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二章
69.旦那様の傷
しおりを挟む泊まってもらってもよかったんだけど、花屋の従業員はみんな夜遅くなる前に帰っていった。
タルクはルーベンがちゃんと送っていったから心配ない。
戦場モードに入っているラルフ様のために、今日はラベンダーのキャンドルに火を灯した。
「ラルフ様、無事に帰ってきてくれてありがとうございます」
「当然だ」
自信満々にそう言ってくれるラルフ様が好きだ。
ベッドの上に寝そべって僕を眺めているラルフ様、なんかちょっと日に焼けました?
ラルフ様がそっと僕の手を握った。
「雪山は楽しかったですか?」
「そうだな。いい訓練になった」
「キスしてください」
「キスだけじゃ足りない」
僕はラルフ様にヒョイっと持ち上げられてベッドに横たえられた。
僕のガウンはもう既に取り払われているけど、ラルフ様に手を伸ばしガウンの紐を解いてそっと脱がす。
「……これ」
「大したことじゃない」
ラルフ様の左肩から二の腕にかけて裂傷が生々しくて、素人が適当な針と糸で縫った跡がある。
脇腹にも腕ほどではないけどまだ塞がりきっていない傷があって、他にも足や腕に新しそうな傷跡がたくさん見えて涙が出てきた。僕はまた何もできなかった。ラルフ様が危険な目に遭っているのに、安全な王都で温かい食事をして、温かいベッドで眠っていた。
ひっく……
「マティアス、泣くな……マティアスを泣かせないために戻ってきた」
「ラルフ様……もう、危険なところに行かないでください……」
騎士でいる限り危険なところに行かないなんてできないって分かってるけど、騎士を辞めてほしいわけじゃないけど、もう傷ついてほしくない。
「大丈夫だ。これくらい、なんてことない」
ラルフ様は涙が止まらなくなってしまった僕を、まるで赤ちゃんをあやすようにずっと抱きしめて背中をさすっていてくれた。
「泣いてしまってごめんなさい。辛いのも痛いのもラルフ様なのに」
「俺は辛くも痛くもない」
そんなわけない。今にも傷が開いてしまいそうだし、きっと薬もなかっただろうし、雪山では怪我に効く薬草だって見つからなかっただろう。ちゃんと手当してしっかり治してほしい。
夜に治療院はやっていないから、朝まで待たなければならない。
「マティアス、キスしていいか?」
「いいですよ」
そっと触れるだけのキスをして、すぐに離れると、もう一度キスされた。
「マティアス、会いたかった」
「僕も会いたかったです。寂しかった。でも帰ってきてくれるって信じてました」
「さすがマティアスだな」
「アマデオと一緒に、死んだことにされていたらどうしようかと話したこともあったんだ」
そうなんだ……
クロッシー隊長は遺族への見舞金とやらを持ってきたし、ルーベンが連れてきた騎士は剣の鞘を遺品とか言っていた。もうちょっとで死んだことにされそうになっていたのは事実だ。
「僕は勝ったんです」
「そうか。さすがだな」
その日は雑に縫われた傷口が開いてしまうのが怖くて、それ以上のことはできなかった。
ラルフ様に無理させるのが怖かったんだ。まだいっぱい時間はあるからいいんだ。ちゃんと怪我が治ってからたくさん愛し合えばいい。側にいてくれるだけでいいんです。
「ニコラ、アマデオも怪我してるんじゃない?」
「ええ。大丈夫だと言っていたんですが、そうは見えない怪我でした」
「やっぱり。二人を連れて治療院に行こう」
「そうしましょう」
リーブに馬車を出してもらって治療院に行くと、雑に縫われた傷口の糸を取り除いて、消毒をして縫ってもらった。昨日は気付かなかったんだけど、傷口は腫れていて熱ももっていた。
「ラルフ様もアマデオも、しばらくは安静にしていてくださいね」
騎士団への報告はハリオかルーベン辺りがしてくれているだろうし、エドワード王子もラルフ様とアマデオの生存を確認しているから問題ない。
「シル、ラルフ様とアマデオは怪我をしているから、無理をしないよう見張っておいてくれる?」
「うん。りょーかいした!」
優秀なうちの小さい騎士様は、どこでそんな言葉を覚えたのか、快く承ってくれた。
ラルフ様もアマデオもシルに注意されたら従わないわけにはいかないだろう。
「ラル、けがしてるのにそんなことしたらダメ!」
「分かった」
「アマデオ、けがしてるからうごいちゃダメ!」
「仕方ない……」
怪我してる時くらい、ゆっくり過ごしてください。二人はちっともジッとしていないから、シルにいつも怒られている。さっきも家の中で腕立て伏せなんかをしようとして、シルに怒られていた。
数日後、クロッシー隊長から謝罪の手紙が届いた。内容は、生存している二人のことを亡くなった前提で話してすまなかったという内容で、お詫びに高そうな紅茶までいただいてしまった。
この紅茶、隊長の部屋で淹れてもらった紅茶だろうか? なんだか特徴的ないい香りがしたんだよね。花びらが入ってたのか。
一週間もすると傷はちゃんと塞がって、あと数日経過を見て問題なければ抜糸できるそうだ。
シュテルター伯爵も様子を見にきてくれた。
せっかく戦場という危険な場所から生きて帰ってきたのに、まさか自然災害で命が危険にさらされるなんて思ってもみなかったんだろう。ラルフ様の顔を見て少し目を潤ませていた。
「おじいちゃん、ラルもアマデオも、けがしてるのにいっぱいうごくの」
「そうなのか」
「ダメっていったのに、まもらないの」
「それはダメだな。私からもしっかり言っておこう」
シルはちゃっかり伯爵にも告げ口して、味方につけていた。うちの子が優秀すぎて怖い。
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