僕の過保護な旦那様

cyan

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二章

71.救出された男

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 むぅ……
 かなり衰弱していたのか、グラートは地下室からラルフ様に背負われて部屋に運ばれてきた。ラルフ様の腕の中は僕の場所なのに。僕だって背負われたことなんて数回しかないのに。
 今はソファに座って、ちょっと震える手でホットミルクを飲んでスコーンをモソモソと小動物のように食べている。

 グラートが帰還パーティーでお客様に失礼なことをして、リズとミーナに地下室に閉じ込められてから十日余り。シルの差し入れだけで過ごしていたらしい。
 水はどうしていたのかと思ったら、雨水のようなものが滴っていてそれを啜っていたのだとか……家の中でそんなことが起きていたとは……

 水漏れは早急に調査することになり、グラートは精神疲労と飢餓で数日休むことになった。
 顔色悪すぎるもんね……目の下にはくっきりとクマが浮かんでおり、窶れているように見える。

「そうか、閉じ込められた場合はなかなか生存が難しいな。雪山であれば探せば鳥やウサギがいるし、雪を溶かせば水も得られる。雨風凌げないのと寒さはあるが、俺はまだ甘かったらしい」
 それ感想なの? 忘れていたことについては言及する気はないようだ。それとも忘れてはいたけど想定内だった?
 閉じ込められた時の訓練とかはしないで下さいね。

「それでグラート、反省が足りなかったか?」
「え? そんなことはありません。十分に反省しました」
「なぜそんなに足腰が弱っている? 鍛錬を怠ったな?」
「す、すいません」
 かなり衰弱している感じなのに、この状態で鍛錬が足りないと言われるグラートがちょっと可哀想になってきた。薄暗いところに閉じ込められて、水も食料も十分とは言えない状況で更に鍛錬するの?
 僕が口出すことじゃないかもしれないけど、ここは騎士団の施設じゃなくて僕の家でもある。
「ラルフ様、反省しているようですし、説教はグラートが元気になってからにしてはどうですか?」
「グラート、こう言って心配してくれるマティアスに感謝するんだな」
 感謝しなくていいけど、今はそのげっそりと窶れた顔と目の下のクマをどうにかすることが先だと思った。反省は必要だけど、追い詰めることはないと思うんだ。
 そう思ってる僕は甘いのかな? ラルフ様は相変わらず難しい顔をして眉間に皺を寄せている。

 コンコン
「シルヴィオ様がグラートに会いたいと言っておりまして……」
 メアリーがシルを連れて部屋を訪ねてきた。

「あ! ぼくもスコーンたべたい」
「おいで」
 シルはグラートに会いたいと言っていたはずなのに、テーブルに置いてあるスコーンに気持ちがいってしまったようだ。
 シルを膝に乗せて、スコーンを半分に割ってイチゴのジャムを乗せてあげると、口の周りをベタベタにしながら美味しいと食べている。
 おかげで厳しい表情だったラルフ様も少し頬を緩めた。

「グラート、でれてよかったね」
「はい。シルありがとう。生きて出られたのはシルのおかげです」
「またこんど、くどきかたおしえてね」
 口説き方? グラートはシルにそんなことを教えたの?

「グラート?」
 僕がグラートをじっと見ると、どんどん血の気が引いていき、怯えた目をされた。
「ラルフ様、もう一度地下に閉じ込めましょう」
「そうだな。鍛錬をサボった上、全く反省していなかったようだ」

 結局グラートは騎士団に連行され、反省室という名の独房に入れられることになった。
 うちに置いておいてシルに余計なことを教えるといけないのと、水漏れの調査をしなければならないため、騎士団に移された。
 やっぱりグラートは女性を口説いたり、口説く話をしないと死んでしまう病気かもしれない。
 騎士団なら忘れられて飢えるようなこともないし安心だ。

「シル、グラートにどんなこと教えてもらったの?」
「3かいめがあったら、てつなぐの」
 目が合ったら手を繋ぐ? 何それ……

「他は?」
「ちかづいて、かみのけきれいっていって、うれしそうだったら、ちょっとだけつかんでキスするの」
 随分具体的だ……
 髪が綺麗だと言って喜ばない人はいないと思う。それだけで髪に勝手に触れて、そこにキスするとか軽すぎる。シルには真似してほしくない。
「いっぱいほめて、あたまよしよしするの」
「そっか。色んな人にするとグラートみたいに怒られちゃうから、シルにいつか大切で大好きな人ができたら、その人にだけするんだよ」
「うん。りょーかいした!」
 シルがグラートみたいな大人になったらどうしよう……

「ママえらいね、よしよし。ラルえらいね、よしよし」
 シルはソファーの上に立ち上がって手を伸ばし、僕とラルフ様の頭をジャムでベタベタになった手で撫でてくれた。
「シル……」
 そんな心配は不要だった。
 変なことを教えられても、それを正しく使えば問題はないんだ。
 でも、グラートはしばらくシルと二人きりにはしたくない。これ以上変なことを教えられたら困る。

 もう寝るとシルは出ていって、ふとラルフ様の頭を見たら、スコーンのかけらとジャムがついていた。明日シルに、汚れた手で誰かの髪に触れてはいけないってことを教えようと思う。


 その後グラートは数日で反省室から出されて、とっても厳しい訓練に参加しているらしい。
 半月ほど重い荷物を背負ってひたすら山を走り回ると聞いた。何それ、そんな訓練あるの?
 足は鍛えられそうだけど、とても大変そうだ。
 前にみんなで雪遊びに行ったことを思い出す。そんな大きな荷物持って雪の中をよく歩けるなと思っていたけど、普段からそんな訓練をしていたのか。

 
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