僕の過保護な旦那様

cyan

文字の大きさ
上 下
73 / 258
二章

72.グラートの呪い

しおりを挟む
 
 
「マティアスは仕事をしながらシルの面倒も見て偉いな」
 ラルフ様にそんなことを急に言われてびっくりした。
「仕事は週に三日ほどですし、シルはメアリーの方が多く見てくれていますよ」
「それでも偉い」
「ラルフ様……」
 大きくて温かい手でそっと髪を撫でてくれた。
 なんか改まってそんな風に言われるとちょっと照れる。でも嬉しい。

「マティアス、その服似合っているな」
「そうですか? 暖かくなってきたので薄い生地のブラウスを出してみたんです」
「よく似合っている。袖のヒラヒラがマティアスの可愛さを引き立てている」
「ありがとうございます」
 このブラウスは先日タルクに人気店があると教えてもらって、ニコラと一緒に行った時に買ったんだ。買った時はまだちょっと寒くて着れなかったからクローゼットにしまっていた。今日は天気がよくて暖かいから着てみたんだけど、褒めてもらえるなんて思わなかった。
 ラルフ様はよく僕を褒めてくれるようになった気がする。それと、最近ラルフ様は僕の髪を撫でるのが好きらしい。


 仕事が終わって店を出ると、ラルフ様が待っていた。今日のお迎えはラルフ様だ。
 いつもはすぐに手を差し出してくれるのに、今日は手を繋がなかった。暑いから? もしかして急いで来たから汗かいてるのを気にしてるとか?

「今日は手、繋がないのですか?」
「マティアス、俺を見てくれ」
「はい?」
 何? 僕は立ち止まって、言われた通りラルフ様を見たんだけど、それだけだった。しばらく見つめ合ってみたんだけど何もなかった。こんな道の真ん中で立ち止まって何がしたいのかも分からない。僕の質問にも答えてくれないし、なんなんだろう?
「帰りましょう」
 僕は邪魔になると思って数歩進んだんだけど、ラルフ様が付いてこない。
「もう一度だ」
「もう、なんなんですか?」
 仕方なく僕は振り向いてラルフ様を見たら、なぜか嬉しそうに僕の手を握って歩き出した。
 何がしたいのか分からなかったんだけど、そのまま遠回りして露店を眺めたり、人が並んでいた人気の屋台でワッフルを買って食べた。帰りに寄り道するのは楽しい。
 それ以降は立ち止まったり「俺を見ろ」みたいなことは言わなかったから、ますます意味が分からなかった。

 それからもたまにラルフ様は「俺を見ろ」と言うようになった。
「ラルフ様、どうしたんですか? 僕はいつでもラルフ様のこと見てますよ。余所見なんてしていませんよ」
「そうか」
 前に僕が不貞を働いたと勘違いした時の不安が残ってるんだろうか?
 でもあれはちゃんと説明して解決したはずだよね?
 僕はラルフ様に「俺を見ろ」と言われる度に首を傾げている。


「マティアスの髪は綺麗だな」
「え? いきなりどうしたんですか?」
 そんなことラルフ様に初めて言われた。クルクルってほどじゃないけど、ちょっと癖があってうねってる僕の髪。パサパサでボサボサってことはないけど、僕にとってはコンプレックスだったんだ。だから綺麗なんて言われてビックリしたけど嬉しかった。
「嬉しいか?」
「はい。嬉しいです」
「そうか」

 それなのに、ラルフ様はいきなり僕の髪を掴んでグイッと引っ張った。
「痛っ! 何するんですか……」
「ごめん。少し掴んでキスしようとして失敗した」
「…………」
 ん? 髪にキス? それって……この前シルが言っていた、グラートに教えてもらったとかいう口説きのテクニック?
 なんだ。髪が綺麗ってのも、思ってもないのに言ってみただけ?

 思い返すと最近の謎な行動、よく褒めたり、頭を撫でたり、「俺を見ろ」ってまさか……
 三回目が合ったら手を繋ぐとかいうやつ? まさか目が三回合わないと手を繋げないと思ってる?
 今までのが全部、口説きのテクニックってやつをするために言ったり行動したりしていたのだと思うと腹が立った。
 褒められたことを素直に喜んでいた僕がバカみたいだ。
 そもそも僕とラルフ様はもう結婚しているんだから口説く必要もない。なんでそんなことをしてるの?

 心にもないことを言っていたのかと思ったら、腹が立った。ずっとそれに気付かなかった自分にも腹が立つ。

「僕はしばらくラルフ様とは話したくありません」
「マティアス、髪を引っ張ったりしてごめん。本当にすまない。そんなに痛かったのか」
 全然違う。グイって引っ張られた時は痛かったけど、そうじゃない。痛いのは心の方だ。
 僕は何も答えず、ラルフ様に背を向けて寝ることにした。

「マティアス、本当にすまない。もうしない。こっちを向いてくれないか?」
「知らない」
「マティアス、背を向けないでくれ……」
 ラルフ様の声が哀しみを含んでいるように聞こえる。じゃあなんであんなことしたの?
「じゃあ説明して下さい。なんで僕にグラートがシルに教えた口説きのテクニックを使ったんですか? 褒めて頭撫でたり、三回目が合って手を繋ぐとか、髪を褒めるとか、僕のこと揶揄ってるんですか? 僕は本当に褒められてるのかと勘違いして、バカみたいだ」
 グッと拳を握りしめて、悔しくて唇が震えた。

「勘違いじゃない。いつも心の中で思っていたことを口にしただけだ。そうしたらマティアスが嬉しそうな顔をしたから俺も嬉しくなって言うようにした。それでグラートが言ったことは本当なんだと思った」
「そう……」
「目が三回合わないと手を繋いではいけないというのは知らなかったんだ。今まで嫌な思いをさせてすまない。早く手を繋ぎたくて、目が合うよう無理強いしたのは、悪かったと思っている」
「違うよ……」
「髪を引っ張ってしまったのは本当にすまなかった」

 これってさ、もうグラートの呪いだよね。
 褒めてくれたのは勘違いじゃないなら嬉しかった。だけど、手を繋ぐには三回も目が合う必要があるとか、これは呪いみたいなものだ。

「グラートのようになりたいのでなければ、そんなことはやめて下さい。
 褒めてくれるのは嬉しかったけど、手を繋ぐのに目が合う必要なんて無いですし、そんなのグラートが言っているだけです。ラルフ様がグラートの呪いにかかったせいで、僕は悲しかった」
「すまない。もうしない。こっちを向いてはくれないか?」
 寝返りをうってラルフ様を見ると、ラルフ様が泣きそうな顔をしていた。傷つけるつもりはなかった。ラルフ様もそうだ。
 グラート、本当に余計なことをしてくれたな。

「グラートの口説くテクニックが正しかったとしても、僕はラルフ様と結婚しているんですから、口説く必要はありませんよね?」
「結婚していても、マティアスの心が離れないとは限らない。いつまでもマティアスに好きでいてもらいたい」
「好きですよ。そんなことしなくても好きです。キスして?」
「キスしてもいいのか?」
「いいに決まってます。いつでもラルフ様とキスしたいって言ったじゃないですか」
「マティアス……好きだ」

 唇が重なって、やっぱりラルフ様はちょっと拗ねたみたいにチュッチュッと啄むようなキスを繰り返した。
 変に回りくどいことしなくても、僕は真っ直ぐに好きだと伝えてくれるラルフ様が好きです。

 
しおりを挟む
感想 79

あなたにおすすめの小説

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

僕の太客が義兄弟になるとか聞いてない

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
 没落名士の長男ノアゼットは日々困窮していく家族を支えるべく上級学校への進学を断念して仕送りのために王都で働き出す。しかし賢くても後見の無いノアゼットが仕送り出来るほど稼げはしなかった。  そんな時に声を掛けてきた高級娼家のマダムの引き抜きで、男娼のノアとして働き出したノアゼット。研究肌のノアはたちまち人気の男娼に躍り出る。懇意にしてくれる太客がついて仕送りは十分過ぎるほどだ。  そんな中、母親の再婚で仕送りの要らなくなったノアは、一念発起して自分の人生を始めようと決意する。順風満帆に滑り出した自分の生活に満ち足りていた頃、ノアは再婚相手の元に居る家族の元に二度目の帰省をする事になった。 そこで巻き起こる自分の過去との引き合わせに動揺するノア。ノアと太客の男との秘密の関係がまた動き出すのか?

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

処理中です...