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二章
74.練習以前の問題
しおりを挟む今日は僕がお休みだから、シルとロッドを連れて赤い屋根の教会に来ている。
ラルフ様とアマデオが行方不明になった時、何度か神様に二人の無事を祈りに来ていた。だから今日はシルと一緒にクッキーを焼いて子どもたちにお土産に持ってきたんだ。それと、花屋で余っていた花の苗も持ってきた。
「神父さん、お久しぶりです」
「ようこそ」
今日も神父のおじいちゃんは柔らかい笑みを浮かべて迎えてくれた。
貴族特有の貼り付けた笑みではなく、本当に優しい笑顔で心が和む。僕もこんなおじいちゃんになりたい。
「シル、これはみんなに分けてあげてね」
「うん、りょーかいした!」
クッキーが入った箱を持って、シルは元気よく子どもたちのところへ走って行った。
「この苗はお店で廃棄になるところを貰ってきたんです。庭に植えさせてもらってもいいですか?」
「ええ、子どもたちが喜びますね。いつもありがとうございます」
ロッドと一緒に庭の端まで行き、土を掘り起こしていく。バルドから小さなスコップを借りてきたから、ロッドと二人で土に少しの堆肥を混ぜ込みながら土を柔らかくして、苗を植えていく。
「ロッド、変なこと聞いてもいい?」
「なんですか?」
「その、バルドを喜ばせる時って……」
「喜ばせる方法か。この前、耳元で『準備してきたから上で乱れさせて』って言ったら喜んでましたね。あとは『好き』って言うと喜ぶ気がします」
さすがロッドだ。僕にはできない技を持っている。ロッドに「好き」って言われて喜んでいるバルドを想像すると、なんだか二人が可愛く思えた。
「上で乱れるやり方を知りたいんだけど」
僕は思い切って聞いてみた。ロッドの顔は見れない。こんなこと夫の部下に聞くなんてどうかしてる。恥ずかしいし、いけないことをしてるみたいだ。でも他に聞ける人がいない。
本当なら男娼などを呼んでレクチャーしてもらいたいんだけど、男娼なんか呼んだらラルフ様に疑われるに決まってる。疚しいことは何もなくても、そんなことはしない方がいい。
「足腰使いますけど大丈夫ですか?」
「そうなの? それは自信ない」
「枕かクッションに跨るように座って上下に腰を動かしてみて、しんどいようなら鍛えた方がいいかもしれませんね。スクワットとかお勧めです」
「試してみる。ありがとう」
「そんなことしなくても隊長なら、どんなマティアスさんでも喜ぶと思いますけどね」
そうかもしれないけど、僕がしてあげることに意味があるんだ。
しかし僕は途方に暮れた。
クッションに跨って上下に動いてみたんだ。
そしたらバランスは取れないし、体勢がキツくて無理だった。バランスが取れないのはラルフ様に掴まっていればいいんだろうけど、ちょっと腰を浮かせて上下に動くってのが辛い。
これは練習以前の問題だった。
鍛えなければ。ロッドはスクワットがいいって言ってた。スクワットって屈伸運動だよね?
ラルフ様が帰ってきたら聞こうと思ったんだけど、鍛える理由を聞かれそうだと思ったからやめた。
明日仕事に行く時に部下の誰かに聞いてみよう。
そして翌日ハリオにスクワットのやり方を教えてもらった。
「ラルフ様には内緒ね」
「分かりました」
「あまり無理はしないように気をつけて下さいね」
「うん。ありがとう」
早く鍛えたいと思って、部屋で限界までスクワットをやった日、翌日を待たずに筋肉痛に襲われることになった。夜が深まるにつれて足がどんどん重くなっていく。しばらくの間、しゃがむだけで痛くて、階段を上がるのも辛かった。
櫓の上に花の寄せ植えを置いたことを初めて後悔した瞬間だ。冬の間は櫓の上に花の寄せ植えを置いていなかったから、櫓にも登っていなかった。寒い日は部屋の中にいることが多かったし、これじゃあ筋力落ちるよね……
ラルフ様にバレないよう、痛みに耐えること数日。その間はスクワットもお休みした……前途多難だ。
今のところラルフ様にはバレていない。しかし店では油断してぎこちない動きをしていたようで、タルクにバレてしまった。
「マティアスさん、もしかして筋肉痛ですか?」
「え? なんで分かったの?」
「僕も経験がありますので」
「ああ、なるほど……」
ルーベンに弟子入りして鍛錬をずっと続けているタルク。そんなタルクでもいまだに筋肉痛になることがあるんだとか。そうなの? 運動不足の人だけがなるんだと思ってた。
僕はまだまだのようだ。
それでも筋肉痛が引いていくと、一日に二十回とかそれくらいから始めることにした。二十回と言っても一気にやるわけじゃない。十回を二回するんだ。それで十日くらいしたら、数を増やした。
僕は戦いたいわけじゃない。騎士になるわけでもないから、何ヶ月かかけて自分のペースでやっていこうと思う。
「マティアスさん、訓練は順調ですか?」
たまにタルクに聞かれるようになった。タルクも鍛えていて経験があるから、気にかけてくれるんだと思う。タルクは本当に優しいな。
「順調かは分からないけど、痛くて耐えられないような筋肉痛に苦しむことは無くなったよ。焦らず続けていこうと思う」
「そうですね。あまり無理するのもよくないですし、それがいいと思います」
タルクに今はどんな訓練をしているのか聞いてみたら、剣術と組手を中心にやっているそうだ。基礎体力をつける段階はもう過ぎていた。そう言われて見てみると、濡れないよう肘の辺りまで捲られた袖から覗く腕は、随分太くなったように感じる。足とかは分からないけど、胸板も厚みを増して、シャツを押し上げるほどではないけど確実に筋肉がついていることは分かった。
爽やかな青年から、ちょっと精悍な感じが加わって、更に魅力的になった気がする。近所の奥様方から人気だったけど、これは社交界でも人気になるんじゃないかな?
どこかの貴族に婿入りするのなら、花屋を辞めることになると思うんだけど、もしその時が来たら大きな花束と一緒に送り出してあげよう。寂しいけど、タルクが幸せになるなら応援したい。
そんな風にちょっとだけしんみりした気持ちでいると、雨季は終わりを告げた。
これから暑くなる。ラルフ様の戦いの夏がやってくる。
虫除けのハーブを育てなきゃ。
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