僕の過保護な旦那様

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二章

78.魚料理と海賊

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「おさかなおいしい!」
「そっか、よかったね。このお魚は王都では食べられないから、今のうちにたくさん食べようね」
 王都から海まではかなり遠い、だから海の魚は塩漬けや干したものしか手に入らない。野菜とワインで蒸し焼きにしたものや、生の魚を食べることはできない。

 ラルフ様も黙々と食べているから、きっとお気に召したんだろう。
 たまに魚の骨をとったり海老の殻を剥いたり切り分けて、僕やシルのお皿に乗せてくれる。
 いつもはリーブやチェルソがやってくれていることをラルフ様がやってくれているんだけど、ラルフ様も結構上手い。
 いつの間にそんな技を習得したんだろう?

「ラルフ様、ありがとうございます」
「ラル、ありがとう。うみすき」
「そうか」

「む……」
 ラルフ様が急にフォークとナイフの動きを止めた。
「ラルフ様、どうかしましたか?」
「海賊がいるらしい」
「はい?」
 海賊? 野盗みたいなものだろうか? なぜ分かったんですか? 一般人に紛れ込んでいて、それをラルフ様が見つけたんだろうか?
 急にラルフ様が席を立ったから、僕は止める間もなかった。ラルフ様を引き留めたいけど、海賊がいるかもしれないのにシルを一人で置いておくことはできない。シルを膝の上に乗せて腕に力を込め、ラルフ様の後ろ姿を眺めた。

 するとラルフ様は騎士のような揃いの服装をした数名が囲んでいるテーブルに向かい、なぜか一緒に酒盛りを始めた。その人たちが海賊なんですか? ラルフ様に限って万が一なんてことはないと分かっていても不安は拭えない。
 緊張しながら見守っていると、しばらくしてラルフ様は戻ってきた。

「あの人たちが海賊ですか?」
「いや、あいつらはこの領地の私兵だ。海賊の話をしていたから、どこに出るのか聞いてきた。マティアスやシルに危険があってはいけないからな。情報を得るために酒を奢ってグラスを合わせただけだ」
 そっか。びっくりした。こんなお店の中で戦闘が始まったらどうしようかと思った……
 それならそうと言ってから席を立ってほしい。僕はラルフ様が席を立ってからずっと、生きた心地がしなくて背中を何度も汗が伝ったんだ。おかげで着替えたのに背中がビショビショだ。

「海賊というのは海にいるんですよね? 明日海に行くのは危険ですか?」
「大丈夫だ。海賊も野盗と同じで金や金になりそうな物を乗せている船を襲う。奴らは街の南西にある港に出るそうだ。砂浜には金や金になりそうな物を乗せた船などいないから問題ない。それに敵が来ても俺が守ってやるから大丈夫だ」
 海賊って船を襲うのか。それなら確かに砂浜には現れないだろう。でもちょっとだけ不安だ。

 少しの不安を抱えたまま、僕たちは宿に戻って休むことにした。
「マティアス、心配ない。俺がマティアスの敵となるものは全て排除してやる」
 なんで不安だって分かったんだろう?
「ラルフ様、手を繋いでいてください」
「分かった」
 ラルフ様はわざわざ起きて僕の横まできて、ベッドの端に座って手を握ってくれた。
 やっぱり僕はちゃんと鍛えよう。例えばラルフ様が戦わなければならなくなった時、僕が一緒にいたら足手纏いになる。せめてシルを連れて逃げられるくらいの体力はほしい。
 旅から戻ったらスクワットだけじゃなく、タルクとルーベンの訓練に混ぜてもらおう。

 翌朝になって目が覚めると、ベッドの上にラルフ様の姿はなかった。トイレだろうか?
 シルを起こして、宿の裏にある井戸まで行って顔を洗った。そして部屋に戻ってもまだラルフ様はいなかった。
 おかしいな。どこ行ったんだろう? お腹でも壊したのかな?
 着替えて待っていると、ラルフ様が戻ってきた。

「……なぜチェーンメイルを着て帯剣しているんですか?」
 戻ってきたラルフ様は明らかにトイレに行くような格好ではなかった。
「ちょっとな」
 なんで目を逸らすんですか? 何をしていたんですか?

「まさかとは思いますが、夜中に海賊と戦っていたわけじゃないですよね?」
「なぜ分かった?」
 なぜ分かったじゃない! ラルフ様は間違ったことをしたわけじゃない。でも沸々と湧きあがる怒りが止まらない。だって……
「僕たちを夜中に置き去りにしたんですか?」
「すまない。安全には配慮したつもりだった。海賊掃討の際にはマティアスとシルに危害が及ばないよう、私兵を宿の周りに置いた」
 はい? ラルフ様に私兵を動かす権限なんてありませんよね? どういうことですか?

「どうやって?」
「領主の屋敷に乗り込んで借りた」
 乗り込んだ? 夜中に? もう僕はどこからツッコんだらいいのか分からないよ。

「それで、結果は?」
「私兵と共に海賊は全員捕縛して、領主の屋敷に引き渡して今帰ってきた」
 白い砂浜を照らす太陽のように眩しい笑顔ですね。
「お疲れ様でした。おかえりなさい」
「ラル、おかえり」

 言いたいことはいっぱいあったけど、僕たちのためだって分かってる。その笑顔も、もう敵はいないから心配ないぞって自信に満ちた笑顔なんだと思うと怒れなくなった。シルの前でもあるし……
 でもこれだけは言いたい。
「ラルフ様、心配なのでもう勝手に戦いに行ったりしないで下さい」
「分かった」
 またラルフ様の「分かった」が出た。本当に頼みますよ。
 ラルフ様はシルを抱き上げて、そして僕のことも抱きしめてくれた。

「今日は一日中、海で遊ぶぞ」
「やったー!」
 シルは大喜びだ。僕はちょっと心を落ち着けるために休んでいたいけど……

 昨日シルと約束したんだから、そうも言ってられない。
 準備をして宿を出ると、昨日見た私兵の制服を着た人たちが大勢並んでいた。
 そしてラルフ様を見つけるとその中の一人が前に出てきた。
「シュテルター様、主人がお礼を言いたいと申しております。どうか屋敷まで来ていただけないでしょうか」
 そうなるよね……海はお預けになってしまうんだろうか? それとも屋敷に行くのはラルフ様だけで僕とシルは海で遊んでいていいんだろうか?
 シルとの約束を破りたくないから、後者だといいな。

「断る。俺は今日は一日中、海で遊ぶ約束をしている。先約を優先させてもらう」
 え? 断って大丈夫? ここってなんて貴族の領地だっけ? 主人って領主だよね?
 私兵の代表みたいな人も困ってる。断る理由が海で遊ぶなんて言われて、本気で言っているのか判断しかねているんだろう。僕をチラッと見たけど、僕はラルフ様の意思に従うだけです。

「しかし、貴方様にお礼をしなければ……」
「礼など要らん。礼を言いたいのであればそちらが来るべきだろう?」
 ラルフ様の言い分はもっともだ。
 貴族なのだから、自分より立場の低い者は呼びつけて当然と思っているのかもしれない。
 私兵の代表の人は何も返せず黙ってしまった。

「ラル、おはなしおわった?」
「終わったぞ。早く海に行こう」
「うん!」
 僕たちは私兵の皆さんを置き去りにして海に向かって歩き出した。

 
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