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二章
47.ハートのクッキー型
しおりを挟むラルフ様はいつもより早く帰ってきた。騎士数名とクロッシー隊長も連れている。リーブがニコラを助けた時に話していた巡回の騎士から話がいったのかもしれない。
「マティアスに近づくな」
ラルフ様は「お久しぶりです」と僕に言ってくれたクロッシー隊長と僕の間に立ちはだかった。
まさかまだクロッシー隊長が僕のことを狙っていると思ってるの? ありえないでしょ。それに上官に対して威圧するのはやめて下さい。
「シュテルター隊長。あなたの夫に近づいたりしませんから、その殺気は引っ込めてもらえますか?」
殺気なんて出してたのか……
「ラルフ様、いい加減にして下さい。僕がラルフ様以外に簡単に靡くと思ってるんですか? 話が進まないので邪魔をするならアマデオと同じ部屋に入ってもらいますよ?」
そう言うとやっとラルフ様は僕の手を握って僕の横に立った。心配しなくても僕はラルフ様だけです。そう思いを込めて手を握り返したら、ラルフ様の纏う空気が柔らかくなった。
「中隊長殿、大変失礼致しました。本日のご用件はアマデオもしくはニコラですか? 両方ですか?」
「できればそれぞれ個別に話を聞いてみたい」
「分かりました。連れてまいりますので応接室でお待ちください」
アマデオは部屋から出したらすぐにニコラに向かってしまいそうだから、先にニコラを連れて行くことにした。
ニコラは騎士たちに囲まれて恐縮していたが、クロッシー隊長や質問してくる騎士に対して答えている内容は、僕が聞いた内容とほぼ同じだった。アマデオが仕事中は音を立てないよう部屋で静かにしていたけど、いつか見つかると思っていたし、やっぱり寮に行くなんて反対するべきだったと、アマデオが騎士をクビになったら自分のせいだと泣いていた。
大丈夫だよ。アマデオは優秀だから騎士団も簡単に手放したりしない。きっとそんなのラルフ様が許さないと思う。
ニコラを連れて行こうとしていた二人組の男は、人攫いではなく私服に着替えた騎士だった。事情を聞くために騎士団に連れて行くつもりだったけど、それを説明するために邪魔にならない場所に移動しようとしたところを僕とリーブに見つかった。
ちょっと強引だったみたいで、怖がらせてすまなかったとクロッシー隊長自ら謝っていた。
よかった、人攫いじゃなくて。王都でも人攫いがいるのかと思って怖かったんだ。
ニコラの存在はラルフ様の部下みんなが知っていたし、彼に騎士団をどうにかしようなんて気は全くない。危険人物を寮に入れたというアマデオの疑いは晴れた。
アマデオを連れて行く時はちょっと大変だった。地下の部屋を開けた瞬間にニコラの元へ行こうとするアマデオを、ルーベンとハリオが捕まえて、両脇を固められたままクロッシー隊長のところへ連れていった。
アマデオもニコラが心配で仕方なかっただけで、他意はない。いつか家を買ってニコラを迎えに行こうと思っていたのに、ニコラが自ら来てくれたから嬉しくて、離れたくなかったらしい。
純愛だ。
僕が口を出すことではないけど、二人が一緒にいられるようにしてあげてほしいと思った。
「アマデオ、気持ちは分かるがいかなる理由があっても寮のルールを破ったことに変わりはない。あと三日は謹慎だ。その後は五日間、シュテルター隊長から君の有休申請が出ているがそれでいいか?」
ラルフ様はアマデオとニコラが一緒にいられるよう休みを申請してくれていたらしい。きっとあの部屋に閉じ込めたのも、外に出てしまえば謹慎が長くなったり、それ以上の罰があるかもしれないからなんだ。
「……分かりました」
「アマデオ、三日は我慢しろ。そうしたら恋人と一緒に過ごせる」
アマデオはせっかくニコラに会えると思ったのに、地下の部屋に戻されることになって、ガックリと肩を落としていた。今暴れたらもっと会えない期間が長くなると悟ったようで、大人しく連れていかれた。
謹慎中の三日間はニコラも、あの部屋に近づくことは禁止されている。
騎士が恋人を寮に連れ込むということはたまにあるらしく、クロッシー隊長に同行した騎士は、その事情聴取をする人たちだった。何度も連れ込むようなら問題だけど、一回や二回ならこうして謹慎とか厳重注意で終わるらしい。
「ラルフ様、アマデオのことちゃんと考えてくれていたんですね。僕はちょっと感動しました。部下思いのラルフ様は素敵です」
「そうか。仕事を褒められると恥ずかしい」
「素敵ですよ」
僕が素敵だと連呼したら、僕はいつの間にかラルフ様の下で裸だった。
いいか? とラルフ様の目が訴えてくる。
「僕も今日はラルフ様に愛されたい気分です」
「マティアス、いつでも愛している」
知ってます。ラルフ様は僕のこと、いつでも大好きだって。
次の日、僕はアマデオに会いに行った。会いに行ったと言っても、ドア越しで顔は見ていない。
「アマデオ、なんでラルフ様に相談しなかったの?」
「ニコラに再会して、離れたくなかった。そのせいで近くにいるのに会えなくなってしまった……」
そうだよね。聞いてる限り、二人は相思相愛だったんだから、再会したら燃えあがっちゃうよね。そのせいで冷静な判断ができなかったのか。
「これからはラルフ様に相談して下さい。きっと力になってくれます。今回だってラルフ様に相談していれば、ニコラをうちで預かることもできたんですよ。今こうして預かっていますし。一人で宿に泊まらせるのは不安でも、うちなら大丈夫でしょ?」
「そうだな、しかしそれでは休みの日にしか会えない」
「なんで? アマデオもうちに泊まれば二人でいられる。アマデオだってうちに泊まったことあるでしょ? 送ってくれた時は夕飯だって一緒に食べているし、長期泊まるなら外泊届けを出さないといけないとしても、上司の家に泊まるなら許可も降りると思う。ロッドなんて結構頻繁に泊まりに来ていますよ」
「そうか……そこまで考えが至らなかった。これからは相談する。ありがとう」
僕からアマデオに言いたいことはそれだけだ。ラルフ様は口数は少ないし、好き勝手動いてるように見えるけど、ちゃんと部下のみんなのこと大切にしてる。だからラルフ様を頼ってほしいって思ったんだ。
アマデオが地下の部屋にいると知ったシルは、頻繁にアマデオに会いに行ってる。久しぶりにチェルソたちとクッキーを焼いたシルは、アマデオに作ってもらったクッキー型を使って、出来上がったクッキーをアマデオにあげたんだとか。うちの子優しい。
三日経って部屋から出してもらったアマデオは、ラルフ様に勝手なことをしたと謝罪した。そして、しばらくニコラをうちに置いてほしいとお願いした。
冬に野盗を討伐した時の報酬で、家を買おうと思っていると相談していたけど、ラルフ様は反対だったようだ。
「焦って買うことはない。ちゃんとニコラと相談してよく考えてから買え。うちなら部屋は余っているからいつまででもいたらいい。アマデオがいればシルも喜ぶし戦力が増えるのはありがたい」
「ありがとう。マティアス様の言う通りだ。隊長に相談すれば力になってもらえる。あの人は凄いな」
「そうだろう? マティアスは凄いんだ」
そんな話をしていたと、仕事から帰ってきた僕にリーブがこっそり教えてくれた。
今回リーブが教えてくれたのは、僕だけ知らなかったと愚痴ったからだろう。リーブはいつものように微笑を浮かべている。
「そうそう、これは今日シルヴィオ様が焼いたクッキーです。ニコラさんとアマデオさんと一緒に作っていました」
「あれ? これは新作のクッキー型?」
「ええ」
今日のクッキーはハート型だった。アマデオが愛に目覚めたってことだろう。二人でハートのクッキーを食べているのを想像して嬉しくなった。
アマデオがニコラと喧嘩したら、また武器の型が増えるんだろうか? そうだとしたら面白い。
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