僕の過保護な旦那様

cyan

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二章

67.旦那様の帰還

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「僕は大丈夫だから。
 エドワード王子はいつも嘘をつくんだ。
 いつも僕やラルフ様を騙して遊ぶんだ。だから今回だってそうなんだ。僕はそんな嘘に負けない」
「そんな青い顔では無理です」
「倒れて迷惑をかけてもいけませんから、お休み下さい」
 次の日、僕は仕事に行こうとしたんだけど、リーブとバルドに止められた。

 ルーベンは事実確認のために、昨日僕が帰ってからすぐに旅立った。

「ママ……」
 シルが僕の袖を引っ張った。
 シルを見ると、不安そうに僕をじっと見つめていた。
 僕がしっかりしないと。僕はいつもラルフ様に守られてばかりだけど、僕にだって守るべきものがある。
「シル、大丈夫だよ。今日もお手紙の練習する?」
「する!」

 僕の崩壊しそうだった心は、小さなシルの手でなんとか崩壊を免れた。

 それから十日後、ルーベンが知らない騎士を一人、引き摺って戻ってきた。
「これ……」
 僕に向かってルーベンの隣に立つ騎士が、震えた手で差し出したのは、僕がラルフ様にあげたお守りが巻きつけてある剣の鞘だった。剣はない。
「……何これ」
「捜索中に見つけた、シュテルター隊長の遺品です」
 やめてよ遺品なんて言い方。ラルフ様が死ぬわけないじゃん。
 あいつが仕組むにしては手が込みすぎているけど、絶対にあの男の仕業だと思った。
 僕は信じない。
 だって鞘だけでしょ? 剣がないじゃないか。ラルフ様は剣を持って、今も必死に寒さや雪と戦ってる。ラルフ様は僕を一人にしたりしない。

「ママ、ラルは?」
 シルが、ルーベンが戻ったことを知って玄関までやってきた。
 僕を見上げるシルに、なんて答えればいいのか分からなかった。
「まだラルフ様はお仕事だから、先に鞘だけ帰ってきたんだよ」
「えー? なんで? そんなのへんだよ」
「そうだね。僕もそんなの変だと思う」
 変だよ。おかしいよ。そんなわけないよ。

「増員して、あと三日は捜索を続けると言っていました。ここから早馬で五日の場所なので、もう捜索は終わっていると思います。報告は、恐らく三日後か四日後に……」
「分かりました。報告をありがとうございました」
 この人が悪いわけじゃない。この人は情報を持ち帰っただけだ。

 騎士が帰ると、食堂には僕とルーベンとニコラと使用人が集められた。シルはメアリーが見てくれている。

 僕は黙って、ルーベンが得た今回のあらましを聞いた。さっきの騎士を連れて帰る途中に何が起きたのかを聞いたのだとか。

 街道の開通は終わっていて、街や村も雪で被害を受けていたから除雪作業と、崩れてしまった家や厩舎などの建て直しを手伝っていたのだとか。
 村人から山から唸り声が聞こえると情報提供があり、ラルフ様とアマデオが調査に向かったそうだ。
 冬眠から早く目覚めてしまった熊か、狼がいるのかもしれないとの予測だったが、数時間後、二人が戻らないまま、向かった山で雪崩が起きた。

「アマデオも、行方不明なんですか?」
 震える声でニコラが口を開いた。
「そうだ。隊長とアマデオが見つかっていないと聞いた」
「そう、ですか……」
 ニコラの顔からは血の気が引いて、見て分かるほどにカタカタと震えている。

「二人が一緒にいるかは分からないが、二人が簡単に死ぬとは思えない」
 ルーベンは淡々と告げた。僕やニコラを励ますために言ったのではなく、本当にただそう思っているから口にしたという感じだ。
 むしろ、その言葉には確信めいた力があった。僕のグチャグチャな心にすんなりと浸透していって、妙に納得した。

「そうだよ、ニコラ。二人が行方不明になったとしても、死ぬわけない。だってあのラルフ様とアマデオだよ? 戻ってきたら、心配かけるなって二人に文句言おうよ」

 ーー足場の悪い雪の中を歩いて、崖から落ちそうになったり、穴に嵌ったり、危険なこともあるが、なかなか楽しいんだ。

 いつかラルフ様はそんなことを言っていた。きっと今も、危険だけど楽しいというサバイバル生活をしてるんだろう。
 みんなが心配してるので早く帰ってきて下さい。

 それからは、僕もニコラも意外と平気だった。死ぬわけないって分かってるから。
 ハリオ、ロッド、グラートが戻ってきて、「見つけられずすみません」って言われたけど、三人も悲痛な顔なんてしてなかった。彼らも信じてるんだ。

「ラルとアマデオはなんでかえってこないの?」
「なんでだろうね? もう少し待ってみようか」
「わかった。はやくおてがみかけるようになるの」

 その後、クロッシー隊長が遺族への見舞金とやらを持ってきたけど、それは突き返した。
 気を遣って何度か母やシュテルター伯爵も会いに来てくれた。
 周りは僕が無理して明るく振る舞っているのだと思っている。違うよ。僕は信じてるだけ。


 社交シーズンが終わりに近づいて、もうそろそろ領地に帰る貴族が出てきそうだ。朝晩はまだ寒いけど昼間は少し暖かくなってきた。

「マティアス、ただいま」
 庭に出て、もうすぐ咲きそうな花の蕾を見ていたら、急に話しかけられて振り向いた。熊? 野獣?
 髪も髭もバサバサで、汚れてるし服は破れてる。獣の毛皮を纏っていて、獣の匂いが漂ってくる。
 まさに熊。熊が二体、家に帰ってきた。
 見た目は熊みたいだけど、これは僕の旦那様だ。一番会いたかった人。
 それとアマデオ。僕はリーブにニコラを至急呼ぶよう指示を出した。

「遅かったですね」
「すまない」
「おかえりなさい」
 もっと色々言いたいことはあるけど、何にも言えなかった。涙が滲んで、それを見られるのが恥ずかしくて、汚くて臭いラルフ様に抱きついた。

「マティアス、俺は汚れている。風呂にもしばらく入っていない。臭いと思う」
「はい。臭くて汚いです。でも、大好きなんです。寂しかった。ずっと会いたくてたまらなかったんです」
「俺も大好きなマティアスに会いたかった。風呂に入ってくる。少しだけ待っていてくれ」

 ラルフ様もアマデオも、すごい速さで風呂に向かった。アマデオも臭くて汚いままニコラに会いたくなかったんだろう。

 ほらね、信じた僕とニコラの勝ちだ。

 
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