出て四日かけて実家に来て、今日は三日目だ。予定ではあと三日ほど滞在して、その頃にラルフ様が来るんだと思っていた。

「マティアスがいない家は寂しかった」
 ラルフ様の髪を拭いていた僕の手がぎゅっと握られて、次の瞬間にはもうラルフ様の腕の中だった。僕だって一応大人の男なのに、シルを持ち上げるみたいにひょいっと簡単に持ち上げられてしまう。そんなラルフ様の逞しい腕が好きだ。
「そうですか。それで無茶な日程で馬を飛ばしてきたんですね」
「無茶ではない」
「では、途中で宿に何回泊まりましたか?」
「宿など必要ない」
 まさか寝ずに? でもそれラルフ様は平気でも馬が可哀想じゃない? それともラルフ様専用の馬はラルフ様と同じように強靭な肉体と精神を持っているんだろうか? そんなことある?
「そんな無茶なことをしたら馬が可哀想です」
「交代したから問題ない」
 交代? 交代ってどういうこと? 全然意味が分からないんだけど……

「誰かと一緒にきたんですか?」
「クロだ」
「誰です?」
「馬だ」
 馬と交代? 馬と何を交代するのか。僕の頭の中には疑問符しか浮かばなかった。
 なんかちょっと先を聞くのが怖くなってきたんだけど、でも気になる。

「馬と何を交代したんですか?」
「馬だ」
 ん? ますます分からないんだけど。
「そうですか」
 まさかとは思いますが、馬が疲れたら交代して、ラルフ様が馬を背負って走ったとかそういうこと?
 いや、それはない。そんなことありえない。違いますよね?
 僕がラルフ様の顔をジッと見たら、ラルフ様に不意打ちのようなキスをされた。

「ちょっ! シルがいるのに」
「ママとラル、キスしてた~」
 完全に見られてた。
「俺とマティアスは仲良しだからな!」
 そんな堂々と言われても……

「ぼくにもキスしてよ」
「いいぞ」
 ラルフ様はシルの額にキスをして、シルも喜んでラルフ様の頬にキスをしていた。
 僕にもキスをねだってきたから、僕もシルの額にキスをして、数時間前が嘘みたいに幸せだと思った。
 微笑みを絶やさないリーブの目尻の皺もいつもより深いし、リズもニコニコと僕たちを見てる。

 でもやっぱり僕は聞かなければならない。馬と交代して走った詳細を……
 どうか僕の想像が当たりませんように。

 ラルフ様は馬が疲れると、途中の街で馬を乗り換えた。社交シーズンが終わって貴族が各地に戻っていく時期は、街道の警備に騎士団が駆り出されるから、騎士の滞在所に寄って馬を借りたそうだ。
 交代ってそういうことだったのか。よかった、ラルフ様が馬を背負って走ったりしていなくて。

 ラルフ様に、ラルフ様が疲れた馬を背負って走ったのかと思ったと言ったら、「それは無理だ。体格が違いすぎる」と言われた。だよね。そんなのちょっと考えれば分かるよね。そんな想像するなんて僕の方がどうかしていた。
「馬を背負うことはできないが、馬を台車に乗せて引くことなら俺にもできそうだ」
 それ十分おかしいからね。馬が乗った台車を人が引けるわけないと思うんだけど……

「ラルフ様、何日寝てないんですか?」
「忘れた」
 まさか、僕たちが家を出た日から寝ていないってことないですよね?
 寝ずに休みなく馬を飛ばしてきたのなら、二日くらいでここまで来ることができると思う。それなら「忘れた」なんて答えにはならないはずなんだ。

「まさか僕たちが王都を出た日から寝ていないのですか?」
「……」
 ラルフ様は無言で目を逸らした。嘘でしょ? なんで寝てないの?
「……仮眠はとった」
「ラルフ様、もうすぐ夕食ですから、食べたらすぐに寝てください」
「分かった」
 もしかして眠れなかったの? そんなに寂しかったの?

 
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