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二章
48.ニコラ
しおりを挟む夕飯を食べた後、ニコラはアマデオと二人で過ごすから、ニコラと話をするのは僕が休みの日か、僕が帰宅してからアマデオやラルフ様が帰ってくるまでの間だ。
僕は聞いてみたいことがある。戦争のことだ。僕はラルフ様や部下のみんなが戦っている時、安全な場所で何も知らずに過ごしていた。
少しでも、ラルフ様があんなに必死に僕を守ろうとする理由を知りたいと思ったんだ。
「ニコラ、昼間シルと遊んでくれてありがとうね」
僕はニコラとバルドを連れてシルを遊ばせるために公園に来ていた。
シルは少し暑さが和らいだ公園で、友だちと一緒に駆け回っている。バルドはシルたちが危ないことをしないよう見守ってる。
「辛い記憶だったら無理に話さなくてもいいんだけど……」
そう前置きしてから話し始めた。
でも、ニコラは戦争に参加して戦ったわけじゃないから、戦場の様子は知らなかった。
早めに村から避難したから、戦争は見ていないそうだ。終戦後に村に戻って、村が破壊されたことを知ったのだとか。
戦時中は救護所に運ばれてくる兵士たちは多くて、朝から晩まで忙しかったらしい。
街には敵の襲撃は一度もなかったから、敵兵は見ていないと言っていた。
「それなら街は安全だったんだね」
「そうですね。王都より治安は悪かったかなって思います」
物乞いとか素行の悪い人は多かったし、殴って物を取るとかそんなこともあったけど、殺されるまではなかったらしい。
それは確かにちょっと危険ではある。殺されなくても殴られたりするのは怖いし、ナイフくらいは振り回す人もいたかもしれない。
「ニコラは危ない目に遭ったことはなかったの?」
「そうですね。戦時中より戦争が終わってからの方が治安は悪かったんですが、すぐにアマデオと知り合って、アマデオが色々してくれたので……」
それってもしかして……
「ねえ、もしかしてニコラってチェーンメイル持ってる?」
「……はい。使えもしないのに片手剣と短剣も持っています。戦えないのにそんなもの持ってるとか、変ですよね」
分かる~
だよね。チェーンメイルって戦う人が戦いの場で着るものだよね。さすがラルフ様の部下。僕は片手剣は持ってないけど、短剣は外出する時はいつも持っておくようにって言われてる。
「実は僕も……」
僕は、戦争が終わってラルフ様と再会した時のことを話した。ナイフを首に当てられたことや、一緒に寝ていてちょっと寝返りした時に触れてしまっただけなのに首に手をかけられたこと。あと一瞬で距離を取られたことも話してみると、ニコラもアマデオと一緒に寝ていて首に手をかけられたことや、一瞬で距離を取られるといった経験をしていた。
僕とニコラは無言で向き合って頷くと、両手で固く握手を交わした。
とうとう僕は同志を見つけました。
エドワード王子に剣を向けたとはさすがに言えなかったけど、もし家を買ったら、アマデオもあんな要塞みたいな塀を建てそうだと戦慄していた。
しそうな気がする。アマデオはラルフ様の部下の中では一番常識がある気がしていたけど、ニコラにチェーンメイルを与えているし、慎重なアマデオならやりそうだ。かなりニコラのことを大切にしているっぽいし。
「ニコラ、アマデオが暴走するようなら相談に乗るよ」
「ありがとうございます。前は誰にも相談できなくて、自分がおかしいのかと悩むことも多かったんです」
それすごく分かる。特に他の部下の人も集まると、ラルフ様に賛同する人たちばかりだから、僕が間違っているのかと悩むことがあったんだ。
「マティアスさんは花屋で働いているんですよね?」
「うん、そうだね。ただの従業員だけど、楽しいよ。ニコラは村では農業をしてたんだよね? 王都でも何かするの?」
「迷っています。俺にできる仕事があるならしたいけど、王都は郊外まで行かないと農地がないし、農業を始めようと思うと器具も全部揃えないといけない。だから、農業を始めるのは難しいと思う。でも働かずにアマデオの収入に頼って生きるのは嫌なんです」
「そっか。急がなくていいから、何かできる仕事とか、やってみたいことができるといいね」
そんな話をしながら少し翳り始めた公園を後にした。
シルは遊び疲れてバルドが背負ってくれている。
働き口がどうしても見つからないようなら、うちでバルドの補佐とかチェルソの補佐として雇ってもいいかもしれない。
ニコラが嫌じゃなければの話だけど。
しばらくはリーブにでも付き添ってもらって、仕事を探すことになるんだろうな。
そう思っていたんだけど、思わぬところから話が舞い込んだ。
「今日はただの見学だし、仕事を見せてもらってから働くかどうか考えればいいからね」
「はい。ありがとうございます」
今、僕はニコラとマチルダさんとアマデオも連れて、花のハウス栽培の農家に向かっている。
ハウス栽培だからなのか、農地が広がる郊外まで行くことはなく、商店街から近い民家が立ち並ぶ場所にそれはあった。
僕は花の買い付けはしたことがなかったから、こんなところで栽培されているなんて全然知らなかった。
扉を開けると、天井にある明かり取りの窓が開け放たれて、ライトをつけていないのに外のように明るかった。そして、花や色ごとに区画が分かれていて、色んな花の香りがしている。
そんな建物がいくつも建ち並んでいるから、かなりの種類の花を取り扱っているんだろう。
ちなみに貴族の庭園に植える花の苗は、ここではなく郊外の広い畑で別の農家が栽培している。僕はそっちには行ったことがある。納品の数が合わなかった時に何度か行ったんだよね。
咲いているいい香りの花は、売り物ではなく種を取るために育てているものなのだと教えてもらった。出荷する場合は、蕾が膨らんだ状態か、咲き始めのものだけなのだとか。
施設は盗難防止のために結構頑丈な塀で囲われていて、この農家が雇っている門番もいる。ここならアマデオも安心なんじゃないかな。仕事が気に入らなければダメだけど、きっとアマデオとしては安全面が一番気になるんだろう。
ニコラは仕事内容について色々説明を受けて、質問もしていたから、そんなに嫌がっている感じはない。
「マティアスさん、マチルダさん、仕事を紹介していただきありがとうございました。管理者とお話ししてここで働いてみることにしました」
「アマデオもここなら安心でしょ?」
「そうだな。マティアスさんには何度もお世話になって、本当にありがとう」
ラルフ様でも同じことをしたと思う。
よかったねニコラ。
「ラルフ様、ニコラの仕事が決まりました」
「ああ、アマデオからも報告があった。マティアスにとても感謝していた」
「たまたまですよ。マチルダさんがそんな話をチラッとしていたので紹介しただけです」
「そうか。マティアスは俺の部下のことも部下の身内のことも大切にしてくれる。マティアスは俺の誇りだ」
そんな風に思っていてくれたなんて嬉しい。僕はみんなに守られているだけなのに。
「僕だってラルフ様のことを誇りに思っていますよ」
「嬉しい」
重なる唇と、蕩けるように甘いキス。またラルフ様は僕の唇を啄むみたいにチュッチュッとキスを繰り返してくる。
それされると我慢できなくなってしまうから、たまににしてほしい。
ギュッとしがみついて、ラルフ様を見つめると、ラルフ様の目が熱を帯びていく。
明日休みだったよね? じゃあいっか。
「ラルフ様、愛してください」
「いつでも俺はマティアスのことを愛している」
「僕もラルフ様のこと愛してますよ」
今日も二人の長い夜が始まる。
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