僕の過保護な旦那様

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二章

77.海の街

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 乗合馬車で進むこと五日、オンダの街に着いた。なんだか不思議な香りがする街だ。
「ここが目的地だ」
「ここには何があるんですか?」
 馬車を降りて歩いていくと、魚介を売るお店が多いように思えた。ずっと感じていた不思議な香りは魚の香りかもしれない。

「美味しい魚介の料理を食べて、海を見るんだ」
「うみ?」
 海! フックス領は海に面した場所ではないし、僕も海を見るのは初めてだ。
「水がたくさんあるところだ。その水は塩の味がする」
「しおのみず! すごい!」
「俺も実際に見るのは初めてだ」
 そうなんだ。初めて見る海。ラルフ様と一緒に初めてを経験できるなんて嬉しい。

 街の人に聞いて、海へ続く道を教えてもらうと、ラルフ様は大きな荷物を背負ったまま海へ向かって歩いていった。
 重くないんですか?

「すごい……」
 背の高い草が左右に生えている道を抜けた先には、白い砂浜と真っ青な海が広がっていた。
 人はまばらで、子どもたちが海に入って泳いでいたり、砂浜に寝そべっている人もいる。

 どこまでも続く海は先が見えない。
 こんなに大量の水があることにまず驚いて、その海の広さに驚いた。湖はフックス領にもあったから見たことがあるけど、湖とは全く違う。とにかく大きかった。
 そして湖とは違って、陸地の地面は白い砂でできている。波が何度も引いては返し、それが永遠に続くのかと思うほどだった。

「うみすごい!」
 シルが走り出そうとしたから、慌てて手を掴んで僕も一緒に走っていった。
 砂の地面は土と違って固まっていない。ふかふかと足がめり込んでいく。濡れた砂はちゃんと固まっていて、しっかりと踏み込むことができた。

「すな、いっぱい」
「うん。砂いっぱいだね。砂遊びできるね」
「やりたい!」
「うん、やろう」
 シルと一緒に両手で砂を掬い上げて山を作っていく。サラサラと崩れてしまうから山にはできるけどなかなか難しい。
 水を含んだ砂なら固まるかもしれない。だけど波がきて濡れるかもしれない。

「ママ、これきれい」
 シルが内側が虹色に輝く親指の爪くらいの大きさの貝殻を拾って眺めていた。
「ん? これは貝殻だね」
「かいがら」
「貝って生き物のお家だよ。それはもうお家から生き物が出ていった後だね」
 貝殻の説明ってそれで合ってるんだろうか? 僕も詳しくは知らない。
 ラルフ様なら知ってるかなと思って後ろを振り向いてみたら、ラルフ様が一生懸命タープを張っていた。
 タープはもう張り終わりそうだけど、手伝わなかったのはちょっと申し訳ない。いつも使用人の誰かやラルフ様の部下の誰かが一緒だから、僕たち三人だけだってことを忘れていた。片付ける時は僕も手伝おう。

 それにしても日差しが強いな。なんだか髪や肌がベタベタしてきた。汗をかいたからだろうか?
 そして、この街で馬車を降りた頃から気になっていた香りは、海から吹いてくる風の香りだってことに気づいた。ラルフ様がタープを張り終えて、その下に布を敷いていた。
 そのためにあの荷物を宿には置かず、背負ってきたのかもしれない。

「ママー」
「ん?」
 シルに呼ばれて振り向くと、シルが全身びしょ濡れになっていた。一体なぜ? 少し目を離した隙に何があった?

「シル、どうしたの? 水のところで転んだ?」
「ぬれたすな、とろうとしたの。そしたらみずがきた」
 高い波がきたんだろうか? シルから目を離してはいけない。ここにはシルを一緒に見てくれる使用人も騎士のみんなもいないんだ。

「着替えようか?」
「うみにはいりたい」
 それは僕だけでは不安だ。ラルフ様にも来てもらわないと。
「ラルフ様を呼ぶからちょっと待ってね、ラルフ様がきたら入ろう」
「うん」

 タープを張り終えて、布を敷いて休憩するところを整えたラルフ様が僕たちのところにやってきた。
「シルが海に入りたいと言っているんですが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。何があってもマティアスとシルは俺が守る」
 ラルフ様、格好いいです。そうだよね、ラルフ様がいれば危険なんてないよね。

 ってことでシルと一緒に靴を脱いで、ズボンも捲り上げて浅いところに入った。
 波が引いていく時はたまに結構水流が強くて、シルは何度も転んで頭まで全部びしょ濡れだ。
 僕も腰の辺りまで濡れてるんだけど……

 浅いところでも、たまに小さな魚が泳いでいるのが見えた。
「おさかな!」
 シルは頑張って魚を手掴みしようとしていたけど、そう簡単には捕まってくれなかった。
 途中で一度海から上がって、ラルフ様が張ってくれたタープの下でお昼寝をする。

「ラルフ様、さっき格好よかったです」
「マティアス……」
 僕は一瞬でラルフ様の下だったんだけど、外だし、シルが隣で寝ているからか裸ではなかった。
 いいか? とラルフ様の熱っぽい目が訴えてくるけど、ここではダメでしょ。
「隣にシルがいます」
「キスだけ」
「ん……」
 僕の返答を待たずに、ラルフ様の唇が重なった。
 ラルフ様の唇がチュッチュッと音を立てて僕の唇を啄ばんで、その音でシルの目が覚めてしまったらどうしようとドキドキしていた。
 こんなこと、子どもが寝ている隣で……

 宿に泊まる時はダブルベッドのある部屋で、シルを挟んで三人で寝ている。触れるだけのキスはしていたけど、ラルフ様を感じられるキスをするのも久しぶりだった。
 キスしてるだけなのに、ゆっくりと欲望が起き上がっていく。ラルフ様の舌が僕の舌に絡んで、ぬるぬると熱を伝えてくると、グズグズとお腹が疼いた。
 どうしよう。ラルフ様と愛し合いたくなってしまった。
 そんなタイミングでシルが寝返りをうって、ハッと我に返った僕は慌ててラルフ様の胸を押し返した。
「もう、これ以上はダメです」
 危ない。欲望に任せて先に進んでしまうところだった……

「そうだな。我慢する」
「僕も我慢します」
「抱きしめるのはいいか?」
「いいですよ」
 ギュッと少し強めに抱きしめてくれたけど、ちょっとだけ欲望を我慢するのが辛かった。
 三人で来るのもいいけど、あと一人か二人一緒にいた方が動きやすそうだ。
 ラルフ様と愛し合いたいのもあるけど、ラルフ様が作業している時に、知らない土地でシルを一人で見ているのは大変だと思った。
 それに、みんなで来た方が楽しいんじゃないかと思ったんだ。

「マティアス、動くな」
 え、何?
 ラルフ様が僕の袖口のナイフをそっと掴むと、シュッシュッとナイフを振った。
 ……もしかして虫がいましたか?
 外ですから、虫もいるでしょうね。すぐ後ろには草むらもありますし。このままではラルフ様は延々とナイフを振り回すことになる。

「ラルフ様、街に戻ってお魚を食べましょう」
「そうだな」
 僕は慌ててタープを片付けてシルを起こすと、急いで街へ戻ることになった。
 シルはまだ海で遊びたいみたいだったけど、明日は一日中ずっと海で遊ぶと約束すると、ようやく納得してくれた。

 
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