50 / 189
二章
49.怪しい人
しおりを挟む「ラルフ様、街を巡回する騎士が増えていませんか?」
「よく分かったな。隣国から使者か何かが来ているらしい。西の方の国だと言っていた気がする」
それで王都の中の警備が厳しくなっているのか。
まあ僕には関係ないけど。他国からの使者なんて、お城で王族や国の上層部と話をするだけだよね。
「街を視察すると聞いた気がする」
「そうなんですね。ラルフ様も同行したりするんですか?」
馬車で街を眺めながら通り過ぎるくらいなんだろう。
「使者には近衛騎士たちがつくから、俺はいつも通り街の巡回と、騎士団での訓練だ」
じゃあ僕もラルフ様も、いつも通り過ごせばいいんだね。
王都にいると、他国の人が来ることもあるのか。僕は国外に出たことがないから、色んな国に行くであろう使者という人が羨ましいと思った。
「タルク、休憩に入っていいよ」
「分かりました。奥にいるので、お店が混んだら呼んでください」
「うん、ありがとう」
もうすっかり花屋の仕事に慣れたタルクは、今日も爽やかな笑顔を振り撒いている。
爽やかな好青年がいるから、お店の売り上げも伸びてる気がするんだけど、気のせいだろうか?
「ほう、カラフルなコスモスだな」
常連さんではない結構身なりのいい二十代半ばくらいの男性客がコスモスを眺めていた。
「いらっしゃいませ、コスモスは今の時期、色んな色を取り揃えてますよ。花束にするなら二色を組み合わせるのがお勧めです」
「二色を組み合わせる。なるほど」
「周りにグリーンをあしらってもいいですし、カスミソウみたいな小さな花を合わせても可愛いですよ」
そう言うと、その男性はジッと僕のことを見てきた。何? なんか変? 髪が乱れてるとか?
「君の名前は?」
「僕はマティアスです」
「そうか。マティアス、白とオレンジのコスモスの花束を作ってもらえるか? 可愛らしい感じで、あとは任せる」
「畏まりました」
恋人か奥さんに渡すんだろうか?
お花をプレゼントするって素敵だな。
僕がラルフ様にプレゼントされたのって、短剣とかチェーンメイルとか、鉄板が入ったベストとか、爪先に鉄板が仕込んである重いブーツとか、袖の内側に付けられる小型ナイフとか、そんなものばかりだ。
お菓子やお茶やキャンドルはプレゼントされたこともあったかな。
お花はお店で売れなくなったものをもらって帰ることが多いから、遠慮してるのかもしれない。もしラルフ様が僕に花をくれるとしたら、どんな花を選んでくれるんだろう?
そんなことを考えながら花を組み合わせて、白いふわふわしたリボンで結んであげた。
「素晴らしいね。マティアスはとてもセンスがいい」
「ありがとうございます」
初対面で親しくもない人に呼び捨てで呼ばれるのはなんだか不思議な感じだ。
そう思いながら彼を見送った。
その男性は次の日も来た。
「マティアス、昨日ぶりだね」
「そうですね。いらっしゃいませ」
その日は濃いピンクと薄いピンクのコスモスの花束を買って行った。
「マティアスさん、あの人知り合いですか?」
タルクに聞かれたけど、知り合いってほどじゃない。会うのは二度目だし。
「全然。昨日初めてお店に来て、僕はあの人の名前も知らない」
「そうなんですか? 午前中マティアスさんが配達に行っている時にも一度来て、マティアスさんはいないと言ったら帰っていったんです」
「そうなんだ。昨日の花束がよほど気に入ったのかな?」
「マティアスさん、気をつけてください」
気をつける?
僕はタルクが何でそんなことを言ったのか分からなかった。
次の日は僕とニコラのお休みが重なったから、ニコラとシルと一緒にクッキーの型抜きをしていた。
「これはお星様ですか?」
「そう思うでしょ? 僕もそう思ったんだけど、モーニングスターだって」
「……なるほど」
分かる。そんな反応になるよね。
「これは何ですか? 柵? 櫛?」
「これはわなだよ」
「マティアスさん、罠って……落とし穴とかに入れておいてグサッとなるやつですか?」
「僕もそんな気がしてる。先っぽ尖ってるし……」
何とも言えない表情をしているニコラ。分かってもらえて嬉しいよ。でもこの武器や防具のクッキー、子どもには大人気だったんだよ。不思議だよね。
今日はナッツを細かく砕いたものを乗せて、チェルソにオーブンで焼いてもらった。
今日のおやつはクッキーだね。
庭に置いたテーブルにお茶を用意してもらって、秋の虫の声を聞きながらのティータイムは優雅だった。
「すっかり秋ですね」
「だね。公園の木もちょっと色付いてきたよね」
次の日はニコラが仕事だったから僕とシルとメイド三人で、室内で遊んでいた。
板に絵が書いてあって、同じ絵の板を探す遊び。これはアマデオの手作りではなく、シュテルター家からもらったものだ。
午後になると、タルクが家を訪ねてきた。
「どうしたの? タルクが家に来るなんて珍しいね」
「お休みなのにすみません。一昨日のお客さんがまた来ていて、昨日も来たんですが、マティアスさんを呼んで欲しいって……」
「え? 花束だったら僕よりマチルダさんの方が上手じゃない?」
僕は花の種類は分かるけど、花束を作るのは得意ってほどじゃない。ずっと長年作ってきたマチルダさんの方が上手いし、マチルダさんが作る花束はいつもため息が出るくらい綺麗なんだ。
うちまで僕を呼びに来るなんて、面倒なお客さんなのかもしれない。僕はリーブにちょっとだけ行ってくると言うと、護衛はつけずにタルクと二人で花屋に向かった。
「ああ、やっとマティアスに会えた」
「僕になにか用ですか? 花束であればオーナーのマチルダさんの方が上手ですよ」
「花束もいいけど、私はマティアスに会いにきたんだ」
僕に会いに? 意味が分からない。
「私は明日、国へ帰るんだ」
「そうですか。お気をつけてお帰り下さい」
まさかそのお別れを言うために、わざわざ僕を呼び出したんだろうか?
「一緒に来ないか?」
「はい? 一緒に? なぜです?」
「マティアスが気に入ったからだよ」
「せっかくお誘いいただきましたが、僕は結婚しているので無理です」
なぜ名前も知らない人と一緒にどこかに行かなければならないのか。この人なに考えてるの?
「結婚しているのか。それなら問題ない」
何が問題ないのか分からない。目的はなんだ?
男が僕に向かって手を伸ばしてきたら、タルクが僕の前に出てくれた。
「マティアスさんは愛する旦那さんとお子さんもいますからお引き取り下さい」
「問題ない。その旦那と子どもが余裕を持って暮らせるだけの金を与える。そいつとは離縁してくれ」
何言ってんの? この人怖すぎるんだけど。
「マティアスいいだろ? 私のものになれ。さあ、私の手を取るんだ」
そう言って手を伸ばしてきたけど、本当にこの人、頭おかしいんじゃないの?
しまった。リーブかバルドを連れてくればよかった。じゃないと僕はタルクが帰る時間になるまで店にいないといけない。こんな変な人がいるのに一人で帰るのは正直怖い。
タルクが帰る時間になれば、ラルフ様の部下が来るから、ラルフ様を呼んでもらえるけど、それまで耐えられるだろうか?
「マティアス!」
僕のピンチに颯爽と現れる人は一人しかいない。ねえ、僕がピンチって何で分かったの? お店の誰かか、巡回してる騎士の誰かが呼んでくれたのかな?
一番頼れる人の声が聞こえて、僕はようやく安心できた。
608
お気に入りに追加
1,273
あなたにおすすめの小説
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
囚われ王子の幸福な再婚
高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる