僕の過保護な旦那様

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二章

76.乗合馬車の旅

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 乗合馬車は各方面に出ているらしい。ラルフ様が向かったのは、王都から南の方角に位置する街、キンケルに行く馬車で、途中で何ヶ所か村や街に寄るらしい。
 今日はキンケルまで行くけど、そこは目的地ではない。明日もまた乗合馬車に乗って更に南を目指す。

「おや、可愛らしい坊や、お仕事について行くのかい?」
 柔らかい笑みを浮かべたおじさんがシルに話しかけてきた。その日たまたま乗り合わせた人とこうして話をできるのは、楽しいかもしれない。
「たびなの。おみやげかうの!」
「そうかい、それは楽しみだねえ」
 おじさんは不思議そうな顔をしてラルフ様の荷物をチラッと見た。
 あの大きな荷物を見て、僕たちが旅商人の一家だと思ったのかもしれない。旅商人だとしてもあの大きさの荷物を背負える人はなかなかいないと思う。それに旅商人はチェーンメイル着ていないと思う……

「マティアス、シル、ほらクッションだ」
「ありがとうございます」
 ラルフ様は荷物の中からクッションを二つ出した。クッションなんて持ってきたんですね。だからそんなに大きな荷物になったのか。
 ガタガタと揺れる馬車に長時間乗ると、お尻が痛くなったりする。それを知っていて準備してくれたのかと思ったら嬉しくなった。

「ラルのは?」
「俺は鍛えているから必要ない」
 そうなの? 鍛えていると長時間馬車に乗ってもお尻が痛くならないの? そんな効果があるなんて知らなかった。

 シルに話しかけてきたおじさんは旅商人で、豆や野菜の乾物と、シルの掌に乗るくらいの小さな木彫りの民芸品を扱っている人だった。
 旅商人と話すのは初めてかもしれない。
 シルは色々な木彫りの人形を見せてもらっているけど、まさかこの人、馬車の中でも商売しようとしてるの? しかも子ども相手に……
 子どもが欲しがれば親はお金を出すと思っているの? なかなか商人としての根性が据わっている人だと思った。

 しかし、残念ながらシルにはどの人形も響かなかったようで、鞄からお気に入りのツルツルの丸い石を出して自慢していた。
 シルはおじさんがお気に入りのものを自慢してきたと思ったのかもしれない。
 さすがうちの子!

「その人形、一つもらおう。その緑のやつだ。いくらだ?」
「え?」
 おじさんがシルに見せていた木彫りの人形に興味を示したのは、まさかのラルフ様だった。
 民芸品というものは、時に一般人が理解できないような謎多き姿をしているものがある。ラルフ様が「緑のやつ」と言ったものは正にそれで、二頭身の男性だろうか? 顔を含め全身が緑で、真っ赤な唇から舌をチロっと出していて、目がギョロリとしてちょっと気持ち悪いし怖い。胴体部分には棘も生えている。とても可愛いとは言えないような代物だ。
 他にも何種類かあって、顔はちゃんと人間の肌の色をしていて、可愛らしい顔の人形もあったし、服の部分がとても繊細な模様になっているものもあったのに、なぜその緑のを選んだんですか?

「こちらは銅貨五枚です」
「安いな」
 安いの? 屋台の串焼きが一本銅貨一枚だから、串焼き五本の値段と同じだけど、ちょっと気持ち悪い人形にその価値があるのか僕には分からない。
「ええ、これは長く売れ残っておりましてね、他の人形より安く値段をつけております」
 売れ残ると思うよ……
 ラルフ様のセンスが分からない。

「おじさんまたね」
「ええ、いつかまたお会いできるといいですね」
 旅商人のおじさんは、村を二つ越えた先にあるコンソリという街で降りていった。

「エドワードの土産に最適だろう」
 馬車が再び走り出すと、ラルフ様が言った。なるほど、そういうことか。寝室に置かれたら夢に出てきそうな気持ち悪い人形を、王族に献上するという発想に至るラルフ様はすごい。
 僕だったら、あんな人形を貰ったら僕のことが嫌いなのかと落ち込むけど、エドワード王子ならラルフ様がくれたものだと言って堂々と部屋に飾るんだろうか?

 馬車は村や街で人が乗り降りするんだけど、それ以外にも街道の途中で休憩のために停車することがある。ずっと座りっぱなしは御者さんもお客さんも辛いからね。お昼に停車したので、僕はサンドイッチを出してラルフ様とシルに渡した。
 今日のサンドイッチはジャガイモのサラダが挟まっている。

 商人はさっきのおじさんだけではなかったようで、軽食やおやつを売っている人がいる。
 手入れされた庭ではなく、自然の中で木陰に座ってサンドイッチを食べるのも悪くない。
 しばらくするとまた馬車にガタゴトと揺られながら進んでいく。昼を過ぎると気温がどんどん上がって暑くなってきた。そんな中でもシルはお腹がいっぱいになったからか、うとうとし始めた。お昼寝の時間だ。

「ラルフ様、暑くなってきましたね」
「そうだな。水を飲むか?」
 ラルフ様は荷物から樽を出した。水筒ではなく樽だ。もしかして騎士団が遠征に向かう時には樽で水を運ぶんだろうか? 大人数だとそれも理解できる。でも僕たちは三人だよ。
 クッションもそうだけど、体積の大きなものを持ってくるからそんなに荷物が大きくなるんだ。気遣いは嬉しいけど、やっぱりラルフ様は加減を知らなくて、もし次に旅行に行く機会があれば、一緒に準備をしようと思った。

 乗合馬車は順調に進んで、キンケルには夕方に到着した。野営するのではないかと少し不安に思っていたけど、ラルフ様は宿を取ってくれた。野営にならなくてよかった……

「荷物を宿に置いて食事に行こう。キンケルには燻製を出す店がたくさんあると聞いた」
「くんせー?」
「そうだ。この街の美味しいものを食べようということだ」
 ラルフ様はそんなお店の情報まで調べてくれたんだろうか?
 シルをラルフ様が抱っこして、僕とは手を繋いで街を歩く。夕食の時間だから、時々美味しそうな香りが漂ってくる。王都には各地から色々なものが集まるけど、こうして違う街に行ってその街の名物を食べるのも旅の醍醐味なんだろう。

「これおいしいね」
 シルが嬉しそうに切り分けてあげた燻製のハムを食べている。
 ラルフ様は夕食の時には珍しくワインやエールを飲まず、水を飲んでいる。なんでだろう?
「このハムはエールに合うと思うんですが、ラルフ様はエールを飲まないんですか?」
「俺はマティアスとシルを守らなければならない。いざという時に酒に酔って寝こけているわけにはいかないからな」
 そんな理由? ラルフ様にも旅を楽しんでもらいたいのに。この街のことは詳しくは知らないけど、通りを歩いている人たちを見る限り、危険はないように感じましたよ。それにラルフ様がエール一杯くらいで酔って寝こけるなんてことはないと思います。

「マティアス、旅というのは楽しいな」
「はい。訪れた街の名物を食べたり、思わぬ出会いがあったり楽しいですね」
「ぼくもたのしい!」
 ラルフ様は僕たちを守りながらも、ちゃんと楽しんでいたみたいだ。

 
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