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二章
56.続・かくれんぼ
しおりを挟むラルフ様は、敵の動きを見ながら体勢を変えたり、別の場所に移動することもあると言っていた。そんなことをされたら、僕はもう一生子どもたちを見つけられない気がする。
クリスは見つかるとサロンに戻っていった。残念そうにしてたけど、僕一人で探していたら絶対に見つけられなかった。十分すごいよ。
次に探すのはフィルだ。フィルの方が大きいから、隠れられる場所も限られていると思った。
フィルはラルフ様にヒントをもらって、倉庫の中からようやく見つけ出した。僕が見つけられなかったのは、倉庫の中を隠れながら見つからないよう移動していたからだった。そんなことされたら僕は絶対に見つけられないよ……
あとはシルだ。
「急ぐぞ」
「はい?」
急ぐ? ラルフ様が焦った声を出したから、まさか危険な場所に入ってしまったのかと不安になった。早く見つけてあげなきゃ。
ラルフ様は書斎に向かい、引き出しから鍵の束を出してきた。それが必要になる場所ってことだろうか?
大股で足早に歩くラルフ様の後ろを僕は走ってるような状態でついていく。真っ直ぐ地下に向かうと、以前アマデオが謹慎していた時に閉じ込めていた牢のようなところに行き、コンコンとドアを叩いた。僕は走ったから息が切れていた。
中から掠れた小さな声が聞こえる。耳を澄ますと、それはシルの声だった。
「ラル、ママ、たすけて」
「今開けてやるからな。シルは強い子だから待てるな?」
ラルフ様が鍵を開けると、シルは飛び出してきてラルフ様にしがみついて号泣した。
鍵がかかっているのにどうやって入ったのかと思ったら、食事を提供できる小窓がついているんだけど、体の小さいシルはそこから入れてしまった。
しばらく隠れていて、移動しようと思ったら出ることができなくて、薄暗い部屋に閉じ込められて怖かったと泣きながら話してくれた。
かくれんぼが上手いのも困ったものだ。入ったら危ない場所は入れないように対策をしなければならない。
夕方になると、みんなでルーベンのいる櫓に登って、王都を照らす夕焼けを見た。
空だけでなく街も、赤色の染料をそっと溢していくみたいにゆっくりと赤く染まっていく。明日も晴れそうですね。
みんなと遊んで、ちょっと怖い思いもしたシルは、疲れていたのか早めに寝てしまった。
「マティアス、手が少し冷たい」
「そうですか?」
「両手を出してみろ。この季節はマティアスの手が荒れてしまう……どうにかならないものか」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
切れて血が出るほどではないし、ちょっと皮が捲れてしまうけど、痛みが出るほどでもない。
ニコラも職業柄、手が荒れそうだけど大丈夫なんだろうか?
ラルフ様は手荒れに効く軟膏を丁寧に僕の手に塗り込んでくれる。手が冷たいのも、手が荒れるのも、僕より先にラルフ様が気付く。
温かい手でヌルヌルと塗り込まれると、気持ちよくて、もっと触ってほしいって思ってしまう。
「ラルフ様……」
「どうした?」
「今は誰もいませんよね?」
「キスしたいのか?」
なんで分かったんだろう? 最近ラルフ様は僕の気持ちが分かるようになったのかな?
ラルフ様の目をじっと見ていると、どんどんその目は熱を帯びていく。
「キスして?」
「キスだけでいいのか?」
「愛してほしい」
「マティアス、愛してる」
「僕も愛してます」
柔らかい唇が重なって、またラルフ様は僕の唇をチュッチュッと啄んでいる。だから僕は早くしてほしくて、無理やり舌を捩じ込んだ。ラルフ様は舌も吐息も温かい。
「マティアスは喉が弱いからな」
ラルフ様はサイドボードに手を伸ばしてハチミツの瓶をとると、スプーンで掬って僕の口に入れてくれた。
自分ではそんなに喉が弱いって気はしないんだけど、そうなのかな?
「マティアスが甘い」
唇を重ねて、舌を絡めると、ラルフ様も甘かった。
クシュンッ
「大変だ! マティアス、俺に早く移せ!」
僕がくしゃみなんてしてしまったから、ラルフ様は大慌てで僕の唾液を全部吸い尽くす勢いで、口の中を舐めまわした。
前にもこんなことあったな、なんて悠長に考えていたんだけど、一度くしゃみが出てしまうと、また続けて鼻がむずむずしてきた。
昼間にベットの下とか倉庫とか、埃っぽいところにいたから、ずっと鼻がむずむずしてたんだよね。まさかこんな時にくしゃみをしてしまうなんて……
せっかくラルフ様に愛されたい気分だったのに、お預けになってしまった。温かい毛布でぐるぐるに包まれて、ラルフ様に包まれたままギュッと抱きしめられている。ちょっとだけ物足りない。ラルフ様をじっと見つめても、今度はラルフ様は僕の気持ちを分かってくれなかった。
「マティアス、辛いか? 寒くないか? 苦しくないか?」
「大丈夫です。昼間に埃っぽいところにいたせいで、くしゃみが出てしまっただけです」
「そうか。ゆっくり休め」
「分かりました」
心配そうに覗き込まれたけど、本当に大丈夫なのに。
翌朝起きると、ラルフ様は隣にいなかった。早朝に出勤の日だったのかな?
シルとニコラと一緒に朝食をとると、今日は珍しくラルフ様の部下ではなく、僕はリーブに、ニコラはバルドに送られて仕事に行くことになった。
そういえばアマデオもいなかったな。何かあったんだろうか?
帰りの迎えもリーブが来た。
「帰りもリーブが迎えに来るなんて珍しいね」
「旦那様は部下の皆さんと忙しくしておりました」
「そっか。今は社交シーズンだし、忙しいんだね」
「そうですね」
泊まりとかなのかな?
一人で寝るのは寂しいな。そう思っていたけど、寝る頃になるとラルフ様はお風呂に入ってビチャビチャな頭のまま寝室にやってきた。
「そんな頭で寝たら風邪を引いてしまいますよ」
「大丈夫だ。俺は風邪などには負けん」
勝ち負けの話じゃないんだけど。まさかラルフ様にとっては風邪も敵なの?
髪を拭いてあげると、一緒にベッドに入った。ラルフ様は体温が高いから温かくて、それだけですぐに眠ってしまいそうだ。
「ラルフ様、お仕事が忙しいのですか?」
「そうでもない。明日も休みを取った」
「明日も?」
ん?
「明日もマティアスの敵を排除してくる」
「僕の敵? 虫ですか?」
もしかしてラルフ様は庭で虫と戦っていたんだろうか?
「ふはは、敵というのは嘘だ。倉庫を掃除していたんだ」
へ? 掃除? もしかして僕が昨日くしゃみしたから? ラルフ様が悪戯が成功したみたいに笑うから、なんかラルフ様の違う一面を見てしまって、僕はちょっとドキドキしていた。
仕事休んで何してんの! って思ったけど、僕のためにわざわざしてくれたのが嬉しくて、やっぱり好きだなって思った。
もしかして、リーブたちが送り迎えしてくれたってことは部下の皆さんも掃除に付き合ってくれたんだろうか? それは何だかちょっと悪い気がする。
「ラルフ様、もしかして部下の皆さんもですか?」
「あいつらには昨日シルが出れなくなったように、子どもが入り込んで危ない場所がないかを調べてもらった」
そっか。人の家の掃除に駆り出されたんじゃなくてよかった。
ん? よかったのかな? 分からなくなってきた。最近何が正しくて、何が間違っているのか分からなくなる時がある。こういう時はニコラに相談だ!
ニコラー!!
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