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二章
59.タルクの悩み(タルク視点)
しおりを挟む僕はマティアスさんを尊敬している。
初めて名前を聞いたのは、騎士でもないのに野盗を討伐したという話だった。冬の森になんて誰も入ろうとは思わないんだが、彼は冬の森に夫を含む騎士数名で入り野盗を捕まえた。
僕は勉強も並だし、武術も並、秀でたものが何もなく就職に失敗した。そんな時にマティアスさんの存在を知り、何者でもない人でも何かを成し遂げることができるのだと知った。
それは僕の希望になったんだ。
騎士ではないけど、屈強な戦士のような人なんだろうと思っていた。それなのに、ごく普通の花屋に勤める人だったんだ。
その後、もう一度名前を聞くことになるんだが、それは王都の貴族の屋敷で騎士団が害獣駆除を行ってくれたという内容で、提案してくれたマティアスさんに感謝していると父や兄が話していた時だった。
更に彼は貴族の屋敷だけでなく、公園なども整備したとか。
会って話を聞いてみたい。話せなくても、どんな人なのか見てみたいと、単身で王都へ向かった。自分も何かできることが見つかるのではないかと少し期待をしていた。
「こんにちは」
「あらいらっしゃい。どんな花をお探しですか?」
花屋を訪ねてみたが、彼はいなかった。出てきたのは母上と同じくらいの年齢と思われる、妖艶な美女だけだった。
今日はいないのか。
店に入ったのだから部屋に飾る花でも買おうと店内を見渡すと、壁に控えめに従業員募集の張り紙があるのを見つけた。
「ここで働きたいのですが、あの紙、まだ募集していますか?」
自分で言って驚いた。ただマティアスという人物を見てみたかっただけなのに、僕はこの店で働く気なのか? 花のことなんてほとんど知らないのに、僕が商売などできるのか?
だが、この女性は自分がオーナーのマチルダだと名乗り、お客さんもいないということですぐに面接してくれた。
名を名乗ると、貴族なら計算や丁寧な言葉は問題ないと言われ、平民と話すことに抵抗はないか聞かれた。
僕は後継でもないし、貴族のどこかに婿入りしないなら平民になる。別に構わないと言うと、面接希望の人があと何人かいるとかで、合否は後日と言われた。
採用はできないが、貴族だから断り難くてそんな風に言ったのかと思った。
それなのに、二日後に採用すると手紙が届いた。
面接を受けたせいで店に行き難くなってしまったから、もう諦めて領地に帰ろうかと荷物をまとめていたところだった。
まだマティアスという人には会っていないけど、縁がなかったのだと思っていたから、本当に慌てた。縁というものは不思議だ。
初出勤の日、緊張しながら店に向かうと、とうとうマティアスという人と対面することになった。
「初めまして! これからよろしくお願いします!」
「僕はマティアスといいます。こちらこそよろしくね。分からないことがあったらなんでも聞いて」
想像と違って、彼は小柄で可愛らしい人だった。優しいし、穏やかな人だ。
もっと野心家だろうと思っていたから、この人が功績を上げているのが不思議で、でも夢は広がった。
仕事のことも、それ以外も色々教えてくれた。
野盗を捕まえたというのは誤解らしい。
子どもを雪遊びに連れて行ったら、一緒に行った騎士が野盗を見つけてしまっただけで、震えて見ていただけなんだとか。害獣駆除や公園の整備も、中隊長との雑談の中で決まったことで、何もしていないと言った。
それでも店にはマティアスさんを指名して貴族からの注文が入るし、平民もマティアスさんに会いに来る人がいる。
何もしていないと言ったけど、彼の発言がみんなのためになったのは事実で、声を上げることができる彼は凄いと思った。
店や僕に対する嫌がらせ行為もあって順風満帆とはいかなかったけど、騎士団が出てきて解決してくれた。
それはいいんだ。
問題はその後の、他国からの使者がマティアスさんを連れ去ろうとした事件。
マティアスさんを庇ったけど、僕では力不足で守れなかった。マティアスさんの旦那さんが出てきてくれたけど、結局マティアスさんが誰にも頼らず自分で解決してしまった。
武力も使わずにだ。
何もできない自分が悔しくてたまらなかった。僕には真似できない。真似できないが、店で武力が必要になった時、僕がマティアスさんや店を守れる力が欲しいと思った。
マティアスさんの旦那さんの部下はどの人もとても強そうだ。僕に嫌がらせ行為があってから、ずっと送り迎えをしてくれている。騎士団の人が直々になんて恐れ多いと思ったけど、マティアスさんも騎士も気にしていないようだ。
中でもルーベンというとてつもない身体能力を持った人に、僕は弟子入りさせてくださいと頼み込んだ。
「大切な人を守る力がほしいんです。どうかお願いします」
「キツい訓練になるぞ?」
「構いません」
僕は変わりたかった。強くなりたい。心も体も強くなりたい。
訓練でヘトヘトになって帰る日々。マティアスさんに心配されて、さすがに拙いと思って師匠に相談して、少し訓練を変えてもらった。
社交シーズンの到来で両親や兄たち家族が王都に来て、僕の生活は少しずつ歪んでいくことになる。
貴族の子息が平民が訪れる店で働いていることに両親、特に母親はいい顔をしなかった。ルーベンは平民から成り上がった騎士で、そのような出自の人に教えてもらっていることも気に入らない様子だった。はっきりと反対だと言われたこともあるが、僕はやめる気はなかった。
例え反対されても、強い意志があれば大丈夫だと思っていた。
僕は甘かったのかもしれない。
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