僕の過保護な旦那様

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二章

94.庭を取り囲む柵

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 部屋の荷物は意外と多くて、今日も僕とリーブで部屋の片付けというか仕分けをしている。
「ママ、ぼくはきょうもぼうけんする!」
「これ終わったら牛さんのところ連れて行ってあげるから、かくれんぼは無しね」
「りょーかいした!」
 ラルフ様ならすぐにシルを見つけられるかもしれないけど、僕はシルがどこかに隠れてしまったら、見つけられない気がするんだ。
 ここは王都の家より広いし、動物の剥製があったり、綺麗な絵があったり、武器も飾られているから色んな部屋を見るのが楽しいんだろう。

 シルがチェーンメイルをずっと着たままなのは気になるけど、誰も何も言わないからいいや。
 今日はリズも馬の世話が終わったら手伝ってくれるそうだ。
 馬の世話なんだけど、王都の家でも主にリズがやっていたらしい。僕は勝手にバルドがやってると思っていた。
 メイドにさせる仕事じゃないのに申し訳ないと言ったら、馬が好きなので問題ないって返された。そうなのかな? リズがいいならいっか。
 リズが付いてきてくれたのは御者ができるからって理由もあるけど、馬の世話ができるからかもしれない。
 うちのメイドが有能すぎる。

 メアリーはメイドを束ねてくれるし、シルのお世話をしてくれるから関わりが多いけど、リズとミーナはあまり関わりがなかった。これからは彼女たちの仕事も見てみることにしよう。

 グラートをボコボコにしたと聞いていたから、弱くはないと思ってた。でもグラートは女好きだから、女の人には手を出せなくて一方的にボコボコにされたんだと思ってたけど、その認識も間違いかもしれない。

 お昼になると一旦手を止めて、サロンに行ってお茶をいただく。部屋は片付けているから埃っぽくて飲食をする気にはなれないんだ。
「シルはどこにいるんだろうね? クリスのところかな?」
「クリスピーノ様は今日はご友人の家に招かれていると聞いていますので、一緒ではないと思います」
 そうなんだ。リーブはそんなクリスの予定まで把握してるなんて優秀過ぎる。ではシルはどこに? 私兵の訓練場って可能性が一番高い気がする。
 騎士団の訓練を見るのが好きだし、また延々と見てるのかな?

「マティアス様、お待たせしました。私兵のところに寄っていたら遅くなってしまいました。午後からは荷物の仕分けをお手伝いします」
 メイド姿のリズがサロンにやってきた。よく考えたらさ、その格好で戦うとかおかしくない? ふんわり膨らんだスカートは走ったら足に絡まりそうだよ。

「リズ、シルは私兵のところにいた?」
「いいえ、私もずっといたわけではないですが、私が馬の世話を終えて訓練場に向かった時にはいませんでした」
「そうなんだ。どこ行ったんだろう?」
 もしかしてかくれんぼしてるんじゃないよね?
「屋敷の使用人に聞いてみましょう。おやつの時間ですし、シルヴィオ様もお腹が空いていると思います」
「うん。じゃあお願いできる?」

 しかしシルは全然見つからなかった。朝の早い時間には、ここで見たとか、あっちにいたとか、そんな話が出たけど、お昼近くからは一気に目撃情報がなくなった。
 安全なところに隠れてるならいいんだけど、かくれんぼは無しって言ったのに隠れるかな?
 ここは王都の家のように高く分厚い塀はない。正門はあるけど、庭を囲っているのは木の柵だけだし、子どもなら抜け出そうと思えば簡単だ。僕もいつも庭の木の柵の隙間から出て牧場や街や森に行っていた。
 まさか、外に出た? 一気に血の気が引いていくのが分かる。

「シルは外に出たのかもしれない。とにかく庭とか探してみる!」
 僕は庭に向かって駆け出して、花壇の背の高い草やなんかを掻き分けながらシルを探した。
「シル! どこ?」
「シルヴィオ様ー!」
「どこですか? シルヴィオ様ー!」
 リーブとリズだけでなく、フックスの使用人も手の空いている人はシルを探してくれた。

「マティアス様、これ……」
 庭師のおじいちゃんが持ってきたのは、僕がシルにあげたエメラルドのブローチだった。
「どこにあったの?」
「庭を取り囲む柵に引っかかっていました」
「それって、外に出たってことだよね!?」
 庭師が悪いわけじゃないのに、僕は詰め寄ってしまった。土地勘のないシルが外に出たら……
「探しに行く!」
 僕は駆け出したんだけど、その手を掴まれた。振り向くとそれは一番上の兄さんだった。
「マティ、待つんだ。使用人に探してもらうから、マティは屋敷で待て」
「でも……」

 僕のせいだ。シルにちゃんと説明しなかったから。王都の家とは違って塀はないから、木の柵から出たらダメだよって、言わなかったから……
 もう太陽は真上を過ぎて傾き始めている。早く探さなきゃ。

「ダメだ。マティは屋敷で待て」
 兄さんの腕を振り解こうとしたけど、私兵を呼ばれて左右を固められて、サロンに押し込まれた。
「リーブ、リズ、僕は……」
「私共も、シルヴィオ様から目を離しました。申し訳ありません」
「私も、もっとシルヴィオ様に目を向けておくべきでした。申し訳ありません」
「二人のせいじゃない。僕のせいだ」
 リーブもリズも「探しに行く」と言ったんだけど、二人は土地勘がないことと、僕が勝手に抜け出さないよう監視の役目で残された。
 抜け出さないようって、僕をなんだと思ってるのさ。確かに昔はよく抜け出していたけど、もう大人だからそんなことしないよ。
 それでも自分で探しに行きたかった。

「お願い、せめて外で待たせて。勝手に探しに行ったりしないから」
 門のところまでならということで兄さんの許可がおりて、ひたすらシルの無事と帰りを願った。
 一秒一秒が永遠みたいに長くに感じて、生きた心地がしない。

 馬が走る音がしてそっちを向くと、立派な黒馬が門に向かって走ってくるのが見えた。誰かが乗っているのは見えたけど、逆光だから影になって誰かは分からなかった。
 フックス家に用事がある人なんだろう。立派な馬だから、国からの伝令か何かだろうか?
 ジロジロ見ては失礼だと、僕は門の端まで避けて馬とは反対の街の方角を見つめた。シル……どこにいるの?

「マティアス、こんなところで何をしているんだ?」
「え?」
 すごく聞いたことのある声。そして一番聞きたかった人の声。
 僕が振り向くと、そこにはラルフ様がいた。
 その腕には泥だらけのシルがいる。

「ええーー!!」
 なんで? どういう状況?
 ラルフ様がなぜここに? シル、無事でよかった。うん。無事で……
 泥だらけのシルごとラルフ様に抱きついた。だって、心配したし、僕のせいで……
「シル……心配したよ……おかえり」
 それ以上、言葉を紡ぐことはできなかった。
「ただいま!」

「マティアス、すまないが少し待っていてくれ」
 そう言うと、ラルフ様は僕を引き剥がしてシルを抱えたまま馬に乗ってどこかへ走って行ってしまった。
 なんで? どこ行ったの?
 ここに一人取り残された僕はどうすればいいの?
 でも、待っててって言ったから。そう思って暮れゆく空を眺めながら待っていたら、ずぶ濡れのラルフ様とシルが帰ってきた。
 何それ、どういう状況?

「どこに行ってたんですか?」
「川で泥と汗を落としてきた!」
 ラルフ様はキラッと白い歯を見せて、夕方なのにそこだけ太陽が照らしているような眩しい笑顔でそう言った。

 人の家に泥だらけで入るのはいけないと思ったのかもしれない。そんなこと気にしなくていいのに。
「リズ、ラルフ様の馬をお願い。リーブ、ラルフ様の着替えと部屋の手配をお願い。ラルフ様とシルは僕についてきて」
 シルを抱えたままのラルフ様の腕を引いて屋敷の中に入ると、すぐに部屋の風呂に連れて行った。

「川の水はまだ冷たいのに無茶しないでください。風邪を引いてしまいます」
「汗臭くてマティアスに嫌われたくない」
 もしかしなくてもラルフ様、無茶な日程で馬を飛ばしてきましたね?
 話は後で聞く。今は二人の体を温めて、その間に僕も心を落ち着けよう。

 
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