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二章
65.失敗とラルフ様の遠征(※)
しおりを挟む僕はバルドが耳打ちしてきたことがずっと忘れられなかった。僕はいつも受け身で、しかもいつも守ってもらっている。もっとラルフ様が喜ぶことをしたいんだ。
お風呂に入って出る前に、自分で後ろを解すってのをやってみた。
オイルを寝室からこっそり持ち出して、自分の指に纏わせて、グイッと入れてみる。
うん? これ、正解なの?
中を洗って、立った状態で中腰になって背中に腕を回して指を入れてみたけど、体勢が悪いのか腕も辛いし指がつりそうだ。
ラルフ様の大きいからな……
いつもラルフ様はしつこいくらい挿入前に準備をしてくれる。最近は途中で蜂蜜タイムが入るんだけど、本当に至れり尽くせりって感じだってことに気づいた。
はぁ、なんか上手くできた気がしない。切れないように、ちょっと多めにオイルを馴染ませておけばいいかな?
そんなことを考えながらガウンだけを羽織り、後ろ手にオイルの瓶を持って寝室に向かった。
そっと音を立てないように、ヘッドボードのところにオイルの瓶を置く。
「今日のキャンドルはレモングラスの香りでいいですか?」
「…………」
ん? いつもは「ああ」とか「いいぞ」とか何か返答が返ってくるんだけど、ラルフ様はベッドに仰向けに寝ていて、胸のところで腕組みをして目を瞑っている。目を瞑っているのに、なんで眉間に皺が寄っているんだろう?
何か難しいことを考えているのかな? 仕事のことだろうか?
「マティアス……」
「なんですか?」
「俺ではやはりダメか? 満足させてやれなかったか?」
ラルフ様の目がゆっくり開いて、不安そうに揺れながら僕を見つめた。なんの話? 僕はラルフ様に不満なんてないよ。
「なんのことですか?」
「相手は……いや、聞いたら相手を殺してしまいそうだ……」
殺す!? 何? 虫の話? なんでそんな苦しそうに声を絞り出すように話すの? ラルフ様は何に苦しめられてるの?
「何が苦しいのですか? ちゃんと話してもらえないと僕には何のことか分かりません」
「冷静に話せるか分からない」
「いいですよ。ちゃんと話してくれるなら僕は最後まで聞きますから。冷静じゃなくてもいいですが、暴力を振るわれるのは怖いです」
「マティアスにそんなことはしない」
分かってますよ。念のための確認です。だって冷静に話せないなんて、よっぽどのことですよね?
ラルフ様が媚薬のキャンドルを使って十日も帰ってこなかった時のことを思い出した。
僕に手を出さないためなのか、ラルフ様はベッドから降りて、僕から少し距離をとった。
「マティアス、他に好きな奴ができたか?」
「はい? いませんよ。僕はラルフ様だけ愛してますよ」
「そうか……」
ラルフ様が握り締めていた拳を少し緩めたように見えた。まさか僕が浮気でもしたと疑ってるの?
なぜ? 花屋は誰かが送り迎えしてくれるし、僕が一人で外に出ることなんてないのに。
「男娼を呼んだか?」
「男娼? 呼んでません。必要ありませんし。何が言いたいんですか? 僕が浮気したとでも思ってるんですか?」
「さっき寝室に来たら、オイルの瓶がいつものところに無かった」
あ……それでか。僕がオイルを持ち出して不貞を働いたと思ってるの?
こんな形でネタばらしすることになるなんて……恥ずかしい。ラルフ様を喜ばせたかったのに、失敗だったみたいだ。
「オイルの瓶は僕がさっき持ち出しました。その……自分で準備してみようと思って」
「自分で? なぜだ?」
「なぜって、ラルフ様に喜んでもらいたかったからです。いつもラルフ様ばかりに負担をかけてるから、たまには僕が……」
さすがに上に乗って動くことも考えていたとは言えなかった。やったことがないのに上手くできるか分からないし。期待させてこれ以上の失敗を重ねたくない。
「俺のため……本当か?」
「本当です。僕はラルフ様しか知りません。他の誰かに抱かれるなんて考えたこともありません。いつも満足してますよ。僕だけが満足するなんて嫌なんです」
「そうか。確認していいか?」
「はい。上手くできてないかも……」
確認されるなんて、抱かれるより恥ずかしいんだけど……
でも、疑いを晴らすためには必要だと覚悟を決めて僕はベッドの上で仰向けになって膝を抱えた。
いつもギュッて抱きしめて、たくさんキスして愛撫して、それから後ろに指を入れてくるのに。今日は僕が誤解させたから悪いんだけどさ、ラルフ様の愛を感じられる時間が無いのはちょっと寂しい。
クプッとラルフ様の指が入ってきて、本当に中を確認しているみたいに、グニグニ指が中で動いている。
「マティアス……もっとしっかり解さないとダメだ」
「……ああっ」
僕の体に快感が駆け抜けた。今、僕が弱いところわざと攻めましたよね?
「マティアス、俺のために……」
「ん……らるふさま……ぎゅってして」
ラルフ様は指を引き抜くと、僕を起こして抱きしめてくれた。いつもより力が強くて、ちょっと痛いし苦しい。
「マティアス、こんなことしなくていい。俺の楽しみを取るな」
「楽しみ、なの?」
「楽しみだ。俺の舌や指でマティアスが反応してくれるだけで幸せなんだ」
「そっか、ごめんなさい」
サプライズは完全に失敗だ。自分で準備するのは、みんなが嬉しいってわけじゃないってことが分かった。
結局僕は、解すのも不十分だとダメ出しされて、全部ラルフ様がやってくれた。いつもより時間をかけて執拗に僕の弱いところばかりを攻めてくる。僕がラルフ様の楽しみを奪ったから?
「ああっ……もう……や……」
上に乗って動くのはちゃんと練習してからにしよう。
「マティアス、嬉しかった。愛してる」
「うん。僕も愛してます」
失敗したけど、誤解は解けて、喜ばせるってことだけは成功したらしい。
僕の計画が失敗した日から数日後、ラルフ様はため息と共に帰宅した。
「マティアス、しばらく家を開ける。大雪で街道が閉ざされた地域があって救援に行くことになった」
「分かりました」
「街道の開通はそれほど時間がかからないだろうが、その先の街や村の状況次第では、帰るのが遅くなるかもしれない」
「そうですか。みなさんが無事だといいですね」
冬だからみんな備蓄をしているとは思うけど、雪の重みで家が潰れたりってことがあったら危険だ。食べ物があっても薪があっても、家や暖炉が無ければ凍えてしまう。
「マティアス、寂しいか?」
「寂しいです」
「ちゃんと帰ってくる」
「当たり前です。僕のこと一人残したりしたら許しませんよ」
「分かってる」
久しぶりの遠征だな。なんかいつも当たり前のようにいたから、何日も会えないのは寂しいなって思って、僕たちは出発する直前までたくさんキスをしていた。
「ラルフ様行ってらっしゃい。お気をつけて」
「ラルどこいくの? いなくなったらやだ! ヤダヤダ!」
シルは見送る時になって、ラルフ様がいなくなってしまうと思ったのか、嫌だと泣き出してしまった。
「シル、ラルフ様は困ってる人を助けに行くんだよ。帰ってくるから大丈夫」
グズグズと泣くシルを抱っこして、大丈夫だと背中をさすった。
「シル、俺がいない間、マティアスのこと守るんだぞ」
「わかった。ぼくがママをまもる!」
「いい子だ」
ラルフ様に使命を与えられて、やっとシルは泣き腫らした顔を上げて、ラルフ様を真っ直ぐに見た。
小さい騎士様、頼りにしていますよ。
いつもラルフ様を見送る時に、こんなに泣いたりしないのに、シルはどうしてしまったんだろう?
この時のシルには何かが見えていたのかもしれない。
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