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二章
66.手紙
しおりを挟むラルフ様が遠征に行って、二月が経った。
『マティアス、シル、新年を一緒に迎えることができずすまない。来年はみんなで一緒に迎えよう。愛している。
ラルフ』
『マティアス、シル、元気にしているか?
今年は雪が多いと聞く。王都も寒いだろう。風邪などひかないよう気をつけてくれ。愛を込めて。
ラルフ』
その間にラルフ様から僕たちに宛てて、二通の手紙が届いた。
懐かしい。戦場から送られてきた手紙を思い出す。
年が明けて、シルは文字の勉強を始めた。今はリーブが先生をしてくれている。
まだ自分の名前も上手く書けないけど、ラルフ様に手紙を書くんだと張り切って勉強している。
街道を開通させても、すぐに雪が降って埋もれてしまうのかもしれない。雪が多いと書いてあったし、雪深い地域は大変そうだ。
王都も年が明けてから、かなり雪の日が多い。王都で暮らすようになってから、こんなに雪が積ったのは初めてだ。
森に行かなくても庭で雪遊びができるくらい積っている。真っ白な庭は幻想的で綺麗だけど、綺麗な景色も一人で見るのはつまらない。
家の屋根や塀に積もった雪は、バルドとチェルソが下ろしてくれる。
今回はルーベンだけが王都に残って、他のみんなは遠征に行っている。ルーベンはタルクと一緒に花屋の屋根の雪を下ろしたり、赤い屋根の教会の雪を下ろしにも行ってくれた。
花屋は他の誰かに頼んでもいいんだけど、赤い屋根の教会は神父さんはおじいちゃんだし、シスター二人は女性で他は子どもだから大変なんだ。建物の老朽化が進んでいるから、身軽に動けるルーベンがいてくれてよかった。
チェルソは前に「基礎は学んだけど戦うのは自信がない」なんて言っていたけど、そんなの嘘だと思う。
雪が積った塀の上をヒョイヒョイっと身軽に歩いて雪を下ろしているのを見ると、僕とは違って身体能力がとても高いことが分かる。
ホッとしている場合じゃなかった。
「シル、一緒に寝る?」
「いいよ」
ラルフ様がいなくて寂しい。たまに寂しくて、こうしてシルを誘って一緒に寝たりする。誰かが同じ部屋にいるだけで安心する。シンと静まり返った部屋で一人で寝るのは寒くてたまらないんだ。
ニコラもバルドも寂しいのを一人で耐えてるのに、僕はシルより弱いみたい。
ラルフ様、早く帰ってきてください。
リズにお店まで送ってもらって、今日もいつも通りの仕事をこなす。貴族の家に配達に行くのは、お茶会のためのお花や夜会で飾るお花だから、午前中に配達を終えることが多い。
午後はお店にいて、お店に買いに来るお客さんの花束を作ったり、貴族の使用人が注文に来たら対応したりする。
「マティ!」
「お忍びなのに、そんなに大声を出したら目立ちますよ」
久々に登場のエドワード王子だ。いつも平民みたいな地味なローブを着てフードを目深に被っているのに、今日は一目でバレてしまいそうな豪華な服を着てフードも被っていない。
店の入り口には護衛と思われる騎士もいる。お忍びではないのか?
「落ち着いてくれ!」
エドワード王子は何を慌てているのか。叫ぶように僕に落ち着けと言ったけど、僕は落ち着いている。
「僕は落ち着いていますよ。殿下こそ落ち着いて下さい」
また僕を揶揄って遊ぶつもりですか? 今はラルフ様が遠征に行って不在なことを知っていますよね?
「すまん、そうだな。俺が落ち着こう」
エドワード王子は胸に手を当てて、何度か深呼吸を繰り返した。
エドワード王子だと周りにもバレているけど、王族に気軽に近付こうと思うような人はいない。用事を済ませるとすぐに立ち去ったり、眺めるにしても遠くからそっと眺めている感じだ。
だが、確実に人が集まってきている。
「マティ、ラルフが雪崩に巻き込まれて行方不明だ」
「はい?」
何を言っているんだ? また僕を揶揄って動揺させて遊ぶ気なのか?
本当にこいつは。やっぱりラルフ様に息の根を止めてもらうべきだったかもしれない。
「詳細は調査中だけど、いや、まだ詳しくは……その、だから、何か分かったら知らせる。少し、時間をくれ」
なんでそんなに動揺してるんだ? そんなくさい演技をしてまで僕を揶揄って楽しいの? もう僕はエドワード王子の言葉を簡単に信じたりしない。
「帰って下さい」
「分かった。また何かあれば知らせる」
何もないから、もう来ないでほしい。ただでさえラルフ様と離れて寂しいのに、そんな嘘で心を乱すこの男、僕は嫌いだ。
早く帰ればいいのに僕のことを窺うようにチラチラと視線を向けてくる。
「帰れ!」
僕は自分でも驚くほど大きな声で怒鳴ってしまった。相手は王族だ。不敬だと言われるのかもしれない。
……やってしまった。
勲章を戴くために一緒に城に行った日、この男に剣を向けたラルフ様と同じだ。
騎士もいる。弁明なんてできない。
「僕を、連行しますか?」
「いや、しない。いきなり店に押しかけて悪かった。次の報告は別の者を向かわせる」
そう言うと、エドワード王子はやっと帰っていった。
「マティアスくん、休みなさい。旦那さんが帰ってくるまで休んでいいわ。店はなんとかなるから」
マチルダさんに言われた。
「マチルダさん、僕がマティアスさんを送っていきます」
「そうね、そうしてちょうだい」
マチルダさんとタルクが勝手に話をして決めてしまい、僕はタルクに肩を貸してもらってフラつきながら家に帰った。
あんな男の言うことなんて僕は信じない。
絶対に信じない。
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