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二章
90.雪深い森
しおりを挟む「マティアス、楽しいな」
ラルフ様は本当に楽しそうな笑みを浮かべながら言った。
「は、はい……」
僕は息切れが酷くてちゃんと話すことができないっていうのに、なんでみんなそんなに平気なの?
今日はルーベンとタルクと訓練の日で、僕を信用していないわけじゃないけどラルフ様も一緒だ。
そしてここは雪深い森。
先導するのはルーベンで、次に続くタルクはとうとうチェーンメイルを買ったらしい。チェーンメイルを着て、その上に寒いから毛皮を羽織っている。訓練の時になったら毛皮は脱ぐそうだ。そしてソードベルトを腰に装着して木剣を差している。
その後ろに僕、最後尾にラルフ様だ。
ラルフ様は例によって信じられないくらい大きい荷物を背負っている。また水が入った樽とか入っているんだろう。
王都の門を出ると、ラルフ様はいつの間に持ってきたのか僕にチェーンメイルを着せた。そして雪深い森の中を歩かされているところだ。
ルーベンは身軽にどんどん進んでいくし、タルクはちゃんとそのスピードについていっている。しかし僕は重いチェーンメイルを着ているし、とてもそんなペースで歩けない。
ジャラジャラとチェーンメイルの音が鳴る。冬の外気に晒されて表面は氷のように冷たい。
「マティアス、大丈夫か?」
「休ませて、ください……」
ようやくラルフ様が僕の疲れに気付いてくれた。どんどん遠くなるルーベンたちに「先に行ってくれ」と叫ぶと、ラルフ様は道のサイドの雪を押し固めて椅子のような形にし、その上に毛皮を敷いて僕を座らせてくれた。
雪でできた椅子だけど、毛皮のおかげで冷たくないし硬さは感じなかった。
「ラルフ様、荷物になってしまうと思いますがチェーンメイルを脱いでもいいですか?」
「ダメだ。前に野盗が出た」
そうだけど、僕はこのままでは訓練をする場所にすら辿り着けないと思うんだ……
たとえ辿り着いたとしても、今日は訓練などできないと思うけど。それとも帰りのことを考えると、もうここで引き返すというのも手かもしれない。これ以上森の奥に向かって、帰れないほどに疲弊したらどうしたらいいのか分からない。
ラルフ様のことだから、ここで一泊するなんて言い出すかもしれないけど、こんな寒いところで寝たら凍えて死んでしまう気がする。本当にラルフ様はアマデオと遭難してよく生きて帰ってきたと思う。
「ラルフ様ってすごいんですね」
「なんの話だ?」
「雪山で遭難したのに帰ってきてくれて嬉しかったという話です」
「マティアスを残して死ぬことは無い」
そっか。そうだよね。僕のために生きて帰ってきてくれたの? そんなこと聞いてしまうと、嬉しくてたまらない。
「ラルフ様、キスしてください」
「分かった」
ラルフ様が巨大な荷物を雪の上に置くと、ふわふわな新雪でもないのに雪がズンッと沈んだ。その荷物どれだけ重いんですか……
右手を僕の横に置き、左手で僕の頬に触れると唇が重なった。頬に触れるラルフ様の手は温かい。僕の頬が冷たいせいかもしれない。そして唇は少し冷たかった。白い吐息は熱くて、その熱にクラクラする。舌を絡められると寒さで固まっていた口周りの筋肉がゆっくり溶けていくみたいに解れていった。
訓練、どうでもよくなっちゃったな。
「マティアス、ここでは十分に体を休めることができない。もう少し進むぞ」
「分かりました」
ラルフ様はいつも僕に甘いけど、訓練となると少し厳しくなる気がする。それとも僕がひ弱すぎて分かってもらえていないだけなんだろうか?
休んだから少し回復して、僕はラルフ様に手を引かれて先へと進んだ。
しかし僕の体力ではすぐに限界がくる。きっちり踏み固められていない雪深い場所は、普段歩く時より足を高く上げながら一歩ずつ進む必要がある。それも疲労の原因の一つで、足がどんどん上がらなくなって、とうとうベシャッと転んでしまったんだ。
「マティアス、もしかして……とても疲れているのか?」
「そう、ですね」
もしかして気付いていなかったの? ラルフ様はとても驚いた顔をして僕を見つめていた。
そんなに驚くほど僕は弱いのか……
「すまない。もう帰ろう。ゆっくり湯に浸かって休んだ方がいい」
ラルフ様は巨大な荷物を背負ったまま僕のことを横抱きにして、雪深いということを忘れてしまうような速さで走って家まで帰った。
「ルーベンとタルクに何も言わずに戻って大丈夫ですか?」
「問題ない。二人は二人で訓練に励んでいるはずだ」
僕が両手を上げるとラルフ様はチェーンメイルを脱がしてくれて、やっと肩にずっしりとかかる重さがなくなった。
冷えた体に少し熱めのお湯がジンジンする。
今でも一緒にお風呂に入るのは少し恥ずかしい。僕はラルフ様みたいに鍛え上げられた体じゃないし……
「マティアスに雪の中の訓練は早かったか」
「僕は家の中や庭でできる程度の運動で十分です」
自分で言っていて情けなくもなるけど、見栄なんかはっても仕方ない。
一緒にバスタブに浸かっていると、ラルフ様は少しだけ出た僕の肩に手で掬ったお湯をずっとかけ続けた。
「ちゃんと続けるところが偉い」
「ラルフ様ほどではないです」
「少しずつやっていこう」
「ラルフ様、髪がまだビショビショですよ」
やっぱりラルフ様は自分のことになると途端に雑になる。いいんだ、そんなところは僕が補えばいい。
「マティアス、手を出せ」
ラルフ様の髪を拭き終わると、今度はラルフ様が僕の少し荒れてしまった手に軟膏を塗ってくれる。
僕は毎日のこんな二人だけの時間が好きだ。
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