僕の過保護な旦那様

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二章

68.帰還パーティー

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「相変わらず手のかかる旦那さんですね」
 やっぱりラルフ様は髪がビチャビチャなまま僕の部屋に来た。髪は伸びたけど、髭はなくなって、やっとラルフ様が帰ってきたって感じがする。
 さっきはまだ半分夢を見てるみたいだったけど、ラルフ様がここにいる実感がどんどん湧いていく。
「すまない」
 ラルフ様をソファに座らせて、僕はソファの隣で膝立ちになって髪を拭いていると、バタバタと廊下を走る音が近付いて、シルが部屋に来た。

「ラル、おそいよ!」
「すまん。ちょっと雪山で迷ってな」

「これあげる」
 シルは年が明けてからずっと練習していた手紙をラルフ様に渡した。
「ん? 手紙か?」
「ぼくがかいたの!」

『ラル、げんき?
 ぼくはげんき
 おかえり』

 僕もシルが書いた手紙の内容は知らなかった。そっと覗き込んでみると、一生懸命書かれた文字の下にラルフ様とシルと僕の絵が描いてあった。三人ともチェーンメイルを着ている。
 それを見て、シルは僕たち三人を守りたかったのかもしれないと思った。僕はシルの優しい心に泣きそうだよ。

「いつの間に字が書けるようになったんだ?」
「ラルがいないとき、れんしゅうしたの」
「偉いな」
「ぼくえらいの! ママをまもったの」
「そうか。偉かったな」

 ラルフ様が膝に乗せたシルの頭を大きな手で撫でた。いいな……ちょっと羨ましいなって思って見ていると、不意にラルフ様と目が合って、腕を掴んで引き寄せられると、僕の頭を撫でてくれた。
 なんで分かったんですか?
 その手が温かくて、僕はラルフ様の胸に顔を埋めて泣いた。
 だって、だって、寂しかった。信じていたけど不安がないわけじゃない。いつ帰ってくるのか分からなくて苦しかった。

「ママ、かなしいの? いたいの?」
「大丈夫だ。マティアスは悲しいから泣いてるんじゃない。嬉しいから泣いてるんだ」
「そうなの? よくわかんない。ママうれしいの?」
 僕は嗚咽で答えられなかったんだけど、必死でうんうんと首を縦に振った。
「俺が帰ってきたからな」
 自信たっぷりに言うラルフ様に、シルも「ぼくもうれしい!」と抱きついてきた。


 夜は、ラルフ様とアマデオの帰還を祝うために、部下の皆さんと、心配をかけた花屋のみんなも呼んで、パーティーを開いた。人数が多いから、テーブルは端に寄せて立食形式にしている。少し寒いかと思ったけど、人が集まっているし、温かい料理も出しているからちょっと暑いくらいだ。
 雪山では食べられなかったであろう野菜がたくさん入った温かいスープ、ふわふわのパンにはチーズやハム、甘いジャムも挟まっている。お酒と果実のジュース、お肉はナイフで切らなくても食べれるよう一口サイズに切って串に刺さっている。

 フックス家とシュテルター本家には、ラルフ様が帰還したと手紙を送っておいた。
 騎士団へは面倒だから明日でいいや。今夜のパーティーに乱入されても困る。

 グラートは相変わらずで、マチルダさんには軽くあしらわれていたけど、旦那さんと一緒に来たモニカさんにまで馴れ馴れしく触れようとしたため、リズとミーナに首根っこを掴まれて、前にアマデオが謹慎の時に入っていた地下の部屋に閉じ込められることになった。

 ハリオとロッドが引き摺られていくグラートを見ながら話している。
「遅かったか」
「止めに行くべきか?」
 止めに入らなくても、リズとミーナは大丈夫そうだったよ? 軽々と引き摺っていったけど、もしかして……

「マティアス、どうした?」
「ハリオとロッドが止めに入ったって……」
「マティアスの知り合いに迷惑をかけるなど、メイドたちにボコボコにされたことを忘れているんだろうな。懲りない奴だ。今回はハリオとロッドに止めに入らないように言っておこう。グラートはまだ反省が足りないようだ」
 ため息混じりにラルフ様が話してくれた。二人はメイドたちに馴れ馴れしくするグラートを止めたのだと思ってた。ハリオとロッドが止めたのは、メイドたちの方だったのか……
 止めに入らないってことは、今頃グラートは地下でボコボコにされているんだろう……同情はしない。
 僕ってやっぱりこの家の中で一番弱いのかもしれない。


 !! 僕は見てしまった。アマデオの後ろをチェルソが通ったら、アマデオが一瞬で距離を取るところを。それって背後を取られないようにってやつ?
 そんなアマデオの姿を見てしまったから、ラルフ様のことも観察してみると、なんだか周りを警戒しているような素振りが見えた。雪山で迷ってサバイバル生活をしていたのもあって、ラルフ様はまた戦場モードになってしまったらしい。
 もしかして……

「ラルフ様、ポケットに石を入れていますか?」
「マティアス、なぜ分かった?」
 やっぱり……
 たまにチェルソが使っている果物ナイフや、テーブルにあるフォークに目がいくのも、襲撃があった場合すぐに手に取れるよう自分からの距離を確認しているんですか?
 襲撃なんてありませんよ。
 ここは森ではないですし、野生動物が襲ってくることもありません。

 しかし、ある意味襲撃があった。
 エドワード王子だ。どこから聞きつけたのか、供もつけず単身でうちに乗り込んできたんだ。
 敵の気配を察したのか、ラルフ様はポケットに右手を突っ込んで、左手で椅子の背もたれを掴んだ。ポケットは恐らく石を掴んでいるんだろう、椅子はなんで?

「ラルフ!」
 ラルフ様を見つけてエドワード王子侵入者が駆け寄ってきたけど、ラルフ様は椅子を前に置いて侵入者の行手を阻んだ。なるほど、椅子は敵に接近させないためか。

「ちょっとラルフ、それはないんじゃないの? 俺だって心配してたんだからさ」
 僕はこの男が嫌いだ。せっかくのパーティーに乱入しやがって。さっきまでみんなの笑顔で溢れていた部屋は静かになってしまったし、パーティーを台無しにするのかと怒りがどんどん湧いてくる。
 そんな僕に気付いたのか、リーブがエドワード王子の腕を掴んだ。
「招かれざるお客様はお引き取り願います」
「そうだな。俺はお前を招いた覚えはない。排除し、門は固く閉ざしておいてくれ」
 ラルフ様の言葉にハリオもエドワード王子の反対の腕を掴み、何か言いたげな侵入者を二人がかりで退室させた。しばらくすると遠くで門がガチャンと閉まる音が聞こえた。

「マティアス、もう大丈夫だ。敵は排除した」
「ありがとうございます」
 とうとうあいつはラルフ様に敵認定されたらしい。
 ラルフ様が侵入者の行手を阻むために出してきた椅子を片付けようと思ったら、椅子が重くて持ち上がらなかった。
 ん? なにこの椅子。

「ラルフ様、この椅子おかしいです」
「何もおかしいことはない」
「重いんですけど」
「座面の底に鉄板が入っているからな。盾の代わりに使えて便利だろう?」
 いつの間にそんなことを? 僕が椅子に座る時は、リーブやメイドの誰かが引いてくれていたから、今まで全然気付かなかった。

「もしかして、うちにある椅子は全て?」
「そうだ」
 要塞仕様になっているのは塀と櫓だけではなかったようだ。
 だからさっき椅子を掴んでいたのか。他のみんなのことは見ていなかったけど、もしかして部下のみんなも椅子を掴んでいたんだろうか?
 武器に見えない武器。もしかして、うちには他にもそんなのがあるんだろうか?

 ラルフ様が帰ってきてくれて嬉しいって気持ちと、知らないうちに家具が改造されていたショック。
 ……今日は何も考えず、素直に旦那様の帰還を祝おう。

 
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